乾いた砂

 

薄明るくなりはじた夜の空気の中で、砂を踏む足音が聞こえた。

機嫌悪く腕を組んでテントに凭れかかっていたアキレスは、下から掬い上げるように顔を上げ、次第に明るくなっていく砂浜に姿を現した影を見上げた。

影は、疲れたように足を引き摺っていた。

胸を張るほどの気力もないのが、すこし猫背になりながら、足元を見つめて歩いていた。

「おい」

アキレスは、腕を組んだまま、影に向かって声を掛けた。

額は皺を寄せ、目は、不機嫌に眇められていた。

影が驚いたように顔を上げた。

巻き毛に縁取られた緑の目が、睨みつけるアキレスに、一瞬怯えを見せた。

「おい、どこへ行っていた。夕べ、ここまで来ただろう。それから、どこへ行った。俺が誤魔化せると思うのか」

アキレスは強い声で詰問した。

だが、砂を踏んでいた軍師は、ゆっくりと口元を綻ばせ、緑の目を細めて笑った。

「どうした?早起きじゃないか」

アキレスの怒りなど気付かぬ振りをするつもりなのか、オデッセウスは、僅かの間に自分を取り戻し、顔に落ち着いた笑みを浮かべた。

声は穏やかで、明け始めた空の色に良く似合った。

アキレスは、テントから身体を起こし、組んでいた腕を解いた。

のっそりと獅子が身体を起こしたようだった。

獣が爪を研ぐように、アキレスは首を鳴らし、体から余分な力を抜いた。

足を止めていたオデッセウスは、緊張した。

それが、アキレスに隠し通せなかった。

「どこに行っていた?質問に答えろ。同じことを二度言わすな」

アキレスは、低く破棄捨てるように、オデッセウスに声をぶつけた。

剣呑な雰囲気を隠そうともしないアキレスに、オデッセウスは、嘘はつかなかった。

「火葬場だ。行って悪いか?」

オデッセウスは、眉を顰めるようにして、唇に指で触れた。

軍師は全てを話さない。

「悪くはない。だが、言う事はそれだけじゃないだろう!」

すべてを言い終わる前に、アキレスは砂を蹴って走り出した。

金色の髪が風にたなびいた。

アキレスは、オデッセウスに肉薄すると、驚きを隠せず、口を開けた顔に、顔を近づけ、上着の胸倉を掴んだ。

「来い!言い訳は、後できいてやる!」

オデッセウスは、掴み上げられるようにして引き摺られ、砂に、つま先の跡だけを残した。

 

「どけ!出て行くんだ!すぐさま、出て行け!」

毛皮の敷物の上で、ぐっすりと眠り込んでいた黒髪の女に向かって、アキレスは寝床を踏み荒らすような勢いで、乱暴な口を利いた。

裸のまま眠っている彼女に向かって衣装を投げつけ、意識のはっきりしない女の様子に苛立ったように、勢いよく抱き起こした。

意思の強い、聡明そうな目をした女が、怯えた顔をした。

「早くしろ!そのままつまみ出すぞ!」

苛立つアキレスは、プリセウスが服を着る間も待てぬように、彼女を抱き上げ、戸口へと運んだ。

戸口から差し込む朝日に、プリセウスの張りのある乳房が白く輝く。

プリセウスは、口を利かなかった。

アキレスの乱暴な行動になれているのか、頭からすっぽりと衣装を着込むと、転び出るようにテントから出て行った。

荒いアキレスの息が、夜の気配を残すテントの中に充満する。

「…酷いことをするな」

オデッセウスは、顔を顰めてアキレスを見た。

テントに着いた時点で、やっと、オデッセウスの足は砂を踏むことが出来た。

「酷いことをするな?じゃぁ、お前は、あの女がこのテントにいても良かったというのか!」

肩で息をするほど、怒っているアキレスは、激しく砂を踏み荒らした。

アキレスは、炎が灯ったような目でオデッセウスを睨みつけていた。

「…何をそんなに怒っている?」

オデッセウスが口を開いた。

アキレスの目が、オデッセウスを食い殺さんばかりに強く光った。

「お前は、俺の宝の価値を下げた!」

アキレスは、オデッセウスに破棄捨てると、そのままオデッセウスの胸を強く突いた。

音がするほどの勢いだった。

一度目は、オデッセウスも持ちこたえた。

砂の上で大きく足を開き、アキレスの不当な怒りに立ち向かうように、彼の暴力に持ちこたえた。

「…何がしたい?」

オデッセウスは、彼には珍しく低く、冷たい声でアキレスに詰問した。

ほがらかな笑顔で、敵にそうとわからないよう丸め込むのが、オデッセウスのやり口だ。

アキレスは、無言で、オデッセウスをもう一度強く突いた。

「うっ…」

容赦のない戦士の力は、オデッセウスを後ろへと吹っ飛ばした。

女の体温でまだ温い毛皮の上に、オデッセウスは尻餅を突いた。

「何をする!」

食いしばった唇の間から荒い息を漏らすアキレスは、無言のままにオデッセウスに伸し掛かった。

伸びてくるオデッセウスの腕など、腕の一振りで振り払い、暴れる智将の首に手を掛けた。

「殺すぞ」

低く唸った獅子の声に、オデッセウスは、アキレスの顔を見上げた。

アキレスの指は、しっかりとオデッセウスの喉を掴み、返答次第では、喉仏を砕くつもりだとはっきりとわかった。

「…気に入らないのか?」

興奮するアキレスの汗の匂いをかぎながら、オデッセウスは、アキレスを睨んだ。

2人とも、心臓が大きな音を立てていた。

「アキレス、どうした?何を怒っている?」

智将は、きつく喉を掴まれたまま、睨んでくる獅子を睨み返した。

「誰が、お前に誓いを立てた?思い間違いをするな。これ以上、俺の信頼を裏切る真似をしたら、二度とお前を許さない」

アキレスは、オデッセウスの頬を張った。

手の甲だった。

大きく顔を顰め、歯を剥き出したアキレスは、自分の胸に巣食う苦々しさを吐き出そうとするかのように、激しく神を罵り、オデッセウスの顔の直ぐ脇に拳を鋭く打ち込むと、勢い良く立ちあがった。

入り口近くの桶を手に取り、オデッセウスにむかって、中に入っている水を叩き付けた。

「臭い!どこの馬鹿の匂いだ!」

桶を砂に叩き付けるアキレスを見ながら、オデッセウスは、水の滴る腕を持ち上げて、匂いを嗅いだ。

腕と言わず、普段、オデッセウスからはしない匂いが体中に残っていた。

さっきまで、身体を繋げていたヘクトルの香油の匂いだ。

「さぁ、誰だろうな」

オデッセウスは、皮肉に笑った。

頭を振って、水滴の落ちる髪から、水を飛ばした。

「誰だろうと、お前には関係ないだろう?夕べ、ゆっくりできて良かったじゃないか。そうそうに明かりを消して、俺のことを拒んでいたのはお前じゃないか」

挑発するような笑みを浮かべるオデッセウスに向かって、アキレスが手を伸ばした。

 

智将の頭を敷物の中に埋めるほど強く押さえつけたアキレスは、彼の衣装を無理やり剥ぎ取っていくと、蹴り飛ばすようにして大きく足を開かせ、尻の間に指を埋め込んだ。

指先は、彼がアキレスを誘いに来る時には多すぎるぬめりのせいで水音を立てた。

「どうして、我慢できない?」

アキレスは、唸るような声を出した。

指先に滑る液体を掻きだすようにしながら、アキレスは、オデッセウスの唇に噛みつかんばかりに顔を近づけた。

オデッセウスの唇は、先ほどの水に濡れて、艶やかに光っていた。

その顔で、薄く笑ってオデッセウスは、アキレスを挑発した。

「怒っているな。アキレス」

「お前は、俺だけだったはずだ。誰にでも許せるほど、気位が低くはなかっただろう!」

オデッセウスは、乱暴に中を掻き出すアキレスの指にうめいた。

指が動くたび、オデッセウスの中から、ヘクトルの注いだ精液が零れた。

アキレスの指がせわしなく動く。

「止めろ。誰がそんなことをしていいと言った!」

オデッセウスは鋭く叱った。

「…犬どもに食わせてやろうか」

恐くなるほど冷たく光る青い目が、緑の目をじっと睨んだ。

アキレスの怒りは相当なものだった。

いつもなら、この程度の恫喝で、アキレスはオデッセウスに従った。

オデッセウスは、強固なアキレスに、出方を変えた。

中を探る指のために尻の力を抜き、ゆるく足をアキレスの腰に巻きつけた。

「止めろ。アキレス止めるんだ。したいんだったら、させてやる。乱暴にするな」

自分から、腕を伸ばしたオデッセウスの手をアキレスは一纏めに掴んだ。

肩に引っかかっていた衣装を乱暴に剥ぎ取り、オデッセウスを丸裸にすると、いきなりオデッセウスを敷物の上から吊り上げた。

腕一本の力が、オデッセウスを宙に浮かせた。

オデッセウスは慌てたようにつま先の感触を探そうとした。

「そんなにしたいんだったら、犬どもとまぐわれ!お前の周りには、いつも腹をすかした犬がぞろぞろと群れているじゃないか。このまま連れて行ってやる。お前を放り込んだら、皆、骨までしゃぶり尽くす勢いで飛び掛ってくれるだろうよ!」

首を掴まれ、アキレスに吊り上げられたオデッセウスは、テントの外に向かって歩き出したアキレスの手の中で暴れた。

足が、アキレスの強い筋肉を打った。

「止めてくれ!アキレス!止めろ!止めるんだ!」

あと、3歩も進めば、朝日がオデッセウスの白い尻に光を差しかけた。

オデッセウスは、腰を捩って、アキレスの身体に足を巻きつけた。

「止めろ。分かっているんだろうな。そうしたならば、お前は、もっと傷つくことになるんだぞ」

足をアキレスの逞しい腰に巻きつけたオデッセウスは、震え上がりそうな気持ちを押さえ、哀れみを装った目で、アキレスを眺めた。

何度も薄い唇を舐めた。

「犬どもに食われるのが嫌なのか?」

アキレスは、冷たい目をしてオデッセウスを見た。

「犬には、犬の餌がある。俺は、犬の餌じゃない」

「夕べの相手は、犬ではないと?」

アキレスは、しがみつくオデッセウスの足で腰を挟まれながら、剣呑な目つきで年上の智将を見上げた。

「…犬ではないが、お前の敵でもない。…残念ながらな」

薄く笑う智将のどこまでも悪びれない顔に、アキレスは、彼を掴んでいた手を離した。

自由になったオデッセウスは、そのままアキレスに抱きつくよう、首に腕を回した。

大きな身体にしがみつかれても、アキレスは、微動だにしなかった。

そのまま身体を抱き上げ、揺るぎない足取りで砂を進むと、濡れた毛皮の上に智将の身体をゆっくりと落した。

「すこしばかり物足りなかったんだ。アキレス、お前が俺を満足させてくれるか?」

どこまでも、アキレスの上に立とうとする軍師に、アキレスは、大きく顔を顰めてから、彼の体に飛び掛った。

 

物足りないと言ったオデッセウスの言葉は、嘘ではなかったようだった。

オデッセウスの内部に残る体液の名残を借りて、アキレスが乱暴に押し入っても、オデッセウスは、甘やかな声を上げて、アキレスの首に腕を巻きつけた。

他人の匂いが残るオデッセウスの髪に鼻を突っ込み、アキレスは、首筋に唇を這わす。

噛み付くような乱暴なやり方に、オデッセウスは、アキレスの髪を撫でた。

「もう、俺の相手は嫌じゃなかったのか?」

オデッセウスはアキレスの耳元で軽やかに笑った。

アキレスは、オデッセウスを笑わせておくことが許せず、白い腰を掴むと、激しく腰を打ちつけた。

オデッセウスが、眉の間に深い皺を刻み、背を仰け反らせる。

更に奥を強く刺激すると、薄く開いたままの唇から、焦ったようなうめきが漏れた。

「しばらく黙っていろ。それ以上、さえずるようなら口を利けないようにしてやる」

剥き出しの欲望を突きつけるアキレスにオデッセウスの目が、悪戯に笑った。

額に小さな汗を噴き出しているというのに、智将の目は、アキレスをからかった。

アキレスは、大きな手で、オデッセウスの口を塞いだ。

顔を一掴みにするように力を入れて唇を塞ぎ、オデッセウスの中を深く抉った。

オデッセウスの目に苦痛の色が浮かぶ。

まったく空気の入らなくなった口の変わりに、オデッセウスは激しく鼻で息を繰り返した。

「苦しいか?」

アキレスは、智将の腰を抱かえたまま、顔を近づけ、鼻を舐めた。

オデッセウスが頷く。

アキレスの手から逃れようと顔を振る。

「…あまり俺を馬鹿にするな」

アキレスは、オデッセウスの顔から手を離した。

オデッセウスが激しく喘ぐ。

アキレスは、その唇を今度は噛み付くような勢いで塞いだ。

苦しさに涙の滲んだ緑の眼を見つめながら、持ち上げた腰に大きく腰を打ち付ける。

ぴたん、ぴたんと音を立てて、智将の尻が肉を震わせた。

オデッセウスが仰け反って、うめく。

息苦しさに顔を振って、口付けを拒もうとする。

それでも唇を離さないアキレスに、オデッセウスは、おもねるように口の中へと舌を忍び込ませた。

柔らかな舌がアキレスの口蓋を舐める。

絡みつく舌の感触に、アキレスは、激しく口付けを貪った。

「…オデッセウス」

アキレスが、掠れた声でオデッセウスの名を呼んだ。

智将の唇が、口付けたまま緩く笑った。

 

アキレスは、オデッセウスの足を肩につくほど持ち上げていた。

オデッセウスは、浮き上がった腰と背中に苦しげな息を吐き出しながら、アキレスが腰を打ち付けるのにあわせ、小さく声を上げていた。

オデッセウスの引き締まった足首は、アキレスの手の中だ。

「…やっぱり…お前が…いいな」

オデッセウスは、馴染んだ感覚に、うっとりと目を細めながら、アキレスを見上げた。

乱暴な突き上げも、強くつかまれる手の固さも、すべて、オデッセウスを楽しませるものだった。

あの優しい手とは違う。

どうしていいのかわらからなくなるような落ち着かなさを、アキレスはオデッセウスに与えない。

アキレスは、顔を歪めて、舌打ちした。

アキレスの髪が汗で濡れていた。

「他の奴なんか咥え込まないですむように、たっぷり満足させてやる。簡単に自分のテントに帰れると思うな」

アキレスは、オデッセウスの髪を掴んで、引き上げると唇を重ねた。

オデッセウスは、甘い息を吐きながら、口付けに応えた。

だが、こういうのだ。

「それは困る。今日は、アガメムノンの前に出なければならない。適当なところで、やめにしといてくれ」

アキレスは、苦々しく顔を顰め、オデッセウスの大きな尻に、腰を強く打ちつけた。

 

END

 

 

                                INDEX

 

本当は、パリオデより先に書くはずだった話です。(苦笑)

順番がおかしくなりましたが、怒っている人が好きなので、この話をなしにすることが出来ず、書いてしまいました。

結構、ラブラブ?