拝礼

 

定例の朝議の席で、ヘクトルと、パリスは、臣下の位置に立ち、頭を下げた。

正面に立つのは、王であるプリアモスのみだ。

この儀礼は必ず守られた。

朝日が、計算され尽くしたようにプリアモスの背後から差していた。

静かな声で、プリアモスが祈りの言葉を捧げる。

言葉が終わり、ヘクトルは注意深く顔を上げた。

衣擦れの音がする。

臣下たちがそれぞれに、雑談を始める。

パリスの顔が微笑んでいた。

いつも、そうだ。

パリスは、ヘクトルより先に顔を起こし、静かに笑っていた。

それが、臣下に安堵を与えた。

ヘクトルトとパリスは、案内され、自分たちの席へと移動した。

次王であるヘクトルは、王の隣の席へ。

パリスは、第二継承者として、ヘクトルの隣へ。

小さな頃は、もう少し、慎み深くという、作法を教える教師の言葉が一番に顔を上げるパリスを叱った。

だが、パリスは、いつでも、ヘクトルが頭を上げるより先に、顔を上げ、にこりと笑った。

パリスは、深く頭を垂れない。

今は、誰も、パリスを叱ることは無い。

そうだ。パリスを叱る必要なんて無い。

 

「兄上」

パリスは、柔らかな笑顔で、兄の衣の裾を引いた。

石造りの廊下は、静かだった。

パリスの後ろには、この間、城に上がったばかりの女官が立っていた。

まだ、ほんの小娘だ。

ヘクトルは、パリスの手の早さに、唇にだけ小さく笑いを浮かべた。

女官は、唇を染めること知らず、滑らかな頬をしていた。

子供の顔だ。

ヘクトルは表情を硬く作り、パリスを叱った。

「何をしている?」

兄の叱責に、パリスは、弾けるように嬉しそうに笑った。

まるで堪えていない。

パリスの後ろに控える少女は、友達の手を掴むように、しっかりとパリスの手を握り締めていた。

少女は、険しい顔をしたヘクトルにすこし怯えていた。

「兄上こそ、何をしているの?」

パリスは、少女の手を軽く撫でて笑いかけた。

少女の頬に赤身が差す。

「…かわいそうだろう?」

ヘクトルは少女の手から、パリスの柔らかな指を外した。

少女の唇が叱られるのかと怯えたように震えた。

ヘクトルは、少女の柔らかな髪を撫で、笑った。

「パリスと手を繋いでいるところなど見られたら、他の女達から苛められるぞ。ほら、今の内に逃げ出すがいい」

城に上がったばかりの女官は、羽化したばかりの蝶のように、後ろを何度も振り返りつつ走り去った。

ヘクトルは、蝶を引き寄せる花のような弟の顔を見つめた。

パリスは、未練気な顔で、少女の姿を見送っていた。

「パリス。仕事は?」

「…兄上がやってよ」

パリスは、口を尖らせて、ヘクトルを見上げた。

ヘクトルは、自分を見上げる弟の甘えた目付きに、次に何を言い出すのか、大体の予想がついた。

パリスが口を開いた。

予想通りだ。

「今晩、行ってもいいよね?邪魔したのは兄上だもん。それを約束してくれたら、ちゃんと、仕事をする」

誘う顔が、楽しげに笑った。

ヘクトルは、拒絶という選択肢を持たせない願い事の方法をパリスから学んだ。

パリスの腕が、するりとヘクトルの腕に絡む。

「いいでしょ?」

「…わかった」

ヘクトルは、パリスの差し出された頬に、緩く唇を押し付けた。

 

ヘクトルは、パリスの細い足を抱え上げた。

傷一つ無い膝は、骨の形まで、とても綺麗だ。

ヘクトルは、胸から汗を流したまま、寝台に横たわる弟を見下ろした。

汗に濡れた巻き毛が額に張り付いていた。

黒い目がしっかりとヘクトルを映し出していた。

目を伏せ、恥らって見せるような、そんな媚はどこにもない。

筋肉の薄い胸が、呼吸に大きく膨れた。

パリスの身体に、特別な緊張は無い。

こういう時に、不必要な罪悪感に取り付かれるのは、ヘクトルの方だ。

大罪を犯すことに、ヘクトルは、恐ろしい不安に抱く。

不意に、パリスがヘクトルへと手を伸ばした。

「…兄さん」

パリスは、手を伸ばして、ヘクトルの頬を撫でた。

細い腰を揺すって、繋がろうとしないヘクトルを責めた。

「ねぇ、どうして?」

パリスは、ヘクトルに揺すられる甘さを知っていた。

だから、ヘクトルがその手で、ぎりぎりまで追い詰めておきながら、最後を味合わせなかったけれども、パリスは、大人しく寝台に横になった。

「どうしちゃった?兄さん。眉の間に皺が寄ってるよ」

パリスは、腿でヘクトルの腰を締めながら、にこやかな顔で笑った。

額の汗を手のひらが拭った。

「…パリス」

ヘクトルは苦く名を呼んだ。

パリスが笑う。

「後に、しようよ。ね。今は、考えてる時じゃないでしょ」

パリスは、自分の足をヘクトルから取り戻すと、膝立ちになっていたヘクトルに絡みつくようにして身体を起こした。

ヘクトルの腹から順に上に向かって口付けていった。

「あの子を帰しちゃったのは、誰?」

反論を許さないパリスの唇が、ヘクトルの首に吸い付く。

「兄さん。横になって。俺がさ、いいようにしてあげるから」

 

パリスは、ヘクトルのものに唇を寄せていた。

口に余るほど大きなそれを、丹念に舐め回し、腹へと続く毛に、唾液を零していた。

ヘクトルの手が、躊躇いがちに白いパリスの背を撫でた。

柔らかな線を描く背中から尻へのカーブを何度も行き来した。

パリスの唇が、ヘクトルのものを飲み込んだ。

柔らかな舌が、そっと絡みつく。

「…パリス」

ヘクトルのうめきに近い声に、パリスが、唇を笑いの形に変えた。

そのまま顔を動かし、深くまでヘクトルを咥え込む。

「…パリス」

パリスが忙しく頭を動かす。

ヘクトルの手が、パリスの頭を止めようと動くより先に、パリスは、顔を上げ、にっこりと笑った。

「もう、この位で、俺も気持ちよくなってもいい?」

いやらしく濡れた唇が、甘い声を出した。

パリスは、ヘクトルが頷くより先に、ヘクトルの腹を跨いだ。

小さな尻を上げ、自分から、割れ目へとヘクトルのものを擦りつけた。

「兄さんの、濡れてて気持ちがいい」

うっとりとした声が、ヘクトルの鼓膜を打つ。

手を添えて、自分から腰を落とし始めたパリスにヘクトルは、手を伸ばした。

パリスの薄い腹を手の平で受け止めた。

パリスが笑う。

「…んん…やっぱり…これ、好きかも…」

パリスが堪らない声を出す。

狭い肉の狭間に、ヘクトルのものが、食い込んでいった。

苦しさは、同じように兄弟を襲った。

だが、慣れた肉体が拾い上げるのはそんな味気ない感覚だけではない。

眉の間に皺を寄せ、きつく目を瞑っているくせに、ヘクトルが見上げるパリスの顔は快楽に溺れていた。

薄く開けられた唇の間から、満足そうな吐息が零れた。

息を吐き出しきらないうちに、パリスは小さく腰を揺すり始める。

青い血管が透けて見える瞼がひくひくと震えていた。

「こういうの…いいね…」

パリスはうっとりと呟いた。

ヘクトルを誉めるように、ゆっくりと身体をなで回した。

自分の好きなように腰を動かすパリスは、ヘクトルの鍛えられた腹へと手をついた。

柔らかな手が、ヘクトルを寝台へと押し付ける。

「…兄上」

パリスは、自分ばかりを優先させるように、単純なリズムで腰を振り、時々、その快感に耐えられないように、ヘクトルにしがみついた。

 

「パリス」

ヘクトルは、弟の好きにさせるのを止めた。

叱るように名を呼んで目を開けさせると、その腰を突き上げ、自分の上で跳ねさせた。

首を振って嫌がっても、止めない。

倒れこんでこようとするのを、腕を掴んで真っ直ぐに立たせる。

パリスの背が反り返った。

薄い胸が色づいてヘクトルへと差し出される。

「あうっ、兄上…いや…もうちょっと…ゆっくり…」

パリスの唇が開かれ、熱い息が吐き出された。

声は手加減を求めるが、身体はヘクトルの動きを迎え入れていた。

ヘクトルは、パリスの手を更に後ろへと引き、立ち上がった乳首が、自分へと突き出されるのを楽しんで見た。

白い胸が、左右に揺れた。

パリスが、膝を閉め、ヘクトルの胴をきつく挟んだ。

パリスのものが、ヘクトルの腹へと先走りを零し始めた。

「兄上!兄上!」

甘い声でねだるパリスの目から、涙が零れた。

白い歯が覗く唇からは、熱い息が吐き出されていた。

肉の薄い尻が、ヘクトルの腰の上で、しきりに動く。

ヘクトルは、美しい顔をした弟を見上げた。

弟の顔が歪んでいた。

「…兄…さん…」

もう、すっかり上下に動くことの適わなくなったパリスは、急に動きを止めたヘクトルに焦れた。

「兄…さん。俺に呆れるんだったら、後にして…。もう、意地悪するのは、やめてよ」

パリスは強く腕をつかまれ、動きが封じられていた。

満足を得るためのあと少しが足りない。

欲しがるパリスの顔は、どんなにも浅ましく見えるはずなのに、ヘクトルには美しくしか見えなかった。

ヘクトルは、小さく一つ、ため息を落とした。

パリスが恨みがましい目をしてヘクトルを見下ろした。

ヘクトルは、荒い息を繰り返すパリスの腰を掴みなおした。

「兄上…」

腕を放されたパリスは、ヘクトルの太腿に爪を立てた。

ヘクトルのものを咥え込んだまま、ぺったりと身体を倒した。

早い鼓動が、ヘクトルの胸に伝わった。

荒い息を繰り返す胸が、ヘクトルの胸を押した。

「ねぇ…兄上、俺のこと、愛してくれているんでしょう?…もう、満足させて。兄上のもので…もっと奥を可愛がって」

首元に顔を寄せ、擦り付けるパリスの行為は、こんな場所でなくとも、何度も味わった。

ヘクトルの頬を柔らかな髪が擽る。

焦れたパリスは、寝所では肩を緩く噛む。

「ねぇ…」

ヘクトルは、躊躇いもなく欲しがるパリスのために、腰を突き上げた。

「ああっ…!」

パリスが、身体を起こし、眉の間に皺を寄せる。

満足そうな声を喉から押し上げる。

「…ああっ…兄さんっ!」

パリスの顎が反り返った。

小さな尻に指の跡がつくほど強く掴んで、ヘクトルは、何度か突き上げた。

拘束を解かれたパリスは、耐えられないように、自分のものを扱いて、身体を揺らす。

「…兄…さん!兄さん!」

柔らかな指の間から、白い精液がぽとぽとと零れ落ちた。

痙攣する体が、ヘクトルを締め付ける。

パリスの手から零れた精液は、ヘクトルの腹を汚した。

ヘクトルは、掴んだ腰を離さず突き上げた。

パリスが声を上げずに大きく口を開いた。

もう一度、こみ上げてきたものを吐き出すように、身体を震わせ、赤い口が熱い空気を体内から押し出した。

「…あっ」

パリスがうめいた。

今、パリスのきつく閉じた目が見つめているのは快楽だけだろう。

そこには、ヘクトルも存在していないに違いない。

ヘクトルは、閉じた肉を抉じ開けるようにして、パリスの快楽を引きずりまわした。

がくがくと揺れる体を、もっと深く、串刺しにする。

「パリス…好きだ」

ヘクトルは、何も聞こえていないに違いない耳元で囁き、弟の内部を汚した。

 

先日、城に上がった女官は、薄い化粧をするようになっていた。

指先だけを絡めるような手の握り方を覚え、緩やかな足取りで、パリスの後ろから、長い廊下を歩いてきた。

彼女は、美しく彩られた目元の変わりに、白桃のようだった頬の手触りを失った。

ヘクトルは、すれ違う弟に声を掛けた。

「パリス、この後、仕事があることを忘れてないだろうな」

ヘクトルは、柔らかく微笑んで頭を下げるようになった女官に、挨拶を返した。

パリスは、めんどくさそうに顔を顰めた。

「兄上だけって、訳にはいかない?」

「いかないな。お前の用事というのは、彼女のことだけなのだろう?」

ヘクトルは、女官に向かって下がるよう、仕草で示した。

この間とまるで違う扱いに、女官は、戸惑った顔をした。

しかし、もう、ヘクトルは彼女の髪を撫でたりはしない。

「パリス」

叱るヘクトルの声に、パリスは、繋いでいた手を離した。

女官はその場に留まる。

ヘクトルは、先を歩いている。

パリスは、ヘクトルの隣に並んだ。

パリスは後ろを振り返らない。

 

貴族の立ち並ぶ王の部屋で、ヘクトルと、パリスは並んで立った。

相手の示す礼に、プリアモスが、僅かに頷いた。

ヘクトルは、深々と頭を下げる。

パリスは、優雅に頭を上げる。

ヘクトルは、パリスに遅れ、ゆっくりと頭を上げた。

ヘクトルが顔を上げた時には、もう、みなの表情は、パリスの微笑みにほころんでいた。

 

何もかも欲しがり、何もいらず、誰にでも微笑み、誰にも膝を折らない。

王とは、そんな男に相応しい。

ヘクトルは、第一後継者として、プリアモスの隣の席へと案内された。

その後ろをパリスはついてくる。

皆の目が、城下の様子を報告するヘクトルを頼もしく見つめた。

ヘクトルは、誰よりも王に相応しい男の隣に座っていた。

 

 

END

 

 

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「きみに花冠を」のきりこ様から、リクをいただいて、書いてみました。

夏樹経由でいろいろ物々交換中。(笑)

お楽しみに。