*営業活動中
「ヴィゴ。こちらの綺麗な女性は誰?」
画商の集まるパーティで、上品な老婦人に、にこりと笑いかけたポールは、しかし、すぐさまヴィゴに向き直って照れ笑いを浮かべた。
「俺、失敗しちゃったよ。このパーティーろくな食べ物がないだろ。だから、隣にいた奴に、ケチな主人だな。って話しかけたんだ。そしたらそれが主人だった」
ヴィゴは慌ててポールの足を踏んだ。
「痛いじゃないか。ヴィゴ!」
「彼の美人の奥様がパーティにご臨席下さってるんだ。それ以上に必要なモノなんてなにもないだろ。ポール!」
*小さな恋の物語
その画廊は、ポールの絵をたくさん取り扱っていた。
ポールは自分のパンフレットの出来具合を確認するためにそこに寄ったのだ。
「やっぱり、印刷だと色が変わるな。どうかな? この位は許容するべきか?ヴィゴ」
自分の絵など一枚も置いてないにもかかわらず、付き合っているヴィゴは、小首を傾げ、しげしげと色の具合を確かめた。
その様子を見ていた双子に、画廊の小さな娘が話しかけた。
「ねぇ、あなたたち、あっちの画家さんがずっと辛い恋をしているのを知ってる?」
自分たちよりも幼い少女が使うおませな言葉にびっくりした双子は、顔を見合わせた。
「えっ?……どういう……」
「あの人、あなたたちのパパのお友達なんでしょ? 彼、時々、辛いって口にしない?」
「……うん。……まぁ、たまには言うけど」
双子の学校への送迎など、いいようにポールに使われている時、確かに、ヴィゴはそう言った。
「でも、それは関係……」
七歳の少女は双子の話など聞いていなかった。
「そうでしょう? 彼、もう、ずっと私に恋してるの。だから、私のパパが彼の絵を一枚も置かなくても、いつもここに来るの。辛いわ。もう、三年よ」
「……う〜ん。やっぱり、もう一回だけ、刷り直して貰え、この絵は、赤が決まってないとだめだぞ」
ポールしか見えていないヴィゴは、多分、少女がいることすら気付いていなかった。
*昔話
今でも、ヴィゴは時々思い出す。
あれは、ポールへの押さえがたい思いを胸に秘めながら、苦しんでいた高校二年の時だった。
ポールの家に遊びに行き、いつものごとく、泊めて貰うことになった晩。
まるでヴィゴの部屋だというようにポールの母親が心地よく整えてくれている客室のベッドで横になっていると、真夜中、ドアがノックされた。
ヴィゴは、慌てて起きあがった。
そっとドアを開けたポールが、照れたように頬を染め、いつもする困り顔でヴィゴの顔を伺った。
「なぁ、ヴィゴ。一人で寂しくないか?」
ポールがちろりと唇を舐める。
「……ああ、ああ! ポール、寂しいよ!」
まるで夢のような展開に、ヴィゴは転げるようにベッドからドアに向かい、ポールを抱きしめようとドアを思い切り開けた。
「そりゃぁ良かった」
ポールは悪びれのない顔で笑った。
「こいつさ、寝相が悪いから、俺の部屋に連れ帰るの嫌なんだよ。でも、母さんは寝ちまって、もう部屋の準備も出来ないし、悪いけど、ヴィゴ、こいつのことよろしくな」
正体なく酔っぱらい足だけで引きずられている友人の姿に、ヴィゴは泣き笑いを浮かべるしかなかった。
*望み通りに
真昼のダイニングテーブルで、ヴィゴは、向かいに座るポールを伺った。
「なぁ、ポール、キスしようか?」
ポールは、返事をしなかった。
「じゃぁ、ポール、あんたの身体に触らせてくれるか?」
ポールは、相手にしていられないとばかりに、表情一つ変えなかった。
「そんなんじゃ物足りないのか? わかったよ。ポール。ちゃんとセックスしてくれって事だな。はい、はい。これだから、ポールの相手は大変でいけない」
「ヴィゴ!?」
ヴィゴは開いた口もふさがらないでいるポールの手を引き、ベッドルームに向かった。
*お前ら、みんな馬鹿だ
今日、学校で先生に叱られたという双子は、顛末をポールとヴィゴに話していた。
「先生がさぁ。人類は時間を節約するために、様々な創意工夫を重ね、いろいろな発明発見をおこなってきたって言ったんだよ」
「そう、で、俺たちを指さして、もっとも時間短縮に役立ったと思われるものを一つ挙げろって言ったんだよ」
ヴィゴはにやりと笑った。
「そりゃ、一目惚れだな」
「やっぱ、そうだよね!」
「お前らなぁ……」
これでいて学校の成績がいい三人の熱いまなざしが見つめる視線の先には、思い切り眉を寄せている過去の劣等生ポールがいた。
どうでしょう?
ドキドキ。