*白紙が一番
中学生になったトーマスが憂鬱そうな顔で、ヴィゴに言った。
「ねぇ、どうしてパパっていつも俺の話を聞き流すんだと思う?」
ヴィゴは、読んでいた雑誌から目を上げ、面白そうな顔でトーマスを見た。
「学校の話なんかは熱心に聞いてじゃないか。今日だって、お前がうんざりした顔でしゃべってた隣の席の女の子が夕べの夕食で何を食べたのかまでちゃんと聞いてた」
「ああ、俺がまるで彼女の日記帳だって話ね。まぁ、そうなんだけど……でも、さ、俺が本当に聞いて欲しいことはそんなことじゃなくて……」
トーマスは朝に晩にと囁く愛の言葉が全く父親に影響を与えないことに納得できない顔つきだった。
ヴィゴは自分の軌跡を同じように辿っている子供に、にやりと笑った。
「俺なんて、ずっと昔から聞き流されてるよ。ポールの耳は、自分の聞きたくないことは右から入って左に抜けるようにできてるのさ。ありゃよほど繰り返さないと本人の中には残らないね」
「ああ! もう! パパどうしてああなのかな?」
「でも、トーマス。どっちがいい? ポールが、右から左に聞き流しまうのと、お前の隣の席の女の子みたいに、両耳から情報を仕入れて、のべつまくなし口から吐き出すような構造になってるのと」
トーマスは、クラスメイトの口は、閉じることの出来ない構造に違いないと同情していた。
そう思わないと、やりきれないほど彼女はよくしゃべった。
ふいに通りかかったポールが人の悪い顔で口を挟んだ。
「トーマス、お前がメアリーの日記帳にされてることは同情するけどな。でも、俺は、脳内で発生したポエムを吐き出さなきゃならないって構造になっている人間ってのも迷惑な存在だと思うぞ? 俺は詩を書き付けとくボードじゃないんだ。いくらピンで留めようとしたって、そりゃ、無理ってもんだろう?」
*信じるさ
トムは、自慢げにヴィゴに言った。
「ヴィゴ。俺、今月に入ってから、5回もパパにノーって言ったんだせ?信じるかい?」
「ああ、信じるとも。トム。ところでポールはいったいどんな手伝いをしてくれって言ったんだ?」
*質問と回答
トムとトーマスの二人は、父親がヴィゴと浮気をしている現場を押さえ、ここしばらくの間、父親の行動を規制していた。
「パパ。今日もちゃんと家に居ただろうね。ヴィゴから電話はなかった?」
「だめだよ。出ちゃ。ちゃんと留守録にしておいて、ヴィゴじゃない時だけ、出るようにするって約束なんだからね」
二人が学校に行っている間のことだ。
約束などまるで守る気もないポールは、平気でヴィゴからの電話に出ていたが、知らん顔で頷いた。
勿論双子は、疑っていた。
だから強硬手段に出ていた。
「パパ、俺たちのことだけ愛してるんだよね?」
電話料金が落ちるはずの口座は双子によって解約されていた。
料金未納で、近日中に通話はストップ予定だ。
それを知らない父親は、双子からの質問にもうこの拘束が解除されてもいい頃だと思い、甘い声で返事をした。
「ああ、愛しているとも。俺は、二人のことをだけを愛しているよ」
双子はこそこそと頷きあった。
「ほら、トム。やっぱりパパは嘘をついてる」
「仕事のこととか考えると、少し気が引けてたけど、やっぱやってよかったよ。パパが愛してるって言うときは、いつもそうだもんな」
*反省の度合い
とうとうポールが双子と関係を持ってしまったことに気づいたヴィゴは、ため息とともに、ポールを眺めた。
「で、俺にどうしろって言うんだ? 祝福しろとでも言う? それとも、あのチビどもとあんたを共有しろと?」
双子とヴィゴのどちらを取るかということはおろか、双子のどちらかを選ぶことだってできないに違いないポールを知っているヴィゴは殆ど諦めていた。
やはり、ポールは、気まずい顔をするだけで、誤魔化し笑いを顔に浮かべた。
こういう顔をしたポールが言い出すいい訳に関しては、今までに両手でも足りないほど聞いてきたヴィゴは、ポールが口を開く前に押しとどめた。
「あんたが言う事なんて、想像の範疇だ。あいつらのことも愛してるって言うんだろう?でも、俺も愛してると。わかった。こういう話はいくらしたところで押し問答になるだけだから、俺が引いてやる。でも、俺も簡単には受け入れられない。ほら、俺のタイを外せ。それから、シャツのボタンを外して、……あんたはすっ裸でベッドにあがるんだ。続きはわかるだろう?」
「……ああ、わかるよ。ヴィゴ」
目を伏せがちにしたポールは、ヴィゴのタイを外し、ボタンを外すとベッドにあがった。
ヴィゴは、にやにやとポールの裸を眺めながら言った。
「なぁ、ポール。俺は、この後友達の個展のオープニングに出る約束なんだ。終わったら、もう一度、俺のシャツのボタンをはめ、タイも結ぶんだ。誰がするかわかるよな?しなくちゃいけないのは誰だかわかってるよな?」
ポールは、顔を上げて、ヴィゴを見た。
「そいつは葬儀屋か?ヴィゴ?……そこまで俺が許すと思ってるのか?」
*本来の用件
小さな双子が夜中に高熱を出した。
パニックに陥ったポールは、必死になって医者に電話をした。
「今すぐ来てくれ!死んでしまう!」
若い医者は、近所の奥さんたちの人気者だった。
双子は熱でふらつきながらも、父親から受話器を取り上げた。
「……先生、ちゃんと診察鞄を持ってきてよ。パパは愛の告白をしたわけじゃないんだからね……」
えっと……パパ豆はもう少し、大人しげな性格を希望してたんですが……。(苦笑)
ジョークの方を優先させて来た結果、なんだか、いつもの豆さんみたくなってきちゃった。