初デート

 

大英帝国の秘宝と名を打った博物館での展示を見に行き、実は、この道具の使い方は、ここに説明されてる通りじゃないんだ、いくつか部品が足りてないせいで、間違えて理解されてるみたいだねなんて、耳元で内緒話をヒソヒソと囁かれ、偶然、(多分、偶然だ。けれど、店は、100年も前から同じ場所で店を構えているというかなりハンサムな3代目がオーナーシェフだったけれども)入った店の魚介料理はぴしりと辛味がきいたスープがとても美味かった。

きらめかしい道具たちが現役だった頃さえ知っているのかもしれない、ゆったりと歩く白髪のカップルたちの眉だって顰めさせない、手も繋がないデートは、積極的に誘ってきた上司の態度を思えば不思議なほどだったが、けれど適切な距離が保たれたせいか、青い目に優しく見つめられたデートの終りの時間が近づくと、別れがたくも感じるようになっていた。

ドアが閉まり、もうイアントに人目を臆する必要がなくなったとき、先に相手との距離を詰めたのは、どちらだったのかわからない。

触れ合った時、唇はうっすらと開いていて、薄い唇の粘膜の表面だけを重ね合わせるだけでは、気が済まなくなっていたのは、間近の目を見つめ合わなくてもすぐわかりあえた。

唇を押し付け合いながらそっと目をあげれば、緩やかに笑い、誘いこむような表情を浮かべたジャックの青い目が優しくイアントを見つめて、思わずイアントは、更に自分から強く唇を押し付けた。壁へとジャックの体を押し付けるようにしたキスをしながら、イアントは、デートに誘った彼のボスなら、決して拒まれない気がして、自分にもできると思った。

何度、口付けの角度が変わっても、ジャックは唇をそっと開けていてくれた。

濡れた口内へと続く粘膜は、濡れて柔らかく、そのキスで、これ以上ない優美なラインを誇る祖父の仕立てたスラックスの前立ての中では、頭を擡げ、興奮し始めているものがあった。ジャックの舌は、驚くほど柔らかく、その感触は、蕩けそうなほどだった。

お互いを抱きしめるふりで体のラインを辿りながら、キスをしたまま続きの行為ができる場所へと、移動すれば、じりじりとする長い時間の果てに、ようやく資料の散らばるベッドが近付き、膝裏にあたったスプリングの感触で、そっと薄目を開けたイアントがヘッドの上の状態を確かめると、残念ながら、大量の書類が先にベッドの表面を占拠している。イアントは書類の重要度と、自分の限界とを秤にかけようとしたが、躊躇った瞬間には、体を返したジャックがのしかかってきていた。

頭の下で紙が折れ曲がるのを感じながら、固いスプリングのベッドに沈められる深いキスを心地いいとイアントは受けとめていたのだ。

口蓋を舐め取るようなキスをしていたジャックが息継ぎのために手を緩めた瞬間に、体を入れ替え、ボスを見下ろしたイアントは、形のいいボスの唇を覆い尽くすようなキスをしながら、初デートでこのまま先に進むことに全くためらいはなかった。

襟元を乱して目の前に横たわるジャックの甘いクリームのように滑らかな体は、ボスを体の下へと敷き込んでいるイアントを激しく興奮させ、それは、触りたいという明確な欲求となって鼓動を早くしていた。

ジャックからも、興奮を伝えるサインがあった。

だから、二人は、当然その先に進むつもりで、イアントは、先ほどから続くキスばかりの行為に、その先の肌に触りたくて焦れていたはずなのだ。

だが、舌を絡めるキスをしながら、突然、彼の体は、まるでビキニのグラビアを見ただけで、真っ赤になった少年のころのように、性行為に対して怖じ気づき、手足が強張って動かなくなってしまった。

イアントは、デートに応じると決めた時点で、ジャックの誘惑に負けた自分を認め、性モラルをも乗り越えたつもりだったが、事実、体は、ジャックの魅力に絡め取られるように興奮し、もう引っ込みがつかない状態だというのに、目の前の体に何もできない。

その原因が血に根を下ろした宗教なのか、今まで女性しか相手にしてこなかった自分の習慣が障害になっているのかわからなかったが、酷い焦りで血ののぼった頭がガンガンとしているというのに、自分の手は、全く脳の命令に従おうとはしなかった。

そのうちには、キスを続けていた舌すら動きがぎこちなくなる。

 

拙いものの情熱的な甘いキスのために目をつむっていたジャックが、ぎこちなくなっていくイアントのキスに様子を伺うようにそっと目を開けた。

「……イアント?」

必死になって体へと命令を下し、濡れて赤さの増している上司の唇へと、唇を押し当てるだけのキスをイアントはしたが、けれど、彼に出来たのは、それだけだった。

きつくジャックの体を抱きしめながら、イアントはどう自分の気持ちを切り出し、説明すればいいのかわらからず、せわしなく呼吸を繰り返した。

ジャックは、長い間、イアントに抱かれていてくれた。

そして、それだけで事情を理解した上司は、そっと部下の耳元で囁いた。

「イアント、俺にチャンスをくれるかい?」

 

股間を高ぶらせたまま、途方に暮れるという生涯初めての、しかも最低な情けなさの中で呆然とするイアントを抱きしめるようにして身を起こしたジャックは、こんな状況だというのに、魅惑的な笑顔を浮かべたままだった。

「リラックスして、イアント」

どうしてこのボスはこんなに笑顔が魅力的なのかと、いつもイアントは思うのだ。それは、やはり彼が悪い人間だからじゃないかと思ったのは、ジャックが何のためらいもない手慣れた動作で、イアントのスラックスのジッパーを下ろしたときだ。

ジャックは、イアントの股間に顔をうずめて、興奮に硬くなっているものへとそっと唇を押し当てた。

ゆっくりと開かれた濡れて温かい口内の粘膜に包まれた時、思わず開いていたイアントの口からは、短い声が出ていた。

「あっ」

肉厚のぽってりした唇が、怒張した勃起を含むと、こんなにも淫らだということをイアントは初めて知った。

そして、こんなにも丁寧なフェラチオを受けたのも、はじめてのことだった。

舌でうまく口内の粘液を滑らせながら、ジャックは、包み込むようにしてイアントの硬いものを吸い上げる。熱い口内の心地は、蕩けそうなほどだ。

ジャックは、甘く鼻を鳴らしながら、そっと硬い勃起の幹の部分にも触れた。長く器用な指を絡めて、愛しげに撫で擦る。

思わず、イアントの腰にぐぐっと力が入り、溢れ出した先走りを、まるで喉の渇きを癒そうかとするようジャックは、全て啜りあげていく。

「いい、……です、ジャック」

尿道口をこじ開け、もっとと啜り上げられると、ぶるぶると腰が震えてしまうのを、イアントは歯をくいしばって堪えようと試みようとした。だが、無駄な努力だ。

まるで今にも溶け出すクリームを舐め取ろうとするかのように、隈なく全体へと舌を這わされ、舐め取られると、あんなに怖気づいていたはずのイアントの手は、ジャックの頭を押さえ込むようにして掴んでいた。

それを、ジャックは嫌がらない。

ますます熱心に舌を這わせ、頬張り、口内の奥深くまでイアントの侵入を許す。

「ああっ、ジャック」

生温かな蜜液で溢れた口内で何度も吸い上げられる感触に、喘いだイアントをジャックはちらりと見上げた。ジャックは笑っている。

「どうしよう、イアント、俺の口の中で、いきたいかい? できれば俺は、違うところにイアントが欲しいんだけど」

 

 

 

「見てない方がいいんじゃないか?」

イアントからは、見えない部分に開いた口孔を、ジャックの指が探っていた。擽ったくからかうように笑われても、捩られたジャックの腰のラインには、匂いたつような色気があって、目を離すなんてことはイアントにはできなかった。

目を閉じてうっすらと口をあけたジャックが、イアントの腰を跨いだまま、はぁーっと静かに息を吐き出し始める。ジェルに濡れた指が探る部分がどれほど熱いのか、とても知りたくて、イアントが思わずベッドから身を起こそうとすると、見下ろしてくる笑顔に、いなすように優しく微笑まれる。

「もう少し、準備に時間が欲しいな」

「俺がっ」

「じゃぁ、今度の時は、イアントがしてくれるかな」

ジャックの口角が完全な均等を描いて上がった。イアントの腰を挟んで、膝立ちになっているジャックの滑らかな腰は、中を慣らす指の動きにすら感じるのか、ビクビクと卑猥に揺れている。

「俺にもできます」

イアントは、ジャックへと手を伸ばした。

だが、それよりも早く、ジャックが両手をイアントの顔の脇につき、覆いかぶさってくる。

キスをするジャックは、ぴちゃりと子猫のようなかわいらしさで最後に一舐めし、唇を離すと、イアントの胸へと手を突き、腰を上げた。

 

「いいかな?」

まるで許可を乞うような遠慮がちな笑みを浮かべて、蕩けそうに柔らかな舌で舐められて以来、天を向いて勃ちっぱなしの怒張の上に、ジャックは真っ白な尻を近づけていく。

けぶるように潤ませた目でイアントを見つめたまま、囁くように話しかけてくる。

「予想してたより、ずっとイアントのが大きくってびっくりしたよ」

そう言ってぺろりといやらしく唇を舐めてみせるジャックのものだって、イアントとほとんど変わらない大きさだ。

だが、最初のためらいはすでになく、腹につくほど勃起したそれを見せつけられているというのに、イアントの興奮は全く冷めなかった。それどころか、イアントは、今は、自分の腹に乗り上げる人を、ベッドに転がし、のしかかりたかった。大きく開かせたボスの股の間に、硬く高ぶった勃起を力任せにねじ込んでやりたい。

だが、ジャックは欲望に濡れた瞳で、柔らかく笑いながら、主導権を譲ろうとはしない。

遊ぶように、膨れた先端の丸みをなめらかな尻の肉へと擦りつけられて、イアントは思わず腰を突き出しそうになった。カラカラに乾いた喉に唾を飲み込み、上がる息をなんとか堪える。

「あなた、俺のを、想像したりしてたんですか」

「するよ。するだろう。大好きなイアントが四六時中側にうろうろしてるんだ。どんなだろうと、何回も想像した」

白く大きな臀部のぬるついた割れ込みへと、ジャックはイアントを誘い込む。

「仕事中も?」

つい、息を喘がせながら見上げると、ジャックは、甘く笑い返す。

「仕事中も」

じりじりと焦らされたが、やっと怒張の先が濡れた窄まりに導かれた。

突き立つ槍へと自ら串刺しになろうと、押しつけるようにして落とされた尻の滑った窪みへと怒張の先が触れると、イアントは本能的に腰を突き上げていた。

塗り広げられたゼリーで滑る先端に、拒むような圧迫感があったが、それでも強くペニスを突き上げると、狭いそこは、こじ開けようとする力に対して、じょじょに屈伏していく。肉輪は強い締め付けをみせて抵抗していたが、イアントの硬いものはそれを突き破っていった。

ジャックの中へと侵入を果たした先端が、滑って熱い肉襞に包み込まれる。

「あっ!」

声を上げたのは、ジャックだ。

それに励まされるように、イアントは、ジャックの腰を捕まえ、自分の上へと引きずり下ろすように、ずぶりと引き寄せた。

「アアーっ!」

おおきなうねりが、イアントを包み込んだ。ぞくりとするようなその感覚は、矢継ぎ早にイアントの腰を突きあげさせた。

「あっ、あっ、あっ!」

上司の孔口は、いますぐ蕩け出しそうな柔らかくぬるんだ肉襞でイアントを断続的に包み込み締めつけてくる。誘いこむような肉襞の動きは、イアントを切羽詰まった気持ちにさせた。

ジャックの腰を掴んだまま、叩きつけるように何度も腰を突き上げるイアントの上でジャックの体が激しく揺れる。のけぞった姿勢のまま、大きく口を開けて喘いでいたジャックは、早くなるばかりのイアントの挿入に、抗議して部下の胸を打つ。

「イアントっ、ストップ! ……もうっ、おしまいにする気なのか?」

目前に迫った射精を止められるイアントは、激しく胸を喘がせながら、指の跡が残るほどジャックの腰を強く掴んだ。本当なら、今すぐにでも、腰を大きく突きあげたい。

柔らかく解れたジャックの内部は、絶え間なく絞り込むような動きを繰り返し、今も、イアントを嬲っている。

だが、入れただけで暴発するような、そんなセックスをこのボスが許すはずもないこともイアントはわかっていた。

奥歯を噛んでいても漏れる激しい息をイアントが堪えていると、見下ろす顔が甘く笑う。

「そうだろう? もっと楽しもう」

ジャックは、ゆったりと腰を動かし、狭くみっちりとした肉道の、濡れた内襞の顫動がどれほど心地いいのかを教えるように腰を上下させた。

自分で腰を動かしながら、んっと、鼻に抜ける甘い声をジャックは上げる。体を前のめりにさせ、好きなように動くジャックの快感に開いた口を、堪らない熱を下腹に溜めたままイアントは眺め続けた。

蕩けたように熱く濡れた肉襞の中を撹拌する硬い勃起はイアントのものだが、この場の主導権はジャックのものだ。

絶え間ない快感で、イアントを絞りあげているくせに、ジャックの腰を掴んだイアントの指に力が入り始めると、ジャックは緩く首を振ってまだダメだと教えた。

だが、緩急をつけ、狭隘な濡れ肉の間を貫く動きで得られる心地よさは、今すぐイアントを獰猛にしそうなほどいい。

「もうっ、……っ、ジャック」

もう何度か、イアントはねだっていた。

「だめ、だよ。っは、ぁっ、イアント……」

まだ、ジャックは首を振る。

だが、もう、イアントには我慢ができなかった。

ボスの命令に逆らい、甘く指の沈むジャックの腰を掴んで、思い切り腰を突き上げた。

「あっ! っんンっ……!」

そのまま濡れた柔肉が絡みついてくる狭い筒の中を、イアントが狂ったように突きあげ続けると、ジャックが開いた口の中で、卑猥に舌を動かし、喘ぐ。

「あ、う、うっ……んっ、ン!」

「んんっ、イイっ、……イ、アントっ、……はっ、……ン! っ、そこ、すごく、イイっ!」

あんなに拒んでいたくせに、激しい挿入に合わせるようにジャックの腰が振られて、イアントも喉の奥で呻る。

だらだらと粘つく液を零すジャックのペニスは、飛び跳ねるような白い体の動きに合わせ、滑りの糸を引いていた。

ジャックの内腿がひきつれたように小さく震えている。

中のうねりは、予想もつかない揉み込みで、イアントをきつく搾る。

「……っ、うっ、……あ、イイっ!」

「んんーっ!……ぅああぁ、っ!」

「っ、ジャックっ、ジャックっ!」

もう我慢できなくて、しがみつくようにしたイアントの抱擁に、ジャックは、腕を伸ばして抱き返してくれた。

「もう、出る、本当に、もう出そうですっ」

「出してくれっ。いっぱいっ、中、にっ、っ……ア、……」

「もう、出るっ!」

「いいよっ、……っァ、……かけて……っ、」

 

腰の動きを早くしたジャックは、うっと喉の奥で低く唸って、今までにないほど、ぎゅっとイアントを締めつけてきた。イアントの腹にかかった生温かな液体が、ジャックの精液だとわかる間もなく、イアントは、肉奥の激しい収縮に翻弄された。

それでも大好きな人をさらに快感の縁へと追い上げようと、腫れたように熱い肉襞を擦り上げると、ジャックは肩を詰めて、背を強くのけ反らせた。

強く指をからめ合い、イアントは、ジャックの最奥へ、熱水のような精液を噴きかけた。

 

「………………っ!!」

 

 

 

イアントこそが、ジャックの髪を撫でようと思っていたのに、いつのまにか、自分が撫でられる立場になっていた。

「これは……?」

ベッドから床へと落ちたくしゃくしゃの書類は、よく見てみれば、プリンターの印字ではなく、タイプで打たれたものだ。

「なんでもないよ。ちょっと今日のデートに備えて、記憶を再現しておこうと昔の書類をひっぱりだしてみただけ」

「……もしかして、ジャック、あなたに関することが載ってる?」

「興味ある?」

にこりと笑う笑顔の逆らい難い魅力に、興味がない人間がいたら会ってみたいとイアントは思った。

 

「キスしようか、イアント」

にこりと笑う柔らかな唇が重なる。

イアントは、二度目のデートの始まりがどこであろうと、終わりの場所は、絶対にここだという確信があった。いや、たとえジャックが嫌だと言ったとしても、なんとかして、ここまでイアントは行き着きたかった。

「好きだよ。イアント」

今は、されるばかりだが、今度は自分が、ボスの髪を撫でるのだ。

イアントはキスしながら、ジャックの髪を優しく撫でてみたくなっていた。

 

 

End