クマ=ワン・ケノービ氏の家出

 

クマ=ワン・ケノービ、いや、失礼、オビ=ワン・ケノービ氏は、悩んでいた。

さっきから、小さなぬいぐるみもどきは、ぐるぐると部屋の中をうろついている。

何がこんなにクマを悩ましているのかといえば、初めてもつことになった弟子との関係だった。

クマと、弟子は上手くいっていない。

クワイガンが連れてきた少年を見た瞬間、狭量にも師を独占しようと嫉妬心を抱いたオビ=ワンも悪かった。

だが、アナキンは、オビ=ワンを見るなり「クマ!」と、指さしたのだ。

その瞬間、二人の間に、北風が吹いた。

こらこら。と、諫めたクワイガンの笑顔は遠い。

そう、クワイガンは、弟子だけ置いて、とっととあの世へ旅立ってしまったのだ。

クマの手元には、目つきの悪い弟子が一人。

ジェダイであるオビ=ワンに向かって、「クマ!」と、叫んだ少年が一人。

あの日、オビ=ワンは、ぷーっと、頬を膨らませ、アナキンと一言も口を利かなかった。

その関係は、未だ尾を引きづっている。

クマは、まさか、その子を弟子にするとは思ってもいなかったのだ。

 

「アナキン」

「……はい。マスター」

修行中ならばまだ素直にオビ=ワンに従うアナキンだったが、それ以外ではふてくされた顔を隠そうともしなかった。

アナキンは、面倒くさそうに本から目を上げた。

目を上げるといっても、ほんの少しだ。

なんと言っても、ぬいぐるみもどきのクマであるオビ=ワンは子供であるアナキンよりも更に小さい。

まん丸のクマの目玉を見つめながら、アナキンは花の頭に寄りそうになる皺を我慢するのに一生懸命だった。

アナキンは、クマが自分の師であることに不満を持っていた。

アナキンにしてみれば、クワイガンの弟子になるはずだった自分が、よりにもよって、この愛玩物としか思えないふかふかクマの弟子だ。

オビ=ワンに連れられ、行ったテンプルで、自分よりもう少し小さい年頃の子供達が、オビ=ワンを指さし、嬉しそうに微笑んでいて、アナキンの自尊心はとても傷ついた。

アナキンは、女の子が喜んで抱くようなぬいぐるみのような姿をしたジェダイが、自分の師であることがアナキンにとってとても恥ずかしかった。

この際、修行中のクマが、とても敏捷で、頼りがいのある指導者であることなど、関係ない。

年若いプライドにとって、それは、全く関係ないのだ。

アナキンは、もじもじとアナキンに遠慮するクマに、唇を尖らしたまま返事を返した。

「何のご用ですか? マスター」

「いや、あのな。アナキン……面倒なことかもしれないが、日記をつけないか? 一日の終わりに、自分を見つめ直し、いろいろ反省することは、翌日の修行において、きっと進歩に繋がる」

クマは、少し恥ずかしそうな笑顔で、データーパットをアナキンに差し出した。

弟子と仲良くなりたい師は、わざわざアナキン専用に新しくデーターパットをあつらえたのだ。

機械好きのアナキンのためにと、オビ=ワンは、それも最新機種を用意した。

だが、アナキンは、手を出そうとはしなかった。

アナキンにしてみれば、オビ=ワンの熱血は、修行中だけにしてくれというところだった。

このクマは、アナキンが、五回できれば、十回やれと、すぐ言った。

クマの血が熱くて、アナキンは少しばかり、鼻白んでいる。

「……どうしても付けなければいけませんか?」

言葉だけは丁寧なアナキンだったが、顔には、面倒だと、はっきり書いてあった。

オビ=ワンは、自分の提案がアナキンを喜ばせなかったことにがっかりした。

小さなクマの肩が落ちている。

「いや、どうしてもと、いうことはないが、だが、アナキン、お前は、まだ、ここに友だちもいないだろう? 毎日の楽しかったことや、悩みやなんかを誰にも話せずにいるのは、辛くないか?」

「……はぁ……」

気のない返事を返したアナキンは、クマがあまりにも真剣な顔で、データーパットを差し出しているので、仕方なく手を差し出した。

途端に、オビ=ワンの笑顔がぴかぴかに光る。

クマの黒い目がつやつやに光っていて、アナキンは、つい鼻の上に皺を寄せた。

「……書いてマスターに提出ですか?」

「私は、読まない。アナキン。だから、安心して好きな事を書いてくれていい」

偉そうに、クマは頷く。

アナキンは、嫌々それに頷いた。

「……はい」

アナキンはこのクマの偉そうで、そうしていても、かわいらしい外見が嫌いだった。

小さくて、かわいらしいモノはいけない。

クマは、すぐにふんぞり返るくせに、頼み事をするとなると、僅かに小首を傾げるようにして、下を見あげてきて、断るこちらがとてつもなく悪いことをしたように感じさせた。

あの濡れた黒い目がいけないと、アナキンは思っていた。

下から見あげてくるクマは、見下ろす対象者に訳もない愛情を抱かせた。

クワイガンもよくオビ=ワンの言いなりだったし、アナキンが天使だと思った美女、パドメも、オビ=ワンを見つけるなり抱き締め、その後、ずっと離そうとしなかった。

クマが、じっとアナキンを見ている。

「他にも何か、ご用が?……マスター」

「いや、……何もない」

弟子との間に親交を深めようとまわりをぽてぽて歩いていたクマの戦略は弟子の冷めた目で見つめられて失敗した。

しかし、アナキンは、日記を付けることになったのだ。

弟子が、心の中で付けた日記の名前は、クマ観察日記。

勿論、書き付けるのは、クマに対する不満ばかりだ。

 

 

その晩、アナキンの部屋に忍び込む小さな影があった。

影は、よちよち寝ている子供のベッドによじ登り、あどけなく眠る寝顔を確かめ、にっこりと微笑む。

それは、小さなクマだった。

師は弟子が寝入った頃を見計らい、眠い目を擦りながら、アナキンの部屋に進入したのだ。

クマは、また、よちよちとベッドから降り、アナキンの机に近づいた。

アナキンの机の上に置かれたデーターパットがフォースで浮く。

ジェダイの力だった。

こんなぬいぐるみのような形をして、本当にクマは、ジェダイだった。

データーパットは、ぽんっと、オビ=ワンの手に落ちる。

オビ=ワン・ケノービは、当然の行為としてアナキンの日記を盗み読みするつもりだった。

いくら、ぬいぐるみのクマのような愛らしい外見だろうが、オビ=ワンは大人だった。

子供とした約束も、必要ならば破る。

そして、アナキンはふてぶてしい態度を取っていようと、日記に気持ちをぶつける子供の素直さを持っていた。

 

電源を入れた日記の一行目には、もう、悪い大人のオビ=ワンをノックアウトする一言だ。

「クマが日記を付けろと言う。うざい」

クマだと言われることには慣れているオビ=ワンだったが、アナキンの文面からは、攻撃的な意味合いが読みとれ、弟子との間の溝を埋めようと惜しみなく努力中のオビ=ワンのショックは深かった。

クマの口からため息が漏れる。

それでも、オビ=ワンは師の務めだとアナキンの日記を読み進めた。

子供の日記は、初日なだけあって、沢山書いてある。

大抵は、オビ=ワンに対する文句なのだが、ちゃんと今日学んだ体術について、どこが難しく、どうして自分にはできないのかという疑問と、それに対する解答を導き出そうと考える姿も見受けられた。

しかし、何度も書かれるのは、どうして自分の師がクマなのか。と、言うこと。

 

もこもこで、ふわふわで、最悪!

あんなに小さくて、でも、態度でかくて、最悪!

クマなんて、クマなんて、絶対に、最悪!!

 

クマがマスターだなんて、恥ずかしすぎる!と、書き殴ってあるのに、オビ=ワンは、少年が子供っぽいプライドと闘っているのを知った。

修行中のアナキンは、とてもいい子だ。

どれほど辛くても、決して音を上げようとしないアナキンに、オビ=ワンは、将来の有望さを感じていた。

アナキンには、どうしても。という気概がある。

あの子は、恥ずかしいクマの元であろうと、ジェダイになるために、努力しているのだ。

 

みんなが笑っていた。クマ、最悪!

 

アナキンの太字に、クマの目がうるりと潤んだ。

……アナキンは、とてもいい子だ。

今日だって、疲れ果てて夢もみない程に深い眠りについているはずなのだ。

途中、何度も混じる、クマが、クマが、という記述に目が痛いと思いつつ読み進めるオビ=ワンは、とうとう日記の最後に辿りついた。

そこには、思いもかけず、小さく、

「ママに会いたい」

50行にも及んだ今日の日記はそれで終いだなのだ。

それを読んだクマは、家出を決心した。

オビ=ワンは、フォースで元通りデーターパッドを机の上に置くと、またアナキンのベッドになんとかよじ登り、大きな布団を一生懸命に子供に掛けてやった。

それで疲れた師は、その後は、フォースでふわりと飛ぶ。

 

 

オビ=ワンが家出を思いついたのは、何もとっぴょうしもないことではなかった。

クマの師匠であるクワイガンは、家を空けることが多かった。

そして、その間に、オビ=ワンは、学ぶことが多かったのだ。

勿論、クワイガンが家を空けるとなったら、その間、クマが飢え死にしないように、女達が、冷蔵庫にたっぷりの保存食を残して行ってくれたのだが、クマにはそれだけの甲斐性がなかった。

仕方なく、クマは、残していく弟子のために一生懸命、ダイニングの机の上に、レトルト食品を積み上げていく。

なぜ、これ程に、オビ=ワン宅にレトルト食品があるかと言えば、クワイガンの葬式後、クマを抱き締め、散々に泣いた女達は、クマのために、すぐに食べられる食料を大漁に買い込んで来てくれたからだ。

彼女たちは、何度も、クマに言い聞かせた。

「オビちゃん、お願いだから、キッチンに立とうなんて野望を抱かずに、これをチンして食べてね。彼が手塩にかけて育てた弟子が、キッチン火災で焼死なんてことになったら、彼も浮かばれないんだから……」

鼻をすすりあげる美女達は、代わる代わるクマを抱き締めた。

だが、誰一人として、彼を偲んでここに残ると言わない辺りが、さすがクワイガンの女達だった。

クワイガンが居なくなれば、手作りの保存食ではなく、レトルト。

しかし、そのおかげで、今日までオビ=ワンとアナキンは餓死せずにすんでいた。

予定外に出来た弟子のために、クマは、レトルトをレンジに入れて、チンするのだ。

クマでも、これなら、胸を張って出来る。

この食事についても、アナキンが不満をもっていることを、オビ=ワンは日記で知った。

しかし、クマは、調理台に届かない。

 

 

 

そして。

クマの家出は、決行された。

しかし、その結果は……。

 

 

 

 

荒れ果てた家に舞い戻ったオビ=ワンは、たった三日、たった三日で、家の中をゴミ溜めと代わらなくした弟子にあんぐりとした。

これで、予定通り、一週間家出を決行していたら、この家は、きっと崩壊していたに違いないと思わせるだけの迫力をもって、家は汚されていた。

そう、クマは、家出先から、早々に帰されてしまったのだ。

持たされた土産を手に、クマは、踏み場のない家の中に、おろおろと家の中をうかがう。

「ア・アナキン?」

一歩進むごとに、オビ=ワンの柔らかい足は、工具を踏み、床を引きずるローブは、ネジや鉄片を引きずった。

クマは、よちよち歩きだ。

「……誰?」

目つき悪く顔を出した弟子は、クマの姿を見るなり、顰め面をした。

「あっ……マスター」

睨み付けてくるその顔は、なかなかの迫力だ。

クマは、見下ろす弟子の威圧感に、思わず一歩ずり下がった。

しかし、アナキンは、クマをしげしげと見つめ、そして、吹き出した。

「何? それっ!!」

上手く足下の工具を足で脇に退けながら進んでくる弟子は、オビ=ワンの前にすとんと座り込むと、クマの髭を引っ張った。

「ねぇ、マスター、これ、なんのつもり?」

「……いや、あの、家から出てたから、髭を剃れなかっただろう? それに、こうすれば、マスタークワイガンと一緒だし、少しは、箔がつくかと……」

嘘だ。クマは、家出をしていたから、髭が剃れなかったのではなく、家出先で、三日に渡り眠りこけていたから髭が剃れなかったのだ。

先輩マスターに、弟子との距離の取り方を学ぼうと出かけて行ったというのに、たどり着くなり、オビ=ワンは眠り込んでしまったのだ。

クマも慣れないマスター稼業にかなり緊張していたようだ。

相談も、勉強もする間もなく、オビ=ワンはソファーの上で、意識を失った。

そして、三日だ。

優しい向こうの弟子は、クマにベッドを明け渡すだけでなく、寝覚めたクマに、素敵な言葉までプレゼントしてくれた。

「僕だったら、こんな一生懸命心をくだいてくださるマスターは、うれしいばかりです」

そして、彼は、にこりと笑った。

「アナキン、テンプルで友だち一杯ですよ? マスターケノービも、テンプルの人気者だし、すごい師弟コンビが出来上がったなぁって、みんなすごく注目してるんです」 

 

アナキンは、オビ=ワンの髭を散々弄り回し、揶揄する。

「マスター、変だよ。変。絶対に変!」

「そうか?……それほど、評判は悪くなかったんだが……」

「かわいいって言われなかった?」

クマは、目を見開いた。

「……あっ、……そういうことだったのか!」

「マスターって、馬鹿なんじゃない!?」

大声で笑った弟子は、……そして、いきなりクマをぎゅっと抱き締めた。

「ねぇ、マスター。何にも書き置きせずに、いきなり居なくなるなんて、……俺のこと嫌い?」

アナキンは、初めてクマを抱き締め、その柔らかさに驚いた。

小さくて、柔らかくて、ぎゅっと抱き締めたならば、クマは潰れてしまいそうだった。

そして、温かい。

アナキンは、慌てて力を緩めた。

「アナキンっ!」

クマは、逃げようとする弟子を、慌てて抱き締めた。

師の不在をなじるアナキンの声が震えていた。

オビ=ワンは、自分が失敗したことを知った。

保護者の不在で、何かを学ぶには、まだ、オビ=ワンとアナキンの間に信頼関係が少なすぎたのだ。

クマは脳天気過ぎた。

今回のことは、ただ、アナキンを傷つけただけだった。

こんなマスターに教えられるアナキンは、可哀相だと、クマは、必死になって弟子を抱き締めた。

「私は、私は……」

言い訳を口にしようとして、今、言うべき言葉はそんなものではないと、オビ=ワンは気付いた。

「いや! アナキン、お前を嫌いだなんて、とんでもない!お前のことは、大好きだ。大好きに決まってるだろう!」

クマは、慌てて、言い募る。

「悪かった。今回のことは、本当に私が悪かった。お前のことは大好きだ。例えお前が、私のことをクマだと思っていたとしても大好きだ」

こんな場合だというのに、日頃の不満がクマの口からぽろりと出た。

アナキンが真顔で聞いた。

「クマでしょ?」

「クマ……だが、……」

オビ=ワンは、不満そうに、唇を尖らせた。

「ぬいぐるみみたいなかわいいクマじゃん」

「だが、それじゃ、お前は嫌なんだろう? せめてと思って髭を伸ばしてみたが、どうも不評みたいだし……」

クマがしょぼんと肩を落とす。

「俺のため?」

「じゃなきゃ、誰のためだと……」

クマは、つやつやの目をしてアナキンを見あげた。

「あっ、そうなんだ。じゃぁ、仕返しだと思って、家中、散らかしてやったのに、これじゃ、やりすぎか」

自分の師が愛らしい生き物だとわかったアナキンは、照れ隠しににやりと笑った。

そのまま弟子は、クマの髭に手を伸ばす。

クマは、髭を引っ張られ、むうっと、突きだしたお口がチュウの形だ。

その顔は、ずいぶんと可愛いらしかった。

「おかえり。マスター」

アナキンが、にっこり笑ってクマにキスをした。

「あっ? アナキン!?」

オビ=ワンは土産に貰ったプリンを弟子にぶつけるように差し出しながら、真っ赤だ。

 

 

しかし、その晩、またもや子供部屋に忍び込んだクマが読んだ日記。

 

俺が、テンプルの子たちと仲良くなれるようにって家出した!?

俺が人気者だって知らないわけ?あのクマ!

クマって、何星人!?

 

畜生!クマ汁だ。クマ汁!

 

 

翌朝、キッチンに立つようになった弟子は、クマ汁を作りはしなかったが、……師と弟子が、仲良くやっていけるようになるには、まだ、道のりは遠い。

 

 

END