ハニクマ 4

 

うららかな春の日差しが差し込むリビングでは、ぎっくり腰を気合で治したクマが、趣味の機械弄りに勤しむアナキンに纏わりついていた。

「なぁ、アナキン」

「なんです? マスター?」

発情期のため、突発性世話焼きになっているクマは、アナキンの視線を敏感に感じ取り、次アナキンが手に取ろうとしている部品をさっと手渡す。

勝手にアナキンの部屋に入り込み、ボルトを踏んでは文句をつけていた普段とはえらい違いだ。両手を床に付いたクマは、いつ、何をアナキンが望んでもすぐ取れるよう万全の構えだ。

「アナキン、それ、いつ組みあがる?」

「もう、飽きました? マスター」

アナキンは、立てた膝の上でねじを回していたオモチャから目をあげ、クマを眺めた。

クマは、わずかに視線をそらす。

「いや、そういうわけじゃないが……」

飽きているに違いないのに、オビ=ワンは、アナキンが趣味の時間を満喫するのを邪魔しない。本当に、発情期のクマは、すばらしい。

腰痛での失点を取り替えそうというのか、アナキンのために小さな歯車を探すクマの顔はキリリとしている。

ヨーダからの命令で、二人っきりでクマと家に閉じ込められることになっているアナキンは、ほんの少しばかり貞操は危ういが、この穏やかな空間を満喫しはじめていた。

クマが、赤いコードをアナキンに渡す。

「ありがとうございます。すごいですね。よく俺の欲しいのがわかりますね」

「わかるさ。大事なお前のことだぞ」

しかし、好事魔多し。昔から言うのだ。そういうものだ。

 

アナキンが熱心にねじを留めていると、突然の来客が訪れた。

アナキンの役に立とうと張り切っているクマは、だっ、と駆け出す。

アナキンは、普段のクマが言うならば「ガラクタ」の作成を続けようかどうか迷った。ここをジェダイの家と知らぬ一般の訪問者であるなら、発情期のクマが応対しようとも問題なかった。だが、ジェダイとしてのオビ=ワンやアナキンに用があるのなら、あの師匠では、用を足さぬ。特にアナキンに用事があるのなら、絶対にクマは、客を中へは通しはしない。

「マスター、待ってください」

いや、例えオビ=ワンに用事があり、そのオビ=ワンが対応に出たのだとしても、今のクマは、その内容を理解しなかった。発情期中の師の頭の中は、大事なメスであるアナキンのことだけでキャパ一杯なのだ。大変困ったことに。

膝の上に散ったさまざまな部品やカスを払いのけながら、アナキンは立ち上がった。

艶々の目をしたクマをアナキンは追う。

するととても楽しげな声が聞こえた。

「相変わらずだな。オビ=ワン。こら、やめろって。そんなことすると、こうだぞ」

「お前こそ、こうだ」

クマと来客の姿を見たアナキンは、あまりのことに驚いた。

クマと、ベイル・オーガナ議員が髭を擦りつけあって、笑っている。

「あ、あのこんにちは」

アナキンは、顔見知りでもある議員に声をかけた。クマは、よくアナキンにするように、穏やかに笑うオーガナ議員の首へと短い腕を回してしがみついている。

馬鹿げた話だが、その瞬間、アナキンは、クマのその態度に「浮気」という言葉を思いついた。さっきまで、師匠は、不器用な手つきでアナキンのためにポットからコーヒーを注ごうと奮闘していたはずなのに。

誠実な顔をした議員は、しっかりとクマを抱いたまま、握手のための手をアナキンに向かって伸ばした。

「やぁ、こんにちは。アナキン。久しぶりだね。マスター・ヨーダに用があってテンプルに出向いたら、オビ=ワンが発情中で自宅待機だと聞いてね」

アナキンが側にいるというのに、クマは、議員から離れようとしない。いや、視線だって向けようとしない。

「これは、ジェネラルをからかってやる絶好のチャンスだと思って、ちょっと顔を見にきたんだ」

「本当に、久しぶりだ。ベイル、会えて嬉しいよ」

オビ=ワンは、ふかふかの毛皮を議員にせっせと擦りつけている。それは、嫌というほどアナキンにしていたしぐさと同じで。

アナキンは、呆然としながらも、議員をリビングに通した。オビ=ワンは、全く議員から離れようとせず、その膝に乗っていた。アナキンにしていたように、机の上の菓子を議員の口へと詰め込んでいる。自分用にと置きっぱなしにしておいたものをだ。オーガナ議員もクマに菓子を口へと運んでもらいながら、笑っている。

「発情期になるとオビ=ワンは、普段の面の皮の厚さがどこかに消し飛ぶな。本当にかわいらしい。こんなところを見たのは、そうだな。もう、十年も前か?クワイ=ガンが生きていた頃だから」

クマは、伸び上がって議員の口ひげについた菓子のカスを舐め取った。ペロペロと舐めている。議員を接待するために席を立とうとしたアナキンに一瞥もくれようとしない。

「いつもこんなだと、大変だな。アナキン」

なんとなく憮然とした顔になってしまう弟子に対して、議員が気を使っていた。

アナキンは、振り返って愛想笑いを浮かべたが、そんな弟子に対して、オビ=ワンは露ほども気にかけず、議員にばかりなついていた。やはり、アナキンは胸がざわつくのを感じた。

「……いつもは、これほどじゃないんですが、今年のマスターは特別激しいみたいで」

「そうなのかね」

「ほら、マスター。オーガナ議員に迷惑がかかりますから、こちらに移ってください」

アナキンは、師匠に対して腕を伸ばした。

しかし、クマは嫌だ。と、首を振る。抱っこのポーズを取りもせず、あの艶々の目でオーガナの顔ばかりをじっと見つめる。

アナキンは、驚いた。未だかつて発情期のオビ=ワンに、アナキンが拒まれたことなどないのだ。アナキンより誰かを優先するオビ=ワンなど見たことがない。

「マスター?」

「ははは。やはり、オビ=ワンの趣味は変わらないのか。そんなに髭が好きか? ははは」

アナキンにとって、極生真面目な議員だと、そんな印象しかなかったオーガナが、快活に笑っていた。オビ=ワンを抱き上げ、頬ずりをする。

「アナキン。きっと君が立派なナイトに成長したから、オビ=ワンも安心して本能に身を任せられるようになったんだろう。この様子は、クワイ=ガンが存命のときとまるで変わらない」

愛らしい姿のクマは、議員に菓子を分けてもらい幸せそうに笑っている。

アナキンは、伸ばしていた手をぐっと握り引っ込めた。

「オーガナ議員。マスター・クワイ=ガンがご存命の頃のマスターをご存知で?」

「ああ、それはもう、べったりと張り付いてまるで離れなかった。オビ=ワンは言っていたよ。一番はマスターで、二番が、マスターによく似た髭。他は、まるで興味がないってね」

けだものの本能としてそれはどうかと、アナキンの頬がひくりと動いた。

「……それは、マスターは、クマには、……興味がないということですか?」

「いや、……それは、そうだな。でも、オビ=ワンと同じ種族はなかなかこの銀河の中では、出会う確立がないから」

つまり、口ひげも健やかに笑う議員は、クワイ=ガン亡き今、アナキンを押しのけオビ=ワンの一位に輝いているということであり。動物学者の言っていた自分の匂いが染みつたなどの理屈はまるで関係なかったのだ。オビ=ワンとクワイ=ガンのペアは伝説的なほど仲が良かった。クワイ=ガンがオビ=ワンにとって最高のパートナーであったことは間違いなく。だから、発情期のクマにとって、フォースになろうとも一番好きな相手は、クワイ=ガンだと言う事なのだろう。そして、その次が、クワイ=ガンに似た「髭」と、いうわけだ。髭のないアナキンは、あれほど迷惑をかけられてきたというのに3番目か?

毎年とは言わないが、発情期のクマを抱えて、困惑の数週間を過ごしてきた弟子は、むかつきを飲み込むことができなかった。

自分に対して目もくれぬ師に対して、アナキンは質問を投げかけた。

「マスター。クワイ=ガンが一番だというのは、良しとしましょう。しかし、次が髭ってなんですか。俺のことはどうなるんですか」

議員の顔を、つまりは「髭」をきらきらの目をして見上げていたクマが本能に身を任せているにしては、狡猾な表情で、くるりと振り向いた。

「髭がない奴の中じゃ、お前が一番好きだぞ。アナキン」

その他大勢に対してよりは、もう少し親しみ深く、しかし、今までのラブぶりがどこかに行ってしまったかのようにあっさりとオビ=ワンは答えた。

そこにアナキンは、いつものオビ=ワンをみた。なんだか、ほっとすると、同時に、だが、アナキンは非常にむかついた。

「クワイ=ガンに似てさえいれば、まだ見たこともない髭だって、俺より格上ってわけですか?マスター」

「……う〜ん。まぁ、そうだな」

すこしばかり迷う目をして、アナキンの顔を見つめたものの、本能に忠実なクマは、容赦がなかった。

それだけ言うと、もう、オビ=ワンの興味はオーガナ議員へと移っている。すりすりと自分の体を議員へと擦り付けている。

「わかりました」

アナキンは、席を立った。

オーガナ議員は膝の上のクマを抱いたまま、困ったように笑っている。

 

アナキンは、オーガナ議員のためのコーヒーと、蜂蜜のたっぷり入ったホットミルクを用意し、席に戻った。

ミルクは、自分のすぐ近くへとドンと置く。

「マスター、こっちに来ませんか?」

アナキンは、別段、発情期のオビ=ワンに纏わりつかれたい。と、いうわけではない。

しかし、あれほど、スキスキ光線を出しておきながら、いきなりやってきた客に掻っ攫われるのは、どうにも腹に収まらなかった。

クマは、身を引き裂かれるような悩みに取り付かれているようだ。

「……ア・アナキン……」

苦悩に満ち、泣くのでないかというほど目を潤ませたクマの短い手が、カップに向かって伸ばされている。

「さぁ、どうします? マスター。 マスターの好きな蜂蜜がたっぷり入ったミルクですよ?」

髭が勝つのか、蜂蜜ミルクが勝つのか。

しかし、どちらが勝とうとも、結局アナキンが髭に負けていることには代わりがない。

 

END