ハニクマ 3
クマは、アナキンの膝の上にべったりと横になっていた。
この態度は、特別甘えているなどといったものではない。ぎっくり腰をやったクマは、腰が痛くて動けないのだ。テンプルに出向いた時までは、まだなんとか動ける程度だったオビ=ワンの腰は、家に帰ったときには、酷い痛みを与えていた。勿論、立って歩くこともできない。
発情期でアナキンに迷惑をかけたくない男前なオビ=ワンは、最初、自室のベッドで横になっていた。だが、気の利き過ぎる弟子が、「水が飲みたいんじゃないですか」、「本を読みますか」など、頻繁にオビ=ワンの部屋へと顔を出し、その頻度があまりに高いので、結局、オビ=ワンは、弟子に足を運ばせ続ける自分が許せなくなり、リビングで弟子の膝の上にクッションを置いて貰い、そこで横になっていた。
まぁ、クマの個人的幸福感のため、ソファーで横になるはずのオビ=ワンが、弟子の膝に乗かっているということはある。
「どうです? まだ痛みますか?」
鎮痛剤を師に飲ませたアナキンは、大人しいクマの背中を眺めながら楽しげに尋ねた。
さっきまではわずかに身をひねることも痛かったオビ=ワンは、痛みの幻影に脅え、うつぶせたまま、返事を返す。
「まだ、痛い。……すまないな。アナキン」
くったりとアナキンの膝の上にうつぶせているオビ=ワンは、情けない声を出していた。
アナキンの膝にいられることはオビ=ワンにとってとても幸せなことなのだが、大好きな、いや、愛しているアナキンにみっともない姿を晒していることがクマには悔しい。
「いいえ、構いません。どうせ、俺たちオフになりましたし」
アナキンはくつくつと笑った。
ジェダイ師弟は、緑の偉人に言いつけられたのだ。
表向きはオビ=ワンのぎっくり腰を養生するための休養を。だが、実際は、発情期のクマがテンプル内で迷惑をかける危険を回避するために、二人とも家での待機を求められた。苦々しい顔のヨーダは、通信機を使ってできる仕事をアナキンに山ほど与え、「出てくるな」と、はっきり言った。
横にいた艶々のクマに視線が釘付けだったメイスの存在もヨーダの機嫌を悪くしていた原因だろう。
アナキンは、膝の上にクマを乗せたまま、飽きず師を見下ろしている。
腰の悪いクマはクッションを抱え込んだ形で、くったりと伸びきっている。ふかふかの毛は、艶々だが、表情はすこし暗い。いや、少し機嫌を損ねている言ったほうが正確そうだ。
アナキンはいつもの師らしいその表情が、微笑ましい。
アナキンは、じっとオビ=ワンを見下ろしている。
「……アナキン、お前、私のことを面白がっているだろう……」
ぎっくり腰で動けないクマは、少し拗ねた声を出した。
実は、オビ=ワンは、アナキンが側にいてくれることはとても嬉しかったのだが、あまりにじっと見られるのは恥ずかしかった。
自分の匂いが染み込んだアナキンの膝に乗っかっていられるのは、クマにとってとても幸福だ。でも。
「ええ、ちょっとだけ」
アナキンは悪びれず笑顔で答えた。アナキンにとってオビ=ワンがぎっくり腰をやったことは、それほど悪いことではなかった。特にこうやってオビ=ワンが動けなくなってしまってくれれば、発情期中で、すばらしく男前な師匠が周りをうろちょろすることは防げた。つまり、アナキンを手伝おうとクマが皿を割ることもなく、先に走っていってドアを開けようとするクマにエスコートされることもなく、アナキンが友だちと口をきくたび、クマの爪が伸びることもなく。
確かに、動けないオビ=ワンのために、一から十までアナキンが動いてやらないといけないことは師が何もできない。と、いう部分はあったが、それも、動けるはずの普段の師に一から八くらいまではやらされていたアナキンにとって、それほど問題になることではなかった。
それに、発情期に怪我をしたクマは、ずいぶんとかわいらしい存在だ。
「アナキン……迷惑ばかりかけるが、私のことを嫌いにならないでくれ……」
そう。クマは、ずいぶん弱気なのだ。
クッションを抱えるようにしてアナキンの膝にうつぶせているクマは、鎮痛剤が効果を示し始めると、しきりに弟子の膝に額を擦りつけ、懇願した。アナキンに手を伸ばすことを要求し、その手をきゅっと握ると、何度もにぎにぎと動かす動作を繰り返す。
クマのオスはどうやら、メスを強くリードできる存在でないといけないらしい。怪我のため、アクティブな行動が取れないオビ=ワンは、自分の不甲斐なさを、心底恥じているのだ。
「……アナキン」
オビ=ワンは、すっかり濡れてしまった目をして、弟子を見上げる。普段踏ん反り返っているところばかり見てきたアナキンは、そんなかわいらしい様子の師匠に目を細めて笑い返した。オビ=ワンの黒目が心細げに揺れている。
「ああ、顔があげられるようになったんだ。少し、よくなったみたいですね。マスター」
「ああ、……でも……」
きゅっとクマは、アナキンの指を握っている。アナキンは、失礼な真似だとわかっていながら、師であるオビ=ワンの頭を撫でた。眉間に寄った皺を開くように何度も撫で、そのままクマの髭へと撫でていく。
アナキンは、こうやって自分をリードと精一杯努力をし、失敗しているオビ=ワンの姿に懐かしいものを感じていた。
自分がまだ小さなパダワンだった頃、オビ=ワンは、アナキンの前に立ち、いつもアナキンを未知の知識へと導こうとしてくれていた。パダワンだった頃のアナキンは、実際のところ、この小さな師匠のかわいらしさと懸命さがとても鬱陶しく、決していい弟子ではなかった。だが、今なら、このオビ=ワンの気持ちに対して、優しくすることができる。いや、絶対、間違いなくできる。なぜならオビ=ワンは、少々アナキンが育ち始めると、小さな弟子に対して見せていた愛情溢れる優しい師という仮面を脱ぎ始め、ただのものぐさなクマに成り下がったからだ。それを、あまりに態度の悪い弟子を成長させるためだったと、師は語るが、生来のクマの本性だと、アナキンは思っている。しかし、確実にアナキンは傍若無人なクマの態度によって鍛えられた。今だったら額に汗が浮かぶほど真剣な顔をしたクマが、ライトセーバーをチェキで構えて、死ぬ気でかかってこい。と、言い放ったとしても、イーと歯を剥くことは勿論、冷たい目をしてクマを見下ろしたりもしない。
オビ=ワンはふかふかのクマの髭は、とても柔らかく、撫でるアナキンも、そして、いつまでも優しく擽られるクマをも幸せにした。
「……アナキン」
薬の効果もあるのだろうが、アナキンに撫でられるオビ=ワンの目がとろんと眠そうに潤んでいた。
それなのにまだオビ=ワンは、アナキンの手を離さない。絶対にアナキンを離したくないと体全体で伝えてくる。
ぎゅっと掴む師の手は小さい。
アナキンに自分の優性をアピールするクマの態度より、その頼りないクマの様子に、ふと釣り込まれてしまった。自分の不甲斐なさに、もどかしそうな、悔しそうなオビ=ワンは、愛すべき存在だった。普段、もっと態度の悪いオビ=ワンに対してでさえ、尊敬の心を忘れないアナキンにとって、そんなクマの様子は無条件に優しくしてやりたくなる。
もしかしたら、昔、頑張っていたクマに反発してしまった罪滅ぼしのために。いや、単に、アナキンも、クマの媚態に惑わされてしまっているだけかもしれないが。
「アナキン、すぐ治すから。……お願いだ。私のことを嫌わないでくれ……」
情けなく潤んだオビ=ワンの目がアナキンを見つめていた。
アナキンは、その大きな目に吸い込まれるように、思わず自分の師である小動物へと顔を近づけていた。
オビ=ワンの濡れた目を見つめながら、弟子はクマ鼻先に、自分の鼻をタッチさせる。
ぎっくり腰以外は、とても健康な濡れたくまの鼻の感触は、思わずアナキンを、くすりと笑わせた。
暑苦しく愛情表現するタイプだったクマは、小さかったアナキンが新しい技を身につけるたび、こうして鼻を擦り付けてきた。
なんとなく幸福な子供時代に戻った気分になる。
間近の弟子の目に、幸せそうに微笑んだクマの目が瞑られた。
それは、時間を切り替えるための重要な合図だった。
アナキンは、ふかふかの師の頭をそっと抱きしめ、もっと顔を寄せた。
オビ=ワンの唇にキスをした。
二人は手を繋いだままだった。
そのまま二人はしばらくいた。
のだが。
「だめです!マスター。すみません。ちょっとした気の迷いです!」
幸福感に包まれた穏やかな空気を、アナキンが遠慮会釈なく引き裂き裂いた。
弟子は自分にしがみつくクマを引き剥がす。
大好きなアナキンとキスをしていたクマの舌は口からはみ出し、物足りなさそうだ。いや、クマが物足りなさそうな部分は、そこだけではない。
今年の発情期はクマをすばらしく男前にしていた。いや、もう、ほんと、アナキンが勘弁してください。とお願いしたくなるほどクマは正直に男前だった。
オビ=ワンは薬が効き始め、腰が痛くないのをいいことに、キスを続けながらもずるずるとアナキンににじり寄り、弟子の腰をその短い足でぎゅっと挟み込むと、すりすりと自分の前を擦り付けた。
小さくともピクンと勃っている硬いものが、アナキンの腰に押し付けられる。
そこで、クマは、腰を振る。
とてもわかりやすい愛情の示し方だ。
しかし、アナキンは、そんな愛情はまっぴらごめんだった。クマに襲い掛かられ乗っかられる自分!
クマのなりは小動物だが、オビ=ワンはマスターの称号を持つジェダイなのだ。肉弾戦の腕前はもう体の大きなアナキンの方が上かもしれないが、しかし、師には小さな頃からアナキンを見てきたという利点がある。アナキンの弱点をジェネラルと呼ばれるクマが知っている。
そして、フォース! 今、アナキンは、ジェダイがフォースを持つことに、激しい危機感を感じていた。クマのフォースは強い。特に、発情期で本能全開の分、今、オビ=ワンから感じるフォースはとても強大だった。万が一、オビ=ワンがアナキンをフォースでがんじがらめにしようなどと思いついたら!
弟子の首根っこをつかまれ、宙に浮いた足をぶらぶらさせている師の顔はとても残念そうだった。
物足りなそうな口元をピンクの舌がぺろぺろと舐めている。
「マスター。言うことは、『ちっ、正気づきやがった』ですか?」
普段のオビ=ワンなら、間違いなく言った。
しかし、クマは、心外そうだ。
「いや、そんなことは言わないぞ。私は、アナキン、お前を愛しているんだ。ただ、それだけなんだ」
発情期のクマは真顔だ。
「……ありがとうございます。マスター」
アナキンは、クマのためにサポートパンツを買い足すことに決めた。パンツの替えがなかったのか、今日のオビ=ワンの前は、はっきりわかるほど膨らんでいるのだ。
発情期のクマは、とてもアナキンを愛している。
END