ハニクマ 1
日の差し込む部屋で目を覚ましたクマは、自分の状態にすこし驚いた。
小さなアレ、が、ピクンと、勃っているのだ。
ベッドに座ったクマは、まっくろの目で自分のアレをじーっと、見つめている。
そういえば、近頃、なんとなくモゾモゾはしていたんだ。
年間を通じ、割合穏やかな気候であるコルサントにも、季節はあった。そして、ここ何日か、日中ぽかぽかと暖かい日が続いていたのだ。
「久しぶりに見る……」
オビ=ワンは、クマだから、勿論、春になれば発情した。だが、季節は、まだ、寒さがわずかに緩んだだけの冬だった。このクマ、本能に逆らいヒューマノイドタイプの生活を送っているため、すこし野生の勘が狂っているのだ。実は、この現象も、ずい分久方ぶりだった。
「こないだも、春だったから、ちょうど一年ぶりか?」
人間と違い、恋の季節が決まっているオビ=ワンは、一年に2度、発情期が来るはずだった。しかし、去年は、秋にクマのペニスは一度も勃たたなかった。
オビ=ワンは、ひそかに心配していたのだ。
それにしても、今年は早すぎる。クマは、まだふさふさの冬毛に覆われているというのに、ペニスは、春を、恋の季節を、歌っていた。やはり、なにかトチ狂っている。
「でも、よかった。この年でもう、勃たなくなったのか心配してたんだぞ」
オビ=ワンは、エッチがしたい。と訴えているペニスに向かって、嬉しそうに微笑んだ。
クマにとって、この現象は、隠さなければならないものでも、恥じすべきものでも、なんでもなかった。と、いうか、クマ的には、ほっとし、自慢げに胸を張ってもいいような事柄だ。
オビ=ワンは、股間でピクンと自己主張しているかわいらしいものに、くふくふと笑った。そして、クマは、たんすからサポート力の強いパンツを引っ張り出す。それを履いて、「ふん。完璧」と、胸をそらす。
一年中発情するくせに、その事柄を隠したがるヒューマノイドに、クマなりの気の使い方だ。
そして、小さいけれども、きっちりと春を主張するものを持った師は、とことこと部屋を後にするのだ。
ダイニングからは、バターの焼けるいい匂いがしている。
「おはようございます。マスター」
今日は、オビ=ワンお好みのホットケーキの日でなく、けれども、トーストにたっぷりと塗られた蜂蜜の匂いで、ぷんぷんと甘いキッチンから、アナキンは、皿を両手に師の前へと現れた。
師は、机の上に、早くそれが置いて欲しくて、大きな目を艶々させながらアナキンのことを見上げている。
しかし、アナキンは、テーブルに近づく足を急に止めてしまった。
弟子は、う〜っと、うなり声に近いものを喉でもらす。
「マスター……」
クマの様子がいつもと違った。
「アナキン、待ってたんだ」
クマは、足を止めてしまった弟子が早く来てくれないものかと、ぶんぶんと腕を振り回した。
10代だった頃のやんちゃぶりにが嘘だったかのように、この弟子は、クマに対して、ぐっと優しくなったはずだった。秘密を持って、時々、ちくりとした痛みを師に与えることはあるが、こんな、朝食を前にして、クマにお預けをするようないやがらせはしない。
「おおい、アナキン」
アナキンが、あまりに皿を寄越さないので、仕方なくオビ=ワンは、椅子から降りた。あと1メートルというところまで近づきながら、それ以上足を動かそうとしない弟子の足にまとわり付く。
「アナキン。アナキン」
アナキンの足によじ登りそうな勢いで、オビ=ワンは、手を伸ばしていた。
クマは、皿を運んでくれそうな、そんな熱意に溢れている。
アナキンは、そんなクマを困ったように見下ろした。
師は、弟子を使うのが好きだった。弟子がいるときに、自分が動くことなど大嫌いなはずだった。
オビ=ワンの行動は、普段どおりではない。
いつもなら、椅子にふんぞり返って、「早く持って来い」と偉そうにしているはずなのだ。
それなのに。
アナキンは、足元にじゃれつくクマの様子に、大きなため息をついた。
「……ああ、これはもう、絶対、そう……」
アナキンの足元にいるクマの目は、いつも以上に艶々と光っていた。
鼻は、しっとりと濡れ、伸ばしている手から生えている爪までぴかぴかだった。
勿論、毛皮は、いつもの倍以上に艶めいている。
その上、クマは、これまで体内に溜め込んできた蜂蜜の香りを全身から発しているかのように甘い匂いをさせているのだ。
甘い、甘い匂いが、クマからアナキンに向かって漂ってくる。
クマは、オスのほうが強くセックスアピールをする種族なのだ。発情期のクマは、無意識に自分に磨きをかける。
「マスター。足にしがみつかれると、俺、動けませんので」
困ってしまうほど愛らしいクマの姿に、情けなく眉を寄せながら、アナキンは、弟子のブーツの上に乗り、精一杯背伸びをしている師へとやんわりと、注意を与えた。
この時期のクマには、ひとつ、困った性質がある。
「じゃぁ、アナキン、早く」
かろうじて、ブーツから降りた師は、弟子の足にしがみついたまま、アナキンがテーブルへと皿を置くのにあわせ一緒に歩いた。アナキンは歩きにくいことこの上ない。しかし、師は、アナキンにしがみつき離れない。
発情中のクマは、やたらと弟子に纏わり付くのだ。あまりに師がアナキンの後ばかり付いてくるので、とアナキンは、ある動物学者に尋ねたことがある。
「同種族のメスが側にいないから、自分の匂いが染み付いた君が、性的な対象に選ばれているのかもしれないな」
にやにやと学者に笑われたことは、アナキンにとって、笑っていいのか、泣いていいのかわからない過去だ。
エレガンスなクマは、たんすの奥底に隠し込んでいたサポートタイプのパンツを着用しているようで、パンツの中を覗いてみないことには、春が来ているのかどうか、確かめようもないが、しかし、アナキンは確信を持って、師匠が発情中だと思った。トーストの朝食だというのに、やたらと機嫌がいい。アナキンに椅子に座り、その上に、自分を乗せろと、ものすごく張り切っている。
「なぁ。なぁ。アナキン」
弟子の膝の上に乗ったクマは、髭まで艶々させた顔をすりすりとアナキンの胸へと摺り寄せる。自分のトーストをちぎり分けて、アナキンに食べろと、口元まで手を伸ばす。
怖いのは、クマには、自分が普段とずいぶん違う行動を取っているという自覚のないことだった。この時期の師匠は、頭のねじが一本飛んでいるのか、とても本能に忠実だ。しかし、そのことに、自分では気付いていない。
アナキンの口にパンを運び(プレゼントのつもりなのか?)、自分の匂いをアナキンに擦り付け(求愛行動なのかもしれない)、そして、食べさせてもらった蜂蜜たっぷりのトーストのせいで、アナキンの口の周りがすこしでも汚れると、ぺろぺろと舌で舐めていく。(キスだ。キス!)
「マスター、あのですね……」
発情期のオビ=ワンは、アナキンに対し、とても親切だ。師匠は、普段なら聞く耳もたない弟子の言葉に耳を傾ける。オスは、メスに気に入られなければならない。
「あの……」
つやつやの目で、じーっと見つめられて、アナキンは、「俺、食べるんだったら、蜂蜜のかかってないほうのトーストのほうがいいです」としか、言えなかった。この時期のクマの目は、無闇やたらと愛らしい。うるるんとでも、表現したらいいかもしれないほど、零れ落ちそうに艶めいている。
襲い掛かられないだけ、マシだと思おう。
アナキンは、去年と同じことを自分に言い聞かせ、サポートパンツ着用のクマを膝に乗せたまま、朝食を食べさせてもらっていた。
膝上のクマは、異様にいい匂いだ。
時々、クマは弟子の口についたパンくずをピンクの舌で舐め取っていく。
アナキンのために、まめまめしく働く。
しかし、これだけアナキンに対して、気を使い、交尾を申し込むオスらしい行動を取っておきながら、ジェダイコードが邪魔するのか、クマは、弟子に襲い掛かることだけはなかった。心底ジェダイなオビ=ワンのことを尊敬すると同時に、アナキンは、せめて、それを心の慰めとしている。
そう、昼寝中のクマが、アナキンの膝の上で、かくかくと腰を動かしたとしても。
夜中に目を覚ましたら、ベッドにクマが入り込んでいたとしても。
「アナキン、今日の予定は、どうなってるんだ?」
オビ=ワンが、アナキンの胸にすりすりと顔をこすり付けている。
アナキンは、これからしばらく自分の後をついて回りたがるはず師に、どうやってオーダーをこなさせていけばいいのか、去年の春と同じ悩みに取り付かれながら、また一口、クマにパンを食べさせてもらった。
END
クマ〜。クマ〜w