頭のうちどころが悪かったアナキンの話

 

目が覚めたアナキンは、自分がどうしてここにいるのかわからなかった。

頭はずきずきと痛み、そうっと触ってみるとこぶが出来ている。

「あの……」

こぶの状態が知りたくて、アナキンは声をかけ、けれど、アナキンの質問に答えてくれる相手がいないことに気付いた。

アナキンは、自分がどうしてここにいるのかはわからなかったが、自分がひとりでいることの変さはわかった。いつもアナキンの側には誰かがいた。

こんな質問に答えてくれる大事なクマがいたはずなのだ。

 

だが、頭のうちどころが悪かったアナキンは、大事な相手がクマだということを思い出すことはできたが、残念ながらクマという生き物がどんなものだったかは思い出せなかった。

周りを見回せば、野原の中、ひどい有様で着陸した様子のスピーダーが止まっている。

「かわいそうに!」

アナキンはスピーダーへと走り寄り、ぎゅうっと車体を抱きしめた。

「マスター、怪我はありませんか?」

アナキンは自分で言って初めて、クマの名前がマスターだったということを思い出した。アナキンが抱きしめた銀色の車体は、エンジンの熱を残しほんのりと暖かく、クマはいつだって暖かかに自分の側にいたことを覚えているアナキンは、やはりこれがクマで間違いないとほっとした。

いくつか傷はあるものの、スピーダーの様子を見れば、何故だか自分になら直せる確信があり、アナキンの安堵は深まる。

「マスター。怪我の具合はどうですか? 痛いですか? うちまで我慢できそうですか?」

音声発音の機能を持たないスピーダーは返事をしない。

銀色の車体に真剣な顔つきで心配そうに話かけるアナキンの足元から猫が走り出てきた。

「わぁ!」

猫はエンジンの温かみを求め、スピーダーの下で眠っていたのだ。だが、アナキンに気付き驚いて飛び出してきた。

ふさふさした毛の猫を見るアナキンは、何かを思い出しかけた。

「あっ、なんか、オビ=ワンは、ああいうふかふかだった気が……」

いくら話しかけても返事をしてくれないスピーダーのつるつるぴかぴかした車体を見ていると、無性に愛情がこみ上げてくるのだが、それでも、何かが違うような気がしていた。

「……うん。それに、確か……小さかったような」

 

その場にしゃがんだアナキンは猫へと呼びかけた。

「マスター。マスター オビ=ワン。逃げないでください。俺、ちょっと困ってるんです」

親しげにアナキンに呼びかけられた猫は、首をかしげてみせたものの、決してアナキンに近づこうともしなかった。上手く暖かな場所を見つけた猫は、スピーダーから遠くへは逃げようとはしないが、アナキンが近づくだけ遠ざかっていく。

「あれ……、ねぇ、マスター?」

スピーダーから30歩ほど離れたアナキンは、そこからまた30歩ほども離れた木の根元で様子を伺う猫とじっと見つめあうことになった。

「マスター?」

アナキンが声をかけるたび、猫は驚いてびくりと耳を動かす。

「マスター? ねぇ、マスターってば」

(オビ=ワンってあんなに怖がりだったっけ……?)

またもや、なんだかアナキンはアレがマスターではない気がしてきた。

 

「あっ! いた!」

アナキンの背後から子供が二人走ってきた。

二人は逃げだした猫を追いかける。

「一緒に捕まえて!」

真剣な顔をした二人に頼まれ、アナキンは走り出した。頭のうちどころは悪かったけれども、もともとジェダイであるアナキンだ。飛ぶように地面を駆けたアナキンは、すぐさま猫を捕まえることができた。

「ニャーちゃん」

子供たちは、アナキンの腕から猫を受け取り、かわるがわるに頭を撫でる。

「それは、ニャーちゃんっていうのかい?」

アナキンが子供に尋ねる。

「うん。そう。僕はジャックがいいと思うんだけどね」

「私は、オードリィがいいと言ってるのに皆反対するの」

「そんな気取った名前は嫌だって言ったろ!」

「なによ。ジャックなんてありふれた名前!」

「すっごい海賊の名前なんだぞ!」

「この子は女の子なのよ!」

言い合う二人を見ていたら、アナキンはこの二人こそが、自分のマスターではないかという気持ちになった。二人は小さく、とても元気だ。キラキラ光る髪がふかふかなのも、やはりマスターを思わせる。

「あの……」

だが、アナキンは、ちっとも言い合いを止めない小さな二人にどうやって口を挟めばいいのか困ってしまった。

「あっ! あのね、ニャーちゃんを捕まえてくれたお兄さんに、きっとママはお礼がしたいと思うの」

おしゃまな女の子は、こんな気遣いのできる自分がきっと両親を喜ばすに違いないと確信した自信に満ちた態度でアナキンを見上げた。

ぴかぴかの頬の誇らしげな様子は、ますます彼女がマスターに違いないとアナキンに感じさせる。

「……えっ……。ミア……」

男の子は、アナキンを見上げ、その顔にある大きな傷を気にしていた。

思慮深い彼の様子も、アナキンにとって大事なマスターの要素だ。

黒く光る少年の目は、とても知性的だ。

「なによ。ニャーちゃんを捕まえてもらっておいて、お礼もしない礼儀知らずだとママが思われてもいいっていうの?」

「え……ママがそんな風に思われるのは、……嫌だよ……でも……」

アナキンは、喧嘩する二人がマスターで違いないと思った。

小さな背中の後を歩幅に気をつけながら付いていくのも、なんだかとても馴染み深い行動なのだ。

 

着いた家は、誰もいない様子だった。

「ママー! ママー! パパー!」

子供たちが懸命に声を張り上げるが、小さな家の中から返事は返らない。

「……お腹すいたのに……」

しょぼんと小さくなっている子供たちの肩をみているうちに、アナキンはある使命感に駆られた。

どの家でもキッチンの配置にそれほどの違いはない。

アナキンは小麦粉と卵、バターと少しの砂糖、それにミルクを取り出し、フライパンをコンロにのせる。

手際よくホットケーキを焼いていくアナキンの背中で、子供たちが目を丸くする。小麦の焼ける匂いに鼻がひくひくと動いている。

「ねっ、ねっ、ポーンってひっくり返せる?」

勿論アナキンにとってホットケーキを高く飛ばして回転させることなど容易いことで、ワクワクと目を輝かせている二人の前でアナキンはフライパンを大きく揺すった。

「わぁっ!!!」

うつくしい色目に焼きあがったホットケーキがみごとフライパンにぽとんと落ちて、子供たちは大興奮だ。

 

アナキンが皿の上にのせたホットケーキへとたっぷりとはちみつをかけているところに、子供たちの両親が帰ってきた。

「ママ! パパ!」

両親は猫を探す子供を捜しに出ていたのだ。それが、家に帰ってみれば、ホロネットの有名人であるアナキン・スカイウォーカーが子供たちにホットケーキを焼いている。

「ママ。この人がニャーちゃんを見つけてくれたの。えっと……たぶん、ホットケーキ屋さんよ」

少女は誇らしげにアナキンを紹介した。

「多分……ホットケーキ屋ではないと思うのですが……あの、お二人は、私のマスターの親御さんでいらっしゃるのですか?」

銀河の平和を担う有名なジェダイに声をかけられ、両親は動転した。

「えっ? マスター? はっ? 何を?」

「……あの、色々記憶が混乱しているのですが、多分、こちらの二人は私のマスターではないかと思うのです。……ご恩あるご両親のことを思い出せずまことに申し訳ないのですが……」

戸惑いはアナキンも一緒だった。この子供たちがマスターだとして、けれど、善良な顔をした若い二人の両親に、アナキンはまるで見覚えがない。

 

困り果てた顔をしたアナキンの様子は、ジェダイというものを偉大で冷徹な戦士だと思い込んでいた両親に親近感を抱かせた。アナキンは大変礼儀正しい。その上、子供たちが食べているホットケーキは幸せな甘い匂いをさせている。

「うちの子は、あなたのマスターじゃないんだけど……」

まずアナキンの誤解を解こうした母親は、あまりにいい匂いをさせているホットケーキに、この家の料理人としての意識をくすぐられた。子供の皿から一切れつまみ、……そして、とても幸せそうに目を瞑る。

「すごくおいしい……。ジェダイって、何? 料理まで得意なの?」

「ひどい〜。ママ。ひどい〜」

「ミア、ひどい!僕のを取るなよ!」

「だって、私、ママに一切れたべられちゃったのよ」

「だからって、僕だって食べるのに!」

「いいじゃない。一切れくらい!」

「しっ! あんたたちに作ってあげるために作り方を聞いてるのよ」

ぴたりと子供たちの口が止まった。

あまりに上手く二人を黙らせる彼女のやり方は、アナキンに自分のマスターを思わせた。捜し求めているマスターが見つからず、アナキンは混乱し始めている。彼女のサイズは大きすぎる気がしたが、髪はふわふわした金色で、そういうこというならば、隣に立つ父親もふわふわの金髪だった。……ただし、彼の髪はアナキンの知るマスターに比べるとすこし量が足りない気がする。けれども、アナキンには、もう自分の感覚すら信じることが出来ない。

「……あなたが、私のマスター?」

アナキンはぎゅっと母親を抱きしめた。暖かく、柔らかく、ふかふかで、間違いなく彼女がアナキンのマスターだと思った。

父親がアナキンを突き飛ばした。

「俺の妻に何をする!」

仕方なくアナキンは、父親を抱きしめた。

「では、あなたが私のマスターですか?」

父親も暖かく、力強く、……アナキンは、彼がマスターなのかもしれないと思った。

 

アナキンの背中を懸命に叩く者がいた。

「違うわ! 私のパパとママよ!」

「やめろよ! パパを放せ!」

小さな子供たちがアナキンに飛びついて父親を取り戻そうとしていた。

「離せ! 離せ! 離せ! パパを取るな!」

少年の手がアナキンの頭をぽかりと叩く。

アナキンのマスターとなり宇宙を駆ける自分を夢想し、一瞬、我を忘れていた父親が照れくさそうに子供の腕に抱かれた。

とてもハンサムなアナキンの大事な人となる想像に目をうっとりとさせてしまった母親もアナキンから守るようにぎゅっと子供と夫を抱きしめた。

 

「あんたが困っているのはよくわかった。だが、俺たちはあんたのマスターなんかじゃない。どうやら、あんたはいろんなことを忘れちまったみたいだが、俺たちも、あんたに教えられることなんてほんの少ししかないんだ」

有名なジェダイによって家の中をかき回された善良な一家は、互いを守るように家族をぎゅっと抱きしめ合いながら、アナキンに言った。

先ほどアナキンの頭を叩いた少年の手は、打ち所が良かったのか、また少しアナキンに思い出させた。しかし、善良な一家にとっては、ジェダイの頭を叩くことが許されることなのかどうかは、分かりがたい。

家族は大事な相手をぎゅっと抱きしめ、守ろうとしている。

アナキンは、そんな一家を見つめながら、無性にマスターに会いたと思った。たしか、自分もマスターもああやって抱きしめる大事な相手だったはずだ。

「すみません……ご迷惑をかけて。……あの、わかることだけでいいんです。教えていただけませんでしょうか?」

 

ホロネットに出るほど有名なジェダイであること、強いこと。アナキン・スカイウォーカーという名であること、そして、親切にも隣の家を訪ねてまで、一家にテンプルの場所を教えてもらったアナキンは、傷ついたスピーダーの場所へと戻ろうと歩いていた。

アナキンは、早くマスターに会いたかった。

アナキンのマスターは、やはり小さいクマだそうだ。

ふかふかの毛並みのクマだという。

偉大なジェダイだという。

だが、……きっとホットケーキが好きなはずだと、アナキンは心の中で付け足す。それも、とびきり甘いのを。子供の皿にたっぷりと蜂蜜を注いだ自分をアナキンは覚えている。

アナキンの足は急ぐ。草をなぎ倒す。

騎士団の一員だというクママスターが、小さくふかふかで、ホットケーキ好きだということに若いジェダイは違和感を覚えたのだが、それでも、自分の大事な相手は、その人で間違いない気がしていた。とうとうアナキンは走る。

すると、アナキンの後頭部に、大きな衝撃が走った。

 

「なにを!」

振り返ったアナキンは、目の前にいるふかふかのクマが、自分の大事なマスターであることを思い出した。ぬいぐるみサイズの小さなクママスターは、サイズ不足を補うために、飛びついた上、ライトセーバーの柄でアナキンを殴ったらしい。

クマは憤懣やるせないといった態度だ。

アナキンは、ずきずきとした頭の痛みと引き換えに戻ってきた記憶のめまぐるしさに、一瞬ふらついた。

「なんだ。お前。たかだかちょっと殴ったくらいで、臍を曲げて一晩も帰ってこないなんてどういうつもりなんだ!」

怒鳴るクマは身勝手だった。夕べクマが殴ったせいで、アナキンは意識と一緒に記憶までうしなったのだ。

「別に帰りたくなかったというわけでは……」

夕べふっくら気味のクマの腹のことを考え、ヘルシーな夕食の献立を提案した弟子は、臍を曲げたクマに一発殴られた。打ち所が悪かったらしい。それでも、ここがクマの足で帰れるような自宅からとても近い場所でよかったと、無理やりクマにスピーダーの操縦桿を奪われた弟子は思う。

 

何故なら。

怒鳴った後、急に黙り込んでしまったクマの目がうるうるに潤みだした。

「……私がどれほど心配したと思ってるんだ!」

しがみついてきたクマの腕は短くて、首がきゅっとしまってしまったアナキンはとても苦しかった。だが、なんだか、すごくうれしくなった。

「マスター、マスターが料理に挑戦するのは無茶だって言ってるでしょう?」

クマの毛皮があちこち、ちりちりになっている。腹立ちを紛らわせようと、大好きなホットケーキでも焼こうとしたのか。

近い場所だとはいえ、短いクマの足で、どれほど一生懸命歩いてアナキンを探してくれていたものか、アナキンは嬉しかった。

クマの腕に抱かれた首はまだ、きゅーっと締まったままだ。酸欠気味だとアナキンにもわかっている。

でも、抱きしめてくる大事なクマをアナキンは抱き返したかった。

「俺も会いたかったです。マスター」

クマは短い腕で、更にぎゅっとアナキンを抱きしめた。……アナキンの首はそろそろ限界だった。

(そういや、ナイトになってもオビ=ワンから独立しないなんて、訓練中の頭の打ち所でも悪かったのか?って聞かれたっけ)

アナキンのクマは、尊敬されている。しかし、一部のジェダイには、その所業がバレてもいる。

「アナキン、家に帰るぞ。家でホットケーキを焼いてくれ」

オビ=ワンの願いがかなうためにはもう少し時間がかかりそうだった。首の苦しさを我慢しつづけたアナキンは意識を失いつつあったのだ。

 

                                                  END

 

元ネタ(頭のうちどころが悪かった熊の話より、「頭のうちどころが悪かった熊の話」)

とてもいい話です。改悪してすみません。