ハニー・ハニー・ハニー 9
ジェダイ評議会に出席中のオビ=ワン・ケノービ氏は、あまりの会議の長さに、はっきり言えば飽きてきていた。
議論されている問題は、もはや答えが出ているのだが、論者の間で、納得という折衝が上手くなされないため、同じところで空転している。
短い腕を組み、話しに聞き入っている振りで、眠気とひそかに戦っていたクマは、かくんとうなだれ、自分の頭の重みに、びっくりして大きく目を開けた。
ぬいぐるみもどきは、あわてて、口元をぬぐう。
人目を避けながら口元をぬぐって、ぬいぐるみもどきのクマは、自分がおいしい夢を見ていたことを思い出した。
口の中には、唾液まで甘くなるような記憶が残っている。
それは、幸福な夢だった。
自分が眠気との戦いに負けていたということはすっかり忘れ、クマはうっとりと反芻する。
ぽうっと、幸せに目を潤ませたクマは、斜め前に座る弟子が難しい顔をしてまだ続く議論に聞き入っているのに気づいた。
「あいつ……」
クマは、くすりと笑った。
オビ=ワンは、現在の話し合いに意味が見出せない。
そして、師は、それならば、弟子だって聞く必要などないだろうと、勝手に結論を出した。
口の中に残る幻のおいしさから得た欲求をアナキンにわかって欲しくて、クマは身振り、手振りをする。
アナキンは、オビ=ワンの真っ黒い目で熱く見つめられているのに気づいた。
クマは、自分の視線が弟子に通じたことを知ると、とたんに嬉しそうに笑う。
あんまりクマが幸せそうに笑うので、アナキンもつられて笑い返してしまった。
すると、クマは、大きく口を開け、ぱくぱくと動かす。
クマの目がきらきらと輝いていた。
「……マスター」
アナキンは、それだけで、何か、通じてしまった気がする自分が嫌だった。
クマのあの幸福そうな笑み、そして、食べるというジェスチャー。
十年以上を一緒に暮らしてきたのだ。
「アナキン、帰りに、ケーキを食べて帰ろう」で、間違いないだろうと、弟子は思う。
しかも、それは、チョコレートケーキだ。
甘い甘いチョコムースが挟まり、パリパリのチョコが乗ったつやつやの真っ黒のなケーキ。
上に載ったスグリの実が上品だ。
しかし、近頃、師のお気に入りであるケーキ屋は、残念ながら、改装中だった。
アナキンは、師に、そのことを伝えるのが忍びなく、後で。と、苦笑とともに、話しを打ち切るためのジェスチャーを返した。
弟子は、議論を聞くことに戻ろうとする。
だが、ここで問題になるのは、オビ=ワンが、ナイトにもなったアナキンをいつまでも弟子だ。弟子だと、思っているという事実だった。
「アナキンめ……」
クマは、アナキンが、自分のジェスチャーの意味がわからず、「後で、聞きますから」と、言っているのだと誤解した。
弟子とは、いつまでも、師の気持ちを理解できないものなのだ。と、クマは、一人ごちる。
クマは、もっと大きな口を開け、フォークに刺さったものをパクリと食べる真似をした。
(食べる真似してもですね。マスター。世の中には、食べるものは、いろいろあって……)
そう考えながらも、アナキンは、オビ=ワンの目のきらきら具合や、頬の緩み方、うれしそうな口元、そういった身体言語から、オビ=ワンの狙いが、やはり、あの改装中の店のチョコレートケーキで間違いないとだと思った。
ご丁寧に、クマは、上に載ったチョコの飾りをぱりぱりと食べる真似をする。
甘酸っぱいスグリの実を食べて、唇をきゅっと窄める。
アナキンは、たとえ、違う言語でオビ=ワンが話しをしようとも、翻訳者なしに、すべてを理解できる自信があった。
あのクマは、言葉でなく、体で随分表現するのだ。
たとえば、「アナキン、それ、食べないんだろう?くれ」というおねだりモードの目から、「寒いなぁ。眠いなぁ。ああ、アナキンと布団に入って一緒に寝れば、どれほどあったかいんだろう」という人に仕事を押し付けておいてのずうずうしい願いまで。
だが、師は、弟子ほど、身体言語を読み取るのが上手くはなかった。
後で。と、繰り返す、アナキンに、クマのジェスチャーは激しいものとなっていった。
アナキンは、周りの目が心配になり、師に首を振り、視線を逸らした。
とうとう、オビ=ワンは、舌打ちすると椅子から飛び降りる。
「アナキン、何故、わからないんだ!」
「マスター・ケノービ!」
ここまでは、威勢の良かったメイスは、くるりと振り向いたクマのまっくろな目に、メロメロになった。
言葉の続かないメイスの後を取り、ヨーダが席を立った。
ヨーダは、クマと、その弟子のやり取りをずっと呆れながら見ていたのだ。
「のう、オビ=ワン、ワシは、お前の弟子が不幸な知らせをもたらすだとうと思うがの」
「なに? アナキン!?」
「皆は、議論中なのじゃ、邪魔をした罰としてお前たち、そのまま言葉を使わず、話し合うがいい」
ヨーダからの命のあまりの馬鹿らしさにアナキンはがっくりとうなだれながら、大きく目を見開いて待っている師にケーキが×だとジェスチャーを送った。
不幸な知らせと聞いているクマは、悲しそうに瞳を揺らす。
「何だ!? 食べたくないのか? アナキン」
「違います」
ケーキの店が、×。
店を表現するために、頭の上で、三角を作るアナキンに、ジェダイの間からは、失笑が漏れる。
「違うものが食べたいのか? アナキン?」
しかし、帰りにケーキが食べられなくなるのではないかと、ぬいぐるみもどきの顔には心配そうな表情だ。
「違います!」
違うものが食べたいというのなら、ずっと前から、アナキンは違うものが食べたい。
次のジェスチャーは、ケーキの店が、工事中だから、×。
クマは、大工仕事を真似するアナキンの真似をして、眉を寄せた。
「家に帰って、機械弄りがしたい?」
「何でそうなるんです!? 食べるはどこに行ったんですか!」
「ああ、そうか。……じゃぁ?」
ケーキの店が、工事中で×。つまり、お休み。
アナキンはほとんとやけくそで、最後にかわいらしく手のひらを重ねて、片頬の下に置き、寝る真似をしてみせた。
「……腹が膨れて、眠たい?」
あまりにも通じないクマに、アナキンは、呆れてしまった。
「それは、マスターじゃないんですか? さっき、よだれ垂らしながら、寝てましたよね?」
「じゃ、やっぱり、あのカクンは、お前のフォースか! びっくりしたんだぞ」
「それは、誤解です!」
クマと、弟子は、もめ続けた。
笑いに包まれる部屋の中で、ヨーダが言った。
「このように、強い絆に結ばれたはずの、ジェダイ師弟といえど、相互理解は難しい。さて、先ほどからの問題じゃが、お互いすべてを納得ずくにというのは、なかなかの難題じゃ。適当なところで、手を打つというのはどうじゃな?」
激論を戦わせていた二人のジェダイは、頷いたというのに、クマは、まだ、弟子相手に、わからないを連発していた。
「だから、もっと、わかりやすくやれよ。アナキン!」
「やってるじゃないですか。マスター」
「全くわからん!」
「……マスター・ケノービよ。まだ、わからんのか。ワシには、アナキンが、お前の好きな店が休みだと、そんなことをお伝えしなければならなくて、申し訳ない。と、言っているように見えるんじゃがのぉ」
クマは、ヨーダの言葉に、ものすごくショックを受けたらしく、がくんと肩を落とした。
アナキンは、ジェスチャー一つであっても、あくまで弟子を子供扱いし、なかなか理解しようとしない師に苦笑を浮かべたが、うるんだクマの目に、いいですよ。と、口を開きかけた。
「……休みなのか!?……アナキン……」
しかし、クマにとっては、ケーキ屋が休業中というのが、大問題だったようだ。
End