ハニー・ハニー・ハニー 8

 

オビ=ワン・ケノービは、よく弟子をコムリンクで呼び出した。

「なぁ、アナキン、旨そうなシュークリームが売っているんだが、お前いくつ食べる?」

本来、テンプルからの支給品であるコムリンクをこういう方法で利用してはいけない。

しかし、クマは堂々と不正使用をしていた。

おいしそうなものを前にしてしまっては、オビ=ワンのジェダイコードは緩くなる。

アナキンは、店のウインドー前に立ち、目を輝かせているに違いないクマのために返事を返した。

ちなみに弟子は、任務中だ。

現在アナキンは、ある議員の護衛を勤めていた。

「……もし俺が食べ残した時、マスターが食べてくださるというのなら、一つ……」

移動中のターゲットのために四方に注意を払いながら、アナキンはコムリンクに答えている。

「いや、アナキン、実は、いろいろなクリームのがあってな。全部で四種類あるんだ」

店のショーケースへとへばりついたクマは、伸び上がってパリパリのシュー皮をうっとりと眺めていた。

どれもこれもおいしそうで、クマは、遠まわしな交渉にでる。

勿論、聡い弟子は、苦笑を漏らした。

「じゃぁ、全部買ってきてください。俺が残してしまったとしても、マスター食べてくださるでしょう?」

議員に近づこうとする陳情団をすごみのある笑顔で交わし、背の高さを生かして議員の体を隠してしまうと難なくターゲットを建物への移動を成功させ、アナキンはコムリンクをしまう。

こういう連絡が、オビ=ワンから、もしくは、アナキンから、師弟の間ではよく交わされていた。

だが。

近頃、のんきにクマが、「ドーナッツは……」などとコムリンクからアナキンに呼びかけると、通信を切られてしまうことがよくあった。

任務途中にはどうしても切らなければならないことが、ままある。

それは、仕方がない。

弟子はすぐに掛けなおしてくるのだが、

「ええっと、マスター、ブルーベリーのパイか、カスタードパイかでしたっけ?」

(いや、お前が通話を切っている間に、私は、木苺のパイがあることも言ったんだ。)と、ショーケースの前に立つ、オビ=ワンはいい気がしない。

 

 

その日、ぬいぐるみもどきのクマは、日差しも暖かいテンプルの廊下をぽてぽてと歩いていた。

ローブのポケットから出したコムリンクを今日も業務外使用する。

「アナキン? わたしだ。お前も、テンプル内にいるんだろう? ランチを一緒にとりながら、次の任務のことについて話がしたいんだが。私の分に、ホットケーキを……、おい、アナキン? アナキン?」

アナキンは、師に返事を返すこともなくコムリンクを切った。

度重なる弟子の不届きな行動に、さすがのクマは、頭にきた。

今日のアナキンは、任務中などではないのだ。

前回の報告書を届け、あとはのんびりとテンプルの中でくつろいでいるだけのはずなのだ。

弟子からのコールパックも待たず、速攻クマは掛け直す。

「アナキン! 私のランチを頼むのがそんなに嫌か? いいじゃないか! 今日の朝は、ホットケーキじゃなかったんだぞ!」

論点が少しずれているようだが、クマが怒っていることは間違いなかった。

まんまるの目が、比喩的に表現を用いれば、三角になっている。

「あの、マスター」

弟子は、困ったような声でコムリンクに出た。

しかし、クマに弟子の弁明を聞く気はない。

「アナキン、お前、その態度は何なんだ! ここのとこ、アイスをどれにするかと聞いても、ケーキを買って帰ってくれと頼んでも、ああ、そうだ。そういえば、歯磨き粉がないとわざわざ連絡してやった時も、お前は通話中にコムリンクを切った。何がそんなに不満なんだ。私からの連絡がそんなに嫌か!」

「いえ、あの……、マスター、できたら、ちょっと落ち着いてください。今、マスターは、どこにいらっしゃるんで?」

「3階の瞑想室をすぎた廊下だ! それが……」

オビ=ワンの言葉が終わらないうちに、また通信が途絶えた。

クマは、信じられない思いで、コムリンクを見つめた。

「あの野郎……」

ジェダイとしては、許されがたい言葉を吐きながら、クマはしつこく弟子を呼び出す。

アナキンが何かを言う前に、オビ=ワンは怒鳴っていた。

「アナキン、お前、今回私は、任務のことについて話をしようと言ったんだ! ランチの話はもののついでだ! それなのに、話の途中で通話を切るなんて。お前が前回の任務明け、早々なのは知っている。確かに、もう次の任務というのは嫌だろう。しかし、我々を指名して任務が下されたんだ。そういう傲慢な態度が許されると……」

ヒートアップして怒鳴るクマは、強くコムリンクを握り締めながら、廊下をぐるぐると歩き回っていた。

もし上から人が見ていたら、ぬいぐるみもどきがきれいな円を描いていることがわかる。

こういうところに、ジェダイの訓練で勝ち得てきたクマのすばらしいバランス感覚が、無駄に発揮されている。

しかし、アナキンは師匠に返事も返さず通話をきった。

クマの足が止まる。

「……信じられん。私は、どこで導き方を間違えたのだ……」

きっと、呆然と呟きながらも、粘着にも、すかさずアナキンを呼び出すその性格がアナキンをダークな方面へと導いたのだ。

いや、実は、違う。

「あー。アナキン、少し、冷静に話し合おうじゃないか」

繋がったコムリンクに、オビ=ワンは勤めて冷静な声を出した。

すると。

「……マ・スター……」

どこから駆けてきたのか、コムリンクを片手に、息をあえがせるアナキンが階段を二段飛ばしに駆け上がってきた。

声は、リアルと、コムリンクからとダブルだ。

どう見ても、ずいぶんな勢いで駆けて来たに違いない弟子を、クマは下から睨みつける。

「私の弟子がこれほど礼儀知らずとは知らなかった」

つんっと、あごをそらすぬいぐるみもどきのクマは、アナキンの足元で、わざわざコムリンクを使って弟子に話しかけた。

怒っているのだという示威行為だ。

「あの、実は、マスター……」

まだ、息をあえがせるアナキンが、額の汗をぬぐいつつ、困ったように笑った。

「アナキン、何がおかしい!」

怒鳴ったオビ=ワンは、その瞬間に通話が切れるのを聞いた。

通話も切れたが、オビ=ワンも切れた。

「アナキン、お前っ!!」

しかし、弟子は、飛びかかろうとするぬいぐるみもどきのクマに向かって、自分のコムリンクを突き出した。

弟子の指は、どのボタンにも触っていない。

確かに、オビ=ワンの記憶にも、弟子がコムリンクに触れた動きは残っていなかった。

「え?」

クマは眉をひそめた。

「お前、わざわざフォースを使って……」

なんと悪質なことをするのだと、クマが説教を始めようとした。

すると、しゃがんだ弟子が、師のコムリンクに触れた。

「失礼。マスター。少しだけ、自分を弁護させてください。マスターは、興奮なさると、どうやらコムリンクを御自分に近づけすぎる癖がおありになるようで……」

アナキンは、自分のコムリンクから師にコールすると、オビ=ワンの耳へと師のコムリンクを近づけた。

「マスター?」

コムリンクからはアナキンの声。

クマは、不機嫌意返事を返した。

「なんだ。アナキン」

憤懣やるせないクマは、ばんばんと床をブーツで叩いている。

アナキンは、すこし面白そうな顔をしてクマに話しかけた。

「ホットケーキにデザートでついてきていたプリンが食堂のメニューから外れたそうです」

クマの目が限界まで見開かれた。

「何だって!?」

またもや、通話が切れた。

泣き出しそうに目を潤ませたクマが悔しそうにアナキンを睨んだ。

「本当か、アナキン?」

弟子は、笑っている。

「マスター、今、ご自分が何をなさったか、お分かりになりますか?」

「何がだ!?」

まったくわかっていないオビ=ワンは楽しみにしていたプリンもなくなり、絶好調に不機嫌だ。

めったにないことだが、クマの指から短いが、とがった爪が見えている。

「マスター、夢中になると、顔にコムリンクを近づけすぎるから、ほっぺで、ほら、ボタンを押してしまうんですよ」

アナキンは、先ほどオビ=ワンがしていたように、コムリンクをオビ=ワンに近づけた。

握りこむ手の角度といい、上げた脇の高さをいい、まさしく、先ほどのポーズだ。

ふかふかの頬が、コムリンクのボタンに触れそうになっている。

「マスター」

もう一度、アナキンは、コムリンクをコールした。

「ん?」

オビ=ワンは、つい条件反射で話し返そうとし、ほんの少し肩に力が入った。

すると、どのボタンも押していないはずなのに、アナキンと通話状態になった。

頬がボタンに触れていた。

クマのふくふくした頬がすべての犯人だったのだ。

「おや、オンのスイッチも押せるんですね」

笑った弟子は、師匠に話をした。

「マスター、ここに走ってくる間に、食堂の席をとっておいて貰えるよう声を掛けてきました。プリンの話は嘘です。さぁ、一緒に行きましょうか」

オビ=ワンは、決まり悪げに視線を四方へ走らせた。

「あ〜。アナキン。つまり、あのな、」

クマは、鼻の頭を掻く。

アナキンは、赤くなっているクマのほっぺにキスをした。

「ええ、俺が、マスターのほっぺ、大好きですら仕方ないです」

爪の仕舞われたオビ=ワンの手がアナキンに向かって伸ばされた。

久しぶりに手を繋いで歩くジェダイ師弟を、瞑想室から出てきたヨーダがあきれた目をして見つめていた。

 

 

END