ハニー・ハニー・ハニー 6
そこは、倒産した玩具メーカーの倉庫だった。
未だ買い手のつかないその不動産が武器倉庫として使われているという情報が前々からあった。
そこで、今晩、武器の密輸が行われると言うのだ。
オビワンとアナキンは、その取引の現場を押さえるために、かり出されていた。
地元自治警備隊で間に合いそうなこの任務にジェダイが鼻を突っ込むのは、取引相手が、惑星内で納まっていないせいだった。
他惑星の住民相手に、自治警備隊は、発砲出来ない。
政治的な問題も絡みあい複雑な国際人権に、ジェダイだけが、正義の名の下、裁きを下すことを許されていた。
ジェダイは、殺さない。
しかし、万が一、ジェダイが人を殺めたとしても、それで、一気に惑星同志での戦争へは直結をしなかった。
ジェダイは、どこの星にも属してはいない。
正義のためにだけ、ジェダイは、その力を使うのだ。
と、いいながらも、兵器貿易に力をいれている星からの突き上げを食らったコンサルト議会の下知で、オビワンと、アナキンは、埠頭で任務についていた。
クマは震えていた。
夜の埠頭は寒かった。
警備配置の指示を終えた今、クマの後することと言えば、待つことだけだった。
ぬいぐるみもどきのクマは、警備隊に向かって、勇ましく掛け声をかけ、そして、小さく肩を丸める。
することのないクマは、寒いのだ。
フードを着込み、それでも足りなくて、マフラーまでしていたクマが小さな手を擦り合わせる。
オビワンは、アナキンを見あげる。
「なぁ……」
クマは、弟子のフードに入ることを狙っていた。
あそこは、アナキンの体温が伝わり温かい。
おねだりクマの目がうるうると潤んでいる。
「なぁ、アナキン……」
だが、アナキンは、師の狙いをしっかり掴んでいた。
「ダメです。マスター。俺は、これからあなたの指示通り、皆が配置についているか、見回りに行きます。マスターはここに居てくださらないと」
オビワンは、くそ真面目な弟子に舌打ちをした。
「……そうだな」
任務の規定どおりに動く弟子は正しかった。
オビワンがここに留まったところで、何かするわけではない。
多分、人からみたら、ただぼんやりとくつろいでいるようにしか見えないだろう。
だが、オビワンは、この場に留まる必要があった。
自分が出した指示に変更が必要な場合、もしくは、どこかで何か問題が持ち上がった場合、クマは、速やかに新しい指示を出さなければならなかった。
連絡を聞き、答えを出すべき頭が寒いからと、所在不明では、兵隊は動きが取れない。
……それは、確かにそうのだが。
海から吹き上げてくる風の寒さでかじかむ手に、クマは、自分の息を吹きかけた。
「ふー」
「これ、使ってください」
膝を折ったアナキンは、自分のしていた義手用の手袋をクマの手に嵌めた。
小さなぬいぐるみもどきのクマにとってそれは、ぶかぶかだ。
だが、それはアナキンの体温を移して暖かかった。
「行ってきます」
「ああ、気を付けてな」
オビワンの近くで立ち番をしている男達は、手袋を喜ぶクマのかわいらしい態度に、ジェダイに対する尊敬を忘れ、目を細めていた。
「寒い……」
自分専用の暖房器具がなかなか帰らないことに、すっかり辛くなっているオビワンは、巨大ライトへとじりじりと近づいていた。
アナキンで解決できる程度の問題が、どこかで起きているらしく、オビワンの弟子の帰りは遅かった。
アナキンの手袋で、片腕がすっぽりと嵌っているクマは、本当のクマよろしくその場をぐるぐると歩き回っていた。
だが、その程度では暖かくならない。
オビワンは、アナキンのフードが恋しかった。
しかし、それはなかなか帰らない。
オビワンは、ライトに近づく。
武器商たちに気付かれぬよう照射角度を調整し、設置されているライトは放熱していた。
クマは、それで暖まろうと思いついたのだ。
足下のみを照らすべく設置されたライトは、つまりは、正面に立ってしまえば、オビワンだけを照らしていた。
出来上がった影が、マフラーをした影なのに、やはり警備の者達は、寒さの中、つい和んでいる。
「あったかいものだな……」
ほうっと、息を安堵の息を吐き出すオビワンは、もっと暖まりたくて、ライトへと一センチ、また一センチと、近づいていた。
ライトは、照明器具だが、照射の熱で暖房器具並にほかほかなのだ。
クマの口に幸福そうな笑みが浮かぶ。
とても近いぬくみに、クマは嬉しそうに笑っていた。
思わず立ち番の男達の口元も緩む。
だが、そんなクマを楽しげに眺めていた男達の眉間に皺が寄った。
「おい!?」
「おいっ!!」
クマの背中から、煙が立ち上り出したのだ。
ライトの熱のせいで発火したに違いなかった。
「ああっ! ええっと!」
男達はクマの名を、聞いたはずだったが、あまりにかわいらしい外見に、彼らの中では、デディジェダイという愛称が出来上がっていた。
だが、名誉あるジェダイ相手に、そんな名で呼びかけるわけにはいかない。
しかし、とっさの時に名前が出ない。
困った男達は、クマの名前を思い出そうと努力しながら、大慌てで、身振り手振りをしていた。
焦げ臭い匂いとともに、クマの背中は、次第に立ち上げる煙を多くしている。
消火器を求め走る男もいた。
「ああっ!! 背中! 背中!!」
しかし、焦げ臭い匂いというものは、近くで嗅いでいると鼻が馬鹿になるらしく、オビワンはのんきなものだった。
「背中? ありがとう。暖かいよ」
確かに、熱さでオビワンの背中が痛い程なのだが、寒さに震えていたクマは、いっそ痛い程熱い方がいい。と、頑としてライトの前を退こうとしなかった。
「煙! 背中! 危ない!!」
武器の密輸に対しては、事前に十分な準備をし、この場に臨み、何かあったにしても毅然と対応したに違いない男達も、クマの出火には、動転して言葉すら出なかった。
ぷすぷすと煙を上げていたオビワンの背中から、とうとう小さな火が燃え上がる。
あまりにも男達が慌てるのと、背中の熱さに、やっとクマも、自分が燃えていることに気付いた。
「おわっ!?」
そこに、消火器を持った男が駆け戻った。
クマに狙いを定める。
しかし、ジェダイベアは、こんな時に限って機敏だった。
鍛え上げたジェダイの素早さで駆け回るクマに、警備の男は、消火器の液体を命中出来ない。
「アナキンっ! アナキンっ!!」
ローブのフードと、マフラーを燃やしながら、動転するクマは、声の限りに叫んだ。
予定時刻を過ぎても現れない密輸業者に対応するため、オビワンの元へと戻りかけていたアナキンは、何事かと走った。
すると、師が、マフラーと、フードを燃やしながら、ばたばたと走り回っている。
消火器が二本、三本と届き、それぞれに、一生懸命クマを狙っていたが、慌てるクマは、その全ての狙いから逃げていた。
アナキンは、叫んだ。
「マスター!」
さすが、アナキン。
アナキンは、誰もその動きについていけなかったオビワンに飛び付き、押さえ込むと背中を叩いた。
しかし、火は、なかなか消えない。
「アナキンっ!」
涙目のクマがアナキンを見あげる。
アナキンは、決断した。
オビワンをぐいっと掴みあげ、冷たい風が吹き上げる海に向かって放る。
早さを求めたアナキンは、フォースも使用した。
オビワンは、すごい速度で空を飛んだ。
ばたばたと手足を動かし、夜空を飛ぶオビワンは、まるで火の鳥。いや、火のクマか。
海に放り込まれ、消火を果たしたクマは、凍えるような冷たさもいとわず海に飛び込んだ弟子の手によって、助けられた。
弟子に必死にしがみつくクマのくしゅんというくしゃみがかわいい。
ちなみに。
その夜はいつまで経っても密輸業者は現れず、武器取引は、中止になったようだった。
オビワンが敷いた警備に手も足も出なかったからではない。
クマの起こした騒ぎのせいだ。
しかし、クマは、なにも騒動を起こしただけではなかった。
その後、ずっとおもちゃ倉庫にある武器を取りに現れる者もいなかったのだ。
犯罪者というものは、縁起を担ぐ。
そんな彼らが、取引のために、おもちゃ倉庫に向かっていると、テディベアが火だるまになって空を飛んでいるというホラーなミラクルを目撃した。
古いおもちゃ倉庫に、火だるまテディのゴースト。
自分の正気を確かめたくなる程度には、縁起が悪い。
大がかりな取引が中止になり、その上、大量の武器を無償で入手したことによって、とりあえず溜飲を下げたとある惑星の議員はオビワンの警備の確かさを褒め称えた。
背中の毛がちょっぴりちりちりになっているクマは、今日も寒いので、弟子のフードの中に入ってご出勤だ。
END