ハニー・ハニー・ハニー 2
すこしばかり特殊な作りであるアナキンの新しいローブを注文するという用事を首尾良く終えた師弟は、リビングで、仲良くニュースの映し出されるモニターを見ていた。
すると、アナキンのコムリンクが鳴った。
オビ=ワンは、一生懸命にニュースを見入っている。
話題は、出回り始めた季節商品の取引が好調だという星間貿易についてだ。
師の邪魔にならないよう、アナキンは小さな声でコムリンクに出た。
「アナキンです。何のご用でしょう?」
するとこちらも声を潜めたメイスの声が返った。
「そこに、マスター・ケノービはいるかね?」
「ええ、います。すぐ側にいます。代わりますか?」
アナキンの本当にすぐ側に、オビ=ワンはいた。
何処かといえば、膝上だ。
ぬいぐるみもどきのクマであるオビ=ワンは、ソファーに座った程度では、テレビ画面が高く、クッションもしくは、アナキンの膝に乗る必要あるのだ。
ちなみに、オビ=ワンは、アナキンの膝の方が好きだ。
こっちだと、オビ=ワンの腕では、届かないテーブルの菓子を弟子に取らすことが出来る。
アナキンは、膝の上のクマの後頭部を見下ろしながら、メイスの返答を待った。
メイスは、いまだ、声を潜めている。
「いや、アナキン。出来れば、オビ=ワンに気付かれないようごく自然に、別の場所に移動してくれないだろうか? すこしばかり秘密の話しなのだ」
メイスの言葉が聞こえると同時に、アナキンの膝にぼろぼろとクッキーの粉を落としながら、画面に見入っていたクマの耳がぴくりと動いた。
全くコムリンクには関心を示していなかったはずなのに、ぬいぐるみもどきは、くるりと振り返る。
口髭をクッキーの粉まみれにしたオビ=ワンがアナキンを見あげた。
オビ=ワンの黒目含有率は、100パーセントに近い。
「アナキン、任務か?」
その愛らしい目に見つめられては、アナキンも返事をせざるを得なかった。
「え?……あ、まぁ、……そうかもしれないんですが、まだ、よくわかりません。これから、お話を伺うところでして」
コムリンクの向こう側でメイスが眉をひそめた。
「なんだ。なんで、オビ=ワンの声がそんなに近いんだ」
「……マスター・ウィンドゥ。うちのマスターは、俺の膝に乗ってテレビを見るんです」
「ちっ……」
遠慮のないメイスの舌打ちをアナキンは聞いた。
「誰もお前まで呼びはしなんだぞ。マスター・ケノービ」
「そうだとも、お前の弟子は、もう、ジェダイナイトだ。干渉しすぎるのはどうかと思うぞ」
カウンシルでは、マスター・ヨーダと、マスター・ウィンドゥが、顔を顰めていた。
しかし、ぬいぐるみもどきのクマは、堂々と部屋の中を歩き廻る。
「別段、私は、アナキンについてきたわけではありません。私もカウンシルに用があった。そして、我が弟子がちょうど出かけると言うから、一緒に来たというだけです」
「だったら、マスター・ケノービ、その用とやらを済ませてくればいい。我々は、アナキンに話があるのだ。極秘任務の話だから、いかに、マスター・ケノービと言えど、用件を漏らすわけにはいかない」
メイスは、困ったように眉を顰めながらも、愛らしい小動物のなりをしているオビ=ワンに、手も足も出なくなっていた。
メイスは、オビ=ワンの姿を見てしまうともうダメだった。
オビ=ワンは、ふわふわのもこもこで、その上、小さい。
これでいて、メイスは、可愛いもの好きなのだ。
アナキンは、一生懸命顔を引き締めようとするメイスに苦笑を隠すのが大変だった。
勿論、そんなことを知っているオビ=ワンは、メイスの側まで近づき、下から見あげる。
「なぁ、メイス。アナキンの極秘任務というのは例のアレだろ? なぁ、そうなんだろう? 私は、お前からの連絡が会った時、ピンっと、来たのだ」
オビ=ワンが黒目がちな目をきらきらと輝かせていた。
小さな手で、メイスの服を掴むクマに、冷静沈着で知られるマスター・ウィンドゥはほだされかけていた。
しかし、同じ小さい生き物であるマスター・ヨーダは、簡単には懐柔されない。
緑の小さな生き物は、同じ丈のクマと対峙する。
「オビ=ワン・ケノービ。アナキンの任務は、お前が思っているようなものではない。それはお前の思いこみじゃ。さっさと部屋を出るがよい」
ヨーダと、オビ=ワンは、両方して大きな目をしてにらみ合う。
オビ=ワンは一歩も引かなかった。
「いいえ、マスター・ヨーダ。私には、ちゃんとした根拠があるのです。私は、あの星について常々データーの収集を心がけて来ました。今、あの星は収穫期。この一番おいしいものを用意出来る時期です。そして、今年もまた婚姻を結ばなかったあの星の王女が、お気に入りのアナキンを招待しないわけがないんです。彼女が新しいターゲットを見つけたという噂は、私の耳には、つゆほども入ってきておりません」
「……オビ=ワンよ。お前、任務だと言ったのを聞いていなかったのか?」
「ええ、任務ですよね。黄金の宝石と呼ばれるあのすばらしくスイートで高価な蜂蜜を産出する星のご機嫌を取り結ぶ、大事な任務です」
ふむふむと顰め面しく頷く、オビ=ワンは、しかし、その味を思い出したのか、うっとりと目を潤ませている。
ヨーダの杖が、オビ=ワンの頭を叩いた。
「オビ=ワン、お前、アナキンに同行して、あの星の倉庫をめちゃくちゃにしたのを忘れたのか?」
クマは、心外だと口を尖らせた。
「彼女が言ったのです。お好きなだけお食べ下さい。と。私は、その言葉を謹んで受け入れただけ」
「彼女は、アナキンに言ったのだ。オビ=ワン・ケノービよ。クマには言っとらん。はちみつの樽に落ちて、大騒ぎを起こしたことは、ジェダイの恥さらしだった。今度は、あちらの使者から直々に、アナキン一人だけをと、言う注文までつけられた」
クマは、心底傷ついた顔をした。
ショボンと肩を落としながら、しかし、言うのは文句だ。
「……けちな奴らだ……」
愛らしい外見に反してひとしきり毒舌を吐いたクマは、それでも、ヨーダを言いくるめようと交渉を展開し始めた。
クマの愛らしい身振り手振り入りの熱弁に、メイスは、殆ど陥落している。
ヨーダが、言った。
「アナキン。おぬしの師を連れて帰れ」
「イエス、マスター」
何処までも平行線を辿りそうな議論に、アナキンは、ヨーダの命に従い、オビ=ワンを抱き上げた。
そのまま自分の頭すら越して後ろまでクマを持ち上げる。
弟子の手に釣り上げられたオビ=ワンは、 バタバタと暴れた。
「アナキンっ! 私は行くんだ! 絶対に、私もお前と一緒に行く!!」
しかし、オビ=ワンは、アナキンのローブのフードにすっぱりと収納された。
アナキンのローブが特殊で、直接店に頼みに行くのは、こういう理由だ。
フードは、オビ=ワンの収納袋も兼ねているため、普通より深く作られている。
オビ=ワンは、弟子の後頭部をぽかぽかと叩いた。
クマの手は、ふかふかのため、それほどの打撃はない。
しかし、アナキンは、師に注意を与えた。
「マスター、暴れると危ないですよ。そろそろ布が弱くなってきてるんですから」
アナキンに比べ、歩幅の短いオビ=ワンが、疲れるとすぐにそこに入って運ばれたがるため、アナキンのローブは、老朽化が激しかった。
そして、どうせ新調するのならと、今日も、より居心地のいいフード部分を求めるため、オビ=ワンも一緒に店に行ったのだ。
アナキンは、背中で膨れているクマに向かって説得した。
「マスター、去年、蜂蜜の海にダイブして、それほど気持ちのいいものじゃないって思い知ったんでしょ? ネバネバで動けないし、おぼれそうになるし、ホントに大騒ぎになったんだから。今年もまたやったら、きっと、蜂蜜付けのクマになるまでほっとかれますよ?」
「マスター・ケノービ。あの一樽で一体幾らだったと思っとるんじゃ」
「蜂蜜の食べ過ぎは、虫歯になりますよ?」
「腹も今以上に出るしな」
「……う〜〜。アナキン……」
オビ=ワンは、弟子に縋り付いたが、向こうの王室がアナキン一人をと言う以上、それを破れば、国交問題にもなりかねず、クマは、蜂蜜だらけのパラダイスである星行きを諦めるしかなかった。
それから、数日後。
カウンシルで、宇宙船に乗り込もうとするアナキンを引き留め、くどくどと言い聞かせているクマが居た。
「アナキン、なんとしても、樽で蜂蜜を土産に貰ってくるんだ。あの星の王女は、お前に夢中だ。色仕掛けでもなんでも手段はいとわない。きっと蜂蜜をゲットしてくるんだぞ」
アナキンは、胸を張って悪巧みをするオビ=ワンを見下ろしながら呆れていた。
今日、この悪巧みは、あまりにも多く繰り返された。
アナキンは、師に尋ねた。
「マスター、そこまで蜂蜜に固執して。我々、ジェダイに執着は禁物なのでは?」
クマは、アナキンの足をぽかぽかと叩く。
「アナキン! あんな旨いものを! お前は、食べないから分からないんだ! ああ、やっぱり、ついていきたい……」
オビ=ワンは、隠れられないものかと、弟子のローブをちらちらとめくる。
アナキンは、師匠を抱き上げた。
その耳にそっと囁く。
「俺も、できたら一緒に行きたいですけどね。マスター、恐い顔で、ヨーダが睨んでますよ」
アナキンは、ふかふかの師匠のほっぺにキスをした。
「お土産、樽で貰えるかどうかは、分かりませんが、ぜいぜい努力します」
「絶対にだぞ!」
ぬいぐるみもどきは、自分が色仕掛けに出たようだ。
アナキンはクマの熱烈なキスで宇宙へと送り出された。
END