ハニーハニーハニー16

 

湯上りのクママスターは頭からパスタオルを被って、ほてほてと歩いていた。寒かった今日、温かい風呂に入って大声で歌いまくったクマはご満悦だったが、このクマ、風呂から出た後が嫌いだった。ぶるぶると体を振って水を切ったが、毛足の長い体毛からは、ぽとぽとと雫が垂れている。勿論、クマが歩いた後は、ナメクジが這えずったかのような痕跡が残る。

「……面倒くさい……」

真実、この濡れた床を拭く羽目になり面倒くさい目に合うのは、このびちゃびちゃクマの弟子なのだが、オビ=ワンはその弟子から聞かされる小言を思うと、長風呂で湯当りしたこともあり、この場で倒れ込みたいような気分になった。だったら、クマが頭から被っているそのバスタオルで適当なところまで水気を取り、それから、廊下を歩けばよさそうなものだが、それも、クマにとっては面倒だ。

 

「おっ」

面倒くさいを何よりも優先させ、ウォーターロードの距離を伸ばしながら廊下を進んだクマは、ふと目を上げ、中途半端に開いているドアの向こうのあるものに気付いた。

それは、シルバーにぴかぴかと輝いていて、丸い窓がついていて、つい覗き込みたくなるスタイルをしている。

部屋へと入り込んだオビ=ワンは、体毛から落ちる水滴で床にカーブを描きながら洗濯機の横の乾燥機へと近づいた。クマの前に聳え立つ乾燥機の容量は、軽く小さなクマなどカバーしている。キツイ冷え込みに、早速体を濡らす毛が冷たくなりくしゃみをしたオビ=ワンは、乾燥機に対してかつてないほど強い誘惑に駆られてしまった。前々からこの無精者のクママスターは、体が濡れるたび、これを試してみたいと思っていたのだ。

そして、このクママスターが何をしたかといえば。

 

オビ=ワンは、周りを見回し、口うるさい弟子がいないことを確認すると乾燥機の窓を開けた。

乾燥機なら、ただ入るだけで体毛も完璧に乾くのだ。

自分の思いつきに大満足のクママスターは、いそいそと乾燥機に入り込む。

 

「ア〜〜〜〜ナ〜〜〜キ〜〜〜〜ン〜〜〜〜!!!!!」

間延びしたオビ=ワンの助けを呼ぶ声を聞いたアナキンは、何事が起こったのかとびっくりして作業中の手をとめた。

「〜〜〜ア〜〜ナ〜〜キ〜〜ンンン〜〜〜」

駆けつけようとする弟子は、オビ=ワンの残した痕跡を間違いなく完璧に辿ることができた。廊下は水浸しだ。

「マスター!!」

クマの作ったウォーターロードを辿り、ランドリールームに駆け込んだアナキンは、しかしそこで、師匠を助けるのをやめたくなった。

アナキンの師匠は、モーターの音を立てる乾燥機の中でゴロゴロと回っていたのだ。クマは、回転に逆らう敏捷さだって持ち合わせているくせに、遠心力で上まで持っていかれて、ぽてんと、下に落ちたりしている。ゴロゴロゴロゴロ、クマは回っている。

「……あ〜、もう……」

「〜〜〜ア〜ナ〜〜〜〜キ〜〜ン〜〜ンン〜〜〜」

だが、オビ=ワンだって必死だった。乾燥機の中は、クマの予想以上のスペクタクル空間だったのだ。

アナキンは、何がどうして乾燥機の中で師匠が回ることとなったのか、このヌイグルミめいたクマの悪行の手順がわかるような気がして、このまましばらく、乾燥機の中で回転する師匠を見ていたい気分だった。

さすが乾燥機だ。クマはもう水気が切れてきているようだ。

コロコロとそれはもう景気よくクマは回っている。

「早〜〜〜く〜〜〜助〜〜け〜〜ろぉ〜〜〜!」

しかし、不精に方向違いの好奇心をプラスしたようなクマと違い、乾燥機が危険だとアナキンは知っていたため、弟子は大きくため息をついた。クマがジェダイだから、ついアナキンも気分のままに助け出すのが遅れているが、普通だったら全身骨折で死亡もあり得る。

 

「本当に、マスターは……」

アナキンが乾燥機の窓を開け、回転中のオビ=ワンを引っ張り出したのと、

「〜〜お〜〜前〜〜うぅ〜ぐっ〜気持ち〜〜〜〜悪〜〜〜〜」

とクマが唸ったのは同時だった。乾燥機の回転に酔ったクマは、ぐいっと引っ張り、助け出してくれた弟子の胸へと恩義もクソもなく、華々しくゲロをぶちまける。

「……マスター」

吐いた口元を弟子の服にこすり付けてきれいにしたクマの目は、涙の跡でびとびとだった。けれど。

「……ああ、びっくりした。……おい、アナキン、乾燥機で人間を乾かすのは危険だぞ。あんなに強く回るなんて思わなかった。……ああ、本当にびっくりした!」

「……」

「……痛いところはないですか?」

「ああ、それはないが……」

クマの目は、涙のせいで潤んではいたが、さすがジェダイだった。ツヤツヤと元気そうにアナキンを見上げており、アナキンは、それでいろんなことを諦めた。

「じゃぁ、マスターも俺もゲロ塗れですし、バスルームに戻りましょう」

「せっかく乾いたんだぞ!」

 

盛大に嫌な顔をしたオビ=ワンをつるし上げるようにしてアナキンがバスルームまで連行したとしても、多分、この弟子を責めるものはいないだろう。

だが、クママスターだけは、アナキンにドライヤーで乾かしてもらいながら、まだ文句を言っていたが。

 

END