ハニー・ハニー・ハニー 15

ハロウィンの贈り物

 

クマの小さな背中は、ちんまりと丸まって、日なたに干されていた。

別段アナキンが干したわけではなかったが、陽のあたるソファーを独り占めして寛いだ休日を過ごしていたクマは、秋の暖かな日差しの誘惑に勝てなかったのだ。

現在、リビングのソファーはクママスターのベッドだ。緩んだお口からよだれが零れているが、幸いなことにその水溜りが濡らすのはソファーではなく、気遣いの出来る弟子、アナキンがそっと着せ掛けた本人のローブであるから、ソファーに染みができることはない。

アナキンは、オビワンが静かなのをいいことに、自室で中古部品を分解中だ。

クマの開いたお口からは、すぴすぴとかわいらしい寝息が漏れている。

日差しを一杯に浴びてふかふかになったクマが幸せな昼寝から目覚めたのは、2時間近くたってからで、日の傾きに寒さを覚えたクママスターは、くしゅん!と、くしゃみをした。ふわふわした柔らかな毛に覆われた容姿に相応しいかわいさは、やはり眠っている最中限定のようで、その後、ずるずると鼻をすする音がする。

 

「お?」

寝ていた自覚のなかったクマは、起きると先ほどまでの行動の続きで、マシュマロの袋へと手を入れた。甘い匂いの淡い色のふかふかの中から、ポンっとピンクを一つ口に放り込んだオビワンは、まず、残りが3つと寂しくなってきていることに気付いた。それから、どうやら自分が寝ていたらしいことに気付く。口の左側の毛がかぴかぴだ。

「おい、アナキン!」

このマシュマロは、今年も聖堂で行われるハロウィンイベント用として、アナキンが用意したものの一つだった。ココアに浮かべて食べてみたいとのオビワンの要求を実行に移していたはず弟子は、しかし、暖かなココアを準備した様子もなく、だが、クママスターは、マシュマロ入りココアを、切実に飲みたかった。傾いてしまった日差しの中でうたた寝していたオビワンは、震えるほどではないものの、少し肌寒かったのだ。自分の上に掛かっていたローブを引き寄せ、カピカピになっている口の周りの毛をぐじぐじと手で擦る。

「おい! アナキン!」

弟子からの返事はなかった。たった二度呼んで返事がないだけで、もうクマは怒れてきた。

「全く、あいつときたら……」

さすが秋の日差しは沈むのが早く、部屋の温度はどんどん寒くなっていった。ぶるりとクママスターは震え、ますます温かいココアが恋しくなる。ぶつぶつ文句をいいながら、クマがソファーからよいしょっと降りた。すると、どこかから、ゴソリと音がする。

カリ、カリ。カタリ。

「ん?」

空耳かと思ったクママスターは、気にせずアナキンの部屋へと文句を言いに行こうとした。いい加減に袖を通しただけのローブがずるずると床を引き摺っている。

だが、また、ゴソリと音がする。今度は、音のした方向を突き止めることができた。それは、特に陽の差さない廊下の突き当たり辺りだ。あっちは、納戸があるだけだ。勤勉にもアナキンが何かの片付け物をしているのだとして、けれども、あそこにいて、オビワンの呼びかけが聞こえぬわけはない。

後ろを振り返るクママスターの小さな背中は、夕暮れ時の薄い日差しに、寂しげな雰囲気を漂わせるリビングの中でこわばっていた。

「おい、……アナキン、……いるの……か?」

小さな声で打ち明けるなら、クママスターは怖がりだ。オビワンの背中にはゾクゾクっと寒気が走った。しかし、師は、自分のリビングフォースがしきりに告げるものを打ち消す。

「早くココアを飲まねば」

しかし。

ゴソリ。

カリカリカリ。

音と共に、日差しは、急激に翳った。クママスターの背中の毛は一気に逆立った。

アナキンの部屋へと向かう短い足は早足になっている。

ゴソリ。……ゴソ

最後には、ローブのフードが膨らんでしまうほどの勢いで、オビワンはアナキンの部屋へと飛び込んだ。

「ア・アナキン! 納戸に何かいるぞ!」

一応アナキンの部屋のドアには鍵がかかっていたはずだが、そんなものをものともしないで飛び込んだクママスターは大声で叫んでいた。

「……おはようございます。マスター。目が覚めんたんですね」

部屋の中で、自分の周り一杯にばらした部品を広げ、休日を満喫していたアナキンは、またドアのキー認証の登録をしなおす手間を考え、つきそうになっていたため息を飲み込んで済ませた。クマの左頬は笑ってしまうほどカピカピだ。

「ああ、そうか、大分時間が経ってますね。寒くなっちゃいましたか?」

「バカ! そんなことより、納戸だ。納戸! 納戸におばけがいる!」

のんきに時計を見上げたアナキンを突き飛ばすようにして後ろに回ったオビワンは、床へと広げられている繊細な部品を踏みながら、アナキンの太腿を両手でぐいぐい押して、弟子をドアの外へと追いやろうとした。

「え? マスター? 寝ぼけて?」

オビワンの足が踏むものがアナキンは気になったが、とりあえず、師匠はふっくら気味のお腹をしていたところでぬいぐるみサイズの軽量級だ。

「違う! 音がするんだ! アレだ。あれ! 私の大嫌いな!!」

「おばけ、ですか? でも、マスター、ハロウィンにはちょっと早いですよ?」

「早いも遅いも、いるったら、いるんだ! お前、見て来い!」

オビワンはかなり焦っている様子で、小さい体が必死になってアナキンを押していた。押していながら、離れるのも怖いのか、ぎゅっとアナキンのレギンスを掴んでもいる。ずり落ちているローブから覗く体毛は、いつものふかふかとは絶対に違う毛羽立ち方だった。

必死になって見上げてくる黒い目を見下ろしたアナキンは怖い夢でも見たのかな?と、現実的に物事を受け止めながらオビワンに頷いた。アナキンは、納戸に置いてあったものを思い出しなら部屋を出ようとする。だが、足を動かそうとすると、ずるずるとクマがついてくる。引き摺られるオビワンの引き摺るローブがアナキンの部品たちを撫でていく。

「……歩きにくいんですけど、マスター」

オビワンは、一人この部屋に取り残されるのが嫌らしく、眉間に皺を寄せたまま、ぎゅっと力を入れアナキンにしがみついていた。いつもは強気のツヤツヤの目が、すっかり脅えて潤んでしまっている。

「見に行った方がいいんですよね? マスター」

アナキンにはオビワンの葛藤が読み取れるような気がした。

「ああ、そうだ」

「だったら、手を離してください」

クマは黙り込む。

「じゃぁ、一緒に行きますか?」

「……嫌だ!」

強情に見上げてくるクマは、アナキン一人で納戸の様子を見てくるようにと命令しつつ、しかし、自分をここに置いていくなと命令した。

「……それは、無理です。……多分」

最後に多分と付け足したのは、クママスターの小さな手にぎゅっと力が入ったからだ。おばけのいる家の中で一人にされるかもしれないと思ったクマの爪がアナキンの太腿に突き刺さっている。アナキンは、勝手に緊張感を高めているクマの気持ちを落ち着かせようとした。

「ハロウィンに現れるおばけだったら、マスターの持ってるマシュマロを差し上げれば、帰っていただけますよ。きっと」

「嫌だ!!」

おばけも嫌だが、お菓子を上げるのも嫌だいうわがままなオビワンは、やはりいつものオビワンだった。アナキンはしばらく考え、オビワンに提案した。

「マスター、俺のローブの中に隠れてついて来て下さい。そうすれば見えないから、きっとおばけも気付かないはずです」

 

どの位本気でアナキンの言葉を信じたのか知らないが、マシュマロの袋を放さないオビワンは、アナキンのローブの裾に隠れたまま納戸について来ていた。

確かに納戸からは不審な音がしている。しかし、おばけというには、その音はせわしない。

「わっ!!」

何がしたいのか、急に大声を上げてオビワンが、アナキンを突き飛ばした。辛くも棚に手を付き、体勢を保った弟子は自分のローブの裾からぽこりと頭を出している師匠を冷たく見下ろす。オビワンの左頬の毛はカピカピのままで、目深にかぶったローブのフードから、ちょこんと見える黒い目はだびだびに濡れている。

「……何がしたかったんです、マスター?」

「いや、私だけこんなに怖い思いをしているのは不公平だから」

アナキンは、ローブの中でブルブルと震えているクマをかわいらしいく感じる自分の気持ちをねじ伏せた。外見に惑わされてはいけない。現に、今だってクマの爪はアナキンのローブに穴を開けそうになっている。このクマは天然で性悪だ。

 

「どうやら、この箱からみたいですけど」

気を取り直したアナキンが上のほうの棚から箱を下ろそうとすると、泣き出しそうにクマが叫ぶ。

「待て! アナキン! お前、どっかの星の呪術品を持ち帰ったり」

「してません」

いくらハロウィンの時期だからといって最初からおばけの可能性など1パーセントだって感じていない弟子は、不恰好なリボンの掛けられた箱が、全く自分の覚えのないものであることの方が気がかりだった。

「開けますよ。マスター」

箱の中からは、カリカリ、ゴソゴソ、どうも生き物の立てる音がしている。

「ア・アナキンっ! 待て! 待つんだ!!」

おばけが飛び出してくることを怖れ、逃げようとしたオビワンは、ある意味正しかった。アナキンが箱を開けると、思いもかけない素早さでグロテスクな虫が這い出す。

「ぎゃっ!!!」

叫んだクママスターの足元へと虫は這っていった。大きな鋏と、鋭い棘のような尻尾を持ったその虫は、固い赤黒い殻で守られていた。素早くしゃがんだアナキンが、精一杯背伸びをして逃げようとしているオビワンにその虫が触れる前に捕まえる。

「わっ、珍しい」

虫を掴むアナキンの顔に浮かんだのは嬉しそうな笑顔だった。

「どうして、この虫がここに?」

涙で黒い目をしっとりとさせているクママスターは、くねくねと動いている、蠍に更に毛の生えた足を沢山生やしたような気味の悪い虫から懸命に目を背けていた。

「……思い出した。……去年の今頃、タトウィーンでの任務があったから、お前の土産にいいと捕まえてきたんだった……生きていたとは」

「へぇ。……ありがとうございます。俺用のハロウィンの菓子ってわけですか?」

 

タトウィーンのみに生息するその虫は、とても毒性が強く、刺されでもしたら即死も考えられる程なのだが、食料の乏しい砂漠の土地では食べ物も少なく、地元住民の中では、極まれにだがそれを食べる者がいた。アナキンはその一人だ。虫の毒は強いが、一気に固い殻を噛み砕けば、腹からでる粘液が唾液と交わり、1分ほどの間だけは尻尾の毒は無害となるのだ。しかし、毒の強さや、姿の醜さ、生のまま噛み砕くしかない調理法などからチャレンジするツワモノはあまりいない。

 

「さっさと食べろ。アナキン」

「えっ? でも、ハロウィンはもう少し先ですよ」

「いいから、もう一年も前に捕獲した奴なんだぞ」

アナキンに摘ままれた虫はぞわぞわと蠢いている。

「大丈夫ですって、こいつは生命力が強いから、ここに閉じ込められてすぐ仮死状態になって過ごしてたはずです。あと、2日くらい」

「私が見ていたくないと、言ってるんだ!!!」

 

「じゃ、トリック オア トリート!」

怒鳴られたアナキンは、しかし、笑顔で虫を口へと放り込んだ。

久しぶりの味だと、むしゃむしゃと頬張る弟子の口から、最後の足掻きとばかりにぴろりと尻尾を出した虫がクネクネと動くのに、クマは悲壮な顔になる。

「早く、食え! 今すぐ、飲み込め!」

「そんな。懐かしい味だし、もっと味わって」

生命力が強いというのは本当らしく、虫を頬張るアナキンの頬は、不自然にボコボコと動いていた。

弟子の口の中で蠢く虫の姿を想像すると、クママスターは泣けてくる。

「食ってしまえ!」

「旨いのに……しょうがないなぁ」

 

「……うむ。……まぁ、いい……何もなかったし、全て済んだし、もう、いい……」

おばけ騒動が治まったジェダイの住居では、クマの肩が悄然と落ちていた。クママスターは手に持ったままのマシュマロを頬張ることも思いつかない程疲れている様子だ。しかし、思いもかけなかったサプライズプレゼントを貰った弟子は、上機嫌だった。

「マスター。俺も、マスター用のハロウィンの菓子を用意してますんで、楽しみにしていてくださいね」

 

しかし、その晩の夜遅く、こわばった顔のアナキンが、必死になってオビワンの部屋のドアを叩いていた。

「マスター! マスター! 今日食べた、アレ! 二年も前に絶滅危惧種に指定されてたじゃないですか!」

「……うむ」

ドア越しに不明瞭なクマの声が返答を返す。

「ちょっ! マスター、ドアを開けてください。俺、食べちゃったんですよ! マスター、ジェダイテンプルへのサンプル持ち帰りってことで、記録に残ってるし!」

懐かしい味に郷愁をそそられたアナキンは、タトウィーンのデーターを検索していたのだ。すると、急速に観光化を進めているタトウィーンでは、強い毒性を持つあの虫を害虫として駆除することにしていた。いくら生命力が強くとも、それ様に開発された強力な駆除剤を散布されては虫も敵わない。その上、数の少なくなった虫は、希少な食材として乱獲された。よく、オビワンの手に入ったものだと言う他ない。

「うむ。……なんかな、うまいこと捕まえられたんだ。希少種だとは聞いていたから、持ち帰れるか不安だったんだが、タトウィーンじゃ、お前のおかげでジェダイは英雄だから」

「でも! マスター、俺、食っちゃいましたよ! ほっとけば百年だって生きてるはずの虫なんです。もし、政府にサンプルの返還を求められたら……」

 

「お前が食った。と証言してやる」

 

昼寝のせいでどうも風邪を引いたらしく、少し頭の痛いクママスターは、ドアの外で煩い弟子が鬱陶しかった。

「アナキン、そこにいるのなら、蜂蜜入りのホットミルクを頼む」

「マスター!! そんなこと言ってる場合じゃ」

アナキンは、開かないドアをドンドンと叩く。

「煩いぞ。アナキン。食ったものは食ったんだ。お前が、トリック オア トリートって言ったんじゃないか。私は悪戯されるなんて、真っ平だ。それより、アナキン、私は頭が痛い。今晩は早く寝たいから、蜂蜜入りのホットミルクをさっさと持ってきてくれ」

 

ミルクを持ってこない限り開かれそうもないクママスターのドア前では、かぼちゃランタンが不気味に笑っていた。

しかし、こういったおばけよりも、アナキンの師匠の方がずっと性質が悪いのだ。

 

 

END

 

 

滑り込みでハロウィンネタです。間に合ってよかった。