ハニー・ハニー・ハニー 13(ハロウィン編)

 

また、クマの持つ籠に、ザラザラとたくさんの菓子が流し込まれた。

「素敵じゃない! マスター・オビ=ワン。それは、クワイ=ガンの仮装? お髭がとてもよく出来てるわ。ホントに髭を生やしてもその分ならいけるわよ!」

いきなりオビ=ワンを抱き上げるくらいしそうなほど嬉しそうにコメントしたのは、クマにとって先輩格に当る女性マスターだ。彼女は、わざわざ腰を折り、この春マスターへと昇格したばかりのヌイグルミサイズのクマの髭へと手を伸ばしている。

だが、髭を触り、その感触に、あれ?と、引っ張る。

「痛ててっ! 痛いです。マスター!!」

女性といえど、相手はジェダイマスターだ。とっさに気遣いを忘れてしまった時の力強さは、勿論、ジェダイとし恥じるところのないレベルで、クマは、口を突き出したチュウのお口でのけぞった。

「痛いですっ!」

「あら? えっ……? 本物?」

まるで取ってつけたようで、まだ顔に馴染んでいないクマの髭は、とても作り物めいていて、どうにも信じられず思わず、彼女は指に入れた力を強めてしまった。
ますますクマは、口だけを突き出す形になる。

「いたいっ! 痛いっ」

「あっ、ごめん」

その後すぐ、思い切り涙目になっているクマの姿にくすくす笑いが漏れ、この状況から開放されるのだが、これでクマがそういった目にあわされたのは今晩だけでもう4回目だった。

クマは、必死に髭を押さえ、先輩格のマスターをうるうるの黒目で見上げる。

「痛いじゃないですか!」

「だって、オビ=ワン。急に髭なんですもの、ハロウィンの仮装かと思ったわ」

「私のどこが仮装です! チュニックに、レギンスに、ローブ。この全ていつもどおりでしょう!」

「そうなんだけど……」

だが、10月31日の今日、クマは隣にぶすくれて立っているパダワンと同じハロウィン用の籠を持っているのだ。その上、クマの籠には、菓子が溢れんばかりに詰められている。

パダワンの研修のため、半月も姿を消していたと思ったかわいらしいクマが急に髭を生やして、ドアを叩いたのだ。それもハロウィンの日に。ここまでの皆だって、間違いなく、彼の姿を亡き師を真似た仮装と思ったに違いない。

褐色の肌も美しい女性マスターは、オビ=ワン、アナキンペアがここにいる事情が知りたくて、髭クマの隣に立つ、むすっとした顔の彼のパダワンをちらりと見上げた。

超絶不機嫌な顔をしたアナキンは黒猫の仮装だ。

かわいらしくとんがった猫耳、尻尾の彼の籠には、林檎がぎっしり詰まっている。

仮装といえば、クマよりも彼の方が、ずっとハロウィンらしいのだが、……皆の評価は同じだということらしい。

アナキンといえば、普段から傲慢ちきで仏頂面なパダワンなだけに、猫耳の情けない姿は、ジェダイマスターから意地の悪い笑いを引き出しそうだった。

 

 

ここジェダイ聖堂では、ハロウィンのこの日、かわいらしいベア・クランたちが、思い思いの仮装をするのだ。

それを、マスターたちは、各人に割り当てられている部屋で待ち受けていてやる。

そして、トリック オア トリートの呪文の後に、マスターたちは彼らの努力を評価する。

上手に工夫を凝らせた子には、お菓子を。

そして、残念ながら、そのグループの中では、あまり良い出来だとはいえない子には、林檎を。

ジェダイたちは、いつだって、才能に、運命に、そして、死の女神に選別される。

ベア・クランたちは、早く、無慈悲な選別に慣れなければならない。

と、いうのは勿論建前で。

勿論、この日の行事は、楽しいお遊びなのだが。

しかし、勿論、いくら遊びとはいえ、修行の一部でもあるこの行事に、ヌイグルミのようにかわいらしくともマスターに昇格したはずのクマや、もうベア・クランと呼ぶには大きすぎる生意気なパダワンが菓子を貰い歩く必然はまるでなかった。

 

 

クマの頭をポンっと叩き立ち上がった女性は、まだ気になるのか、指先で、クマの髭をくすぐりながら立ち上がった。

クマが、くしゃみをする。

鼻水をすするそんなクマの様子ににこにこと目を緩めたマスターは、また、ちらりとアナキンに視線を流し、笑いそうになった口元を引き締めた。

アナキンは床を見つめたまま、地を這うような声で、ぼそりと口を利く。

「……笑っていいですよ」

「笑わないわ! あなたの格好もかわいいし。でも、普段のあなたを知ってるだけに、一体どうしたの?って聞いてみたくなるけど」

聖堂に来て半年、すでにアナキンの悪名は高い。

アナキンはジェダイを目指すには大きくなりすぎていたのだ。
幼いながらも確立した自我は、ジェダイという特殊な集団へと馴染むことが難しかった。

その上、このクマのパダワンはジェダイとしての高い才能を持っているのだが、それゆえ、修行を軽がるとこなし、オーダーの伝統を軽視しがちで、アナキンの態度の悪さは、余計に鼻についていた。

大抵のマスターたちは、アナキンの傲慢ちきな鼻っ柱をへし折ってやりたいと思っている。

それが、どう見たってクマ師匠に無理やり着させられたとしか思えぬかわいらしい格好で、思い切りぶすくれて、ドアの前に立っていた。

猫耳のアナキンに普段のクールさはまるでない。

彼女は心の中でひそかに溜飲を下げている。

 

だが。

「でしょう! アナキンの奴、似合いますよね! この子は、すぐむくれるんですけど、でも、ほら、かわいいって言ってもらえたぞ!」

ますます眉間の皺を深くしたアナキンを他所に、新米クマ師匠は、飛び上がらんばかりに喜んでいた。

クマは、アナキンの袖を引っ張り、もっとよく見てもらおうと引き寄せる。

「似合うでしょう? ねっ、アナキン、似合いますよね!」

似合うかどうかと問われれば、答えはアナキンの持つ籠に詰まった林檎が証明していた。

きらきらに目を光らせているクマから強い同意を求められ、女性マスターは、にこりと笑って目をそらす。

だが、クマはそんな態度を見ちゃいなかった。

「アナキン。お前、かわいいんだよ。もっと自信を持っていい。でも、お前の態度が悪いから、マスターたちはお前を諌めるために、わざわざ気を使って菓子を下さらないんだよ。ほら、そんなに拗ねないで、笑顔で、もう一度、トリック オア トリート!」

懸命に師としての務めを果たそうとする盛り上がりクマとは別に、クマのパダワンは、むすっとした顔で、決してにこりとも笑わなかった。

「いいです。別に、俺、菓子なんて欲しくないし……」

それどころか、ふてぶてしく床を睨んでいる。

「何を言っているんだ。アナキン! その耳もしっぽもよく似合ってる! お前が笑顔さえ見せさえすれば!」

仮装していないというのに、チョコだって、クッキーだって、籠からあふれ出しそうなクマが、林檎ばかりを籠につめた黒猫弟子を必死になってフォローしていた。

「……ハロウィンなんて、やりたくないし……」

「やったことないって言ったじゃないか! せっかくの機会なんだぞ。お前がここに馴染むためにも!」

クマ師匠は、弟子の尻尾をフリフリして見せ、愛嬌を演出する。

「俺、こんな格好したくないし!」

「だが、お前。ハロウィンといえば仮装だろう!」

おろおろとフォローする新米マスタークマは、言わなくていいことまで口にする。

「誰もお前のこと誘ってくれないから、こうして私が付き添ってまでいるというのに!」

 

だが、決してアナキンに友達がいないというわけではなかった。

それどころか、育ちのせいか大人びたアナキンは、同級の中では、隠れたヒーローだ。

聖堂の中でも、ハロウィンに菓子をねだって歩くのは、幼いベア・クランたちだけなのだ。

アナキンと同じ年代のパダワンたちは、もうこんな行事には参加しない。

しかし、アナキンの師匠となった熱血クマは、なかなか聖堂の気風に馴染めずにいるアナキンを心配しすぎて少しばかりこんがらがっていた。クマだって自分の過去を振り返ればわかるはずなのだが、10にもなったパダワンに、仮装した友だち集団からの誘いがないと、真剣に悩んだのだ。

クマは、アナキンが愛すべきかわいらしい子だと、皆に認めてもらいたかった。

そのため、散々ごねたパダワンがとうとう吸血鬼の格好ならしてもいいという譲歩までしたというのに、猫耳までつけさせた。

「俺が、マスターに付き添ってるんです! いつ俺がこんな行事に参加したいって言いましたか!」

師匠は、自分にふかふかの耳も尻尾もあるものだから、ヒューマノイドタイプの若い男が、プライドを守るためにもかわいらしいそういった格好をしたがらないなどということにまで気が回らない。

「アナキンっ! お前、そんな悲しいことを言うな! 友だちが誘ってくれないからって、そんな風に強がって!」

 

青い唇を持つ女性マスターは、まるでコントのような師弟のやり取りに、笑みを隠せなくなってしまった。

最初の弟子に対して、つい過剰な愛情を傾けてしまうそんな心情は、彼女も理解できる。

そして後日それが、どれほど鬱陶しいものだったのか、ナイトへと育った弟子から聞かされ、赤面することになることすら。

 

「わかった。アナキン、お前、私ばかりが菓子を貰うから拗ねてしまったんだな!」

「違う!!!!」

「私の菓子を分けてやるから!」

「誰が、菓子が欲しいっていいましたか!!」

 

地団駄を踏みそうなアナキンは、確かに、その世代の少年らしくて、だいぶかわいらしく見えた。

才能を笠に着、どこか冷めた態度で修行に臨むため、マスタークラスには疎ましく思われがちなアナキンが年相応のパダワンらしく激しく感情を高ぶらせるのは、マスターたちにとって理解しやすく好ましい。

褐色の肌をした女性マスターは、これがクマの策略だとしたら、たいしたものだと思いながらも、小さなヌイグルミに翻弄されているアナキンに実に優しく笑いかけた。

「クソ生意気なだけな奴かと思ってたら」

ひょいっと彼女は、アナキンの籠を取り上げる。

「アナキン。これもあなたが履修してこなかった修行の一つだと思って、林檎が10たまるまで、マスター・オビ=ワンに付き合って、あちこちのドアを訪ね歩きなさい。大丈夫すぐたまるから」

彼女は、アナキンの籠にひとつ林檎を増やす。

「マスター、アナキンは別に林檎を集めているわけじゃなく!」

溢れそうなほど菓子の詰まった籠を持つ髭クマが言う。

「分かってるってば。オビ=ワン。でも、きっと、アナキンが集められるのは、林檎だけよ」

 

彼女の予言は当った。

 

「そんな! アナキンは、ほんとはいい子なんです! 毎日飯も作ってくれるし! 日記だって毎日書くし!」

これは、後日、ハロウィンの戦果を尋ねられたクマ師匠が叫んだ一言だ。

しかも、白昼の聖堂の廊下でだった。

アナキンは、フォローのつもりにしても、余計なことばかり言うクマの首を絞めたかった。

10の少年は、自分が優しく、繊細であることなど、決して人に知られたくない。

舌なめずりしそうな魅惑的な青の唇をしたマスターの表情に、不穏なものを感じたアナキンは、一歩後ろに下がった。

「意外ねぇ。あなたってば、かなりむかつくタイプだってのに、オビ=ワンに付き合ってあげるし、……へぇ、毎日、日記を書くの……」

「本当だ。アナキン、君は日記を書くのかい」

クマ師弟の周りには人だかりが出来ていた。

弱い部分を見つければ、ジェダイたちは習性として、つい、そこを攻撃してしまう。

「ほぉ、アナキン、君がね、日記をね……」

アナキンは、ハロウィンの翌日、自分の猫耳ホロが出回ったことだって、新米マスターであるオビ=ワンのためにじっと耐えていた。

それなのに。

「ええ、ちゃんとアナキンは毎日書いてるんです! この子だって、ちゃんと反省するんです!」

さらに、このクマは、アナキンをいたぶる。

 

 

 

「で、結局、あのハロウィン以来、オビ=ワンは、絶対に付け髭だなんていわせないと、ずっと髭を生やしたままなんですけど」

「まぁ、確かに、違和感はなくなったけど……ね」

今年も、聖堂にハロウィンがやってきた。

「トリック オア トリート!」

元気よく、ドアを叩くベア・クランたちへと、めんどくさがりやのクマの代わりに、アナキンは、菓子を与えていた。

勿論、林檎も。

だが、どの子の籠にも林檎と菓子が同じくらいの分量で紛れ込んでいる。

このカラクリをアナキンは理解していた。

どれほど工夫した仮装をしようと、選別されることに慣れなければならないベア・クランたちは、必ずどこかの部屋で林檎を貰うことになり、挫折を味わう。だが、勿論、籠を林檎で満杯にしたあの年のアナキンのようなベア・クランなど一人もいない。

 

「それで、懐かしい話の腰を折るようで申し訳ないのですが、マスター。菓子を少しわけて貰えませんか? 用意してた分が足りなくなって」

未だ多少、癇の強さは見せるものの、すっかり優しげな笑顔で、女性マスターたちを誑し込むようになったアナキンは、褐色の肌の艶にまるで衰えを見せない女性マスターにも惜しみなく笑いかけた。

「足りなくなったって、これから先の全員に林檎を配ったらどう?」

「そんな。どこの部屋で誰に、林檎を配るか決まってるのに、俺達だけがそんなことできませんよ」

「う〜ん。じゃぁ、アナキン、オビ=ワンを逆さに振ってみたら?」

すっかり人への処し方の上手くなったアナキンは、自分の後ろに付いてきているポッケも、フードもパンパンに膨らんだクマを振り返り、にこりと笑った。

クマは、もしゃもしゃとクッキーをかじっている。

ちなみにあれは、ベア・クランたちに配るため、アナキンが用意したものの一つだ。

アナキンが用意したクッキーは、現在10包みほど、行方不明なのだ。

「マスターのこと、逆さに振ると、粉が廊下に落ちますので」

ご迷惑でしょう?と、鮮やかに笑ったアナキンは、青い唇も美しいジェダイマスターの耳元でひそひそと話す。

「実は、それが出来ないんです。マスター・オビ=ワンは、俺の日記がメモリーされてるデーターパットを、いまだにどこかに隠し持ってまして」

クマの薫陶を受けて育ったアナキンは、自分の傷すら駆け引きの材料にできた。

オビ=ワンに親切にすることによって、あるかもしれない見返りを、狡猾なナイトはちらつかせる。

未だ、アナキンの書いていたという日記は、聖堂中のマスターたちの好奇心を刺激してやまない、幻の一品だ。

3つめの目まで彼女はきらりと光らせる。

「えっ、ほんとなの?」

 

 

 

「マスター。ポッケに隠した菓子、ちゃんと出してください。ホントにそれ貰わないと、ベア・クランに渡すものありませんから」

部屋に帰ったとたん、クマに手を差し出したアナキンにクマは驚いた顔をした。

「なんでだ!? 私が彼女から貰ったんだぞ!」

手に持っていたクッキーまで後ろに隠したクマに、アナキンはやれやれと肩をすくめる。

「もうこの部屋までの道のりで一包み分は食べてるんだから、いいでしょ?」

「だが、これは、私が!」

「……まだ、そのまんまるの腹に詰め込む気ですか」

 

「トリック オア トリート! マスター・オビ=ワン、こんばんは!」

「やぁ、こんばんは」

ドアを開けたアナキンは、苦悩するクマを振り返った。

「さぁ、マスター。ベア・クランたちがお待ちかねです。さすがのマスターだって、あの子たちの菓子を取り上げたりしないでしょう?」

いや、クマは、取り上げてしまいたかった。アナキンが用意したクッキーは予想以上に旨かったのだ。いや、もう既に、アナキンが彼らのために用意した分は、取り上げた。

今、クマは新たに貰ったチョコを味わう必要を感じている。

ドアの前にベア・クランたちを待たせたまま、クマは、悩む。

「アナキン。これは、……私の……ベア・クランには、林檎が……」

「林檎?」

アナキンの言葉に、ドアの前のベア・クランたちが、がっかりした表情になった。

アナキンは、ベア・クランたちに聞く。

「悪いね。どうも、菓子が渡せないみたいんなんだけど、……代わりに悪戯してくか?」

「えっ! ほんと!?」

子供達が本当にすきなのは、菓子より悪戯だ。

子供達の目がきらきらと輝く。

「マースタ。冬に向けてダイエットするって言ってたのは、誰でしたっけ? あと、3つ数える間に、そのポッケにパンパンに詰まった菓子を出さなきゃ、ベア・クランたちに勝手に取り上げていくように言いますよ?」

「ホントに!? ねぇ、ホントに、そんなことしていいの?」

「アナキンっ! 私はその子たちよりサイズが小さいんだぞ。そんなことしたら、全部取り上げられるじゃないか!」

 

ひとーつ。ふたーつ。……。

 

 

                                                           END