ハニー・ハニー・ハニー −11−
それを見つけたとき、アナキンは柄にもなく、お願いしてみるのもいいかもしれない。などと思った。
アナキンは、神頼みというものを本来しない。
それは、アナキンだけでなく、ジェダイ全体に通じる気風だ。
ジェダイは、個々の宗教を禁じたりはしなかったが、しかし、ジェダイというもの自体がすでに教義を持ち、それを長い時間をかけて研ぎ澄ましてきたから、騎士たちは、他に求めるということをしなかった。
フォースという奇跡が常にジェダイの身近にあるのだ。神まで、求める必要がジェダイにはない。
だから、アナキンも普段は決して神頼みなどというものをしたことなかった。
宗教は、ジェダイの修行の一部として、自分達が関わることになる星々を尊重するために学ぶものであり、他惑星への敬意を示すため覚える祭典の手順にすぎなかった。
それは、民間伝承に近いものもすべて同じだ。
しかし、今日、アナキンは、潜入調査のため、ヒューマノイドタイプの、しかも、黄色人種と呼ばれる種族が多く移住し、出来上がったコロニーの文化を学ぶ必要があって資料に目を通していたとき出会った風習に、思わず、日にちを確認するため目を上げた。
デジタルが表示するのは、7月7日。
そして、資料にあるのも、7月7日に行われるなんともかわいらしい行事だ。七夕というらしい。
なんと、この行事を執り行うと、願いがかなうという。
ベッドどころか、自分までカビさせるクマを師匠に持つアナキンは、いつもの気風を放り投げ「短冊」というものに、書き付けたい願いがいくつかあった。
マスターのベッドからする黴臭が早く取れますように。
もう、二度と、マスターがカビませんように。
マスターの腹にできた禿が治りますように!
そう、不精を続けてカビたクマは、アナキンが師匠を公園に連れ出し行った天日干しの甲斐なく、やはり皮膚病を患い、腹に直径5センチほどの禿を作ってしまったのだ。
痒がって、禿げた部分をまだ掻き毟ろうとするクマをなんとかしてやるためにも、アナキンは、資料を食い入るように見つめていた。
笹。などという植物を手に入れることが可能かどうかは別にして、そんな、神頼みをしたくなるほどには、情けない毎日をアナキンはおくるはめになっている。
オビワンは、こっそりと部屋の隅に隠れていた。
実際クマは小さいのだから、部屋には隠れるところなどいくらでもあるのだが、その時クマが選んだ場所はあまりいい場所だとはいえなかった。
弟子がベッドのマットを風に通そうと開けた窓に立てかけている、そのマットと壁の間にクマは入りこんだのだ。
アナキンの管理のもと、今日もふかふかに乾かされているクマだったが、その時クマは、自分の身体に起きた異変を確かめる必要があった。
ふかふかに乾かされているとはいえ、毎日の暑さが堪えるのは、毛皮で覆われた生きたぬいぐるみである師匠にとって変わりない。
今も、汗が皮膚を伝う。
それが腹の辺りを伝っていくとき、ぴりりとした痛みを感じさせるのだ。しかし、ぴりり、くらいだったら、まだいい。
たまに、ものすごく痛くて、クマは不安で胸がドキドキしているのだ。
カビいたときだって、こんな痛みはなかった。
フォースの加護を心から信じ、100まででも、1000まででも生きるつもりのクマだが、とりあえず、自分が身体に気を使わなければならないプチ中年なのは、自覚している。
子供が作る秘密基地に近いベッドマットと壁の間で、クマは痛む腹を見ようと、そろりと上着を脱ぎ捨てた。
毛皮を掻き分け、患部を見ようとしたクマは、その時起きた現象に悲鳴を上げた。
「ぎゃぁ!!!」
ほんの軽く腹の毛を触っただけで、腹の毛が抜け落ちたのだ。
慌ててクマが腹を探ると、ぼろぼろと、毛は抜け落ちていく。
「なんでだ! どうしたんだ!」
確かに、毛皮を着込んだクマは、冬毛と、夏毛の抜け変わる時期を毎年体験するわけだが、それとは全く違った抜け方だった。
なんでだ。どうしてだ。も、なく、クマの腹が禿になったのは、先般の黴騒動が原因に違いないのだが、動揺するクマは、じたばたと慌てた。
その拍子にベッドマットにぶつかる。
不安定に立てかけてあっただけのマットが、クマの上に倒れてきた。
成りはクマだが、オビワンは稀代のジェダイなのだから、ベッドマットくらいは避けて欲しかったが、残念ながら、腹にぽっかりできた5センチの無毛地帯に呆然としている師匠は、この危機を切り抜けることができなかった。
クマは、自分に倒れかかる脅威を黒い目を零れ落ちそうなほど見開き、ただ、ただ、見上げている。
寝相の悪いクマのため、ベッドマットは、成人ヒューマノイド標準サイズだ。
そのマットが小さなクマに倒れてくる。
「うわぁ!!!」
勢いよく落ちてきたベッドマットの下敷きになったクマは、きゅ〜っと、気を失ってしまった。
こそこそと隠れようとしていた師匠の動向を気にかけていたアナキンは、異変を察知し、情けなくもマットの餌食になっている偉大なジェダイを救いだす。
「もう、マスター。なんでこんなとこに入り込んでいるんですか……あっ! マスター、これは!!」
倒れこんでいるベッドマットの下からクマを引っ張りだしたアナキンは、着衣を乱すはしたない師匠の腹を見て愕然とした。
師匠のぽこんとふくれていることに対してではない。それは、いつものことだ。
クマの腹の毛がぬけて、その下の皮膚が真っ赤にただれている。
これは、どう見たって皮膚病だ。
「マスター。痛いですよね。かわいそうに……」
とっさに、アナキンは、黴るまで自堕落な生活を楽しんだクマを責めはしなかった。
それどころか、どう治療するのが一番いいのか、弟子はめまぐるしく考えている。
まるで秘密基地の崩壊に巻き込まれたようにベッドマットの餌食となって気絶しているクマだったが、幸いなことに弟子を育てるのだけは上手かったのだ。反面教師という言葉があるが、全くそれは、クマとアナキンの間柄に当てはまる。オビワンは、自分のおかげで、これほどアナキンが心優しいジェダイに育ったのだと胸を張るだろうが、いや、まさにクマの態度の悪さがそうさせたのだから、その通りなのだが、アナキンがこれほど忍耐強く、他人に対して寛容なのは、任務中の優秀さを裏切るクマの生態にあった。
裏表の激しいクマと長い時間一緒にすごしたアナキンは、もう多少のことでは、感情を荒立てたりはしないのだ。
これを悟りというのかもしれない。
いや、なんのかんのといいながらも、クマの愛がアナキンを離れることは一度もなく、十分に愛されて育ったアナキンは、クマがどれほど自分を信頼し、そして大事に思ってくれているのか、十分知っている。
「マスター。マスター。大丈夫ですか? マスター」
アナキンは、意識のないクマを揺さぶった。
さすが鍛えられたジェダイだけあって、クマはすぐさま意識を取り戻す。
「……。っ、アナキン!お前、こんな危ないところにベッドマットを立てかけるな!」
クマのこういうところが、アナキンをダークサイドから遠ざけるのだ。こんな身勝手な人間にはなるまい。と、弟子はわが身に対する戒めを強化する。
「すみませんでした。マスター。マスターがこんな隙間に入れるほど小さいのだということをすっかり失念していました。ところで、そのお腹のことなんですが……」
常々クマに鍛えられているアナキンは、さらりと嫌味を織り交ぜる器用さすら持ち合わせており、ぷりぷりと怒っているクマを軽く受け流すと、ぽっかりと禿げたクマの腹に指を近づけようとした。
「触るな!」
クマが飛び退る。そして、ベッドマットにまたぶつかる。アナキンは倒れてくるマットを押さえてやったり、転んだ師匠を起こしてやったり大忙しだ。
「ええ、勿論、触ったりしません。でも、それ、痛いでしょう? 家の常備薬じゃどうにもなりそうにないし、メディカルセンターに行ったほうが良くないですか?」
クマは、ぶすっとむすくれた。
「……服に擦れると痛いんだ…」
「でしょうね。それだけ爛れてれば、相当痛いでしょ。いいじゃないですか。俺、運転しますし、そのまま行きましょう」
クマは気の利かない弟子に恨みがましい目を向けた。
「……この禿げた腹を誰かに見られるのなんか、許せん!」
どこの幼児をさらってきたのだ。と、言わんばかりの状態で、アナキンはクマを布で覆って胸に抱きかかえ歩いていた。世間ではスリングと呼ばれるものに該当する一枚布に子供を包んで肩から斜め掛けにしたあのスタイルだ。
ジェダイの中でも、一、二を争う美形がその格好でメディカルセンターへの道を急いでいる。
傷を保護していた毛が抜けてしまった師匠は痛がって、もう一度上着を着ることがどうにも出来ず、かといって、いつものフードインでは、自分だとばれてしまうと、クマがわめいたため、苦肉の策でこうなったのだ。
「やぁ、アナキン」
声をかけていくジェダイは、アナキンが胸に抱いているものを、勿論、オビワンだと分かっていた。
しかし、アナキンが無言の圧力を強い視線でかけてくるものだから、誰も、挨拶以上の言葉を発せない。
それを、オビワンは、自分の作戦の成功だと受け取っていた。
痛いやら、痒いやら、スピーダーの中で、煩くわめいていた師匠は、すこし機嫌が上向きだ。
布の中で窮屈そうにしながらも、口元には自慢げな笑みが見える。
「なっ、アナキン。これなら、バレないだろう?」
「しっ、マスター。声を出すとばれます。もう少しですから、お静かに」
だが、アナキンは、師匠に付き合ってやるのが面倒臭くなる程度には、現在の自分のスタイルが恥ずかしい。
眠るアナキンの背中とベッドの間に、クマが足を突っ込もうとしていた。
ぐりぐりと押し込まれる師匠の足に、アナキンは目覚める。そして、またか。と、あくびをする。
寝相の悪いクマと一緒に寝ると、必ず毎晩アナキンはこれをやられた。
一体なにがしたくて、寝ている人の身体とベッドの間に足を突っ込んでくるのかしらないが、ほんの少し、アナキンの腰はベッドから浮き上がった形で寝ているらしく、そこに毎晩クマは足を突っ込んで満足するまでぐりぐりと抉る。
勿論アナキンは迷惑だった。
出来ればこんなことをするクマとは一緒に寝たくない。
しかし、薬を塗ってガーゼで覆ってある部分を眠っているクマが寝ぼけて掻き毟るものだから、仕方なくアナキンは一緒に寝ていた。
本当にはた迷惑な師匠の足を掴んで引きずり、ベッドの端へと移動させながら、アナキンは、結局笹が手に入れられなくて、出来なかった「七夕」という行事を思った。
「……マスターの寝相が良くなりますように。ってのも付け足しておこう」
眠いアナキンは、そのまますとんと眠りに落ちた。
夢では、せっかくアナキンが願いをしたためた「短冊」をむしゃむしゃとパンダが食べている。
……その顔は、師匠だ。
そういや、あの星の保護獣はパンダだったと、夢の中でつらつらとアナキンが考えていると、普段の毛皮が白黒のまだらに変わっただけという師匠が、アナキンにも笹を食べろと差し出してくれた。
「甘くて旨いぞ」
「……ありがとうございます」
足の間に笹を囲い込んでいるくせにオビワンは、惜しみなく笑う。また、笹を毟ってアナキンに分けてくれる。
パンダな師匠は、本当においしそうにむしゃむしゃと笹を食べていた。
ついでに言えば、せっかくアナキンの書いた短冊も。
「おいしいですか。そりゃ、よかった。じゃぁ、来年こそは、うちでも七夕をやりましょう」
別段笹が食べたかったわけではないが、いつもどおり、的外れではあるものの愛情深い師匠の思いを確認したアナキンは、この夢に満足していた。
しかし、アナキンはぎゃっと、声を上げて目覚める。
寝返りを打ったクマが、アナキンの腹に乗り上げていた。
「……マスターが、ダイエットに成功しますようにってのも付け足して……。こんなにたくさん、願いをかなえてくれるかな?」
今度は、師匠を抱き上げてもとの場所に戻した弟子は、それなりに楽しげなため息をついたが、残念ながら、現在のあの星のコロニーでの七夕は、「子供の手習い」という意味合いで短冊が定着している。
END
WORLD STRIKEs HONEYのあおせ眠月さんに頂きましたよんw
こんなにかわいくて、どうするの、オビっ!!