ハニー・ハニー・ハニー 1
アナキン・スカイウォーカーの師は、クマだ。
嘘ではない。
クマは、オビ=ワン・ケノービという名なのだ。
このオビ=ワン、クマのくせに、名うてのジェダイだった。
しかし、端的に言って、オビ=ワンは、ぬいぐるみに似ている。
それも、どこかの有名な一点もののぬいぐるみのクマによく似ている。
しかし、オビ=ワンは、ぬいぐるみではないので、動く。
しゃべる。そして、怒る。策を弄する。
そんなクマは今、会議後のディナーの席についていた。
首には、かわいらしくナプキンを掛けている。
「ええ、そうかもしれません。ええ、ジェダイというのは規律が厳しく……」
アナキンは、臨席の男に求められ、ジェダイについて語っていた。
アナキンの隣には、ぬいぐるみが座っている。
いや、アナキンの師匠であるオビ=ワンが、クッションを3つ重ねて貰い、テーブルに着いている。
オビ=ワンは、小さくて、そのままでは顔がテーブルから出ないのだ。
3つ重ねのクッションの上に座ったオビ=ワンは、嬉しそうにフォークとナイフを掴んでいる。
師は、食べることが大好きなのだ。
しかし、その師匠が、魚を食べようとして、僅かに眉を寄せたのに、アナキンは気付いた。
濃い味付けの好きなオビ=ワンは、塩が欲しいのだ。
だが、テーブルの中央に置かれた塩まで、オビ=ワンの短い手では届かない。
弟子は話の途中であり、即座に師の願いを叶えることが出来なかった。
すると、クマは弟子にちっと、舌打ちし、しれっとした顔で、フォースを使い塩を宙に浮かせた。
塩の瓶が、テーブルの上を飛ぶ。
すいーっと、クマへと近づいた塩は、難なくオビ=ワンのふかふかの手によってキャッチされた。
オビ=ワンは、魚に塩を振りかけた。
「おおっ! これが、フォース!!」
「神秘の力だ!!」
テーブルについていた紳士の面々は、マナーを無視して、席を立ち、ぬいぐるみもどきの周りを囲んだ。
滅多に見られないジェダイの力に、男達は興奮している。
「すばらしい!」
「初めて見ました!」
「是非、もう一度、見せてください。マスター・ケノービ」
「いえいえ。フォースは、遊びでお見せするようなものではありません。フォースは、神聖なものなのです」
オビ=ワンは、まるで、当たり前のことのように、断りを口にした。
ぬいぐるみもどきのクマは、興奮する男たちを後目に、旨そうに魚を食っている。
話をしていた相手までもオビ=ワンの横に立っていったのを見送り、アナキンは、あきれ顔で師を見つめた。
「……マスター」
「なんだ? アナキン。文句があるのか?」
クマは、口髭をぴくぴくと機嫌悪そうに震わせながら、弟子を見た。
しかし、黒目率の高いまんまる目なので、迫力はない。
「いえ、塩を取っといて、どの辺りが、神聖なフォースなのかと……」
「私は、塩まで手が届かなかった。しかし、私は、魚に塩を振って食べたかった。いや、塩を振りかけなければ食べられなかった。ほら、フォースで塩を取らなければ、私は飢え死にしてしまうだろう? 塩を取る、取らないは、生きるか、死ぬかの問題だったのだよ。だから、私は、フォースで塩を取ったのだ」
クマは、胸を張っている。
しかし、クマの口髭は、魚に掛かっていたソースで汚れているのだ。
そんな師匠は、会議後の我が家で、すっかりくつろいでいた。
アナキンは、会議の後、一旦家に帰ったが、また、出かけていった。
すぐ戻ると言っていたが、オビ=ワンは、一人留守番だった。
その間に、オビ=ワンは喉が渇いた。
クマは、弟子が、会議の土産に、ジュースを貰って帰ってきていたことを憶えていた。
それは、オレンジジュースだった。
ぬいぐるみもどきは、アナキンが、それを冷蔵庫の一番上の段に片づけたところも見ていた。
「……いない隙に……」
師匠は、自分専用の踏み台を両手で運んで、冷蔵庫の前に置く。
しかし、踏み台があっても、まだ、冷蔵庫の最上段には届かないので、勿論、フォースを使用する予定だ。
オビ=ワンは、一人すまして言い訳を言った。
「アナキン、私は、今、オレンジジュースを飲まなければ、喉が渇いて死んでしまうのだよ」
これが、アナキンに気軽にフォースを使うことを禁じた師の言い分だ。
しかし、このクマ、あまりにも力の強いジェダイであったため、オレンジジュースを熱望する気持ちが早々にフォースとして高まってしまった。
それは、フライングだった。
まだ、冷蔵庫のドアが開いていなかった。
……スパコーーーーン!!!!
フォースに反応した冷蔵庫のドアが、正面に立つオビ=ワンの顔を直撃した。
顔面を殴打されたぬいぐるみもどきは、背後に吹っ飛ぶ。
クマは、その身が軽いために、地面に対して身体が平行になった状態で飛んでいた。
オビ=ワンは、ムービーライブラリで見た、マトリックスのようだ。と、殴打後のくらくらとしている脳の片隅で考えた。
いや、そんな場合ではない。
しかし、力あるジェダイマスターでも、顔面を強烈に殴打され、頭がくらくらしている状態では、どうしようもなかった。
そして、ぬいぐるみもどきのクマであろうが、ジェダイだろうが、重力がある限り、いつまでも、飛んではいられなかった。
人間だったら、ドサッっと、哀愁すら漂う音がするのだろうが、ぬいぐるみもどきは、ポンッっという音とともに、一度床に落ちたと思うと、軽さのあまり、跳ねてしまった。
オビ=ワンは、二度、床にたたきつけられ、意識不明だ。
家に帰った弟子は、台所の床で、伸びている師と、その隣に転がっているオレンジジュースの瓶。
そして、開いた冷蔵庫の扉を見て、全てを理解した。
つまり。
オビ=ワンは、ジュースが欲しくなった。
師は、弟子のいない隙に、盗み飲みする気だった。
そして、その欲望は、冷蔵庫の前で、先走った。
冷蔵庫のドアで顔面殴打、意識不明。
しかし、さすが、ジェダイ。
望みのオレンジジュースは、クマの傍らに転がっている。
「マスター、大丈夫ですか? ……マスターが身をもって教えてくれるから、俺、どうしてフォースをむやみに使っちゃいけないのか、よくわかりました」
苦笑を堪える弟子は、目を回しているオビ=ワンを抱き上げた。
そして、開いたままの冷蔵庫から、オビ=ワン愛用の冷えピタを取り出すと、赤くなっているクマの額にペタンと貼った。
END