宝物
夜更け、アナキン・スカイウォーカーの部屋のドアが開けられた。
廊下を照らすライトの光に、オビ=ワン・ケノービのシルエットが浮かび上がった。
「ああ、また、布団を蹴飛ばして」
声は、昼間の厳格さなど、欠片も残していなかった。
ジェダイマスターであるオビ=ワンは、一日の仕事をすべて終え、もっともほっとした時間、この部屋を訪れる。
脱ぎ散らされた衣服が床を覆う子ども部屋は、オビ=ワンの弟子である子どもの部屋だ。
枕元につけられたライトもそのままに、手の中に新しいスカイ・モービルのパンフレットを握りこんで眠っている子どもに、オビ=ワンは、言葉だけの苦言を呈した。
「パダワンめ。明日こそ、ここを片付けさすぞ」
ベッドの上に散らかる様々なものを除け、オビ・ワンは腰を下ろした。
ジェダイマスターは、うつぶせに近い格好をして新型のパンフを胸に握り締めている子どもを愛しげな目で見下ろす。
しばらく若い弟子の髪を撫でていたオビ・ワンは、子どもの手からパンフレットを取り上げた。
枕元へとそれを置く。
子どもの手が、失ったものの形のまま、熱を発している。
熟睡状態だ。
厳しい修行が続く毎日だというのに、今日も、この幼い弟子は、よくがんばった。
オビ・ワンは、完全には瞼が閉じきっていないアナキンの寝顔に苦笑しながら、髪へと唇を寄せた。
そして、その匂いに思い切り鼻に皺を寄せる。
この子は、何度言い聞かせても、毎晩シャワーを浴びるということを学ばない。
しかし、鼻に皺を寄せたまま、オビ・ワンは、アナキンの髪へと口付けを与えた。
しばらく髪に頬ずりを繰り返した。
息を吸い込むたびに、オビ・ワンの皺が深くなる。
それなのに、オビ・ワンは、狭い子どもの隣に身を滑り込ませた。
子供用のベッドは、オビ・ワンが横になるには狭すぎる。
オビ=ワンは、体を横にし、眠るアナキンの首の下へと腕をいれ、ぐにゃりと柔らかな子どもの体を抱き寄せた。
鼻の頭に皺を寄せたままのオビ=ワンが、汗をかいて眠る子どもの額にキスを繰り返す。
「プレシャス。……私のプレシャス・ボーイ」
若くしてジェダイとしての位を授かったオビ・ワン=ケノービを褒め称える言葉は数限りなくある。
知恵がある。穏やかで、礼儀を知っている。勇気がある。
騎士としての品格を持っている。
確かに、オビ=ワン・ケノービは、正しいフォースの担い手だ。
オビ=ワン自身にもその自負はある。
しかし、マスターの位を授かり、幼いパダワンを正しく導きながら、若いジェダイとして期待されているだけの仕事をこなしていく毎日は、オビ・ワンに疲れをも与えた。
目を開いている時には、小憎らしいことしか言わない幼いパダワンのあどけない寝顔は、何よりもオビ・ワンの心を慰める。
若いジェダイマスターは、幼子の眠りを邪魔してはいけないと思いながらも、毎晩のように、眠っている子どもを抱きしめ、ほっとため息をつく。
差し込む太陽の光に、目を覚ましたアナキンは、くっつきたがる瞼よりも、音を立てる腹を優先させ、朝食の席へと走った。
テーブルには、ドロイドにサービスされているオビ=ワン。
「おはようございます。マスター」
アナキンは、このマスターがいつ寝るのか知らない。
いつも、マスターは起きている。
「おはよう。アニー」
朝の挨拶を返したオビ=ワンが、席に着こうとしたアナキンを止めた。
「朝食をとる前に」
オビ・ワンが渋い顔で、アナキンを見つめる。
「私のパダワン。約束を守らなかった罰として、朝食後に五百回の腕立て伏せをするのと、今すぐ、シャワーを浴びてくるのとどちらを選ぶ?」
アナキンは、思い切り反発した。
「昨日は、ちゃんとシャワーを使いました!」
「ああ、そうだろう。パダワン。私もすっかり騙された。だが、ジャンプーの匂いを浴室に撒き散らし、シャワーの湯でタイルを濡らすような工作をする時間があったのなら、素直に体を洗っても時間は同じじゃないのか?我が最愛の弟子よ」
アナキンは、いつの朝でもシャワーを使っていないことをすぐに言い当てるマスターを不気味に思っていた。
しかし、夕べ、気づいたのだ。
きっと浴室の使用状態を見て、オビ=ワンがアナキンに説教をしているのだろうと。
アナキンは、シャワーで、床も壁も、タイルも濡らし、シャンプーのボトルとソープのボトルを間違って入れ替えたのだという痕跡まで残した。
しかし、オビ・ワンは、アナキンがトレーニング後の体のままに、ベッドにもぐりこんだことを分かっている。
「なんで、わかったんですか?」
「フォースの力を見くびるな。パダワン。やましいと思っている気持ちはすぐに分かる」
「ほんとうに?」
アナキンは、目を輝かせた。
夕べは、ものすごく眠かった。
その気持ちを優先し、シャワーを遠慮したという行為をこれっぽっちもアナキンは、やましいなどと思っていなかった。
だが、アナキンは、オビ=ワン言葉に目を輝かせた。
自分が意識しない罪悪感まで感じ取るというフォースの力を将来のアナキン・スカイウォーカーが身につけていることを想像すると、胸が浮き立つ。
「汗臭いぞ。アナキン。百メートル離れていようとも、分かる」
オビ・ワンは、弟子に、五百回の腕立てよりも、シャワーにいくことを望んでいるようだった。
アナキンは、自分の腕の匂いをかいだ。
「そんなに臭いですか?」
自分ではよく分からない。
そして、昨日は、午前の教練を終えた時点で一度シャワーを使ったのだから、アナキンには、それほど汗臭いとは思えなかった。
しかし、オビ=ワンは、ドアを指差した。
「髪は、二回必ず洗って来い。ワダワン。それから、朝食にしよう」
アナキンは、綺麗好きの師匠のために、仕方なく浴室に向かった。
すっかり音を立てる腹をさすりながらアナキンがテーブルに戻ると、オビ=ワンが立ち上がってアナキンの頭に鼻を突っ込んだ。
「ちゃんと、二回洗いました。マスター」
そんなに信用がないのかと、アナキンは、口を尖らせた。
だが、オビ・ワンは、まだ、アナキンの頭の上で目を閉じている。
「お祈りでもしてますか? マスター?」
「……やっといい匂いがする」
苦笑したオビ=ワンは、自らアナキンのカップへとミルクを注いだ。
END
EP1と、EP2の間くらいのお話。
やっと3をみて、アニーの獣具合に、「素敵v」とか言ってるのに、ほのぼの親子話(笑)