眠り姫
目の覚めたアナキンは、隣に眠る人の状態にすこし驚いた。
目覚めたばかりのアナキンの目尻には、あくびの余韻であるほんの少しの涙がたまり、それがこの年若い弟子をやたらと色っぽい目付きにしている。
枕から頭を上げたアナキンが見下ろす先にいるのは、妙なくらい姿勢正しく仰向けで横たわっているオビ=ワン。朝っぱらからこんな例えは不謹慎だが、オビ=ワンはまるで、棺の中にでも入れられている人のごとく、礼儀正しく仰臥していた。いや、しゃちほこばったように固まっているとでも言ったほうが正しいか。
アナキンが身を起こすまで、オビ=ワンは、金色の睫に覆われた目をぱちりと大きく開き、じっと天井を見上げていた。それは、もう、哲学的とすら言える顔をして。
そして、アナキンが起き出した今、ほんのわずかに首を曲げ、やたらと清んだ、しかし、なにか恨みがましい目をしてアナキンのことを見つめているのだ。
「おはようございます。マスター。……一体、どうなさったんで?」
アナキンは、無意識に、自分の髪をかき上げた。寝起きのアナキンの髪といえば、癖毛のため、どうしても広がってしまっている。それが鬱陶しくて、いつも通り、アナキンは髪をかき上げただけなのだ。だが。
その動作に、オビ=ワンの目がますます恨みがましいものとなった。
「なんです? マスター」
目覚めているにしては、オビ=ワンは動き出そうともせず。
むっと口を噤んでいる師匠の様子に、アナキンは困ったように眉を寄せた。
夕べオビ=ワンを起こらせるようなことをしただろうか。
夕べ、アナキンは、結構遅い時間にこのベッドへと忍び込んだ。
もう眠っていたオビ=ワンの体はとても温かく、それは、アナキンをとても幸福な気持ちにさせたのだが、あいにく、冷たい弟子の体が忍び込んできたことによって、オビ=ワンの方は、幸せな眠りの世界から引き戻されてしまったようだ。
師は、目を開けた。そして、アナキンの体を抱き寄せた。むにゃむにゃと、「お前は寝るのが遅すぎる」とかなんとか、小言を口にしながらも、また眠りに落ちようとした。だが、眠りに落ちきる前に、オビ=ワンは、ふと、弟子と交わした約束を思い出したようだ。
もう一度眠そうな目を開けた。
「ご苦労だった、アナキン」
アナキンは、オビ=ワンのために、一件の連絡をつけなければならず、宇宙塵の影響で通信状態の悪い通信機の前で、時間が問題を解決してくれるまでの間、待っていたのだ。
必ず連絡をつける代わりにと、キスをねだった弟子に対し、それをやり終えたならば、キスしてもいい。と、にやりと笑いながらもさっさと寝室へ引き上げた性質の悪い師匠は、しかし、アナキンに褒美を与えることまでは、ケチるつもりがないようだった。
弟子の顔を引き寄せ、オビ=ワンは、唇を寄せようとする。長い髪が顔を覆い、邪魔だと払いのける。
アナキンは、オビ=ワンのキスを謹んで受け入れたが、師匠がした約束を正しく実行してもらうつもりだった。
オビ=ワンは、キスしてもいい。と、言ったのだ。キスしてやると、言ったわけではない。
おざなりなキスで、もう、眠りの世界へと逃亡しようとしはじめた師匠を肩口に抱きとめたまま、アナキンは、師のパジャマの前を開き始めた。
師匠の口からは、穏やかな寝息が漏れ始めている。しかし、ごそごそと動くアナキンの様子に、心地よい眠りへの道のりが妨げられているようで、その寝顔は、どこか、表層のみという印象だ。
眠りながらも、師匠は、アナキンに対して疑惑を持っている様子だ。
アナキンは、その疑惑に対する答えを示すため、大きく前を開いたオビ=ワンの胸へと口付けた。小さく蹲っている乳首にそっと唇で触れる。
オビ=ワンの瞼がぴくりと動いた。眉は、途端に癇症に寄せられ、青い目が機嫌悪く開かれる。
「……やめろ」
「ちょっとだけ、キスするだけ」
「本当に……?」
目をしかめたオビ=ワンは、アナキンのことを疑っていた。しかし、枕元においてある時計の時間が目に入りでもしたのか、ふっと体の力を抜いた。
時間は、夜。というよりも、明け方に近かったのだ。こんな時間まで働いていたアナキンを無下にするほどオビ=ワンは冷たくない。しかし、同時に、こんなおかしな時間にセックスがしたくなるほどには、師匠は年若くもないのだった。
「キス以外するなよ」
少しも色気のないあくびをしたオビ=ワンは、あきらめたように弟子の髪へと顔をうずめた。癖を持つアナキンの髪は柔らかく、その感触が好きなオビ=ワンは、頬を摺り寄せる。
「マスター、キスは、あなたの胸にさせてください。それで、お願いがあるんですが、それほど時間は取らせませんので、少しだけ、協力してくださいませんか?」
アナキンもオビ=ワンの滑らかな髪を撫でた。オビ=ワンの髪は、癖なくまっすぐだから、とても手触りがいい。
「……」
オビ=ワンはとても嫌そうな顔をしたが、それでも慈悲の心はあるようだった。
しぶしぶ、アナキンのために、パジャマを腕から抜く。寒いのが嫌なのだろう。不精にもシーツの中で、ごそごそと脱ぎ捨てていく。まるで昆虫の脱皮だった。
織物でできた殻をくしゃくしゃにして放置したオビ=ワンは半裸になった。
アナキンは、柔らかで滑らかなその肌を腕に抱きこむ。キスだけのはずだぞ。と、目で責めてくる師匠に向かって苦笑をもらすと、アナキンは、オビ=ワンの腕の中に潜りこみ、その胸に顔をうずめた。
アナキンは、チュウっと、乳首に吸い付く。
「お前っ!」
オビ=ワンは、びっくりしたように、体を竦め、声を出したが、アナキンを止めるような真似はしなかった。弟子は、この程度の褒美を受け取れるだけ、十分に働いた。
アナキンは、はむはむと、柔らかく師の乳首を唇に咥え、この時間のベッドの中でふさわしいだけ優しく、オビ=ワンの乳首を吸い上げた。性的な色合いは薄い。ただ、ひたすら甘える。
オビ=ワンの手がアナキンの髪を撫でる。
耳元へ寄せられた口は、「赤ん坊みたいだな」と、弟子をからかった。
アナキンは、気が済むだけ、オビ=ワンの乳首にしゃぶりつき、すっかり濡れたそれが、ほんのりと赤くなる頃には口を離した。
オビ=ワンの目がすこしだけ濡れていた。
しかし、そんな師匠の隙をついたならば、明日のオビ=ワンの機嫌が悪くなることは目に見えていたので、アナキンは、師匠の口元まで伸び上がった。
「マスター。キスさせてください」
「今までのは?」
オビ=ワンがくすりと笑う。
師の顔にかかってしまう自分の長い髪をかき上げたアナキンは、ほんのりと開いている師匠の唇をふさいだ。
「今までのも、キスです。でも、おやすみのキスは、ちゃんとお口にしないと、でしょう?」
笑うアナキンは、オビ=ワンをしっかりと抱きしめ、その肩へと顔をうずめた。
オビ=ワンの腕も、アナキンを抱いている。
そして、二人は、眠りに落ちたのだ。それほど、師の機嫌を損ねるような真似をした記憶がアナキンにはない。
オビ=ワンは、じっとアナキンを見上げていた。
どうしてなのか、全く動こうとしない。文句があるようだが、へそを曲げているのか、口を利こうともしない。
「マスター?」
アナキンは、結局パジャマを着直すことなしに、眠ってしまっていたオビ=ワンを見下ろしていた。
身を起こしたアナキンがシーツをめくってしまったから、白い胸は丸見えだ。すこし肌寒いらしい。夕べ吸い付かせてもらった乳首が小さく立ち上がっている。ぷっくらとしたそれは、大変かわいらしい。
「アナキン」
小さな乳首に意識が吸い寄せられそうになっていたアナキンをオビ=ワンの声が呼び戻した。
オビ=ワンの様子は、どこか変だった。ベッドに横になっているにしては、体に力が入り過ぎているというか。
「アナキン、手を貸せ。私を起き上がらせてくれ」
「何、お姫様みたいなこと言ってるんです? おはようのキスをしないと起き上がれないとでも言うつもりなんですか?」
アナキンは笑ってオビ=ワンに顔を近づけようとした。ピンクの乳首がずっとアナキンを誘惑しているのだ。
「違う! 起き上がれないんだ。手を貸せと言っているんだ!」
オビ=ワンの手が伸びて、覆いかぶさるアナキンを押しのけた。ただ、それだけの動きにオビ=ワンは、思い切り顔をしかめている。
「……どうしたんですか?」
アナキンは、心配そうに見下ろした。
オビ=ワンが、口を開こうとする。しかし、言いよどむ。アナキンから視線をそらした師は、言いたくはないのだが、と顔中に書きながら説明した。
「……髪が、背中の下敷きになってしまって、動けないんだ。抱き上げてくれ」
そういば、師は、首を竦めたかのようなそんな不自然な体勢だ。違和感があったのは、そこだったのだ。オビ=ワンは、長い髪を背中で挟んでしまったらしい。
いつものパジャマを着ていれば、もう少し摩擦が防げたのだろうが、裸だったから、ぴったりと敷き込んでしまっている。
「動けないんですか?」
「いや、きっと動けるさ。だが、動いたら、嫌になるほど痛いに決まってるんだ」
同じ程、髪の長いアナキンもそういう経験はあった。あれは、痛い。だが、アナキンは、大抵オビ=ワンに向かって横を向いて眠る癖があるから、そんな目にあうことはほとんどなかった。
一体いつから、師は弟子の目覚めを待っていてくれたんだろう。
自然に目覚めるという、朝、最高の贅沢を十分味わって目を覚ましたアナキンは、師の気遣いがうれしくて、そっとオビ=ワンの上にかがみ込んだ。
師の前髪を撫で上げ、額にそっと唇を寄せる。勿論、オビ=ワンが押しのけようとするより早く。
「アナキン!」
「マスター。もうちょっとだけ、そのまま待っていてください。どうせなら、お姫様にふさわしい目覚めを用意します」
アナキンは、ひらりとベッドから降りた。すこし寒そうにしている師のために、シーツを直してやる。
「おい、私は手を貸してくれと」
「そのまま、じっとしている分には、痛くないんでしょう?ちょっとだけです。ちょっとだけ待っていてください」
普段ならば寝起きで機嫌の悪いはずの朝に、アナキンは、はつらつとした顔でキッチンへと駆けていった。この弟子、自分が格好悪いということが許せないため、料理も上手い。
オビ=ワンは、キッチンから漂ってきた旨そうな匂いを嗅ぎながら、情けない思いで横たわっていた。
いっそ、我慢して起き上がってしまうか。だが、何本、髪が抜けるだろう……。
弟子が自分の髪をことのほか、大事にしているのを知っている師は、痛み以外にも耐え難いことがあった。
まだ、髪が抜け落ちていくのは、相当先の話だと思うのだが、無駄に髪が抜けると、その時が少し早く近づく気がする。
オビ=ワンは、それが嫌なのだ。
弟子が大事にしているのは、オビ=ワンの髪だけではなかった。それ以外にも、もっとたくさん。いや、魂ごとすべて。
だが、そんなことがわかっていない師は、たかが髪のために、ここで横たわったままでいる自分にため息をつくのだ。
このまま、待っていれば、アナキンが必ず起こしに来る。
真っ白な天井へと、オビ=ワンのため息が昇っていく。
アナキンは、用意した朝食をトレーに載せて、オビ=ワンの待つベッドに戻った。
ミルクのたっぷり入ったシリアル。師の好み通りにすこし固めに焼いた卵。ベーコンは、良い匂いをさせているし、添えられた野菜はみずみずしい。絞りたてのオレンジジュース。デザートには、甘いシロップのかかったヨーグルト。
これだけ整えた弟子は、あくまで格好悪いことが嫌いだから、それほど長くは師を待たせたりはしなかった。
トレーをベッドの上に置き、アナキンは、そっとオビ=ワンの背中へと手を回す。
ゆっくりと手を入れ、ベッドと背中の間に、少しずつ隙間を作っていく。
オビ=ワンの肩があがった。
胸を突き出すような格好でアナキンに抱き上げられたオビ=ワンが、髪にかかっていた重みから開放されて、やっと自由になった首を持ち上げると、そこにはアナキンの唇が待ち受けていた。
「おはようございます。マスター」
アナキンは、オビ=ワンに口付け、優しく髪を撫でる。
「痛くなかったですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「よかった。大事な髪ですからね」
アナキンは、繰り返し、繰り返し、オビ=ワンの髪を撫でる。
オビ=ワンの髪は、無事だった。そっとアナキンが抱き上げるものだから、少しも痛いことなどなかった。
こうやって撫でられているのも気持ちがいい。
だが、あまりにアナキンが髪を撫で続けるので、オビ=ワンが気恥ずかしくなり始めた頃、弟子は、もっと恥ずかしいことを口にした。
「一人で起きられないなんて、やっぱり、マスターは眠り姫みたいだ。俺の眠り姫、じゃぁ、朝ご飯にしましょうか」
アナキンが、オビ=ワンの髪に口付け、トレーをオビ=ワンの膝の上に載せる。
「お姫様、食べさせてあげますね」
食事に髪がかからないよう、いそいそと師の髪を纏め始めた弟子が嬉しそうに笑っていた。
オビ=ワンは、むっと口を噤んでいたが、その顔は真っ赤だった。
END
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