礼儀知らずの男
それは、アナキンが珍しく師匠が小言を言う前に仕事を終えた日の夜だった。
眠っているアナキンの側に、ひげ面にして箔を付けようという努力をしている若いジェダイマスターが立った。
少年と青年の狭間にいるアナキンは、小さい頃と変わらず、スピーダーのパンフレットが散らかるベッドの上でうつぶせに寝ている。
「ああ……」
オビ=ワンは、小さなため息を落とした。
今日の朝、オビ=ワンは、自分より早く起き出していたアナキンを見つけた。
確かに天気はよかった。
しかし、言いつけられる前に洗濯をする弟子を、オビ=ワンは初めて見た。
弟子は、朝食もまだだと言うのに、シーツを干している。
ついに、時が来たのだと、オビ=ワンは気付いた。
オビ=ワンの中にも、恥ずかしさからくるためらいがあったが、師匠は、ため息を一つ吐き出し、弟子に声を掛けた。
「起きなさい。アナキン。お前、眠った振りをしているだけだろう?」
アナキンのマスターは、毎晩、眠る前に弟子の部屋を訪れた。
アナキンは、小さな頃、マスターになれば眠らずにすむのかと思っていた。
だが、今は、マスターが自分の寝室に引き上げる前に、ここに寄っていることを知っている。
アナキンは、本当に眠っていた。
小さなうなり声を上げた。
しかし、オビ=ワンは、それを弟子のわざとらしい演技だと思った。
ベッドの側に立つ若いジェダイマスターは、容赦なくアナキンに命じた。
「目を開けるんだ。アナキン」
「はい。マスター」
マスターの命令に、アナキンは、目を必死になって開けた。
アナキンの顔には、思い切り皺が寄る。
師匠は、狸寝入りだと思ったようだが、実際、アナキンは眠っていた。
今日の鍛錬を、オビ=ワンは見ていただけだが、アナキンは自分がやった。
指一本上がらないところまで、絞り上げたのは、この師匠だった。
出来れば、このまま眠らせて置いて欲しかった。
あれは、2年ほど前のことか。
幼かったアナキンは、夜中、目を覚まして驚いたことがある。
それは、オビ=ワンがアナキンを抱きしめた拍子のことだった。
アナキンは、そうするオビ=ワンの行動に、心底とまどった。
昼間は、厳しいことしか言わない師匠が、まるで自分に取りすがるように、キスを繰り返している。
あまりのことに、アナキンは、思わず、大きな目を開けっ放しにし、気まずくオビ=ワンと目が合った。
「マスター……?」
「ああ、起こしたか? すまない。パダワン」
それ以来、オビ=ワンは、アナキンの部屋に立ち寄り、明かりを消したり、布団を掛けることしかしない。
しかし、アナキンは、とうとうマスターが、そういったことが恋しくなったのだと思った。
だから、アナキンを抱き枕にしようとやってきたのだと。
とにかく眠いヤングパダワンは、マスターに対し、小さな頃のように、勝手に抱きしめてもいいし、好きなだけキスもしていって構わないから、寝かせておいてくれと、心底思った。
勿論、顔にはださなかった。
それどころか、アナキンは、あくびさえ、かみ殺した。
アナキンのマスターは、若いくせに、礼儀にうるさい。
「マスター、これから教練を行うのですか?」
「……違う」
枕元に立つ、若いジェダイマスターは、珍しく落ち着きがなかった。
アナキンが散らかしたパンフレットをせわしなく揃える。
「では?……」
「アナキン、部屋をかたづけなさい」
オビ=ワンは、苦言を呈した。
だが、どうやら、用件はそれではないようだった。
青い目が、アナキンを見ない。
アナキンは、いくらマスターの命令でも、夜中の掃除などごめんだった。
「……片づけは明日でもよろしいですか? マスター」
くっつきそうになる目を擦ったアナキンに対し、オビ=ワンがやっと気付いたように言った。
「眠いのか? アナキン」
「ええ……。そうなんですけれど」
「もしかして、本当に眠っていたのか?」
「はぁ、まぁ」
ばりばりと、オビ=ワンが髪をかきむしった。
歳以上の落ち着きを演出しようと努力中のマスターは、長くした髪をなでつけている。
似合わない訳ではないが、アナキンの趣味から言えば、師匠にはもう少し軽い前髪が似合う。
修行に関することで寄ったにしては、マスターの雰囲気があまりにも柔らかく、アナキンは、一つ、大きなあくびをした。
「失礼」
一応礼儀として、師匠に礼を失したことをわびた。
しかし、今日のオビ=ワンは、礼儀しらずの弟子の態度など、どうでもいいようだった。
「なぁ、パダワンよ」
オビ=ワンが、アナキンのベッドに腰を下ろした。
しかし、まだ、師匠は、アナキンの目を見ようとはしない。
身近な者が、眠っていたのかどうかすら分からなかったというほど、動転しているオビ=ワンは珍しかった。
言い出しにくそうな目をした師匠の様子に、若い弟子は、自分から、「抱きしめてもいいですよ」と、言って差し上げるべきなのかと思った。
「あの……」
「あの……」
二人同時に、言いだし、お互いに譲り合った。
「なんだ? アナキン、相談したいことがあるのなら、是非、話すんだ」
オビ=ワンの声には、いやに熱が篭もっていた。
アナキンは、もし予測が外れていた時のことを思うと、やはり、口にすべきではない。と、口にチャックをした。
「いいえ、マスターからどうぞ。私の言いたい事なんて、滅相もない」
オビ=ワンが、咳払いをした。
口を開くかと思ったら、しかし、ジェダイマスーは、しばらくためらい、また、アナキンの眠気を誘った。
つい、アナキンの瞼がくっつこうとした。
すると、やっと気持ちが決まったのか、若いジェダイマスターは、ずいっと身体をアナキンに寄せ、苦虫をかみつぶしたような顔で、弟子の耳元に囁いた。
「アナキン、ここの事で相談したいことがあるだろう?」
オビ=ワンは、アナキンの足の辺りを指さしていた。
アナキンは、マスターが何故それほど渋い顔をしているのか訳もわからず、返答を返した。
「え? なんでですか? ねんざなら、治りましたし」
「違う。……そうじゃなく、いや、言いにくいのはわかるんだが……」
オビ=ワンが渋い顔のまま頷く。
一人、何かを納得しているらしいジェダイマスターは、しかし、と、首を振った。
だが、オビ=ワンの心が読めるわけでもない未熟なアナキンには、何のことだか、まるで分からなかった。
オビ=ワンのブルーの目が、じっとアナキンを見つめた。
「ためらうことなんてない。アナキン。私は、お前の事を弟のようにも思っている。何でも相談に乗る。決して心配することはない」
オビ=ワンの目は昼間の厳しさなど忘れたように、慈愛に満ちていた。
アナキンは、首をひねった。
今日、アナキンは、何度かポカをして、昼間は、みっちり扱かれた。
師匠に、これ程、優しくして貰える理由がない。
「……心配事ですか……。ジャンプがいまいち上手く出来ないこと位?」
アナキンは、ぽかんとオビ=ワンを見つめた。
しかし、アナキンの肩を抱いたオビ=ワンが、すっかり納得した様子で、何度も頷いた。
「……言いにくいな。そうだな。分かるぞ。パダワン。そうだ。私だって、言えなかった。……やはり、こういうことは、年長者の方が、先に切り出してやるべきなんだ……」
オビ=ワンは、自分を勇気づけるように、溜めていた息を吐き出した。
優しげな光を宿した大きな目が、まっすぐにアナキンを見つめる。
アナキンは、師匠の目が、たっぷりの睫に覆われていることに初めて気付いた。
年若いジェダイマスターが口を開く。
「アナキン。……これの、ことだが、……全くおかしいことじゃないんだからな。誰でもそうなる。全く問題ないことなんだ」
オビ=ワンの手が、シーツの上から、アナキンの股間を握った。
アナキンは、飛び上がった。
しかし、年若いマスターは、ぎゅっとアナキンのペニスを握って放さない。
「大きくなると誰でもこうなるんだ。アナキン。……その」
アナキンは、最後までオビ=ワンの言葉を聞かなかった。
「放してください! マスター!!」
真っ赤になって大きな声で叫んだ。
「あなた、何を考えているんですか!!」
慌てて身を引いたアナキンはベッドの上を後ろに逃げた。
青年になったばかりのアナキンにとって、いくらマスターといえども、この行為は許されるものではなかった。
人格を丸ごと否定されたような怒りで、アナキンは、激しくマスターを睨んだ。
怒りのあまり文句の言葉もでなかった。
しかし、穏やかな気質のアナキンのマスターは、弟子の怒りを、とまどいだと誤解した。
「安心しなさい。アナキン。誰でもその壁にはぶち当たる。私だってそうだった」
初めての弟子をなんとか導いてやろうと頑張っているオビ=ワンは、まったく、アナキンの様子には気付かなかった。
それどこか、弟子が萎縮しているのだと、まずは自分の過去を話すことを選んだ。
伏せがちな目のジェダイマスターが柔らかな声を出す。
「……アナキン。心配しなくていい。私だって、どうして自分のそこが、そうなるのか全くわからなくって、涙がでそうになったこともある。相談しようにも、もうそのころには、私は、クワイ・ガンのパダワンになっていて、辺境の星にいた。周りに話を出来る友達もいなかった」
オビ=ワンの頬はかすかに赤かった。
「……その、つまり、……私だって、お前のように、シーツをこっそり洗うはめにもなった。そんな私に、クワイ・ガンが気付いてくれて、その……ええっと、……シーツを汚さずにすむ方法を教えてくれた。……だから、私も、お前のマスターとして、パダワンにその方法を教えようと決意した」
「結構です!!」
アナキンは、とんでもないことを言い出したオビ=ワンに激しく怒鳴り返した。
オビ=ワンは柔らかく微笑んだ。
「アナキン。何も恐いことなどない。最初の一回は、恥ずかしいだろうが、やり方さえ覚えてしまえば、自分でできる。……大丈夫だ。アナキン。私だって同じだった」
オビ=ワンは、かつての自分のようにアナキンが恥ずかしがっていると思っていた。
しかし、アナキンは、全くそうではなかった。
恥ずかしいと言えば、恥ずかしいのだが、羞恥の対象は、自分ではなく、こんなことを言い出したマスターの存在だった。
アナキンは、ベッドの端で身体を丸め、慈愛に満ちたマスターを呪った。
アナキンは、常々、オビ=ワンがエリート過ぎて、世間知らずだと思っていた。
マスターは、知恵もあれば、勇気もある。
しかし、ほんの小さな頃に、フォースの力があると見いだされ、訓練に明け暮れる日々は、ある特定のタイプには、絶対に良くないことだった。
つまり、アナキンのマスターのような、清潔で、清廉なタイプは、普通に知るべき知識を知らずに育ってしまう。
「アナキン。大丈夫だ。人の手に触られるのが恐いのなら、私は見ていて、やり方だけ教えてやるから」
「見てもらわなくって、結構です!!」
アナキンは、マスターに見守られながら、自慰する自分を思わず想像して、気がおかしくなりそうだった。
そうすることを、愛情だと信じて疑わないマスターの感覚が、信じられなかった。
そういうことは、夜中のベッドで、師に教えて貰うようなことではない。
アナキンは、安心させるよう頬に触れようとしたオビ=ワンを押しのけた。
「アナキン……」
悲しそうな目をオビ=ワンがした。
「私が急ぎすぎだったか? だが、アナキン、お前困っているだろう?」
「困ってません!」
「しかし……」
あくまで、弟子を気遣おうとするオビ=ワンは、アナキンににじり寄ろうとした。
アナキンは、オビ=ワンに向き直り、はっきりと言った。
「マスターオビ=ワン。何をどう、誤解なさっているのか知りませんが、俺は全く困っていません」
「……シーツ」
アナキンのマスターは、小さく口ごもった。
どうやら、アナキンのことを慮って、それ以上、反論をしないでいるらしい。
アナキンは、オビ=ワンを睨みつけた。
「シーツがどうしたですって? マスター、あなたは、全く誤解していらっしゃる。俺は、タトゥイーンの奴隷あがりなんですよ? あなたみたいに、きれいに育った訳じゃない! なんで、そんなことを知らないと思ってるんですか!?」
アナキンは声も荒く言い放った。
「えっ?」
オビ=ワンの頬が、見る見る赤く染まった。
「……もしかして、アナキン、お前、知っているのか?」
オビ=ワンの声は、小さい。
アナキンは、絶叫に近く叫んだ。
「知ってます!!」
顔を赤くして怒鳴る弟子に、オビ=ワンは、慌てたようにベッドから降りた。
自分の身を抱くように両手を身体の前で交差させて床に視線を彷徨わせていたかと思うと、手で口を覆い、アナキンを見た。
それは、情けないほどいといけな目だった。
その瞬間、アナキンは、この師匠に対して、なにかとんでもないものを感じた。
とりあえず、オビ=ワンを許す気になった。
それどころか、こんな目をしていたに違いない若いオビ=ワンがどのようにして、クワイ・ガンに成長の一歩を導かれたのか、恐ろしく気になった。
今なら、無知を装って、師匠に教えを請うことだってアリだったのではないかと思う。
オビ=ワンは、ベッドから半歩下がった位置でアナキンへの謝罪の言葉を探していた。
師匠の瞳は、揺れていた。
すっかりオビ=ワンを許したアナキンは、マスターに誘い水を出した。
「俺が、珍しく朝一番に洗濯なんかしたから誤解されたんですね」
若いジェダイマスターは、膝を叩く勢いで、それに飛びついた。
「そうだ。アナキン。お前が珍しいことをするから!」
「わかりました。では、明日からはしません。お休みなさい。マスター」
アナキンは、わざとそっけなく布団を被った。
師匠は、しばらくの沈黙した。
しかし、オビ=ワンは、あくまで礼儀を守った。
「……すまなかった。アニー」
オビ=ワンは、謝罪の気持ちを込め、シーツの上から、アナキンをぎゅっと抱きしめ、額へと口付けを与えた。
だが、さすがの騎士も、恥ずかしさのあまり、くるりと背中を向け、弟子の部屋を逃げ出す。
アナキンには、師匠に、シーツを汚さずにすむやり方を教えて貰う必要ができた。
END
アニーが少し大きくなりました(笑)
もうちょっと育つと、きっと獣になるんだと(笑)