妄想企画(メイドなオビ=ワン 1)
遥かなる未来。コルサント・ダッシュにて。
オビ=ワンケノービは、新しく仕えることとなった、豪奢なカントリーハウスの門扉に触れるため手を伸ばした。
「なるほど、あなたが、アナキンが気まぐれを起こして拾ってきたという、新しいメイドなのね」
「あ、あの、私は、」
「ええ、彼はもうあなたを雇うつもりのようだけど、とりあえず面接だけはさせて貰うわ。あなたは、メイド、ですからね。彼のものであっても、私の管理化にあるんですもの」
美しく塗られたルージュの口元に華やかな微笑を浮かべて、柔らかそうなソファーに座る女主人は、儚いほど細く、そして、どの殿方であろうと夢見るに違いない美貌の持ち主だった。「奥様」の後ろに控えている男にも一部の隙もない。嵌められた白い手袋には染みひとつなく、その手は、十分な節度ある角度で握られていた。肌の色が黒い。そして、執事としては若い。しかし、その彼が、これだけ大きな屋敷の執事だというのなら、それだけ優秀だということなのだろう。黒のテールコートは品格を称え、偉丈夫を包んでいる。
パドメが男を振り返る。
「紹介状はないのよね?」
「ええ、パドメさま」
オビ=ワンは、椅子の上ですこしうつむいた。紹介状も持たぬ自分が、これほどの屋敷のメイドとして雇われると、いうことは、難しい。男は、事実を述べただけだが、オビ=ワンは、やはりここへ足を運んだことは、徒労だったのではないかという気持ちになった。広大な敷地を持ち、十分に手入れされた美しい庭に囲まれたこの大きな屋敷は、今まで、タウンハウスでたった一人のMaid of Allworks(雑役女中)として働いてきたオビ=ワンにとっては、質の高すぎる職場だ。
「あなた、えっと……」
「オビ=ワン・ケノービと申します」
「ああ、そう」
そこで、「奥様」は、にっこりと笑う。
「あなた、どうして、紹介状を持っていないの?」
オビ=ワンは、ロングスカートの裾についてしまっていたアイロン皺を気にしながら、顔を上げた。
「私は、ずっと一人のご主人様にお仕えしてまいりましたが、そのご主人様が、急の事故でなくなられたのです。その方は、たったお一人で暮らしておられましたし、あの、私は、ほかに身寄りもなく……」
前の主人であったクワイ=ガン・ジンは、全く身寄りがなく、生きてこられたことさえ不思議だった小さなオビ=ワンを拾ってくれた人物だった。オビ=ワンは、そこで、メイドとしての技術を仕込まれ、クワイガンの身の回りの世話をしてきた。突然彼が亡くなり、オビ=ワンは、途方に暮れた。自分の主人が、思いも付かぬ人物だったのだ。想像していたよりはるかに財産を残したクワイガンだったが、その資産は、すべて、表に出すことの難しいグレーのものばかりだった。たった一人のメイドであったオビ=ワンは、主人の葬儀を手伝い、財産の分配に関しても骨を折ったのだが、血をわけた家族を持たなかったクワイガンのそれは、幾人かの懐に全く秘密に入ることとなった。光の下で笑顔をかわすことのない間柄の人物とばかり付き合っていたクワイガンには、次の職場を求めるオビ=ワンに紹介状を書いてくれるような付き合いはなかった。いや、クワイガンの元を訪れた客人たちは、オビ=ワンの気質を知り、誰もが、オビ=ワンを好いていたが、堂々と自分の名を記した紹介状をこのメイドに渡すわけにはいかなかったのだ。
その上、クワイガンは、ジェダイという不思議な宗教を信じており、オビ=ワンが教会に顔を出すことにも熱心ではなかった。そのため、オビ=ワンは、教区の牧師さまからの推薦状さえ貰うことができなかったのだ。
「まぁ、あなたの顔を見ていたら、悪い人ではないだろうというのは、わかるのだけれども」
「パドメ様、オビ=ワンは、Maid of Allworksだったそうです」
一人でクワイガンに仕えていたオビ=ワンは、料理から掃除、それに洗濯まで全てをこなしてきた。タウンハウスでのそれが、このお屋敷で通用するとは思えなかったが、オビ=ワンは、客人の対応や給仕をする客室メイドの真似もした。
パドメは、喜びの混じった驚きの表情を浮かべた。
「そうなの。じゃぁ、なんでもできるというわけね」
「はい」
オビ=ワンはうなずいた。
「でも、うちでは、そんなメイドは使ってないのよ。なじめるかしら?」
パドメは、少しも困った風ではなく、まるでオビ=ワンをからかっているかのようだった。
「あ、あの、私、一生懸命やらせていただきます。このお屋敷のやり方を教えていただいたら、その通りにさせていただきますので」
パドメは、大きな目を魅力的にくるりと動かした。
「嘘よ。あなたを雇うことは、アナキンから直接言い付かっているの。ただ、何の面接もなしに、あなたを雇い入れたとなったら、この家はまるで格式がないんだ。なんてあなたに誤解されたらこまるから、やっただけなの。あなたは、まるで訛りのない素敵な言葉を使うのね。気に入ったわ。頑張って頂戴」
オビ=ワンの言葉に、訛りがないのは、クワイガンが、きれいな言葉を好んだからだ。メイドたちが仕える家には、それぞれのルールがある。そのルールは絶対だ。
パドメから使用人としてこの屋敷に仕える許可を貰い、やっと肩の力を抜いたオビ=ワンは、執事であるメイス・ウィンドゥの後について歩いていた。
「あの、このお屋敷は……」
フットマン(男性の使用人)たちが忙しく働く午前中の屋敷の中を進むオビ=ワンは、大きな背中に声をかけた。これだけ長い廊下を歩いているというのに、全くメイドとはすれ違わなかった。この屋敷の中は、窓を磨くのも、階段の手すりを磨くのも、すべて男ばかり。これだけ大きなお屋敷であれば、もっと多くのメイドたちが、熱心に床を磨いているはずだった。
「ああ、この屋敷には、ついこの間まで一人もメイドがいなかった。今いるメイドたちも、すべてパドメ様が、自分の屋敷から連れてこられた者たちばかりだ。基本的に、この屋敷では、すべてのことを男が執り行う。ハウスキーヒングもランドリーも、勿論、御者も園の仕事も、すべて男だ。例外は、キッチンのみ。あそこには女がいる。彼女の腕は絶品だから、世代代わりをしたとき旦那様も彼女だけは残された」
「えっ、では、私は……」
「一人も仲間がいないのは、かわいそうだが、あなたは、この家で、たった一人の旦那様のメイドということになる。仕事は、旦那様のご希望を聞いてから、正式に決定する。それまでは、とりあえず、掃除や、磨きといったハウスメイドという立場でいてもらう」
「はい」
「私たちと同じ棟というわけにもいかないから、あなたの部屋は、パドメ様のメイドたちと同じ場所になる。しかし、彼女たちが、あなたのことを受け入れるのは難しいかもしれない。彼女たちは、パドメ様のメイドなのだ。あなたは、旦那様のメイドだ」
メイスの足は速かった。とても優雅に歩いているというのにオビ=ワンは、スカートの裾を絡ませないように注意しながらもすこし小走りにあとをついていかなければならなかった。
「ああ、ここが、使用人ホール。私の部屋はあそこだ。それで、パドメ様の使用人たちは」
「あの……パドメ様のメイドと、いうのは……」
「ああ、パドメ様は、奥様じゃない。旦那様の婚約者だ。いつまでも続く婚約期間に、とうとうご本人がこちらの館に移られた。パドメ様は未来の奥様ではあるが、まだ、ナプー家のお嬢様でもある。したがって、使用人もすべて、ナプーの家の物なのだ」
あなたとは立場が違うのだ。と、暗にメイスはオビ=ワンに伝えた。
「身の回りのこともあるだろうから、最初だけパドメ様の侍女にあなたの部屋へと行ってもらう。ただし、仕事の指示は、すべて私が出す。パドメ様のご好意に甘えて、領分を侵さないようにしてもらいたい」
メイスに案内された先では、一介のハウスメイドだというのに、オビ=ワンに与えられた部屋は個室だった。普通であれば、もっと上級のメイドにならない限りこんな待遇はうけられない。しかし、これは、「旦那様」に仕えるメイドが、オビ=ワン一人だけであることが理由であるに違いなかった。
身の回りのものを詰め込んだ小さなトランクを下ろし、ほっと息を吐き出したオビ=ワンの背後でドアがノックされる。
「入ってもいいかしら?」
かわいらしい声がして、オビ=ワンが返事を返すと、ドアが開かれた。そこにいたのは、先ほどのパドメだ。しかし、彼女は、先ほどに比べれば、ずいぶんと質素な服を着ている。カールしていたはずの前髪も、癖がない。
にっこりと笑った女は、そっと部屋に入ってきた。
「こんにちは、はじめまして、オビ=ワン」
「あ、あの……」
「あらあらびっくりさせてしまったわね。私は、パドメ様の侍女よ。パドメ様のおうちは、昔から、ずっと政治に携わっていらっしゃったから。そうなの。私は、パドメ様の身代わりも勤めるの」
「あ、あ、それは、あの、そうなんですか。私、びっくりしてしまって」
オビ=ワンは、おろおろと視線を動かした。部屋の中は、従業員の部屋であるからそっけないほど物がない。ベッドが一つ。そして、小さな机が一つ。
「ずいぶんかわいらしい人ね。お髭も良く似合ってる。よろしくね。オビ=ワン。このお屋敷では、私たちパドメさまのメイドと、アナキン様の使用人が口を利くことも許されてないんだけど、でも、どうしても困ったことがあったら、相談にのるわ。ほんの少しだけれど……。これでも私、パドメ様に大事にしていただいているから」
柔らかく笑う侍女は、パドメとまったく同じ、現実的でないほどの美しい顔をしていたが、パドメから発せられていた豪奢な印象にくらべれば、わずかに親しみやすかった。
「よろしくお願いいたします」
オビ=ワンは、深々と頭を下げる。
侍女は、すこし困った顔をした。
「さて、さっそく、このお屋敷でお勤めしていただくにあたって」
侍女の目が、オビ=ワンの足元に置かれた荷物と、オビ=ワン自身を眺めていった。
「オビ=ワン、持っている服は、それだけ?」
「はい。普段、お仕事をさせていただくときは、この服の上に、エプロンをつけて」
「どんなエプロン?」
「あ、あのこれなんですけれど」
オビ=ワンは、カバンの中から、真っ白なエプロンを取り出した。長く使い込んでいるが、清潔な印象だ。
「シンプルね。あなたにとてもよく似合いそう。でも、ごめんなさい。このお屋敷にお勤めしていただく以上、その身なりではちょっと」
オビ=ワンは、簡素な黒のロングワンピースを身に着けていた。白の襟も、カフスも勿論、きちんとアイロンがかかっている。丁寧に使っているので、どこにも痛みはない。
「すみません。あの、私の格好、おかしいですか?」
「いいえ、あなた、タウンハウスのメイドだったのでしょう? だったら、どこもおかしくないわ。ただ、ここは、格式あるお屋敷だから、……あのね、どうやらあなたの制服は、すべて支給されるようだけれど、今日は、私のお古を着てもらってもいいかしら。もしかして。と、思って、一応用意しておいたの」
ドアを開けて、廊下に戻った侍女は、確かに形は使用人にふさわしいものであるものの、今までオビ=ワンが袖を通したこともないような上等な布地でできた黒いワンピースを手渡した。
「これも、きっと違うものが用意されるでしょうけれど、こっちのメイドが使っているものを今日は使って頂戴。きっと、似合うわよ」
手渡されたそれは、今までオビ=ワンが使っていた帽子にくらべ、ずっとフリルが多く、長いリボンまでついたものだった。胸元と裾に、たくさんのフリルをあしらったモスリンのエプロンも一緒だ。
「最初のうちは、きっと大目に見てもらえると思うから、困ったことがあったら、そっと私に声をかけてね。私たち、本当は、どんな用事も家政婦長さんと、執事さんを通さないといけないルールだから」
パドメの侍女から、渡されたこの屋敷にふさわしいメイド服に袖をとおしたオビ=ワンは、鏡の前で帽子の位置を直しながら、すこし不安そうな顔をした。
「私が、旦那様のたった一人のメイドだなんて」
紹介状がないため、次の職場を探すこともできず、困っていたオビ=ワンに、ある日、一通の手紙が届いた。蜜蝋で留められたその上等な手紙は、オビ=ワンに、この屋敷にくることを進めていた。
「アナキン様、……たぶん、あのお方だと思うのだが」
オビ=ワンは、かわいらしいフリルの帽子が、すこし恥ずかしい。クワイガンが決めたルールに従い、ずっと耳の後ろの一部のみ長い三つ編みを結った短髪という不思議な髪型を通していたオビ=ワンは、主人を亡くし、初めて髭を蓄えた。
髪も長くした。
襟足が、白い襟元にかかっている。
ルール。
それは、主人に仕えるメイドたちにとって絶対のものだった。各、家ごとに、ルールはあり、それがどんな理不尽なルールであっても、雇われ人であるメイドたちは、絶対に従わなければならなかった。
たとえば、爪は、指の先から、一ミリたりとも出てはならない。とか。お客様の前で、メイドは一言たりとも声を出してはならないとか。
「どうして、あの方が、私のことを覚えていてくださったんだろう」
オビ=ワンが、アナキンにあったのは、ずっと昔のことだった。まだ、アナキンの父親が存命で、アナキンが小さな子供だった頃。勿論、父親と、クワイガンの付き合いは、グレーゾーンのものだったはずで、小さなアナキンにオビ=ワンが給仕をしたことは、たったの一度だった。
利発そうな顔をした少年だった。一度もにこりともしなかったが、テーブルマナーは完璧で、育ちのよさを全身から発していた。
「あっ、執事さんのお部屋にいかなければ」
とても親しみやすい気質だったクワイガンと長く暮らしたせいで、オビ=ワンは、口を利かないという生活に慣れていなかった。寂しさのあまり、口を利いてしまう。
「上手くやっていけるといいのだが……」
メイスから、階段の留め金を磨くよういいつかったオビ=ワンは、ものめずらしそうな目で見てくるフットマンや、ページボーイたちと一緒になって、階段を磨いた。
「ねぇ」
年若いページボーイ見習いが、オビ=ワンに声をかけた。
そばかすだらけの顔が白い歯をみせて笑う。
オビ=ワンが金具を磨いていたブラシの手を止めると、上の段を磨いていたフットマンが、注意した。
「ルーク。彼には、声をかけてはいけない。オビ=ワンは、旦那様のメイドなのだ。口を利いてもいいのは、仕事のことだけ」
「ええっ! せっかくこんな美人のメイドさんがやってきたと思ったのに、酷いよ。それは!」
「今のは、事前の注意をお前に与えてなかったから、なかったことにしてやる。でも、これからは、彼女に仕事以外のことでは、絶対に話しかけるな。それは、メイスさんから、重々に注意されてるんだ」
「でも……」
少年は、男ばかりの職場に突然現れたオビ=ワンのエプロンや、フリルに気を引かれている様子だ。
オビ=ワンが、この階段に至る途中、メイスに連れられ紹介をされたキッチンでも、オビ=ワンは疎外感を味わった。
そこにいたコックと、キッチンメイドたちは、フランス語を使っていた。フランス人はとても料理の腕がいいと、人気が高い。そんなコックを雇っているこの屋敷は、やはりオビ=ワンが想像も付かないほど裕福だ。
しかし、これほど大きな家では、従業員の数が多く、キッチンのコックに仕えるメイドたちと、執事を頭とした男性従業員たちとでは、派閥を築き合っていた。
言葉が通じない、ということもあるが、旦那様のメイドであるオビ=ワンをキッチンは、受け入れるつもりがない。
たった一人の旦那様のメイドであるオビ=ワンは、どこにも受け入れ先がない。
「あの……」
オビ=ワンは、しかられる少年をとりなすように遠慮がちにフットマンへと声をかけた。
オビ=ワンの透き通るような青い目に見つめられて、フットマンは顔を赤くした。あわてたように、ブラシを取り落としている。
「……オビ=ワン、申し訳ないが、君から僕たちに声をかけるのも、出来るだけ控えてくれ。ここは、アナキン様の主義で、すべて男だけで取り仕切ってきた屋敷なんだ。君みたいなメイドは一人もいなかった。君は旦那様の特別なんだ。そんな君と親しくしているところを誰かに見られでもしたら、僕は即刻首になってしまう」
真っ赤になったフットマンは、早口で、オビ=ワンに言葉を口にすると、頑なな様子で、美しく光る階段の留め金へと視線を落とした。もう一点の曇りもないというのに、まだ、ブラシを使い、その光具合を高めようとする彼は、言い訳するように、口の中で言葉を続ける。
「君みたいな美人は、きっと、今までのお屋敷でも、恋人にはことかかなかったんだろうけど、ここでは、決してそれは許されない。……困るんだ。オビ=ワン、こっちを見ないでくれ」
「ねぇ、オビ=ワン、そのブラシの持ち方なんだけどさ」
もごもごと怒ったように話すフットマンに比べ、お仕着せの制服を着たら、さぞかわいらしいに違いない少年は、にこりとオビ=ワンに笑った。
「口を利くなと言っただろう!」
フットマンは、ブラシを投げつけんばかりに怒る。
「いいじゃん。仕事の話だよ。オビ=ワン、初めて使う道具に梃子摺ってるみたいだからさ」
「お前! そんなんじゃ、絶対にページボーイにしてもらえないぞ。メイスさんが、どれだけ俺たちに目を光らせているか」
オビ=ワンは、髭に覆われた口を慎ましく動かし、大変申し訳なさそうにフットマンを見上げた。
「……申し訳ありません。……あの、私は、今までこんな大きなお屋敷にお仕えしたことがなくて、……ブラシの使い方だけ、教えていただけると……」
夜になり、今日は手伝うことさえ適わなかった食事に関するすべてのことが終わり、オビ=ワンは、自室に引き上げていた。時間は9時を回っている。それでも、今日は屋敷にパドメしかいなかったので、これはずいぶん早い仕舞いなのだと、メイスはオビ=ワンに教えた。
「上手くやっていけるだろうか……、いや、頑張らなければ」
オビ=ワンは、パドメの侍女から貰ったメイド服を脱いでいく。
ワンピース型の簡素なパジャマに袖を通したオビ=ワンが、ベッドに腰掛ける。
すると、こんな深夜だというのにノックされた。
「はい」
オビ=ワンは、いくら疲れていたとはいえ、こんな早い時間に自分がパジャマに着替えてしまったことを後悔した。今日は初日なのだ。執事であるメイスが、オビ=ワンに注意を与えるため、部屋へと呼び出す可能性は、いくらでもあった。オビ=ワンはあわてた。
「あの、申し訳ありません。服を着替えて用意しますので、すこしだけ待っていただけないでしょうか」
「わたしなの。ごめんなさい。入らせて貰うわよ」
ドアを開けて入ってきたのは、パドメだった。いくら同じ顔をしているとはいえ、入ってきた女が侍女だとは、オビ=ワンは一瞬だって思わなかった。女主人は、美しい唇に、笑いを浮かべている。
しかし、屋敷の女主人が、こんな夜更けに使用人の部屋を訪れるなどということは、常識的にあり得なかった。
オビ=ワンは、パジャマのままの自分を恥じて、身の置き所もなく、ベッドにかかったシーツを引き寄せた。
「あなたのプライベートルームに、お邪魔してごめんなさいね。これ、やっと、届いたから。あなたの到着にあわせて全部用意されてたはずなんだけど、すこし遅かったのよ」
パドメの言葉とともに、開いていたドアからは、彼女にそっくりの侍女と、そして、はじめてみるパドメのメイドが入ってきた。手には、山積みの箱。
「普通、制服の支給は、布地で行うものだけど、あなたのは、仕立物よ。既製服ではあるけれど、こんな待遇でメイドを抱える屋敷なんて、私、はじめてだわ」
パドメは、オビ=ワンのために用意されたという制服の箱を開け、勝手に服を引っ張りだす。
「アニーったら、着いたら、必ずすぐあなたに制服を渡すようにだなんて、とても、あなたのこと気に入ってるのね」
柔らかく笑っているはずなのにオビ=ワンには女の顔が恐かった。
「あら、こんなものまで」
箱の中には、ガーターベルト、メイドの必需品である黒いストッキング。
そして、なんと下着までもが入っていた。
「かわいいじゃない」
パドメが傷一つない細い指で、小さなパンティのレースに触れる。
「あの、パドメ様……」
「明日からは、ここにあるものを必ず身につけて頂戴。アナキンは、まだ、しばらくこの屋敷には帰らないけれど、あなたは、アナキンのメイドなんですから」
ルール。
オビ=ワンが拒否することなどできないルールがまた、雇用契約のなかに一つ加わった。
木綿の質素な下着しか身につけたことのないオビ=ワンにとって、箱の中に溢れていたものは、小さすぎ、また、華美すぎた。レースに縁取られたそれを自分がそれを身につけたところを想像し、オビ=ワンは、恥ずかしさに身を震わす。
「制服は、2種あるわ。アナキンの用事をするときには、こっちみたい。普段は、これってわけね」
普段着は、昼間オビ=ワンが貰ったお古とそれほど変わらなかった。
しかし、貰ったそれよりも、ずっと上等そうな生地で出来ている。
そして、主人の用をする時に着るというものは、とんでもなかった。
あれほど優しげ目で見つめてくれていたというのに、侍女は、オビ=ワンから目をそらしている。
「すごい丈ね。ちょっとこっちにきて。当ててみましょう」
パドメは、オビ=ワンに立つように言い、オビ=ワンは、女主人の言葉に従うほかなかった。膝上までしかないパジャマの裾よりそのメイド服の丈は短い。
「これじゃ、ガーターの留め金が見えちゃうわね」
絶対に留め金の見える丈だった。はずかしさのあまり、オビ=ワンは、目を伏せた。しかし、主人が用意した以上、オビ=ワンはこれを着なければならない。
重く茂った金の睫が震えている。
「似合うわ。あなた、色が白いし、とってもきれいな髪の色をしてるから、かわいいわよ。……とってもいやらしい」
オビ=ワンは唇を噛んだ。
「さぁ、あなたたちは出て行って頂戴。私は、もう少しだけ、オビ=ワンと話があるの」
パドメは、侍女を振り返った。頭を下げた女主人と瓜二つの女は、オビ=ワンを見ようともしなかった。こんな制服を支給されるメイドが、同じ屋敷につとめる仕事仲間だと認められるわけがなかった。昼間あれほど親しげに笑った瞳が、箱の中の小さくてまったく実用向きではない下着にちらりと目を向ける。
オビ=ワンは、肩をすくめた。あんな恥ずかしいものを身につけて、これから毎日過ごさなければならない。あんなものは、いつかとっておきの夜のために、少ないお給金をためて、たった一枚買えるだけのもの。こんなに大量に、こんなレースばかりで出来上がった下着を持っている者など、普通の労働者にはいない。
もしかしたら、花街だったら。
しかし、オビ=ワンの勤め先は、格式高い屋敷なのだ。
侍女は、パドメが説明しなかった補足をした。
「オビ=ワン、短いほうの制服を着たときは、地下から裏階段に行くようにしてください。絶対にお客様の目に触れるような場所は通らないで」
大きな屋敷に仕える女たちは、自分たちの仕事に高いプライドを持っている。屋敷の格式を下げる人間など、仲間と認められない。
ドアが閉まると、パドメは、オビ=ワンにベッドへと座るように言った。
オビ=ワンは、ろうそくの光にすら、光沢の滑らかさを光らせる新しいメイド服を箱に仕舞い、ベッドの端に積み上げた。
「あのね、オビ=ワン。あなたに、もう一つ、アナキンから渡すように言われているものがあるの」
パドメは、開いていなかった。小さな箱を手に取った。
「これ、なんだけど……」
パドメの唇に浮かんだ笑みが、オビ=ワンには、恐い。
「あなたにだけ、特別なルールをアニーは用意したのよ。こんなことは、さすがに、侍女には頼めないし、仕方がないから、私がするわ」
きちんと閉じられたオビ=ワンの膝の上に、パドメは、箱を載せた。
「開けて」
女主人が、オビ=ワンに命じる。中に、何が入っているのか、全くオビ=ワンには想像も付かなくて、箱を掴んだオビ=ワンの手が震えていた。
「Maid of Allworksだったという割りに、きれいな指をしているわね」
パドメは、震えるオビ=ワンの手をじっと見ていた。
「体だって、ふんわりと柔らかそうで、でも、決して太っているわけでもないし、あなた、本当に、前はメイド?」
「……はい」
パドメは知らないのだから、仕方がないとは言え、まじめに働いてきた過去を疑われ、オビ=ワンはつらかった。
「そうなの。じゃぁ、よっぽど大切に使われていたのね。ここでも、あなたの仕事を調度の磨きを中心にするって、メイスが言っていたし、まぁ、アニーがいれば、それもしないんでしょうけど」
調度の磨きは、家の中の仕事を取り仕切るものたちの間でも上級職に付くものの仕事だ。そういった軽度の労働は、床磨きや、ベッドメイクなど、肉体を使うことを主にしている若い従業員たちの様子に目を光らせなければならない立場に立つものがするのだ。
今日の仕事中、オビ=ワンは、若いフットマンに話しかけた。きっとアレがいけなかったのだ。分不相応な調度の磨きという仕事を与えられたオビ=ワンは、メイスの側に置かれ、絶対に男性従業員達とは口を利けない場所へと引き離される。
オビ=ワンは、女主人の楽しげな視線に晒されたまま、小さな箱を開けた。
内張りのベルベッドの上には、小さな卵のような楕円の物体が載っていた。二つ、入ったそれの一つは、長いコードが着いている。
「……これは?」
まるで用途がわからなくて、オビ=ワンは、思わずパドメを見つめてしまった。
真摯にオビ=ワンに見つめられ、思わずパドメの方が顔を赤くする。
「知らないの?」
「……ええ」
オビ=ワンは、それが何の道具なのか、全く見当も付かず、やはり大きなお屋敷に勤めるには、自分では能力が足らないのではないか。とすら思った。
「本気なの?」
「はい……すみません」
悄然と頭を下げたオビ=ワンに、パドメは、手を伸ばし、オビ=ワンからその箱を取り上げた。薄いピンクでコーティングされた桜貝のような爪が、中のものを掴みあげる。
「これはね、オビ=ワン、あなたの体で使うものなの」
「……はい」
オビ=ワンは、新たな仕事を覚えようとでもいうように、真剣な目をしてパドメを見つめる。そのピンク色をした物体が、どこで、何をするものなのか、まるでわからないオビ=ワンは、照れることも、恥ずかしがることもなく、まっすぐに小さな卵型を見つめる。
「これは特別な趣味を持った方々が、使うものなの。これは、オビ=ワン、あなたのお尻の穴の中に入れるのよ」
「えっ……?」
オビ=ワンは、上品な令嬢の使う、お尻の穴という言葉に耳を疑った。口がぽっかりと開いている。
「そうなの。オビ=ワン。あなたは、旦那様が特別に雇い入れたメイドだから、これで、お尻の穴を柔らかく、気持ちよくしなければならないの。オビ=ワン、あなた、アナキンのために働くのでしょう?」
オビ=ワンは、ただ、ただ、パドメの動く口を見つめていた。だが、女主人の言葉に、返事を返さなければならない。
メイドに無視などという権限は与えられていない。
「……はい」
「そうよね。オビ=ワン。私は、アナキンから、自分が帰るまでの間に、あなたが使えるようになるよう教えておくように言われているの。これから、しばらくの間、あなたを監督するわ。メイドの監督は、確かに私たち、主人の仕事だけれど、こんなことするのは、初めてだわ」
「……ありがとうございます。パドメ様」
オビ=ワンは、女主人自らの手を煩わすことになる自分の存在に、礼を言わなければならないと、思った。だが、恐い。あんなものを尻の穴に。一体、どれだけの間、アレを入れたままにしておくのだろう。アレを尻に入れさせ、主人は、オビ=ワンに何ができるようになることを求めているというのだろう。
パドメは、ベルベットの下をめくった。その下には、何か、薬のチューブと、そして、あの長く続いていたコードのスイッチのようなものが隠されていた。
「オビ=ワン、今日は、初めてだから、私がやってあげるわ。こんな趣味の悪いこと、私は、ものすごく嫌なんだけれど、私が、アナキンのメイドをきちんと管理できること、この屋敷の女主人として、この家の管理を任せるにふさわしい女だということを証明することも必要ですから」
パドメは、オビ=ワンに、ベッドの上で四つん這いになることを命じた。
頼りなく震えながら四つん這いになったオビ=ワンのパジャマの裾がめくられた。
「ああ、そうだ。オビ=ワン、私は、そうでもないけれど、アナキンは、素手で、メイドに触られるの、絶対に許さないから。教えておいてあげる。もしかしたら、あなただけは、許されることになるのかもしれないけれど」
パドメは、オビ=ワンに、下着を下ろすように言い、
「やっぱり、メイドの下着といえば、この程度よね」
と、オビ=ワン自身が編んだ木綿のレースが小さく付いた精一杯の下着にうなずいた。
その通りなのだ。どう見たって、アナキンが用意した数々の下着は、華美すぎた。あれでは実用性がない。あれでは、オビ=ワンのペニスを隠しておくことなど絶対にできない。
女主人に対して、尻を丸出しにしているオビ=ワンは、かっかと頬が火照っていた。心臓は割れそうにドキドキと大きな音を立て、目には、涙が浮かびそうだった。口ひげの中の唇はかみ締められた。
「オビ=ワン」
パドメは、オビ=ワンの白く盛り上がった尻に手で触れた。びくりと、オビ=ワンは、体を震わす。しかし、女主人の手は、それ以上動かなかった。
自分の立場を優位にするためにも、パドメはオビ=ワンを仕込まなければならなかったが、やはり、お屋敷の令嬢の手には、メイドの尻穴の中に、ゼリーを塗りこめるなどという作業は、下品すぎた。
パドメは、コードのついていない方の卵に、ゼリーを塗りつける。
「オビ=ワン。こっちの動かないほうは、これから、しばらく夜に嵌めてもらうことになるの。そして、昼間は、こっち。スイッチは入れないけど、あなたは、昼間の労働時間もスカートの下に、この卵を温め続けることになるわ。落とさないように頑張って頂戴ね」
パドメは、ぬるぬると濡れた卵型の張型を、オビ=ワンの尻穴に押し付ける。
表面が濡れているとは言え、そこを一度も使ったことのないオビ=ワンに受け入れられるはずがなかった。
オビ=ワンの体が強張った。
「痛いっ!」
「痛い?」
「……すみません。……あの、……ごめんなさい。……痛……いです……ごめんなさい」
力任せに押し込まれようとした卵は、オビ=ワンの尻穴を広げ、ぴりりとした痛みを与え、そして、内臓を無理やり押し上げられるような重苦しい痛みを、オビ=ワンに与えた。オビ=ワンの唇が白い。髭の中で、ひくひくと震えている。
「我慢できない?」
パドメは、ベッドについた腕のうえに顔をうずめるようにして、必死で苦痛に耐えているメイドの顔を覗き込んだ。
青い目は、涙に溶け出しそうになっている。
「あっ、……申し訳ございません。パドメ様。……でも、……痛い」
オビ=ワンは、必死に身をちぢこめた。
仕方がないわね。と、パドメは、オビ=ワンの尻に突き刺さっていた張型を抜いた。
パドメだってわかっていたのだ。生真面目なまでの顔をしたオビ=ワンは、反対に、そのストイックさが色気につながるような、そんな清楚な雰囲気を持っている。こんな特別の張型を受け入れることが出来るようには、まるで見えない。
「やっぱり、中もゼリーをつけないと無理みたいね。オビ=ワン、自分でやりなさい。さっさとやってね。私も早く部屋に帰って休みたいの」
のろのろとベッドから身を起こしたオビ=ワンは、ぐっしょりと濡れた睫のまま、パドメが差し出したチューブを受け取った。たっぷりと指へと絞りだしたものを、自分の尻穴へと近づける。
しかし、なかなか中へと指が入れられない。
「なに、ためらってるのよ。どうせ、やらなくちゃいけないことなんだから、さっさとやって頂戴。私は、絶対にやりませんよ。あなたに出来ないっていうのなら、塗らないままで、これを入れるだけなんだから、ちゃんとやりなさい」
オビ=ワンは、震えながら尻の肉を広げた。白い尻の間ですぼまっている小さな穴の中に、指を押し込んだ。
苦しそうにオビ=ワンの眉が寄る。
指はなかなか、中へと進まない様子だ。
「中のほうまで塗りなさいよ。もう、痛いって言ってもやめてあげないんですからね」
オビ=ワンの目から涙がこぼれた。大粒のそれは、うなだれたペニスの上まで引っ張りあげられていたパジャマの生地に吸い込まれた。
「泣くほど、嫌なの? じゃぁ、ここのお勤めはやめる?」
紹介状の一枚ももたず、これだけ大きなお屋敷にたった一日だけ勤めたというメイドに、次の職など探しようがなかった。ごく短い期間での退職は、新らたに探そうとした雇用主に決していい印象を与えない。
オビ=ワンは、引き連れる粘膜の痛みも、吐きそうになるほど、気持ちが悪い内臓への重圧も、食いしばった歯の中に押し殺し、一生懸命に指を押し込んだ。
「塗れた?」
「じゃぁ、もう一回、うつぶせになって。ああ、今度は、お尻だけを突き出すようにして頂戴。きっとそのほうが入れやすいはずだわ」
パドメの指が、オビ=ワンに張型を押し付けた。
小さな卵がオビ=ワンの淫道に産みつけられた。
尻の中に丸いものが居座る不快感に、オビ=ワンは、耐えていた。
「それ、明日の朝まで、ちゃんと入れておくのよ」
女主人の前だというのにベッドにまるまり、胎児のように手足を縮めて、浅い息を繰り返すオビ=ワンをパドメが見下ろした。
「アナキンが帰ってきたときに、気に入るよう、ちゃんとお仕事をしてね。オビ=ワン」
ドアがしまった。
オビ=ワンは、小さな声で泣いていた。
つづく。(ええ、そうなんです。こんな馬鹿な話、続ける気なんです。私。)