これは、つまり、日常の
先ほどからアナキンは、いちいちオビ=ワンへとちょっかいをかけていた。
オビ=ワンが飲んでいた水のグラスを奪い、中身を平らげてしまう。
読み終わった本を片付けようとオビ=ワンが立ち上がると、その本の上に、5冊も自分の本を積み重ねる。
見ようと思ったチャンネルは勿論変えられたし、その上、アナキンはどうでも良さそうにそのホロネットを見ながら、ソファーに座るオビ=ワンの膝の上へと自分の足を投げ出した。
本を広げているオビ=ワンの膝の上に、ブーツを履いたままの重い足がドンっと、乗っている。
「…………」
オビ=ワンの我慢はそろそろ限界だった。
「っ!?」
「オビ=ワン、失礼」
今、まさにオビ=ワンが弟子の無礼を怒鳴ろうとしていた瞬間、ふわりとオビ=ワンの前へとアナキンの顔が近づいた。オビ=ワンの唇へとアナキンはちゅっとキスする。
「怒鳴るより数段有効な使い方でしょう?」
柔らかな接触のための尖りを築いて離れていった唇は、とても魅力的に笑っていた。
癖を持つ髪の持ち主は、先ほどは顔を寄せるだけで済ませてしまったキスのため、今更だというのに、顎鬚に覆われた師匠の顎へと長い指をかける。そして、まるであやすように指先でくすぐる。
近い位置にある弟子の伏せ気味になった睫はいつ頃からか見る者の落ち着きを奪うような色気を添えていた。
そんな場合ではないというのにオビ=ワンの目は、アナキンの頬にできた睫の影へと吸い寄せられ、胸はドキリと音を立てた。
だが、アナキンは視線の合う角度へと強引に師匠の顔を持ち上げるというまったく子供じみた行為でムードをぶち壊し、それでやっと吾にかえったオビ=ワンは、真っ赤になって怒鳴った。
「アナキンっ!」
ふわりと半歩、身を引いたアナキンは、ソファーの上へと倒れ込むとまるで腹を抱えて子供のように笑い転げた。せっかくのナイトの貫禄もあったものではない。これでこの男は、彼の姿が写っていればホロネットの視聴率が上がると定評を得ているのだ。アナキンの危険性について常々口うるさいオーダーですら、彼の精悍なイメージを自分たちのために利用する。
オビ=ワンは、呆れたようなため息をつくと、やれやれと肩をすくめた。とりあえず、重かったアナキンの足はオビ=ワンの膝の上から降りたことだし、師匠は自室へ引き上げようと腰を上げる。すると、笑っていたはずのアナキンはぴたりと、笑いを引っ込めた。弟子の手がオビ=ワンの手首を掴む。
「オビ=ワン。怒ったんですか? でも、俺の罪なんて、軽いもんですよ。あなた、そろそろ自覚しません?」
アナキンは意地の悪い目をして笑いながらオビ=ワンを覗き込んだ。
「あなたって、近頃全く俺のこと構ってなくて、そろそろ俺の機嫌が下降しそうだな。と、思ったとき、やっと、俺の側に寄ってくるんですよ。おまけにそれは、読みかけの本を読み終わった時だったり」
アナキンの視線が、オビ=ワンの持つ本へと動く。にんまりという言葉が似合いのカーブを描く唇はやたらと機嫌が良さそうで、余裕を残して手首を一周する指はオビ=ワンの肌をゆっくりと撫でていく。
本から視線を上げ、じっとオビ=ワンを見上げてくるアナキンの顔にはやたらと色気があった。アナキンは表情に余裕を残していた。オビ=ワンに喧嘩を買わせようとしているわけではない。
余裕のあるアナキンの顔はオビ=ワンが苦手とするものの一つだった。なんというか……、オビ=ワンは、こういうアナキンの顔に欲情するのだ。
落ち着きをなくしつつある師匠の目の動きをアナキンは読んでいるかのように、目元を緩ませ笑顔を作る。
「ねぇ、マスター、あなた知ってます?その上、あなたは、そのセックスが、気持ちよかったりすると、次の日、俺がどんなに遅くなっても起きてて俺のベッドまでついてくるんですよ。例え俺の方がご遠慮したくなるような時間だったりしても」
オビ=ワンは憮然と口をゆがめてはいたが、それはポーズに過ぎなかった。アナキンの指摘は、まさにその通りで、オビ=ワンにも自覚があったのだ。
だが、仕方がないではないか。お互いの時間が上手く合う時は少なく、そして、思い出してしまった欲望を刺激され、快感の余韻を抱き込んだまま一日を過ごして、どうして一人寝で我慢ができるというのか。
しかし、二日続けてセックスしたがるとか、二日続けば満足してしまうとか。そういうことは気付いていたとしても、口にしないことが、大人ならば礼儀なのではないかと、オビ=ワンは腹を立てた。
「それと、今、お前が私に意地の悪い真似をするのの間にどんな関係があるというのだ?」
オビ=ワンは、せいぜい冷たく見えるよう弟子を見下ろした。
そんなオビ=ワンの顔を失礼にも弟子は笑う。
「関係ですか?……んー、そうですね。しいていうなら、そろそろ俺のこと気にした方がいい時期ですよ。というお知らせです。それなのに今回、あなたが選んだ本は随分と読み応えがありそうで、俺、もうすぐ本気で機嫌が悪くなると思います」
「……勝手だな」
「そうですか? オビ=ワンだって、相当のものでしょ?」
アナキンはますます笑う。
オビ=ワンはため息を吐き出した。
「アナキン、じゃぁ、私もお前にいいことを教えてやろう。お前、セックスした日の次の朝ときたら、こっちが恥ずかしくなるくらい機嫌がいいんだぞ。前日のほんのちょっとした言葉にもむっとして険悪な顔つきになってのが、なんだったんだ?って思うほどの変りようだ。すごくわかりやすくて、恥ずかしいことこの上ない」
だからな、仕方なくやらせてやるんだ。お前の機嫌は、セックス一つで、すぐ直るんだからな。と、言ったオビ=ワンに、さすがにアナキンは傷ついたようにむっと顔を顰めた。
オビ=ワンは、わかっていても指摘されたくないことというものはあるのだとアナキンにわからせてやって、満足だった。恥を知るオビ=ワンは、アナキンにもっと大人な態度を望んでいる。
しかし、オビ=ワンの弟子は、オビ=ワンが思ってたよりも成長していた。
悔しそうにしながらも、オビ=ワンを見上げ、アナキンは、口を開く。
「俺は、気持ちのいい思いをさせてくれた人に感謝してそれを態度に表してるんです」
そして、付け足す。
「オビ=ワンのこと抱きしめて、一杯キスして、好きなように髪を撫でて。……俺のすることで、気持ちのよさそうな声を聞かせてくれて、俺のこと抱きしめてくれて。そんなことされると、俺って、オビ=ワンに愛されてるんだなって実感できて嬉しくなるんです。俺も、オビ=ワンのこと大好きだって、強く自覚するんです」
オビ=ワンがなかなか口に出せない正直な気持ちをアナキンは隠すことなく打ち明けた。
確かに、大事な相手を腕の中に包み込んで、また、包み込まれて眠った翌日の、幸福がどれほどのものか、オビ=ワンだってわかっている。
しかし、それが欲しいと求めることが甘えに繋がるようで、オビ=ワンはなかなか欲しいと言えない。
例えば、今日なども……。
アナキンは、ソファーから立ち上がった。ギシリと音がした。
弟子が、遠慮を見せながらも、オビ=ワンの視線を捕まえる。
「ねぇ、マスター、どうしても、本、最後まで読みたいんですか?」
「……読ませてくれるのか?」
どう答えるのが自分の面子を一番傷つけずに済むのか、オビ=ワンはとっさに焦らすような言葉を口にしていた。
言った後に、後悔する。オビ=ワンは自分は気付くべきなのだとわかっていた。もう、アナキンはわざとオビ=ワンのために子供じみた態度を取るようになっている。それが欲しくて、でも言い難さから口に出せず、お互いが苛立ち追い詰められきる前に弟子はきっかけを与えようと努力している。
オビ=ワンは、アナキンに比較的時間の余裕のある今日、それほど読みたくもないというのに何故自分がわざとページの多い本を手に取ったのか、そのわけを知っていた。
そして、そんな自分に苛立っていた。
「明日、やっぱりお前は、遅くなるのか?」
オビ=ワンは精一杯譲歩した。
アナキンが微笑む。
「……どうでしょう? でも、待ってて下さい」
アナキンは、背中からオビ=ワンを抱きしめ、嫌がられていた。
「アナキン、……そろそろ、離せ」
アナキンは、オビ=ワンの汗で湿った項や、肩にキスを繰り返している。唇を何度も押し当てられる。
オビ=ワンは、くしゃくしゃになり額に散らばってしまっている金色の前髪の中から、アナキンを睨んだ。
「なぁ、アナキン。お互いに知ってることでも、確認しあうことって重要だと思うんだったよな?」
「ええ。オビ=ワン。勿論知ってるでしょうけど、俺ね、セックスの翌日のあなたの顔、大好きなんです。満足げで、でも、目なんかまだ潤ませてて、なんてきれいで色っぽい顔するんだろうって、いつも」
キスを止めようとしないアナキンは、くすくすと楽しげに笑いながら、オビ=ワンの悪癖を好意的に受け止めている自分を明け渡した。また、一つ、アナキンはオビ=ワンの項に口付ける。
オビ=ワンはそっと唇を噛んだ。
オビ=ワンがアナキンを大事に思うのはこんなときだ。
アナキンは自分が優位に立たつために、なんて小細工をしない。何もかも、オビ=ワンにくれようとする。オビ=ワンを一番大事にしてくれる。
例えそれが、ジェダイとして正しい愛情のあり方であるかどうかは別として。
しかし、オビ=ワンは、そうは出来ないのだ。
オビ=ワンの足が、シーツに皺を作る。
「アナキン。お前の言うとおり、私は、大抵翌日もお前とセックスしたがる。それは、……認める。だけどな。アナキン、私はお前も知っての通り、年だからな。一回の回数は一回でいいんだ。さぁ、さっさとキスをやめろ。少し眠ろう。お前、どうせ、夜中から出るつもりなんだろ」
オビ=ワンがいなすようにアナキンの頭を撫でてやろうとすると、アナキンはがばりと体を起こし、オビ=ワンの上に覆いかぶさった。驚いた顔の師匠の四肢を封じて。
だが、身動きも取れぬほど強く自分を押さえ込んだ弟子のキスは、優しく頬をかすめ、オビ=ワンはくすぐったい。手首を強く押させつけられたままとはいえ、柔らかなキスが繰り返されるのであれば、嫌がる理由などない。相手が遠慮深くねだる恋人であるというのならなおのこと。
「だめだ。寝るぞ」
「じゃぁ、マスター、俺が寝たら、シャワーに行く気でしょう? どうせなら、今、一緒に行きましょ。中に出しちゃったの、俺に出さしてくれませんか?」
「……絶対に、嫌だ」
こんな日常。大事な毎日。
END