こんな日常

 

「アナキン、愛しているぞ」

カップを手にリビングを通りかかったアナキンに、本から目を上げたオビ=ワンが告げた。

「……あ、ありがとうございます。マスター……」

あまりに唐突な師匠からの愛の言葉に、アナキンは嬉しいと言うより動揺が隠せない。太陽は、大分傾いてきてはいるものの、まだ陽は明るく、アナキンは報告書を書くための資料を片手に持ったまま、カップのコーヒーを啜りつつ、リビングを横切っている最中だったのだ。ニュースを流しっぱなしのホロネットでは、前線への補給物資の輸送が遅れていると報告していた。オビ=ワンは、ソファーに腰掛け、ニュースを聞きつつ、本を読んでいたはずだ。それが、顔をあげ、アナキンに言う。

「どうした? もう行っていいぞ」

本の文字から上げられた青い目に、自分の像がしっかりと映っていてアナキンは、態度を決めかねた。

穏やかな顔つきの師匠が、どんなつもりで真っ昼間に愛の告白をし始めたのか、アナキンにはさっぱりわからなかったが、アナキンの様子を伺いながらも、ニュースに耳を傾けている師匠の雰囲気には襟元を崩すことを望んでいる風でもなく、アナキンは口の中に含んだままだったコーヒーをごくんと飲み込む。そして、小さく笑うと、もう一度オビ=ワンに礼を言った。

「俺も、マスターのこと好きですよ」

 

それから、オビ=ワンは、夕食をとりつつ、ふと思い出したかのように口元へと近づけていたスプーンを止め、向かいに座っているアナキンに愛していると告げ、リビングから引き上げようとして忘れていたかのように振り返るなり、アナキンに愛を告げた。風呂に向かう途中なのか着替えを手に持って歩きながらも、すれ違うアナキンに愛していると言った時は、さすがに師匠がどれほど気軽に愛の告白を口にしていても、アナキンも判断に戸惑った。

「……一緒に入りたいんですか……? オビ=ワン?」

「……違う」

師匠は呆れた顔で冷たくアナキンを見上げたが、この場合、アナキンに罪はないだろう。しかも、師匠は風呂上りでいい匂いをさせ、前髪からぽたぽたと水滴を垂らしながら、また、アナキンの座るソファーへと近づき愛していると告げてくる。髪から垂れた雫がアナキンの肩を濡らしている。

「マスター?」

今度こそそうなのかと、照れ性のかわいらしい年上の髪をタオルで拭いてやりながら、アナキンは、しっとりと湿った肌をほんのりと赤くした恋人の顔を見上げた。

「違う。そうじゃない」

しかし、オビ=ワンはアナキンに髪を拭かせたまま、嫌そうにため息までついた。確かに、明日は早朝より出なければならないオビ=ワンのスケジュールを考えれば、それがあり得ないことをアナキンは知っている。けれど、恋人から何度も愛していると告げられて、その可能性を無視するほどアナキンが聖人でないことなど、長年アナキンのマスターを務めてきたオビ=ワンだって知っているはずなのだ。

それでも、アナキンの手でしっかりと髪を拭いて貰ったオビ=ワンは、礼を言う代わりにもう一度愛しているとアナキンに告げ、軽く頬におやすみのキスをすると、さっさと部屋へと引き上げていった。

「……今度は何が始まったんだ……」

髭まではさすがに拭いてやらなかったため、湿って冷たかったキスに少し顔を顰めながらも、アナキンもとりあえず、全く理解不能なオビ=ワンの背中に愛していると叫んでおいた。

 

「おはよう。アナキン。愛しているぞ」

その後もオビ=ワンは、遠慮なく愛の言葉を大安売りした。あまりにさりげなく師匠が愛の言葉を日常へと紛れ込ませるため、アナキンもすっかり気軽に受けこたえるようになっていた。

「おはようございます。マスター。俺も、マスターのこと愛しています」

これを二人とも、眠くて目が開いていないような状態でやり取りする。

 

「アナキン、私にも飲み物をくれ。愛しているぞ」

「ずっとそこで本を読んでますよ。マスター、そろそろ立ち上がったらどうなんです?」

「愛してるんだ。アナキン。私にもくれ」

 

「おっ、アナキン、これから出かけるのか? 今日は戻るのか? 愛しているぞ。気をつけていって来い」

「はい、マスター、行ってきます。多分、今日は戻れるかと。俺も、愛してますから」

 

だが、アナキンは、気付いてしまった。愛していると言う度、ローブの中でオビ=ワンの指は数を数えるように折られていた。髭までかわいらしいくせに、アナキンの出発を見送る心配性のオビ=ワンはアナキンへの愛に駆られて告白の衝動に身を任せているわけではない。

まっ、だが、考えてみれば、あの照れ屋が、口篭ることなくアナキンに愛を告げているのに、何か訳があるに違いないのは、それこそ長くオビ=ワンの弟子を務めてきたアナキンにはわかっていた。

けれど、毎日オビ=ワンから愛を告げられ、心浮き立つ日々を過ごしてしまったアナキンにとって、このまま師匠の新しい習慣を見過ごすことはできない。

 

「マスター、いい?」

その晩の恋人たちは、何がいいのか、お互いに十分にわかりあっていた。互いに明日は無理のないスケジュールで、しかも、今晩、二人には何の用事もない。そして、二人のセックスは、随分と間が開いていた。シャワーから出て、バスローブ姿のまま長くリビングに座っていたくせにオビ=ワンは、アナキンの言葉に、熱心に見ていたわけでもないドキュメンタリーを映すホロネットへとわざとらしく目を反らす。アナキンは、そんなオビ=ワンの様子に余計にそそられる。師匠の耳は赤くなっており、抱き寄せられ、太腿の間へとアナキンの手が差し込まれても拒んだりはしないのに、オビ=ワンは、いつだって同意の言葉を返さない。そんな小さなことでマスターとしての矜持を保っているつもりのオビ=ワンの瞬きが多くなっていた。瞬きの回数が増えるのは、オビ=ワンが欲情しはじめている証拠だ。長い睫へと口付けながら、アナキンは耳元にささやく。

「愛してますよ。マスター」

オビ=ワンの唇は緩く開かれたが、いつもより湿った息を吐き出しただけで、アナキンに愛の言葉を返さなかった。アナキンの手が次第に目的地に近づくにつれて、オビ=ワンの膝には力が入り始め、柔らかな肉付きの太腿は、いつもどおりの抵抗をみせる。アナキンは、無理には手を進めはせず、オビ=ワンをソファーの背へとそっと押し付け、ローブの胸元から手を入れて、柔らかな体毛に包まれた胸を撫でまわす。乳首が小さく立っている。口よりもずっと正直なオビ=ワンの体の状態に、柔らかく笑ったアナキンは、俯いてしまっている師匠の柔らかく光る金の髪に口付ける。

「マスター、大好きです」

顔を上げたものの、視線だけでも逃げようとしたオビ=ワンの唇に、アナキンは口付ける。

「ベッドに行くでしょう? マスター」

 

オビ=ワンは、窮地に追い詰められていた。

「マスター、今日の分は、後、何回ですか?」

いつもよりアナキンはオビ=ワンを気遣っているかのように穏やかに事を進めていて、オビ=ワンはすっかり安心してこの年下の恋人とのセックスを楽しみ始めていたのだ。オビ=ワンの足は、恥知らずにもアナキンの腰を引き寄せるように絡んでおり、けれどもそうしなければならないほど、オビ=ワンの性感は高ぶりこの慎み深いマスターを熱くさせていた。汗に濡れたアナキンが、髪をかき上げ、オビ=ワンを抱き寄せる。シーツから浮き上がっているジェダイマスターの白い尻が、更にアナキンを深く咥え込む。

「ア……っあ……んんッ!」

捻るようにして腰を動かされ、オビ=ワンは強くアナキンにしがみついた。

そして、その耳を噛むようにしてアナキンがささやいた。

「マスター、今日の分は、後、何回ですか?」

「えっ?」

間抜けに開かれたオビ=ワンに口付けるアナキンの唇は不機嫌そうだった。アナキンはオビ=ワンの背中をきつく抱きしめたまま、潤んだ目をびっくりしたように見開いているオビ=ワンを睨んだ。

「マスター、愛してるって、後、何回言うはずだったんです?」

上気した頬どころか、白い尻を大きく開き、ぐっしょりと湿った肛口でアナキンを締め付けているというのに、オビ=ワンは、まず、とぼけようとした。しかし、アナキンの目が真剣だとわかると、尻にペニスをずっぽりと咥え込んだままだというのに、シーツの上から逃げだそうとした。勿論、アナキンは逃がさない。ぐいっと腰を引き寄せ、オビ=ワンの喉から、短い声を引き出す。

「……っんん!」

のけぞった首から、柔らかな髭が覆う顎までの間に、何度もキスをしながら、アナキンはそのままオビ=ワンの白い尻を掴んで突き上げた。熱く締め上げてくるオビ=ワンの濡れた腸壁は、アナキンの気持ちを急かす。それでも、アナキンは何とか逃げようともがくオビ=ワンを見据えたまま、濡れた青い目を問いただした。

「あなた、一日十回の愛しているを目標にしてますよね?」

アナキンはオビ=ワンの唇に噛みつくようなキスをして塞ぐ。

「今日は、まだ、七回しか言ってないですよ。後、三回、愛してるって、是非、こういうタイミングでこそ言ってください」

 

 

翌日までに、三回の愛していると、そして、そう言おうと思い至った理由を白状させられたジェダイマスターは、泣いたせいで少し腫れぼったくなっている目を眠そうに擦りながら、アナキンの顔を見上げた。

「おはよう。アナキン、愛してるぞ」

新しく弟子を持つことになる新米マスターへの訓示にオビ=ワンも参加したそうだ。そして、そこで、オビ=ワンは、弟子には、はっきりと愛情を伝えてやるのがいいと聞いてきたのだそうだ。その方が、よく育つと。だがアナキンはもう大きく育っている。いや、最早ナイトなのだ。

「……あなたも大概頑固ですね」

キス。キス。キス。

 

END