心に飼う天使 8

 

冬だというのに、オビ=ワンは額に汗を浮かべていた。

長期戦に備え、オビ=ワンの足は投げ出されており、やわらかい髪の後頭部がドアにつけられている。

「なぁ、カルロ。もうずっとしゃべっているから、喉がかわかないか?」

そういうオビ=ワンこそ、もうずっと陽気にターゲットに向かって話しかけ続けており、弟子の手によって差し出される飲み物を口に含んでは吐き出していた。

長い緊張を持続している壁の中は、いつ何時状況が変わるものか予測できず、オビ=ワンはここから決して離れるわけにはいかない。

オビ=ワンは、資料でしか知らない男の名を親しげに呼ぶ。

「カルロ、私のお願いを聞いてくれないだろうか? 中にいるのは、お嬢さんたちばかりだろう? カルロ、君は、女性に優しいと人気があったじゃないか」

オビ=ワンは、背中のドアに向かって、大きな声で話し続けていた。

しかし、中から返るのは苛立った声ばかりだ。

「うるさい!」

「ああ、悪かった。私は少ししゃべり過ぎるか? よく弟子にもそう言われるんだ。この前も、ジュースの味のことについてしゃべり続けたら、弟子に嫌な顔をされてね」

すぐさま、オビ=ワンは謝罪をし、しかし、切れ目無く話し続ける。

またもや、怒鳴り声が返った。

「うるさい!」

しかし、男の声に、疲れが聞き取れた。

怒鳴るたびに、男の声がかすれていっていた。

オビ=ワンは、弟子へと合図を送った。

「ああ、すまない。カルロ。しかし、今日は、今日は寒いな。こういう日は、ホットの方がいい。そういえば、カルロ、君は、コーヒーが好きかい? それとも、紅茶党? お嬢さんたちは、ダイエットのために、砂糖抜きかな? なぁ、喉が渇かないか?」

何故、これほどまでに、オビ=ワンが飲み物の話しにこだわるかと言えば、男に喉の渇きをいやがおうでも意識させるためだ。

意識し、意識し、意識し続けながらもそれがかなわない環境にいれば、人間というものは、どうしてもそれが欲しくなる。

オビ=ワンは、飲み物と一緒に、通信用の無線を部屋の中にいれたかった。

部屋の中では、男が、伯爵令嬢と、その友達、そして、召使の女一人を人質に立て篭っていた。

ターゲットが伯爵令嬢の頭に、銃口を突き付けてから、もう、2時間になる。

そして、オビ=ワンが交渉役として話しをし始めて、1時間。

「カルロ? 気の利く私の弟子が、カルロのために、紅茶を用意したそうだ。なぁ、カルロ、君の好みは、紅茶でよかったかい?」

男は、ここで犯罪者となるまでは公職についていた。

伯爵家がその権力を示すため、政府の中央で席を占めさせていたのだ。

男のデーターは、そろっている。

オビ=ワンは、いくつもの印をつけたその紙にまた、ちらりと視線を流す。

男の返事はなかった。

男は、慣れない仕事をして疲れている。

そして、何より、文人肌の男には、一時の興奮だけで長時間の篭城に耐えられえるだけの体力がなかった。

部屋を、いや、建物全体を、いつでも引き金の引ける状態の武器を携えた男たちが取り囲んでいるのだ。

「飲み物を差し入れたいんだが、カルロ、飲んでくれないだろうか? できれば、お嬢さんたちにも」

アナキンが用意した盆の上には、ティーセットのほかに、通信機が載っていた。

実は、大声で怒鳴りあって会話を交わすよりも、スイッチ一つの無線機のほうが、ターゲットは話しをよくする。

受信機は、いくつでもあって、会話はすべての捕獲者に筒抜けだというのに、ターゲットは、交渉者とのみ話しをしているのだと錯覚をするのだ。

「……うるさいっ」

「緊張すると喉が渇くだろう? いいじゃないか。私は、もっとカルロと話がしたいんだ。喉に湿り気を与えて、もっと私と話しをしよう」

「飲み物だけか?」

「おせっかいかもしれないが、私と会話のできる通信機も一緒に差し入れさせてもらえたらと思っている。お互い大声で怒鳴りあうのは疲れるだろう?」

オビ=ワンは、絶えず声に笑いを含ませている。

中から、欲求に負けた男の声がした。

「…飲み物をドアの前に置け。そして、お前たちはそこを離れるんだ」

オビ=ワンは、すかさず、カルロに言った。

「カルロ。飲み物を差し入れさせてもらう代わりに、誰か一人、解放してもらえないだろうか? 君だって、一度に三人のお嬢さんの相手じゃ大変だろう?」

男が怒鳴った。

「なんだと!?」

「なんだったら、毛布もつけよう。お嬢さんたちが、寒い寒いと、ずっと泣いているじゃないか」

部屋の中からは、ずっと娘たちの泣き声が聞こえているのだ。

オビ=ワンは、粘り強く交渉した。

「カルロ。かわいい子でも、泣き続けると結構うるさいだろ。私が一人面倒を見てやるから、毛布と、飲み物。それと一人を交換だ」

部屋の中からは、返事が無かった。

「カルロ? 毛布、君の分を減らしてしまってもいいのかい? こっちは、3枚分しか用意してないんだ。お嬢さんを一人渡してくれないと、君は、寒さに凍えることになるよ」

部屋からは何度も床を打つ足音がした。

苛立たしげなその音がするたび、中の娘が悲鳴をあげる。

しかし、男は、とうとう折れた。

「……一人、人質を解放する。飲み物と、毛布。それだけを部屋の前に置け」

やっと聞こえた男の声に、アナキンがにやりと笑った。

弟子は、師の労をいたわるように、汗を浮かべているオビ=ワンの額をぬぐう。

オビ=ワンは、アナキンに笑いかけながら、声を強めた。

「いや、通信機も一緒だ。私は、もう大声を出すのに疲れたよ」

何かが落ちる音。ガラスが砕ける音。

男の忍耐は底を付きかけている。

「飲み物と、毛布だけだ!」

娘の悲鳴が上がる。

それでも、オビ=ワンは強気の交渉をやめなかった。

「飲み物と、毛布、それと、通信機でワンセットだ。そうでなければ、私は君になにも差し入れない」

 部屋の中から娘の泣き声ばかりが聞こえた。

それを、じっと堪えていると、

「……わかった。だからといって、その通信機でお前と話しをしないぞ。それでいいなら、置いていけ!」

男は、自分がどれほど譲歩したのか、わかっていないに違いなかった。

オビ=ワンは、初めて腰を上げた。

「カルロ。私は、廊下の端まで移動する。娘の一人に、ドアを開けさせるんだ」

「わかった」

 

 

たった二時間のことだったが、目の下に隈を作り、疲労の色が濃い娘が、オビ=ワンの手の中に走りこんできた。

「もう、大丈夫」

オビ=ワンは、両腕で彼女を抱きしめ、背中を撫でると、彼女をそっとアナキンへと託した。

アナキンがすかさず娘を毛布でくるみ、廊下の奥へと誘導する。

オビ=ワンは、ゆっくりとまたドアの前に戻っていった。

アナキンが娘の目を見つめた。

「お嬢さん、さっそくで、申し訳ないんですが、中の様子を教えてもらえませんか?」

「……男が、銃をもって、私たちを脅していて」

泣き出した娘にアナキンはやわらかく笑いかけた。

脅されているのは、もう、わかっているのだ。

男が銃を持っているのも知っている。

アナキンにとって重要なのは、人質と犯人の位置関係だった。

それを聞きだすために、アナキンは娘を落ち着かせようと惜しみなく微笑む。

「彼は、どの位置に? ああ、下手な絵で申し訳ないんですけど、ここに簡単な略図を用意してあるんで、これで指し示してくれると」

こんな場合だというのに、頬に赤み差した娘は震える指で、アナキンの示した紙を指す。

「えっと……、彼は、ここに立って」

「ああ、リビングの真ん中ですね。ここには机があったはずですけど、それはどこに?」

「窓をふさいでいます。ドアの前にもソファーが移動してあって」

「それは、ドアをふさいでいますか?」

「いいえ。あの、直接ドアを塞いではいないのですが、入ったらそれが邪魔する位置にあって」

「なるほど。で、あなたたちは、どこに?」

「えっと……、私たちは、壁際に座っていました」

それは、はじめての情報だった。

「えっ?では、今は、彼一人が、リビングの真ん中に立って、あなたたちに狙いをつけているのですか?」

「違うんです。あの、メイドの女性が彼の足元で銃に狙われていて……」

アナキンと娘とのやり取りを聞いていた警備班の男たちが色めきたった。

犯人の銃口が伯爵令嬢を狙っているものだとばかり思っていたのだ。

オビ=ワンからの指示により、ジェダイ師弟より、後方に位置していた男たちは、通信機に向かって自分たちに有利な情報を流した。

「犯人は、メイドを標的にしている。伯爵令嬢は、銃口の付近にはいない模様」

情報はすぐに本部に送られ、通信機を通しての返事があった。

「突入を検討する。いつでも入れるよう位置に付け」

「わかった」

「待て!」

アナキンは男から、通信機を奪った。

「犯人は、大変興奮している。突入したら、メイドだけでなく、令嬢の命だって保障はない」

若いアナキンに通信機を奪われた男は、歯を剥いた。

その場に居並ぶ、男たちがアナキンを睨む。

アナキンもきつく睨み返した。

人質だった娘がその場の雰囲気にまた震えだす。

雑音の多い通話がアナキンの声を無機質にさえぎった。

「いつまでも待っているわけにはいかない」

「まだだ。ジェネラル・ケノービが交渉に当っているんだ。元老院からオビ=ワン・ケノービに指揮権も委ねられている」

アナキンは、ゆるぎなく男たちを押しとどめた。

もし、前に出ようとでもいうのなら、緩く構えられたアナキンの腕がライトセーバーにかかるのは間違いなかった。

それだけの迫力を持って、アナキンはそこに立っている。

アナキンは、通信機に向かって言葉を発した。

「マスターは、一人、救った。……協約に逆らうというのであれば、それなりの処分を覚悟していただくことになる」

「……わかった。しかし、高貴な身分の女性が人質にとられているのだ。いつでも突入できるよう、配置にはつかせてもらう」

通信機を通して、ジェダイをののしる声が聞こえた。

「くそっ!ジェダイめ!」

「伯爵令嬢の命だけが大事か?」

アナキンが、冷たい声でそれに応えた。

 

オビ=ワンは、ドアの向こうから怒鳴るカルロに何度呼ばれようと返事をしなかった。

「おいっ! おい!! いるんだろう!」

荒々しく部屋の中を歩き回る音がする。

「返事をしろ! 女を殺すぞ!」

しかし、オビ=ワンは、待った。

娘の泣き声が高くなる。

それを口汚くののしる男の声。

怒鳴り声が収まると、オビ=ワンの持つ通信機が声を発した。

「おい! お前! 俺を馬鹿にしているのか!」

「ああ、よかった。カルロ、助かったよ。私の喉はもう限界で、大きな声が出なかったんだ」

オビ=ワンは、カルロに礼を言った。

オビ=ワンの額には相変わらず汗が噴き出し、目は忙しげに何かを考えていること示していた。

だが、オビ=ワンは、口元だけには笑いを浮かべていた。

「なぁ、こっちの方が楽に話ができると思わないか? カルロ」

オビ=ワンは決して声を荒げない。

そうする必要があった。

苛立った男の声が返った。

「へらへら、へらへら笑いやがって、お前は馬鹿だ!」

「まぁ、そうかもしれない」

苦笑を浮かべるオビ=ワンは、男の言葉をひとつも否定しもしない。

拒否の言葉は、追い詰められている男を暴発させる危険がある。

そして、通信機を使い出した男は、オビ=ワンの経験どおり、饒舌になった。

「お前、そんな馬鹿でやってけるのか? 伯爵家に娘を解放するように頼まれたんだろう?」

「まぁ、そんなところだな。で、そうだったら、カルロは、私に要求したいことがあるんじゃないかね? 実はこれでも、私は君のために、かなりな協力ができる立場にいるんだ」

オビ=ワンは、交渉を一歩前に進めた。

男はすぐには応えない。

そんなことはオビ=ワンには平気だった。

オビ=ワンは、いくらでももっと長く続く交渉に当ってきた。

人の命がかかる交渉もこれが初めてではない。

じっくり構えるオビ=ワンの側へアナキンが戻った。

膝をついたアナキンが、オビ=ワンに耳打ちした。

「マスター、現在、犯人の銃口は床にうつぶせになっているメイドを狙っているらしいです。伯爵令嬢は壁際で座り込んでいるということです」

オビ=ワンは、かすかに笑い、寄りかかっていたドアから体を起こすとアナキンの耳元でささやいた。

「だろうな。ここに来てすぐ、うるさかった泣き声がすこしばかり落ち着いたんだ。犯人も、伯爵令嬢の迫力ある泣き声には飽き飽きしたんだろう。それにしても、自分が狙われているわけでもないのに、よくこれだけ長いことすすり泣けるな」

緊張に噴き出ているオビ=ワンの汗を、アナキンは拭いていく。

黙り込んでいた通信機が唐突にオビ=ワンに要求を伝えた。

「……伯爵夫人をこの部屋に呼べ」

男と、伯爵夫人が秘密の関係にあったことも資料は教えていた。

アナキンは眉をひそめた。

こんなスキャンダルに、伯爵家が、娘だけでなく、夫人まで差し出すとは思えなかった。

男と伯爵夫人の不倫は、この事件が起きて初めて明かされた事実なのだ。

娘の救出を願い本部に詰めている伯爵は、夫人と一言も口を利かない。

まるで夫人は犯人の一味であるかのような扱いだ。

そんな夫人にいまさら、何を?

しかし、オビ=ワンは、落ち着いたものだった。

「わかった。夫人にはすぐ、来ていただこう。ただし、カルロ、一つ、条件がある。伯爵夫人は、高貴な身分のお方だ。その部屋のなかを改めさせてもらってからしか、会わすわけにはいかないがいいか?」

男からは、すぐさま返答があった。

声は酷く緊張している。

「だめだ!」

「私、一人だ。私、一人が、その部屋の中に入らせてもらうだけだ。私は、交渉専門だから、君と殴り合ったら負けるよ。体だって、カルロを怖がらせられるほど大きくもないし、勿論、武器を置いていく」

オビ=ワンの声は優しかった。

今までのやり取りにおいてオビ=ワンは、男を萎縮させるようなことを一度もしなかった。

それは、このためなのだ。

中の男に、オビ=ワンはなめられる必要があった。

「……だめだ」

男は迷っているようだった。

オビ=ワンは、辛抱強く男を説得し続けた。

だかが、別れ話のもつれだというのに、男は、社会的に抹殺されるだろう。

しかし、交渉さえ成功すれば、男は射殺されることはない。

それは、人質も同じことで。

「カルロ、わかってほしい。私は君の願いをかなえたい。ただし、それをしようと思うと、どうしても必要なことというのがあるんだよ。伯爵夫人だって、君に会いたいだろう。だが、彼女が君の腕の中に飛び込むためには、安全が必要なんだ」

粘り強い、オビ=ワンに、男は、しばらく沈黙した。

受信機を持つ、男たちが、遠めでもわかるほど苛立ちオビ=ワンを睨んでいた。

男たちの目は、自分が入る。そして、その場を制圧してみせると、語っていた。

オビ=ワンは、アナキンを引き寄せた。

弟子の目は、無謀なオビ=ワンの提案に苛立ちを浮かべている。

「しっ、アナキン、何も言うな。ここは私が入るよ。そのために、私は、ここまで説得してきたんだ。ここでの手柄は、私に譲ってくれ」

オビ=ワンは、アナキンの頬に触れるほど近くで作戦をささやく。

「もうすぐ、犯人は私を中に入れるだろう。私は、彼を窓辺まで誘導するから、外で構えている射撃班に彼の肩を狙わせるんだ」

弟子は、憮然と師に応えた。

「マスター、窓は、机でふさがれて」

「窓全部がふさがれているわけじゃないだろう? 大丈夫だ。少しは、この星の人間に花を持たせるんだ。アナキン。難しい射撃を成功させれば、彼らも満足するはずだ。お前の出番を取り上げて悪いが、ここは、私の指示に従ってくれ。犯人を殺すなと言うんだ。我々は、彼に用がある。簡単に死んでもらっては困る」

「……マスター」

いくらジェダイといえども、銃で撃たれれば死ぬ。

そんなことは百も承知だろうに犯人の意識をひきつけるため、自らそれを行おうという師にアナキンは、顔をしかめた。

それでも、アナキンは、師の指示に従うため立ち上がる。

人質の命がかかっている。

通信機に声が届いた。

「……本当に、お前一人なんだろうな」

銃を持つ男がいる部屋の安全を何故、確かめなければならないのか、もはや判断力すらなくした男の声だった。

廊下の奥で、銃を構えていた男たちがざわめいた。

まるでオビ=ワンを自分の代理人かなにかと錯覚した男が、ジェダイを部屋へと招きいれようとしている。

「勿論、私一人だ。私は嘘などつかないよ」

アナキンは、親身になって返事をするオビ=ワンの言葉に、にが笑いを唇に浮かべながら、男たちの下へと近づいた。

犯人との交渉にオビ=ワンが当る以上、せめて、アナキンは、師が仕事をしやすいよう他との交渉を行わなければならない。

「マスターが部屋の中に入る。窓の側まで誘導するから、射撃班に狙わせてくれ。必ず肩をだ。銃がもてなくなったところで、部屋の中に踏み込み、男を確保する。人質の保護も同時に行う」

アナキンの言葉にうなずくものはいなかった。

「ドアが開いた時点で、踏み込んだ方が早い」

「人質が増えるだけの結果になるだけなんじゃないのか?」

「ここまでで十分だ。俺たちに指揮権を渡せ」

アナキンは、肩をいからせる男たちを相手にしなかった。

「それはどうかな? 銃弾の方がきっと早い。あの男は、もはや正常な判断ができないほど疲れている。武装した兵士が部屋に踏み込んできたら、すぐ側にいるメイドを撃つつもりで、伯爵令嬢に照準を定めるかもしれないぞ」

アナキンの脅しに、一番年嵩の男は、冷たい目をした。

「伯爵夫人は来ない」

ジェネラル・ケノービはまだしも、この若いジェダイはあまりにも不遜だった。

ここにいるすべての男たちはアナキンの言葉になど従いたくなかった。

それを、男は代表した。

「わかっている。マスターは、そんなに間抜けじゃない。もし、ここで失敗したとしても、彼は、夫人なしで、必ず人質を解放してみせる」

アナキンは自信たっぷりに言い切った。

男は、しばらくアナキンとにらみ合い、無線機に向かって命令を下した。

「窓からカルロの姿が見える。肩を狙え。ジェダイが前に立つだろうから、当てるな」

人命がかかっているのだ。

男は、アナキンを睨んだまま、自分も配置につくため、移動する。

「ヤング・ジェダイ。ジェネラル・ケノービが上手くやるというのなら、もうこれで、君の仕事は終わりだろう? 本部で、君のマスターを待っていてやればいい」

 せめてもだと、男たちは、自分の仕事を持たないアナキンをあざ笑った。

「ああ、せめて目に付かないところででも待たせてもらう」

アナキンは、笑うと、背中を向けた。

 

「なぁ、カルロ、旅行はよくするか?」

ドアノブが回るのを見守りながら、オビ=ワンは、楽しげに室内の男に話しかけていた。

「ああ、まぁ」

オビ=ワンとの会話が増えていくにつれ、戸惑いながらも、男は返事を返すようになっていた。

オビ=ワンは、密会を重ねる男と、伯爵夫人が、男の仕事にかこつけて他の星で落ち合っているとこと資料から知っていた。

行った先まで承知で、オビ=ワンは、あいた隙間に向かってにこりと笑いかけた。

「私もよくするんだが、カルロは、ラグドア7に行ったかい?」

ドアのすぐ内側には、バリケードのつもりなのか、ソファーが置かれている。

オビ=ワンは、脅えた目をして泣いている伯爵令嬢と、静かにうなだれているメイドの位置を目で確認しながら、男に向かって手を上げた。

「なぁ、言ったとおり、私は大男でなんでもなかっただろう? 背なんてカルロ、君より小さいくらいだ。勿論、銃はもって無い。これでいいか? カルロ」

オビ=ワンは、おどけたようにあげた手を振る。

ドアの中の、すっきりとしたなかなかの色男の目はすっかり落ち窪んでいた。

疲労のあまり、顔色が悪い。

緊張のためか、銃を持つ腕が震えていた。

「下手な真似をするなよ」

ソファーを避け、大きく回りながら部屋の中へと進んだオビ=ワンの背中に銃口が向けられた。

オビ=ワンは、手を上げたまま、部屋の中を進む。

「勿論。何もしないから、撃たないでくれよ。ああ、それで、カルロ、ラグドア7の話だよ。カルロは、本場のカンティーナ・バンドを聴いたことがあるかい?」

「……聴いた」

伯爵夫人が音楽好きなのだ。

そのため、男は、何度もその音楽を聴いた。

いまでは、男も音楽通だ。

他星で見かけるピス族、七、八人からなるバンドもそれなりに味わい深かったが、やはり本場での大合奏にはかなわなかった。

「聴いたかい。やはりあれは、すばらしいな」

オビ=ワンが、こんな場合であるというのに、代表的なバンドの調子のいいリズムの歌を口ずさみはじめた。

娘たちの視線が、オビ=ワンに集中している。

伯爵家の娘は、オビ=ワンにすがりつくような視線を送っていた。

しかし、それを無視してオビ=ワンはリラックスした様子で、楽しげに歌を歌う。

窓際に寄り、カーテンをめくりあげたオビ=ワンに、男が緊張した。

「おい、そんなところまで見るのか?」

「ああ、だって万が一にも伯爵夫人を怪我させるようなことはしたくないだろう?」

まだ歌を口ずさみながら、オビ=ワンは、机だけでは覆いきれなかった窓枠に手をついた。

オビ=ワンは、窓の外へと顔を突き出す。

「私は、こんな青空の下で、大合奏を聞いたんだ」

それから、男に覗くよう勧めでもするように、わずかに位置をずらすと、オビ=ワンは、銃で狙いをつけているカルロを肩越しに振り返り、笑いかけた。

「カルロ、君もこんな天気の日に夫人と?」

あまりに楽しげに笑うオビ=ワンの様子に、男がわずかに笑い返した。

男の顔に力の抜けた笑いを浮かぶ。

歌うオビ=ワンにつられでもしたのか、男が窓へと一歩踏み出した。

 

轟音が鳴り響いた。

男の肩を銃弾が貫く。

一瞬のことだった。

だが、そのほんのわずか前に、オビ=ワンは、すばらしい反射神経で、床へと飛び込んでいた。

男は、何もわからないうちに、後ろへと吹っ飛ばされている。

叫ぶ暇もなかった。

男の方から流れ出した血が伯爵家の高価な絨毯に染みを作る。

銃は、引き金を引かれることなく、男の手から飛んでいた。

オビ=ワンは、すぐさま立ち上がると、男の喉下にライトセーバーを突きつけた。

「動くな!」

 低いオビ=ワンの声は、どたどたと部屋を踏み荒らす男たちの靴音にほとんどかき消されていた。

男の目が、信じられないとオビ=ワンを見上げ、その後、力なくそらされた。

「手をあげろ!」

銃声と同時に、部屋へと踏み込んだ男たちは、人質を確保し、もはや抵抗する意思をなくした男に銃を向ける。

 

「ご苦労さまです。ジェネラル・ケノービ」

長く続いた緊張に、現場が鎮圧されたというのに、すぐさま反応できず、セーバーを構えたままのオビ=ワンの肩を男が叩いた。

「もう安全です。ジェネラル。剣を収めていただけますでしょうか?」

「ああ、すまない」

オビ=ワンは、ふっと息を吐き出し、後ろに倒れこむように座ると、周りを見回した。

人質だった女性たちは、毛布に包まれ、部屋の中から救出されている。

それを確認してもオビ=ワンの目が動いていた。

「あなたの弟子ですか?」

男は、重大な事件を起こした男を荒っぽく引っ張り上げながら、オビ=ワンに質問した。

「ああ、あいつはどこに?」

「本部にいます。……まったく、あなた方は信頼厚いですな」

男は、作戦の重要な部分には、全く自分たちを立ち入らせなかったジェダイ師弟に対し、嫌味と言い切るには、賞賛の混じった声を出した。

この年いった男は、目の前のジェネラルの作戦を成功させるため、自分たちの苛立ちを引き受け、潔く姿を消した若いジェダイに、すこしばかり、そう、ほんのすこしばかり、挨拶程度ならばしてもいいという気持ちになっていた。

ジェダイというものがどんな神秘の力を持っているのかしないが、銃口の前に身をさらしたジェネラルに対しては、起き上がるために手を貸すくらいのことはしてもいいと思っている。

オビ=ワンは疲れた顔でくしゃりと笑った。

「いや、あいつが、サボりがちな奴なだけです。……ところで、私に、人質だったメイドと話す権利を与えていただけますか?もう、事件は解決し、私には何の権限もないのですが」

未だ、オビ=ワンの目は、強情な光を見せていた。

しかし、オビ=ワンは、やっと自分が汗をかいているのに気づき、額の汗をぬぐった。

男が暖かなため息をつく。

「……どうぞ、否を唱えても、どうせあなたに説得されてしまうでしょうからね」

 

 

「はい。マスター・ケノービ。これがこの星の密貿易の証拠。せっかく楽な任務のつもりで来たってのに、酷い事に巻き込んじゃってごめんなさいね」

犯人の銃口の下で、打ちひしがれた表情をしていたはずのメイドは、オビ=ワンに向かって微笑んでいた。

悪びれることなく笑う女は、オビ=ワンと同じジェダイマスターだった。

オビ=ワンも笑い返す。

「本当にごめんなさいだ。こんなことになるのなら、簡単に引き受けるんじゃなかったよ」

「本当にごめんなさい。まだ私、この星での任務が残っているじゃない? 正体がばれるわけにはいかなかったのよ」

今回は、この星全体で盛んに行われている密貿易のうちの、彼女が握った伯爵家の証拠をコルサントに持ち帰るため、オビ=ワンたちがこの星に降り立ったのだった。

色香で狂った男が起こした小さな事件にちょうどジェダイが立ち入ったのは、そういう理由だ。

伯爵令嬢に銃を突きつけ、立て篭もった犯人の隙をつき、ジェダイは、もう星に着いているはずのオビ=ワンに連絡を入れた。

その連絡を受けたオビ=ワンたちは、コルサントに連絡を取り、その場で、議会から現場における指揮権についての白紙委任状をもぎ取ったのだ。

「わかっている。……ご苦労だな」

オビ=ワンは笑っていたが、とても疲れた顔をしていた。

人の命がかかった交渉は疲れる。

「……あの男は、君に銃を向けたという罪でも、ジェダイ評議会から罰を与えられるから」

「しっかり締め上げてやってね」

タフに笑うジェダイマスターの顔に苦笑を返しながら、オビ=ワンは、背後に立つ弟子に寄りかかった。

「アナキン、……飲み物がほしい」

オビ=ワンが、自分を支える弟子を見上げた。

それを機に、ジェダイは、しおらしく態度を変えた。

「相変わらず、仲がいいのね。さて、私はそろそろ、しくしくと泣いてこなきゃね」

オビ=ワンは、背中を向けようとしたジェダイに言った。

「……なぁ、伯爵家は、このスキャンダルを乗り切ったとしても、君がくれたこの証拠でいずれ潰れてしまうんだろうな」

「……そう、ね……」

 ジェダイたちは、男たちに保護された今も、泣き続けるばかりの令嬢に、すこしばかりの同情を覚えた。

 伯爵と、夫人のプライドはきっと今以上に傷を負うだろう。

 

表情を変えたジェダイはおどおどとしながら現場へと戻っていく。

それを見送りながら、オビ=ワンがアナキンに繰り返した。

「アナキン、飲み物がほしい」

だが、アナキンは答えず、オビ=ワンの手を引くと、強引に師を柱の影へと引き込んだ。

アナキンのきつい声がオビ=ワンを叱った。

「あなたは! 無茶ばかりする!」

だが同時に、弟子の腕は、師を抱きしめ、強く唇を奪う。

しびれるほど舌が絡まり、しかし、口を開いたオビ=ワンは、もう一度言った。

「喉が渇いたんだ。アナキン……」

オビ=ワンの目は、ひたすらアナキンを見上げている。

オビ=ワンの言う、気の利く弟子は、師の顔をじっと見つめた。

そして、おもむろにブラスティックの容器に入った水を取り出した弟子は、一口、口に含み、もう一度オビ=ワンに口付けた。

「……ぅんっ……」

師は、口をあけて、弟子の唇に吸い付く。

こくり、こくりと、師の喉が小さな音を立てる。

師は、水に濡れた弟子の唇を吸う。

それは水がなくなっても、まだ続いた。

 

「……無事終わってよかったな。アナキン」

「ええ、本当ですよ」

アナキンは、自分を抱きしめる師を、強く抱き返した。

 

 

                                               END

 

とても、楽しく書けました。