心に飼う天使 3

 

オビ=ワンは、腕に傷を受け、包帯を巻いていた。

巻かれた包帯ほどには、傷は酷くない。

しかし、肝の冷えるような瞬間をやり過ごした弟子が、不機嫌になるには十分な傷だった。

先を歩くアナキンは、一度も振り返らない。

オビ=ワンの腕は、痛んでいた。

しばらく、ライトセーバーを振り上げるたび、師が、痛みに呻くことは必至だった。

足早に歩くアナキンは、これ程天気がいいと言うのに、景色を見ることもしなければ、怪我をした師を思いやって、歩調を緩めようともしなかった。

アナキンは、決して振り返らない。

オビ=ワンは、広い弟子に背中ばかりを見ている。

とうとう、一度も口を利かぬまま、家に着き、ドアが締まる同時に、オビ=ワンは、ため息をついた。

「……アナキン」

師は、低い声で呼びかけた。

だが、弟子は、返事も返さず、家の中へと進もうとした。

オビ=ワンが腕を掴み引き留める。

「アナキン」

「……離してください。マスター。俺も疲れているんです」

アナキンは、オビ=ワンの顔を見ることもせず、目を冷たく伏せ、掴まれた腕ばかりを見ていた。

時間が経てば、弟子の目はそれからすらも逸らされ、自室のドアを眺める。

オビ=ワンは、自分の顔を見ようともしない弟子の腕を揺さぶった。

「アナキン、こっちを見てくれ。私に謝罪をさせてくれ」

オビ=ワンは、腕に受けた傷以上に痛む、心の傷に治療が受けたくて、アナキンを大きく揺さぶった。

しかしアナキンは、疲れ以外の表情を決して顔に乗せず、師を見下ろした。

師は、弟子の手酷さに傷ついた。

今のオビ=ワンにとって、無関心が何より辛い。

「……アナキン」

「謝って貰うことなど何もありません。それよりも、マスターは、怪我の治療のためにも、早く薬を飲んでお休みなった方がいいのでは、ないのですか? 」

アナキンは、そつのない言葉で師を追いやろうとしていた。

しかし、若い弟子の口の辺りに不機嫌がちらついた。

アナキンは、オビ=ワンを怒鳴りつけたいのを我慢している。

オビ=ワンは、それを見逃さなかった。

師は、その場で、ずるずると床へとしゃがみ込んだ。

オビ=ワンの周りに、ローブが広がる。

オビ=ワンは、弟子の足下に額ずき、倒してた獣の体液が染みるブーツの先に口づけた。

「……アナキン、許してくれ。私は、自分を過信しすぎていた」

オビ=ワンは、とっさに引かれた弟子のブーツを追い、もう一度口づけた。

「いつまでも、お前のことを弟子だと思いたがる私を許してくれ……」

息が詰まるような一瞬の間の後、師が、弟子を見上げた。

衝撃がオビ=ワンを襲った。

アナキンが、オビ=ワンを蹴り上げた。

「マスター!! 自分が何をしているのか、自覚してますか!!」

弟子は、激高し、大声を上げた。

アナキンは、怒りのあまり、師の怪我を思いやることもしなかった。

オビ=ワンは両手、両足をひろげた、蛙のように無様に倒れ込んだ。

だが、師は、ひっくり返ったその姿で、アナキンを見あげ、力無く微笑んでみせた。

「……私は、怪我をしているんだ。手加減してくれ。アナキン……」

オビ=ワンは、自分の策略にまんまと嵌った弟子に、満足だった。

「お前が、私の話を聞こうともしないから、……な」

「マスター……」

弟子は、笑う師の胸ぐらを掴み、オビ=ワンを吊り上げた。

師の予想以上に、アナキンは、怒り、震えていた。

「マスター、今、あなたは何をしました?」

強く噛まれている弟子の唇が赤い。

アナキンの目は、つり上がり、屈辱にきらめいていた。

それでも、オビ=ワンは、弟子の目をまっすぐに見つめた。

「……謝罪を、アナキン。私は、お前を見下し、警告を無視したあげく、負傷した」

あえて義手でオビ=ワンを吊り上げるアナキンに、師の足は、床に着いていない。

オビ=ワンは、苦しい息の中、アナキンを見続けた。

「すまなかった。アナキン。私を許してくれ……」

「……マスター、あなたは、本当に、俺の言葉を無視して、怪我を負ったことを悪いと思っていらっしゃるので?」

アナキンの声は、恫喝を含んで、低かった。

オビ=ワンは、ゆっくりと、唇を動かした。

「……勿論、アナキン」

オビ=ワンは、弟子に従順な贖罪を伝えるために、つま先に口づけた唇を、弟子の唇へと近づけようとした。

アナキンが、オビ=ワンを突き飛ばす。

更に追い打ちを掛け、弟子の手は、よろめいたオビ=ワンの頬を打った。

「恥知らずめっ!!」

アナキンは、オビ=ワンをもう一顧だにせず、背を向けた。

オビ=ワンは、打たれた頬を撫でながら、一人ごちた。

「お前ばかりが格好いいなんて、嫌なんだよ。アナキン。……お前をいつまでも手元に引き留めたがるこんな私に、お前は、本当に出来すぎの弟子なんだ……」

師は、運命を決するような一瞬、必ず先に選択している弟子が嫌いだった。

いや、愛していた。

 運命の子など、育てなければよかった。と、オビ=ワンは思う。

オビ=ワンは、自分の腕を噛んで、泣き声を押さえた。

 

 

END

 

いっそ挑戦は、週末にしよう!とか、逃げの体勢は万全(笑)