1時間後あなたは死にます。

 

もし、こんなメッセージが自分宛に届けられたとしたら、その時人はどんな対処をするのか。

 

オビ=ワン・ケノービの生命を脅かす脅威は、過去にも8本指のクリーチャーの両手を使っても数え切れない位にはこのジェダイの前に届いてきた。

過去からの積み上げどおり、対処マニュアルに沿って事を運ぶのであれば、オビ=ワンには、まず、一刻も早い報告が義務付けられている。

しかし、その時のオビ=ワンは、ぼんやりとパネルに浮かんだ文面を眺めていた。いや、文面というよりは、文字を眺めていたというのに近い。脅迫文というのもの、少なからず受取人の精神を傷つける。積極的に自分を傷つけたいと望む悪意に晒される時、ジェダイといえども、痛手を受けるのは同じだ。

しかし、その時、オビ=ワンの心を真実捉えていたのは、別のことだった。

メッセージの送られた時間は、今から12分前。脅迫者は、共和国時間を取っているコルサントの18:05にオビ=ワンの生命活動が停止すると告げている。

……中途半端な時間だ。

まず、オビ=ワンが考えたのはそれだ。それから、彼は、しかし、それは悪くはない時間だ。と、思った。

彼の元弟子が、約束の時間さえ守りさえすれば、その時間は全く悪くない。

 

だが、公用のメッセージボックスを開けたままにしていたオビ=ワンの様子を管理センターは放ってはおかなかった。テンプル内の公用メッセージボックスに残される文章に完全なプライバシーはなかった。開封後10秒ほどの間に開封者が何らかの処理を行わない場合、著しい動揺を受ける内容のものがあったのだという判断の元、管理センターは内容の審査に入る。その時、オビ=ワンに届けられた文章は簡潔だった。何の暗号も使われておらず、文面に目を通した管理センターは勿論すぐさまマニュアル通りの対応をした。

 

「マスターオビ=ワン。あなたに届けられたメッセージのことでお話を伺いたいのですが」

緊急コールの音と共に、コムリンクから発せられた声に、オビ=ワンは、少し顔を顰めた。

「ああ、すまない。手を煩わせてしまったな。悪戯だよ。よくある悪戯だ。今、抹消する」

「マスターオビ=ワン。この文章の発信先はテンプル内ですが現在ではまだ発信者の特定ができておりません。脅迫文の内容は、あなたを指定し、時刻の明記もあります。これはマスターオビ=ワンの一存で処理なさる案件ではないと思われますが」

実際、その時点で管理センターは主要なマスターたちへとオビ=ワンへと送られた文面を転送し、判断を仰いでいた。

 

共和国の平和を理念と武力で維持する集団であるジェダイへの脅迫は、驚くほど多い。幼稚な銀河の支配者は、毎日どこかで怒りをあらわにしているのだ。だが、それらは、殆どのものが壮言大語であり、狂人のたわごとだ。発信元を確かめば、薬と酒瓶の転がるベッドの脇に置かれた古いPCが殆どなのだ。

 

「発信先は、テンプル内とのことだが」

届いたメイスの声に、オビ=ワンは、吐き出しそうになっていたため息を飲み込んだ。

「私の処理が遅れたため、迷惑をおかけして申し訳ありません。だれかの悪戯です。気にしていただくようなことはありません」

「お前を狙いそうな相手のリストを送らさせた。なかなか怨まれておるな。オビ=ワン。武力行使ができるだけの力を温存している集団と限定して20は下らん」

この状況を楽しむ余裕をもってヨーダの声が届く。

礼儀としてオビ=ワンは見えない相手にも関わらず背筋を正した。

「私が至らないものですから、どうにも遺恨を残してしまうようなのです」

「発信先は、テンプル内の通信機からです。外部からの接続の形跡は発見できません。ですが、今もって内部での発信者の特定もできません。その時間、監視画像は別角度を写しており誰が通信機に座っていたのもわかりません」

管理センターへは、次々とマスタ−達からの通信が入っていた。今、必要なことは対処のための判断だと知る人格者たちばかりであるから、ジェダイの威信を脅かす事態にも誰も騒ぎ立てるような馬鹿な真似はしない。中には、作戦のため移動中のマスターも居て、話す状況にはいない者もいる。

「今日これからお前に動かれてまずい影響がでる相手はいないようだな。オビ=ワン?」

メイスは、オビ=ワンのスケジュールにも目を通したようだ。と、いうことは、全てのマスターたちのもその情報は渡ったのだろう。言わずもがなのことをオビ=ワンは告げる。

「ええ。これから私は18時間の休暇です」

「お前は、悪戯だと思うのか? マスターオビ=ワン?」

ヨーダに尋ねられ、オビ=ワンは、小さく笑った。

「悪戯でなかったとしても、残り時間は41分です。その間にできることなど感傷的な遺書を書くこと位ではありませんか。マスター?」

「護衛の必要は?」

誰の声だっただろう? 思い出せずオビ=ワンは記憶を手繰る。

「テンプル内で巧妙に発信者を誤魔化せるだけの暗殺者だというのであれば、それはきっと、ここのマスターの誰かでしょう。もしそうだとしたら私は、それだけの罪ある行いをしたのだと思って潔く自分の命で購いますよ」

 

オビ=ワンのこの発言は、少ながらずマスターたちに動揺をもたらした。矢継ぎ早な質問が続く。心当たりがあるのか? 今、オビ=ワンが参加している作戦に干渉するマスターのリストを送れるか? 過去、オビ=ワンと、いや、彼の弟子と対立したマスターは誰だった?

「申し訳ありません。やはり私も少し動揺しているのかもしれません」

オビ=ワンの嘘を会話に参加する全てのマスターが見逃す。それよりも気にかかることがあるのだ。

声の一つが、誰もが心に思っていた一言を口にした。

「相手がシスだという可能性は?」

 

 

「よろしい。オビ=ワン。お前は悪戯だという意見を曲げるつもりがないのだな?」

長い会議は、ジェダイたちの好むところではなく、ヨーダは、結論を口にした。

「ええ。マスター。きっと将来私の弟子のように育つベア・クランがテンプル内にいるんです」

彼の不遜なパダワンが起こした事件は暇がなく、小さな笑いがあちこちから漏れた。豪胆で冷静なジェダイたちの集まりとはいえ、暗殺予告はやはり脅威だ。かすかに流れていた緊張感が緩む。

「わかった。では、当事者であるオビ=ワンの意見を尊重し、我々はこの件を対処すべき必要のない事柄だと判断する。まぁ、後日そのベア・クランを見つけて、おしおきじゃ」

ヨーダが快活に笑う。

「……しかし、オビ=ワン、お前に護衛はつける」

メイスは慎重だ。

「わかりました。ただし、家にたどり着くまでだけで結構です。指定の時刻の5分前には、アナキンが私を訪ねる予定をしているのです」

「それは……!」

 

その時、通信に参加しているマスターたちの少なくない数が、そのアナキンこそを暗殺者ではないかと疑った。ホロネットのヒーローたるこの師弟が報道されるようなよいチームワークでなく、任務の遂行にあたった考え方で酷い対立をしていること多くのジェダイは知っている。アナキンが、ジェダイの考え方に対してよい感情を抱いてないことも。

しかし、ヨーダは皆の不安を一蹴した。

「なるほど。では、安心じゃな」

たしかに、アナキン・スカイウォーカーが暗殺者だったとして、では一体何人のジェダイの屍を盾にすればオビ=ワンの命が守れるものなのか、ジェダイたちは想像したくはなかった。異端児を懸命にナイトへと育て上げたオビ=ワンの努力を知るものたちは、そんなことを考えることすらオビ=ワンに対する裏切りだと感じる。

「私の対処が遅れたばかりに、多くのマスターにご迷惑をかけたことをお詫びいたします」

アナキンの力にダークな脅威を感じているマスターたちにとって、オビ=ワンの謝罪は空々しく響いた。

しかし、だからといって、あと40分弱の間に誰が何をできるのか。今オビ=ワンの居るテンプルどころか、コルサントに戻れぬマスターが殆どだ。

「気にするな。誰もが消耗している。厳しい局面に立たされているのは、皆、同じだ」

銀河では、また、一つジェダイの力を必要とする戦いが開戦されようとしている状況なのだ。

 

 

「えっ?」

約束の3分前に、懐かしい家へと足を踏み入れたアナキンは、ソファーに座り腕を組んでいるオビ=ワンと、その周りで銃を構える護衛の姿に驚いた顔をした。

「時間が守れるようになったんだな」

にやりと笑ってアナキンを迎えたオビ=ワンは、引き金へと指をかけている護衛たちに軽く手を挙げ、銃口を下げさせる。

「アナキン。気配を消して現れるな。撃たれるぞ」

「家に帰って、撃たれるなんて思わないでしょう?」

アナキンは銃を下ろす護衛たちの顔を見回した。しかし、特に何の表情も浮かべず手に持っていた酒の壜を軽く振った。オビ=ワンは顎をしゃくり、護衛に任務の終了を告げる。

「アナキン・スカイウォーカーだ。顔は知ってるだろう? ありがとう。だが、もう、こいつが来た以上、何かが起こったのだとしてもここからは君たちの手に負える事態ではないから、もう帰っていい」

オビ=ワンは、近づいたアナキンを見上げながら、酒瓶を受け取った。そして、

「ここは、もう、お前の家じゃないぞ」

「そうですか? その割りに、セキュリティーが侵入者に反応しませんでしたね」

男たちが、機敏な動作で撤退する。

アナキンはその様子を見守りながら、オビ=ワンに尋ねた。

「何が?」

「いいや、別に」

オビ=ワンは、グラスを手に取り、さっさと酒を注ぐ。アナキンは勧められたわけではないが、オビ=ワンの斜め向かいにある一人がけのソファーへと腰を下ろした。この部屋でのアナキンの定位置だった場所だ。ソファーは変らぬ位置にある。

アナキンは、客に勧めもせず、自分だけ酒をあおったオビ=ワンを面白そうに笑った。

「てっきりあなたが俺を殺す気になったのかと思った」

それは、ある意味アナキンの本心だ。それほど、師弟は溝を深めている。

アナキンは足を組み、グラスを空けるオビ=ワンの喉元を眺める。

「相変わらずのうわばみだな。オビ=ワンはきっと酒で失敗します」

「お前は、その傲慢さで失敗するさ」

視線さえ上げられず発せられたきついオビ=ワンの切り返しは、笑いようがなかった。昔からアナキンの師匠は口が悪い。

「機嫌が悪いんですか?」

勿論返事はなかったが、アナキンは受け流し、男たちが去っていきなり広く感じるようになった部屋の中を見回す。

「いつもより散らかってませんか?」

部屋の中には開いたままの扉がいくつもあった。中身が積み上げられたまま、中途半端に散らかる箇所すらある。男所帯だ。アナキンが同居していたときにも、積極的に誰かを招きたいと思えるような状況ではなかった。それでも。

「爆発物の検査があったからな」

「爆発物?」

未だアナキンにはグラスすら与えられていないというのに、酒は瞬く間に減っていく。オビ=ワンは何かに急きたてられるように、また一杯グラスを空にする。

「クリアーだった。お前との約束の時間があったから、簡単にやらせただけだがな」

 

いくら、危険がつきもののジェダイだとはいえ、自宅での危険物の検査まであったと聞き、アナキンは真剣にオビ=ワンに起こった状況と関わる気になった。

オビ=ワンが手に持つ酒瓶を取り上げ、テーブルの遠くへ置く。それは、アナキンにとって、懐かしい動作だった。酔い方がいいから誰も真剣に止めようとしたことはないが、師匠の酒好きは筋金入りだ。それまでの間に僅かに注がれた酒までオビ=ワンは飲み干す。

「オビ=ワン、何が起こったんです?」

だが、オビ=ワンが、反対にアナキンに聞いた。

「今、何時だ?」

やっと上げたオビ=ワンの目には、アナキンの肩越しに見える書棚の中のデジタル表示が映っていた。小さすぎるそれは勿論アナキンには読み取れない。

オビ=ワンが決心するように一つ息を吐き出した。

「18:02か。後、3分だな」

 

「えっ?」

その時、出し抜けにあまりにオビ=ワンの唇が気持ちのいい笑いを浮かべたものだから、思わずアナキンは見ほれてしまった。

オビ=ワンの頬が、酒の酔いでかすかに赤い。あのピッチで飲めば、当たり前だ。

「アナキン。お前が好きだ」

「えっ? オビ=ワン」

近頃では殆ど自分に向けられたことのなかった笑顔の威力に、アナキンは動転していた。しかし、それよりも、オビ=ワンは、何を言った?

「後、3分で私は死ぬんだそうだ。キスがして欲しいんだがいいか? アナキン?」

アナキンは、驚きのあまり、何の建設的な事柄も思いつけなかった。

オビ=ワンの話は急展開すぎた。そして、オビ=ワンはとても強引だった。

二人の間にあったテーブルを乗越え、オビ=ワンはアナキンに圧し掛かる。アナキンが座っていたのはオビ=ワンが掛ける3人掛けのものではないのだ。狭い一人掛けのソファーに押し倒されながら、アナキンは悪酔いする師匠にはじめて手を焼いていた。押し返そうとするには、師匠の目が潤んでいる。無様に圧し掛かられ、邪悪だと噂されたこともあるナイトは好き勝手に唇を奪われる。

 

オビ=ワンのキスはただ唇を押し付けるだけのものだった。

顔を掴むようにして無理やり口を塞いでいたオビ=ワンがやっとアナキンを開放する。

「……3分とは、意外に長いな」

 

戦地で任務の最中に死ねることは名誉なことだ。それ以外で命を落とすジェダイも多い。例えば、力の誇示。ジェダイを殺せば名が上がる。

師匠の部屋には銃を下げた3名の護衛いた。爆発物の検査もしたのだという。家のセキュリティーレベルは最高で、実のところ、登録を抹消されていないアナキンですら、目くらましを使わなければ部屋に入ることも適わなかった。その状態でまだ、オビ=ワンは生命の危機にさらされているのだと言う。

 

「マスター、あなた、毒物か何かを?」

脅威の一つとしてアナキンの脳裏をよぎったのはそれだった。

意外そうな顔をオビ=ワンはした。

「なるほど、そういう可能性もあったな。……道連れにされると思ったか? アナキン」

デジタルは、18:04。残り時間29秒を示していた。

「しかし、毒殺で予定時刻を指定するのは無理じゃないか?」

オビ=ワンの落ち着きがアナキンを苛立しい。あと、1分ない。1分もないというのに、この人は!

オビ=ワンへと差し迫った脅威を真摯に受け止めたアナキンは、必死に辺りをうかがった。簡単に。とは言ったが、この狭い家の中を調べるのに、テンプルが危険を見落とすとは思えない。だったら、どこから?

残り13秒。

「マスター、狙われるとしたら、誰に?」

しかし、オビ=ワンはアナキンの焦りに取り合わず、もう一度アナキンへと顔を近づけた。

後、4秒で終わりだ。オビ=ワンにとってこの4秒は貴重だった。

「オビ=ワン。と、呼んで欲しい」

オビ=ワンの顔は、こんな場合だというのに少し照れくさそうだ。金色の睫に覆われた目は照れたように細められ、それでもしっかりとアナキンを見つめていた。

近づく顔に、アナキンは今まで気付かずにいたホクロを一つ発見した。……今頃!

アナキンは、何故、もっと時間がないのかと、焦った。

「これなら、もう一度くらいキスできそうだ」                                                    

「オビ=ワンっ!わかったから、オビ=ワン、何か方法はっ!」

「……お前なんだろ?」

オビ=ワンは微笑み、それから、しっ、と、アナキンがわめくのと止めた。

「いいよ。……でも、好きだったんだ。アナキン。驚いたろ?」

自分でもこれほど自分が衝動的な人間だったとは驚いたと、思いながら、オビ=ワンは、最期の2秒をキスのために費やした。

 

 

オビ=ワンは、終わりを待っていた。深い弟子との対立を考えれば、アナキンが簡単に死なせてくれるとは思えず、オビ=ワンは死体から身元の判別が付く程度にしてくれるといいのだが。と、そこまでの覚悟を決めていた。

しかし、2秒が長い。いや、長過ぎる。

「予告時間のずれは、普通どのくらいだと思う? アナキン」

師匠は、この世の土産だと、アナキンに舌を絡ますずうずうしさで、キスをむさぼっていたのだ。だが、あまり技巧派でないオビ=ワンにはもうすることがなかった。

「5分程度の前後はあるでしょうね」

アナキンの腕は、オビ=ワンの背を抱いていた。いつの間にか弟子の背は窓を向いており、万が一狙撃されたとしても最初の犠牲者はアナキンだ。

「そうか。……間がもたないな」

オビ=ワンは居心地悪そうに笑うと、アナキンの下から起き出した。

アナキンのソファーを奪い座りなおしたオビ=ワンは、また酒を引き寄せ、直接壜へと口をつけると髪をかき上げた。

髪はじっとりと汗で湿っている。ジェダイといえども、死と直面しながら、生理的に噴き出す汗をかかずに済ませることなどできない。

オビ=ワンの手は震えていた。それを無理に止めようとしながら、青い目がアナキンを見上げる。

「なぁ……、アナキン。いくら私が未練たらしい告白したからと言って、手心を加えなくてもいいんだぞ?」

 

「あの、オビ=ワン、俺があなたを殺すと決め付けてませんか?」

アナキンは、オビ=ワンから酒瓶を取り上げた。アナキンは、まだ、周囲への警戒は怠らなかった。そして、師匠の誤解に腹を立ててもいる。

「違うのか?」

オビ=ワンの目は不思議そうだ。

「てっきりお前だと思ったのに。だから、巻き添えを作りたくなくて護衛も帰したんだ」

まだ、アナキンへの不信を浮かべている。

「何故、俺があなたを?」

オビ=ワンはアナキンの手から、酒瓶を取り戻した。最期なんだぞ。飲ませろと言う。

「お前は私が嫌いだ」

 

アナキンは呆れた。
そして、呆れている間に5分は過ぎてしまった。

ここまで自分がオビ=ワンに疑われているとは思ってもみず、アナキンは、言葉も出なかった。しかもその間に、アナキンが土産に持ってきた酒も空っぽだ。

いくらなんでもこの飲み方は早すぎた。師は、最期の酒だと思って未練を残さぬよう全てを飲み干したのだろう。

一体どこまでアナキンを疑えば気がすむのか。

「後、どれくらい待ったせる気なんだ? アナキン?」

急に酒が回ったのか、ぐったりとしたオビ=ワンが聞く。酔っ払う師匠が、あまりアナキンは好きではない。

目のやり場に困るのだ。普段はただの朴念仁だというのに、項から耳にかけて、赤い。落差のせいか、それは匂うような色気だ。

「ん? アナキン。もしかして、最期の情けにわたしとやってもいいと、思ってるのか?」

 

アナキンは、もう嫌になるほど力が抜け、大きなため息を吐き出した。

「今日脅迫されたのですか?」

返事はなかったが、状況からそうとしか考えられず、アナキンはしばらく窓際に寄り外の様子を伺った。見れば、万が一に備え、テンプルのスピーダーが周囲を回遊している。

この状況で、狙撃は無理だ。そもそも、ジェダイの自宅を狙うなどということ事態に計画の無理がある。

時刻は、すでに18:17になっており、今更何かがあっても間抜けとしかいいようがなかった。

「脅迫は悪戯です」

アナキンは結論を出す。

緊張は、オビ=ワンにも疲れを与えていたようで、師匠の金髪がぐずぐずとソファーへと沈んだ。

「……お前じゃないっていうなら、そうだろうな」

いっそ心地良いほど、昔からアナキンの師匠は口が悪い。

「でも、護衛が付く程には深刻な状況だったんでしょう?」

「お前だと考えれば、とても深刻な状況だった。もう二度とここには来ないだろうと思っていたお前がわざわざ来ると言った後だったし、発信者は特定できなかったが、脅迫はテンプル内から送られたものだった」

「それだけで、俺が脅迫者だと決め付けた?」

 

気まずい沈黙は、どれだけオビ=ワンを罰してくれだろうか。

アナキンはせつに師匠の反省を求めたが、それほどには、アナキンだって酷く傷ついたというのに、オビ=ワンは、ソファーの背に顔を押し付けたまま、もごもごと口をききはじめた。

「……アナキン。もし、お前が脅迫者じゃないというのならば、さっき言ったことは、聞かなかったことにしてくれないか?」

アナキンの師匠はずうずうしい。アナキンは、オビ=ワンのこういうところが嫌いだと、それははっきりと伝えたこともある。

アナキンは、オビ=ワンの真横に立ち、それは、ほとんどあり得ない狙撃に備え、師匠を庇う意味もあるのだが、ソファーの背に顔を隠す師の金髪を見下ろした。

「何を忘れましょう、マスター? 俺が、マスターを殺したいと思うほど嫌っているという発言ですか? それとも、あなたが俺のことを好きだと言ったこと? オビ=ワンと名で呼んでくれとねだったことですか? ああ、そういえば、あなた、俺とやりといとも言ってましたね」

しかし、アナキンは、一つ、息を吐き出し、すみません。と、言った。

弟子は先ほどから微妙な心当たりを感じていたのだ。狭いソファーの端へと膝をつく。

赤い師匠の項にかかる髪に触れる。

「……でも、あなたに死を覚悟させた相手は、多分、俺だと。でも、それは、そんな意味ではなくて」

オビ=ワンが驚き、目を見開いて振り返った。

「やっぱり、お前か……」

「ええ。でも、本当に、そんなつもりじゃ」

アナキンは、自分で立てた今日のタイムスケジュールがまるで変ってしまったことに苦笑した。

オビ=ワンがむっと顔を顰めて弟子を問いただす。

「じゃぁ、どんなつもりだったと言う気なんだ」

 

「まず、あなたが俺に対し、それほどの脅威を抱いていたということが予定外でした」

アナキンは、一つオビ=ワンへと釘を刺し、それから、長く続いた緊張に乾いて白くなっている師匠の唇に指で触れた。オビ=ワンは驚いて、後ろへと身を引く。しかし、場所は狭いソファーの上だ。逃げられる場所はなく、アナキンはやすやすとオビ=ワンを腕の中に抱き込んだ。

汗で湿った手を捕まえ、指を絡めるとキスをする。

「そんな風にあなたが俺のことを考えているなんて思ってなかったから、プライベートで俺に会ってもいいと言ってくれたから、俺はこの際、色々な誤解を解こうと思って」

オビ=ワンの顔は真っ赤になっていた。キスはアナキンの一方的なもので、いや、単にそれはアナキンが上手かったからそうなっていたに過ぎないのだが、オビ=ワンはどうしていいのかわからず体をこわばらせているだけだった。どこで、アナキンがこんなキスを覚えてきたのか、オビ=ワンは腹立たしい。しかし、師にはそんな怒りを持続できる余裕もない。絡む舌は、オビ=ワンの知らない心地よさだ。

「……アナキン……やめ」

「しっ、オビ=ワン。そもそも、いつだってオビ=ワンがそうやって、いつまでも俺ことを子ども扱いして認めないからこういうことになったんです。仲たがいすることになる原因はいつもそれだ。あなたはいつまでも俺に命令できるつもりでいる。あなた以外のジェダイは、もう俺に作戦に対して意見を述べる権利があることを認めてくれています。俺があなたの作戦に意見を差し挟むのは、立場に相応しい権利です。それについての反論は?」

訪れるはずだった死の代わりに、弟子に文句をまくし立てられ、おまけに気持ちのいいキスまでされ、さすがのオビ=ワンも、まともに返事を返すこともできなかった。

「……」

「ほら、そうでしょう?」

アナキンは満足そうに頷く。そして、オビ=ワンの頬に何度も優しく唇で触れた。それはそれで気持ちのいいことなのだが、実は、アナキンが唇へのキスを止めたのは酒の辛みが師匠の口をまずくしていたせいだ。やっとキスのできる関係になったというのに、オビ=ワンは本当に飲みすぎだとアナキンは思う。

そのキスが5度目になり、やっとオビ=ワンは自分を取り戻した。

「だからって、私が1時間後に死ぬと」

「だって、それは俺、あなたに会ったら、俺のことを認めろと言うつもりだったんです。認めてもらったうえで、あなたに好きだと言うつもりだったから」

「……アナキン?」

アナキンの発言はオビ=ワンの予想の範疇にはなかった。そんな場合じゃないというのに、じわじわとオビ=ワンに喜びが湧き上がる。酔いはオビ=ワンの箍を緩めている。

「俺はあなたからの独立を果たしています。俺にもあなたを好きになる権利はありますよね? ひそかに、あなたも俺に気があるんじゃないかとは思っていたんですけど、まぁ、あんなに情熱的な告白をされるとは予想してなかった」

アナキンはオビ=ワンの指へと口付けた。

「好きですよ。オビ=ワン。そうですね。……最期の情けとは関係なく、やってもいい位に」

 

オビ=ワンはソファーの上で情熱的なアナキンからのキスを受け入れさせられていた。それは、オビ=ワンが太刀打ちできるようなものではなく、師匠は面目もなく、ただ、受け止めるだけで精一杯だった。

息苦しさに師匠はもがき、色事に不慣れな師匠をくすりと弟子は笑う。

「飲みすぎです。マスター」

オビ=ワンの息は酒の匂いだ。

仕方なさそうに笑いながら、アナキンの手がオビ=ワンの髪を撫でつける。

「飲み納めだと思ったんだ」

オビ=ワンは目を反らす。

「俺に告白する勇気が欲しくて、じゃ、ないんですか?」

「……それも、ある……が」

脅威は去った。おまけに酔いが上手い具合にオビ=ワンに、自分の中で渦巻く羞恥の処理について悩むことは放棄させていた。昔からアナキンの師匠の酒癖はいい。
あまりにも正直でかわいらしい師匠の姿は、アナキンに勇気を与えていた。

「マスター。質問してもいいですか?」

アナキンには、昔から思っていた疑問があったのだ。それは、今回の件で更に疑いが深まっていた。

「マスター、キスだけでよかったんですか? きれいな体で死ぬのは勿体ないと思いませんでした?」

「思ったさ。だけど、お前が時間通りに来たとしても5分だ。やる時間なんてなかったろ」

アナキンの長年の疑念をオビ=ワンはあっさりと認める。

だがそれは、オビ=ワンが過去も含めアナキンのみを愛しているのだという熱烈な告白と変わらない。

アナキンの髪が、オビ=ワンの頬に触れる。

もうアナキンを止める理由は何もなかった。いや、この師匠の様子ときたら、衝動に身を任せろとアナキンの背中を力強く押すばかりだ。
アナキンはまるでキスを待っているように、薄く開いたままのオビ=ワンの唇へと唇を押し付けた。
情熱的なキスは続き、そのキスの合間に弟子は師匠へと尋ねる。

「オビ=ワン、テンプルへ、異常なしの報告は?」

「今、する」

意外に貪欲だった師匠の下肢も、アナキンの腰の下で欲望を示して先をせっついている。

「じゃぁ、それが終わったら……」

 

 

それでも、もつれ合うように寝室へと進みながら、清潔で簡潔な報告を終えたオビ=ワンは一つ苦言を呈した。

「……お前、あの文面……」

(1時間後あなたは死にます。)

師匠は気になっていたのだ。

師匠は、今日、弟子の色事に対する能力の高さを身を持って知らされたわけだが、弟子のコミュニケーション能力の低さについては、昔から思い知らされていた。

師には、なんとなく予想はついている。それでも。

「まずかったんですね。すみません」

初めてアナキンがしおらしい顔をした。

その顔がかわいらしくて、オビ=ワンはやっと自分からアナキンにキスをするタイミングを手に入れた。

オビ=ワンはアナキンを許すため、腰を引き寄せ、唇を合わせる。

死んだのだと思えば、いくらでも恥じは捨てられる。いや、生きているからこそ、アナキンとキスができるのだ。

死ぬ覚悟まで決めていたオビ=ワンは未だ興奮していて、しかもそれを酒が更に後押ししている。

オビ=ワンの舌がくちゅりとアナキンの口内を舐めていく。

なかなかの上達ぶりだ。

 

アナキンは、自分の遅刻も予定に含め、18:05の告白を計画していた。その告白で感激し、心を入れ替える師匠を思いあの文面を書いたのだ。不器用にも程があるが、元々アナキンはあまり文章を書かない。

「あのな、……そういう時は、せめて、生まれ変わります。と、書け」

「……なるほど」

 

寝室までは、あと5歩だ。

 

END