久しぶりのセックス(前編)
オビワンが、髪を切った日、テンプルで顔を合わせたアナキンは、少しばかり目を見開いた。
「どうして……?」
「いや? 別段訳などないが……」
普段、お互いの容姿のことなど話題にしない二人だけに、オビワンは、アナキンの目が自分の顔を眺め回すのに、居心地の悪い思いをした。
「……おかしいか?」
少しでも落ち着いて見えるよう何年も髪を長くしていたオビワンは、短くなった髪に自分でも落ち着かない。
うなじがとても頼りない。
アナキンが目を細めた。
「いいえ、そんなことは。よく似合ってますよ」
「だったら、見るな」
褒め言葉が照れくさくて、オビワンはアナキンに背を向けた。
アナキンの声がオビワンの背中を追う。
「似合ってますよ」
「当たり前だ」
そんな会話をしたのだ。
一週間ほど前に。
オビワンは、思わずアナキンの顔を見入ってしまった。
「え? 嫌だったですか?」
ブレイドを切って久しく、もうすっかりナイトとしての貫禄をつけた年若いジェダイは、久しぶりに住居まで訪ねた元師匠の顔が自分の言葉に不意をつかれたような表情をするのに苦笑した。
短くなった髪がまだ目に新しいオビワンは、まだ、アナキンの顔を見つめたままだ。
「そんな驚かせるとは思わなかったな。いえ、無理強いしたりする気はないです。オビワンがその気じゃなければ、嫌だって言ってくだされば」
「……いや、嫌だというわけではないが……」
オビワンは、あまりに久しぶりの元弟子からの「誘い」に、困惑が隠せなかった。
アナキンは、急くでもなく、ゆったりとソファーに腰掛け、オビワンの目をじっと見つめている。ひょろひょろと頼りなく上にばかり伸びていた頃に比べ、体に厚みを増したアナキンの存在は、はっきり言えば、オビワンの好みだ。
だが、オビワンは、知っている。この元弟子には、愛しく思う女性がいる。
「だが……」
言いかけてオビワンは、口を噤んだ。ずっとオビワンは、アナキンとパドメの付き合いに気付かぬ振りを続けてきたのだ。つまり、無理することもなく気付かぬふりを続けられるほど師弟の間に肉体関係があったのは、昔の話だ。それなのに、アナキンは、そのブランクを感じていないかのように、オビワンに気軽に誘いかける。
「嫌じゃないんですか? 本当に?」
疑ってかかるくせに、穏やかな笑みを浮かべ、オビワンの出方を待つ、アナキンは大人の態度だ。
「……嫌、じゃぁ……ない……」
反対にオビワンは、思わず落ち着きなく身を引きながら、返答を返した。
弟子が土産に持ってきた酒の入ったグラスを飲み干す。
年若かったアナキンは、気づかなかったのかもしれないが、弟子が年上の女性と恋に落ちたことで、自然と関係が封印されてしまったあの時、オビワンの胸は痛んだのだ。だが、オビワンは、その辛さを大事な弟子がジェダイの規範を超えてしまう危険のある恋をしたからだと理由をつけ、自分自身を誤魔化した。オビワンは、感情のままに、アナキンを引き止めるにしては、ジェダイの規範を守らせる側の人間だった。
「やっぱり、オビワン、今、フリーなんですね?」
忘れていたはずの、あの時の感情を思い出し、オビワンの心はざわめいた。
思わず、アナキンの言葉を聞き取り損ね、聞き返す。
「なんだって?」
「もしかすると、オビワン、今、フリーかな。と、思ってたんです。急に髪を切ったわりに、まっすぐに家へと帰ってるって思って」
オビワンは、アナキンをまじまじと見つめた。
「どういう意味だ? ……もしかして、お前、昔ここのセキュリティーを弄った時のアクセスコードをそのままに……?」
別任務につくアナキンが、オビワンの帰宅時間を知る理由がない。オビワンは、元弟子が、もう何年もプライバシーを侵害していたことを知って驚いた。あまりに何度も自分を驚かせる元弟子に思わず口が開いたままになってしまう。
「ええ、実は」
悪びれもせず、笑ったアナキンは、オビワンに悪戯めいた目をみせた。
「一人暮らしをはじめたものの、やっぱり、最初はとても寂しかったですから。たまに、マスターが家に帰ってるのを確認して、ほっとしたりね」
アナキンは口元にうっすらと笑みを浮かべ、昔を思い出すように、言葉を続ける。
「笑わないでくださいよ。オビワンが帰宅してるってわかると、今なら、コムリンクで話しかけたら、返事がして貰えるんだと思ってね。そうすると、意地でも相談なんか持ちかけるものか。って。おかげで泣き事を言わずにすみました」
ふてぶてしいばかりだったパダワン時代のアナキンを知るだけに、そんなかわいらしい告白にオビワンは驚いた。だが、同時に、元師は、身のうちに激しい羞恥がこみ上げた。
アナキンが、オビワンの居場所を求めていた頃、オビワンは、弟子との別れを乗り切るために、遊び歩く毎日だったのだ。清潔な顔をして任務は、きちんとこなしたが、テンプルからの帰りが、まっすぐだったことはない。日々、誰かと関係を持っていた。その自分の行動が弟子には筒抜けだったのだ。
だが、オビワンは、面子にかけて、自分の羞恥を握りつぶした。
「……昔のことは、……いい。……でも、何故今も?」
「まぁ、今はなんとなくです。やっぱ、長く過ごした家ですからね。どこかで、自分もこの場所に繋がっていたかったんでしょうね。でも、ずっとこの家の様子を確かめたりはしてないですよ。ただ、ちょっと、ここ何日かは、別なんですが」
アナキンが笑った。誘いかけるような笑みだった。
オビワンは、惑わされてしまう。
「一体どうしたんだ?」
「髪を切ったあなたが、とてもかわいらしかったので」
さらりと口説き文句を言われ、オビワンは唇がひくつくのを感じた。こんな弟子を、オビワンは知らない。
それでも、交渉上手のジェネラルの口は自分が優位に立てるよう、弟子に対して呆れた声を上げていた。
「アナキン。お前、本当に年上好きだな」
「まぁ、そうなのかもしれないです。でも、いくら年上好きの俺でも、髪を切る前のあなたは、怖くて口説けなかったですよ。何もかも教えてくれた人ですからね。確かに、髪が長い方が、あなたは色気が増すと思うんですけど、でも、何だかやり込められそうで」
「私は、そんなに性悪じゃない」
「……へぇ、そうでしたっけ?」
アナキンが、オビワンへとするりと手を伸ばし、機嫌を損ねた元師の頬をあやすように撫でた。師が逃げないと知ると、そっと唇を重ね合わせる。
何年ぶりのキスなのか。
アナキンが年上の女性へと心を捧げて以来、師弟は、たとえ身体を寄り添って眠るせつない任地での夜を過ごそうが、お互いの身体に触れることはなかったのだ。それなのに、アナキンが、オビワンに言う。
「マスターと、キスするのは、やっぱりとても気持ちいいですね」
ブレイドのあった頃にはついぞ見たことのない余裕をアナキンはオビワンに見せ付けた。
柔らかく笑う口元が、オビワンをからかうに何度も唇を啄ばんでいく。
あまりにやさしいキスにオビワンは思わず、アナキンを押しのけた。
アナキンは、オビワンの腕を追いはしなかった。義手を引っ込めた元弟子は、困ったような笑いを浮かべ、両手を挙げて、オビワンに見せた。
「やっぱり、嫌ですか?だったら、何もしません。まぁ、オビワンは、昔の俺を知ってるだけに、信用してくださるかどうか、微妙なとこですが」
オビワンが拒むと、しゃにむに床へと師を転がし無理やりのしかかった若いパダワンはもういない。
アナキンはテーブルからグラスを取り上げた。極自然にオビワンから視線を外し、ゆっくりとグラスを傾ける。
「いえ、オビワンとしたら気持ちいいだろうなぁって思っただけなんで、マスターがもう俺となんかするの気恥ずかしいって言うんだったら、諦めますから」
本当に自分の弟子は、手の中からすり抜けてしまったのだと、悔しさにオビワンは俯いたまま、ぼそりと口を開いた。
「……マスターじゃない」
「ああ、うん。オビワンですね。ええ。なんか、やっぱ、俺も酔っ払ってるのかな? 恥ずかしいこと言っちゃいましたね。オビワン、困ってますか? すみません」
アナキンが、スクリーンに映る画像を変えた。
「いや……」
にぎやかな音楽が部屋の中にあふれ出し、オビワンは二人の間にあった緊張感が崩れ去りそうに感じた。それに師は焦ったのだ。
オビワンは、思い切って、自分からアナキンの膝へと手をつき、身を近づけた。
久しぶりに触れる弟子の身体は、酷くたくましい。
「口を開けろ。アナキン」
オビワンは、弟子に覆いかぶさるようにしてアナキンに命じた。
自分の影が、元弟子の顔に落ち、オビワンは、胸の熱くなるのを感じた。
オビワンに顔を向けたアナキンが、照れくさそうに笑うと薄く唇を開く。
「はは。やっぱり、オビワンは、恐いな。……いいんですか? オビワン?」
唇を開いたアナキンの顔には、とても色気があった。アナキンの腕が、そっとオビワンの背中に回される。
「お前、つまみ食いがしたくなったんだろう? だったら、相手は口の堅いのにしとくに限るだろう?」
オビワンは、音を立てる胸を無視し、元弟子へと顔を近づけた。
柔らかい唇が重なり、すると、アナキンはするりと舌をオビワンへと忍び込ませる。
「オビワンが、こんな悪い人だって、パダワンの頃は気付かなかったな」
そう笑うアナキンの方がずっと悪い顔で甘く笑う。
ベッドへと弟子を誘った元師は、服を脱ぐ段階になって、酷い戸惑いを感じた。
「なぁ、アナキン」
急ぐわけでもなく、自分の服を脱いでいるアナキンに、オビワンは、何をいうつもりでもなく声をかけてしまった。
アナキンが振り返る。
「どうしました?」
優しく弟子に尋ねられて、オビワンは困った。
過去には、毎晩のように裸体を見せ合い、時には、恐ろしく恥知らずなポーズさえ晒した相手だというのに、今更、あまりに久しぶりに肌を晒すことが恥ずかしくて服を脱ぐ手が震えるのだと、打ち明けられるほど、オビワンのプライドは低くない。
オビワンは口ごもったまま、じっとアナキンを見つめるだけになってしまった。
上着を緩めたアナキンの胸は、鍛えられ盛り上がっていた。
その胸の手触りをオビワンは感じたい。
しかし、オビワンは、自分では、服さえ脱げない。
「あっ、すみません。俺、相変わらずデリカシーがないですね」
アナキンは、しばらく伺うようにオビワンを見ていたが、不意に何かを思いついたように部屋の中を見回した。
若いジェダイは、リモコンを見つけると悪戯な笑みを浮かべる。
「……見逃してくださいね。マスター」
フォースで引き寄せられたリモコンがアナキンの手の中に納まった。
アナキンの手が、部屋の明度を絞る。
部屋の中が暗くなった。
すると、オビワンの息はずっと楽になった。
オビワンは、自分の気持ちに気付いて愕然とした。
自分が脱衣に感じていた抵抗は、ただの気恥ずかしさだけでなく、自分の身体に加わった年月に対する引け目だったのだ。
オビワンは、アナキンに年を取った身体を見られるのが恥ずかしい。
師は、思わず唇を噛んだ。
オビワンは、ついこの間まで、二人の男を相手に、上手くバランスを取りながら楽しく付き合いを続けていたのだ。
それなのに、オビワンは、この若いジェダイの前では、全く自分に自信が持てない。
「マスター。俺が、マスターのこと脱がしてもいいですか?」
上着を脱ぎ捨てたアナキンは、オビワンに近づくと、そっと手を伸ばし、オビワンの手から結び紐を取り上げてしまった。
オビワンは、アナキンに怖気づく気持ちが、自分の加齢に対する引け目だとわかった今、やめろ拒むことさえ、羞恥にかられ、拒否の言葉も口にできない。
「……もう、お前のマスターじゃない」
アナキン以外の人間にであれば、滑らかに口をついて出ていた軽い焦らしの言葉さえ、オビワンは上手く使えない。
しかし、弟子は、そんなオビワンの不安にすら気付いていないようだった。
本当に、アナキンは今までたった一人に心を捧げ、駆け引きのない安心できる恋愛をしていたのだろう。
「ええ。でも、なんか、今まで、こういう時に、マスターのこと名前で呼んだことなんてなかったですから」
器用なはずのアナキンの手が、なかなかオビワンの結び紐を解けなかった。
「恥ずかしいな。……やっぱ、俺、緊張してますね」
照れくさそうな声は、オビワンの頬に何度も口付けをした。
「相変わらず、マスターを満足させて上げられなくても、……許してくれます?」
「……それは」
自分こそ、抱き合ってしまえば、アナキンを失望させるのではないかと思いつめているオビワンは、返答に困り、答えを濁した。
それを、アナキンはオビワンの不満だと受け止めた。
「嫌だって、言われても、困るんですけどね。俺」
アナキンの声に不機嫌さが混じった。
「俺、マスターみたいに、遊び歩いてないですから、そんな上手くなってなんか無いんです。あ、なんか、オビワンのイメージが変わって、もしかしたら、俺で通用するかもしれないなんて、つい思ったけど、やっぱ、無謀だったかな。……今、すごく後悔してます。俺。……マスター、お願いですから、俺に満足できなくても、罵ったりしないで下さいね。それされると、きっと俺、立ち直れません」
オビワンは、この若いジェダイが、年上の恋人に酷く愛されているのだと、悔しかった。
マスター時代のオビワンには決してみせなかった甘えを、今のアナキンは、簡単に晒してみせる。
「やっぱ、緊張する……」
そんなことを言うくせに、垣間見せた不機嫌さをもう隠してしまったアナキンの手が、オビワンの結び紐を解いた。
アナキンは、優しくオビワンから衣服を剥いでいく。
「アナキン……」
自分を隠していた布が取り去られ、オビワンは、恥ずかしさがこみ上げた。思わずアナキンの腕のなかで抵抗してしまう。
アナキンは、オビワンを抱きしめ、首筋へとキスを繰り返した。
「マスター。俺に腹が立っても、拳を入れるのは遠慮してくださいね」
過去をあげつらって、腕の中のオビワンの抵抗を封じる弟子は、オビワンをマスターと呼ぶくせに、やはり、もうあの頃の子供ではないのだ。
アナキンのセックスは、昔とまるで変わっていた。
ベッドの上に寝かされ、壊れ物を扱うような優しい手つきでアナキンに触られ、オビワンは戸惑うばかりだ。
「おい……」
優しいキスが体中を辿っていて、居心地の悪さのあまり、オビワンの眉間には皺が寄ってしまっていた。
今、アナキンのキスは、オビワンの胸を中心に降りかかっている。
「おい、アナキン。お前はいいのか?」
オビワンは、愛撫を施すよりも、自分の欲望を優先させ勝ちだったパダワンを知っているだけに、アナキンのこの違いが受け入れ難かった。
師の手は、アナキンのペニスに向かって伸びた。
だが、アナキンが笑ってオビワンの手を交わす。
「マスターは俺に恥をかかせたいんですか?」
優しく咎められ、オビワンは、手のやり場に困った。パダワンだった頃のアナキンとばかりでなく、遊びで付き合ってきた相手とも、こんな一方的に受身になるようなセックスをオビワンはしなかった。
アナキンがオビワンの唇にキスをする。
「マスターは、ただ、気持ちよくなっててくれればいいんですよ」
その言葉の愛情深さに、オビワンは、かつて味わったことのないような幸福感を感じた。しかし、優しげな目で見下ろしてくるアナキンの視線に気付くと、自分でも思いがけないほどの嫉妬心がわきあがった。
アナキンは、いつもそう思いながら、恋人と寝ているに違いないのだ。
アナキンは、彼女とオビワンを同一視している。
もしかすると、アナキンは、オビワンに彼女の代わりを務めさせたいだけかもしれなかった。
だが、オビワンは、彼女のようには振舞えない。オビワンは、パドメではない。
アナキンが、自分と彼女を比べているのかもしれないという思いに取り付かれたオビワンは屈辱を覚えた。
自分でも気にした加齢は、オビワンの身体に丸みを与えていて、折れそうなほど細い彼女とオビワンとは、似ても似つかぬ体型だ。
オビワンを良しとする者は多い。オビワン自身、自分に対して否定的な受け取り方をしたりはしてこなかった。
しかし、オビワンは、壊れ物のように扱ってもらわねばならないような、そんな柔な身体の作りなどしていないのだ。それなのに、アナキンは、オビワンにひたすら優しく接しようとする。
オビワンは、耐えて、アナキンの愛撫を受け入れていた。
落ち着かず、楽しめず、そんなセックスだったら、いますぐ逃げ出し、やめてしまえばいいものを、そこで逃げるのをよし。としない性格がオビワンにはあった。
だからこそ、ジェネラルと呼ばれる立場までオビワンは上り詰めた。
しかし、アナキンは、オビワンの胸への愛撫に執着をみせるのだ。
女性のように膨らんでいるわけでのなく、触り心地がいいわけでもないオビワンの胸に。
つづく。
(もう少し頑張れば終わるよな〜。と、思いつつ;;)