僕の好きなマスター 8
アナキンの師匠は、突然、アナキンに尋ねる。
「アナキン、お前、私のことが好きか?」
それは、朝食をとろうと、アナキンが冷蔵庫を覗いている最中だったり、任務を片付けやっと家へと辿りつき、汗だくのこの身体をとにかくどうにかしないことには、とにかくもう何もしたくないなどといったことを考えている時などが多い。
「好きですよ」
愛の言葉を口にするのが恥ずかしいというよりはアナキンも年を重ねていたから、弟子は不安そうな顔で何百回目かの同じ質問をした師匠に返事を返す。
ただし、いつもその質問は突然なため、アナキンの声はそっけない。
仕方がない。オビ=ワンが質問するときといえば、いつもタイミングが悪いのだ。
寝起きですきっ腹を抱えていたり、身体は汗でべっとりと濡れ不快感が絶頂の時など、本当に、何故今、そんな質問を受けなければならないのか?という、絶妙のタイミングでオビ=ワンはアナキンに問いを投げかける。
繰り返される同じ質問に、ほとんど反射的行動であるとはいえ、毎回肯定する自分は、マシな部類の男だとアナキンは思っている。だから下手をすると、アナキンは冷蔵庫に顔を突っ込んだままだったり、疲れのあまりため息を吐き出すのと同じタイミングで、好きだとオビ=ワンに答えを返す。
しかし、アナキンから肯定を得られれば「そうか」と頷いたオビ=ワンは満足そう側から離れていってしまった。
今の態度はさすがに良くなかったと、アナキンが師匠に向き直り朝食は済んだのですか?と尋ねる間は勿論、やっと顔をみることができた師匠におかえりのキスを貰うこともできない間に、オビ=ワンは踵を返す。
アナキンは、仕方なく自分だけで朝食を食べ、シャワーも浴びに行く。
するとまた、オビ=ワンは、報告書を纏めるため知恵絞っているアナキンの部屋に突然現れ、質問する。
「アナキン、お前、私のことが好きか?」
「好きですよ」
「そうか」
それ以上は何も求めずオビ=ワンは満足して、そっけないほどの態度で自分の部屋へと引き上げていってしまう。
アナキンはたまに、これは何のレクレーションなのだ。と、取り残された部屋の中で思う。
「ねぇ、マスター……」
アナキンはオビ=ワンを押しつぶさないように気をつけながら、裸の胸を重ね合わせ、緩やかになっていく心音に満足しながら話を続けていた。
「だから、あの時……あっ、眠いですか? もう、寝ますか?」
「いや、うん。アナキン。話は聞いているんだ。大丈夫。眠いわけじゃない。ただ、こうやって目を瞑っていると気持ちがよくて……」
オビ=ワンの身体は性感の満足にすっかり弛緩していた。
それでも師匠は力の抜けた腕を上げ、アナキンの背に手を回すとぽんぽんと軽く叩く。
セックスを終えた二人は、今話さなくてはならないようなことでもない、どうでもいい昔話をぼんやりとしながら交わしていた。あの星のトラップは、いかにもずる賢かったとか、あの惑星はきれいだったが天候がなぁ。とか、星間条約さえなければ、あの動物は連れ出したかったなぁ。などという、本当にどうでもいいことを。
だが、それは、肌を交し合った後の二人にはとても心地の良いことだった。
身体は違えようのない充足感に包まれている。
そして、二人は、一緒に歩んできたことを振り返れるだけの時間も共有しているのだ。
是非、こういう時にこそ、アナキンは、オビ=ワンにいつものアレを尋ねて欲しい。と、思う。
アナキン、お前、私のことが好きか?といういつものアレ。どうして飽きないのだと思うほど繰り返されている質問にも今ならば、アナキンは照れもなく幸福な気持ちで答えを返せた。
アナキンは、オビ=ワンの額に張り付く髪をかき上げ、そこに小さなキスを落とした。
そして、眠そうにしながらも目を開く努力をしている師匠の青をじっと見つめ、微笑む。
「ねぇ、オビ=ワン。いつもみたいに俺に好きなのかって聞かないんですか?」
アナキンはくすぐったいようなキスをオビ=ワンの頬に降らせた。
その刺激にオビ=ワンはきゅっと眉を寄せ、その上、唇に山まで寄せた。
困った顔をしたオビ=ワンは、するりとアナキンの首に手を回して、引き寄せる。
「いいや……いい」
セックスを始める前のオビ=ワンは、何度か「好きか?」と、聞いたのだ。それもしつこいほどに。
だが、そんな時に尋ねられても、興奮していたアナキンに好き以外の答えなどあるわけがない。尋ねられれば、尋ねられただけ、アナキンはオビ=ワンに肯定を返した。
そんな切羽詰った返答さえ求めたオビ=ワンが、今はアナキンに質問をしない。
今なら、アナキンだっていつものそっけなさではなく、いくらでも愛情を込めて答えを返してやれた。
抱きしめられた腕の中で、アナキンは不審に思う。
「ホントに? いいんですか?」
「……いいんだ」
耳元で甘く囁いても、やはりオビ=ワンは求めなかった。
そんな師匠にアナキンは、あの質問が本当にただの愛情を確認したがってしているものなのかという違和感を覚えたのだ。
問いただそうかと思ったところで、オビ=ワンが甘えるように頬を摺り寄せる。
「それよりも、そろそろ眠くならないか? アナキン」
「……眠そうなのはマスターですよ」
ふわりと柔らかく師匠は笑った。
そして、そっと瞼を閉じてしまう。
「おやすみ。アナキン」
オビ=ワンがぎゅっとアナキンを抱きしめる。
「……おやすみなさい。マスター」
重なる肌のぬくもりとオビ=ワンから漏れる優しい呼吸音に、年若い弟子はつい不審をおざなりにし、眠気へと誘い込まれてしまった。
「アナキン、お前、私のことが好きか?」
酷い日には、一日5度も6度も繰り返される質問に、今日もアナキンは律儀に答えを返していた。
しかし、それは人が顔を洗っている最中にしなければならない必要のある質問なのか?と、アナキンはかすかな苛立ちを覚えた。本当に、師匠はいつだって最悪のタイミングを選んでくる。
下手をすれば聞き逃してしまうようなそんなときをわざと狙ったかのように、アナキンの師匠は尋ねるのだ。
「好きですよ」
タオルで顔を拭いつつアナキンが返事を返せば、もうオビ=ワンは踵を返した。
「待ってください。マスター」
まだ前髪を水で濡らしているアナキンがオビ=ワンを捕まえた。
あまりに簡単に背中を見せるオビ=ワンの態度から、とうとうアナキンは、何故こうもこんな簡単な質問に自分が苛立ちを覚えるのか本当の原因を突き止めたのだ。
「ねぇ、なんでどうでもいい質問でもするようにしか俺に尋ねないんですか?」
腕を掴まれたオビ=ワンは、弟子の質問に、はっと顔をこわばらせた。
だがまだ師匠は、弟子を誤魔化せるとでも思っているのか、アナキンから目を反らし、必死に頭を使っている。
「マスター。どんなにかわいらしく答えたところで、こないだみたいに、なんとなくだなんて、答えじゃ今回は通用しませんから」
アナキンは、何度も同じ質問を繰り返すオビ=ワンに苛立ち、そのままそれをぶつけたことがあるのだ。『何故、そんなにも疑うのか?』と。すると、オビ=ワンは、疑ってなどいないけれど、なんとなく尋ねたくなるのだ。と、答えを返した。少し困った顔で、微笑みながら。
今、アナキンはなるほど、オビ=ワンは確かに自分の気持ちを疑って質問を繰り返していたわけではないのだと、はっきりわかった。
目の前のかわいらしい人は、アナキンの気持ちを疑うどころか、最初から信じてもいないのだ。
だから、オビ=ワンは、いつだってアナキンが自分の心の真実を探り当て、それを吐き出す余裕のないタイミングを狙って、問いかける。
「アナキン、お前、私のことが好きか?」
弟子は、もう半ば習慣で応える。
「好きですよ」
「そうか」
この繰り返しは、やはりレクレーションだ。
めずらしくもオビ=ワンが上手く弟子を誤魔化すための答えを探すのにと惑っていた。
アナキンは質問を重ねた。
「じゃぁ、オビ=ワン。もう一つ尋ねます。あなた、俺のこと好きですか?」
アナキンは、オビ=ワンの頬を張り飛ばす代わりに、いつものこの質問をオビ=ワンにつき返したのだった。
即座に好きだと肯定を返したならば、アナキンは、師匠をおいてその場を立ち去るつもりだった。
なのに、オビ=ワンは口を開けるより前に、唇を震わせた。
目が大きく開かれそこには涙が盛り上がっていく。
少し子供っぽいところがあるとはいえ、かなり落ち着いた人のはずの師匠がしゃくりあげる。
「えっ? ちょっと、マスター……」
二人は、普段、かなり仲の良く、ジェダイの中でも浮くほどなのだ。弟子になったばかりの頃のことはさておき、アナキンはオビ=ワンを泣かせるような真似などしたことがなかった。
アナキンは動揺する。
「あの……、すみません。泣くなんて思わなくて……」
思わずアナキンがオビ=ワンを抱きしめようと手を伸ばすと、それよりも早くオビ=ワンがアナキンにしがみついた。
その力は強く、アナキンは、また、師匠の行動に驚いた。
オビ=ワンは、ただ、ただ、しゃくりあげている。
「……もしかして、マスター」
悲しくて泣いているのだと思うには、オビ=ワンの様子は何かが違った。
「俺に聞いて欲しかったの? 俺があなたに尋ねなかったのは、聞かなくちゃならないほどの気持ちがないせいだと思ってました?」
オビ=ワンは返事を返さなかった。
アナキンは、もう少し、師匠の答えやすい形に質問を変えた。
「マスター、あなた、愛情もなしに肉体関係を結ぶのを善しとするようなそんなふしだらな弟子を育てた覚えがあるんですか?」
オビ=ワンがゆっくりと目を上げた。横に首を振る。
アナキンはやれやれと、肩をすくめた。
「ですよね。マスター。じゃぁ、俺、今、あなたにいつものアレを尋ねて欲しいんですけど。今なら、本心からの返事を返しますよ」
オビ=ワンが唇を開く。
しかし、声がでない。
アナキンは、オビ=ワンを笑った。
「怖がり」
アナキンはあまりにかわいらしい師匠をくすりと笑う。
「これが銀河に名高いジェダイマスターの真実の姿って奴ですか」
笑顔のままのアナキンが開いたままのオビ=ワンの唇を塞いだ。
アナキンの前髪を濡らしていた水が、オビ=ワンの額を濡らす。
「……冷たい。アナキン」
唇が離れると、オビ=ワンがマスターとしての威厳をかき集めたような照れくさそうな顔で文句を言った。
「そりゃぁ、そうでしょうね。もう少し俺の余裕のあるときに、マスターが声をかけてくれたらこんなことにはならないのに」
二人のいる洗面所はそれほど広くない。
「場所だって、こんなところを選ばなければ、もう少し今二人はロマンチックなはずでしたよ」
決してロマンチックではない場所で、キスを続ける二人の間で、同じ質問が繰り返された。
「俺のこと、好きですか?」
「好きだ」
柔らかく繰り返されるキスの合間を狙って、質問は続けられる。
「……私のこと好きか?」
アナキンは、そっとオビ=ワンに口付けながら答えを返した。
「勿論」
すると、オビ=ワンがむっと顔を顰める。
「……アナキン。ちゃんと好きだと言葉にして欲しい……」
オビ=ワンがキスを拒んだ。
さすが銀河に名高いジェダイマスターだと、アナキンは思う。
どんな交渉においてすら自分の要求を通すことに対して、粘り強さを見せるオビ=ワンは、やはり一筋縄ではいかない。
潤んだ目に強情な表情をのせて、見上げてくる自分の師匠に、アナキンはささやいた。
「愛しています」
END