僕の大好きなマスター 5
「そのような、条件では、向こうが納得しないことなど、ご存じでしょう」
「だが……」
「あなた方が、提示できる最大の譲歩を見せるのが、この場合、得策なのです。それは、あなた方の余裕だと、あちらの目には映る。ひいては、これからの外交においてあなた方の優位を約束するのです」
「しかし……ケノービ将軍」
渋る相手に、オビ=ワン・ケノービは、笑顔を浮かべたまま説得を続ける。
「ええ、ええ、分かっております。それほど、簡単にこの問題は、結論を出せるものではない。ええ、あなたが、この国で、どれほど多くの権力を得ていようが、確かに、この問題は、そう簡単に、決断できるものではないでしょう」
「……ああ、そうなのだ」
「しかし、あなたは、勇気ある決断を下せるだけの、すばらしいお人だ。しばらく時間をおきましょう。ぜひ、あなたの信用できる方々と、お話し下さい。私は、お待ち致します。あなたがよりよき決断を下されるだろうと信じております」
交渉の場は、必要以上に豪奢に飾り立てられていた。
しかし、見回す調度品が、たった一つの趣味に傾いているのに、オビ=ワンは、交渉の達成が容易いと、判断を下していた。
この領主は、分かち合える相手を持っていない。
オビ=ワンは、時をわきまえ、自分から引き下がる。
部屋を辞す、ケノービ将軍の瞳は、あくまで善人の光を浮かべていた。
その口に浮かんだ笑みも、温かだと誰もが評価を下すだろう。
それは、部屋の中でうなだれる人間にもそう見えたはずで。
アナキンは、師匠の後について、部屋を辞しながら、やれやれと肩をすくめた。
「マスター。相変わらず、見事な手腕で」
先を歩くオビ=ワンが、嬉しげに、アナキンを振り返る。
「あと、二、三回の交渉で、あの領主は承諾するだろう。覚えておけよ。アナキン。ああいう寂しい名家の人間には、とりあえず、畳みかけ、誉めあげて、そっけないほど、簡単に引くんだ。どうせ、ああいった輩は相談する相手もいない。判断も下せない。何度か揺さぶってやれば、間違いなく、こっちの言いなりになる」
交渉ごとは、オビ=ワンの得意とするところだった。
オビ=ワンの口元には、晴れ晴れとした楽しげな笑みがある。
ジェダイマスターにふさわしい自信に溢れた微笑みを浮かべるオビ=ワンに、アナキンは苦笑した。
「俺、たまに、マスターがそういうこと言ってるとこを、ああいう方々に、見せてあげたい気持ちになります」
「何を言ってる。お前も、やれよ。次は、なんだったら、お前が彼に交渉するか?」
「いいえ。マスター。マスターが仰ったんでしょう? 上手くいっている間は、交渉人は、変わるなって。今回、俺は聞いてますから、どうぞ、マスターが彼のこと丸め込んでください。……それより、どこ行くつもりなんです?」
アナキンは、オビ=ワンの足が、控え室へと向かわないことに、質問を投げかけた。
師の目は必要以上にきらきらと光っている。
「アナキン。庭に行こう。窓から見たら、綺麗な花が咲いていたんだ」
渋るアナキンの手を引いて先を歩く師の後に従いながら、アナキンは、師のこういうところも、是非、今顰め面で、こちらが提示した情報を睨んでいるに違いない彼に、みせてやりたいものだと思った。
「庭の趣味はなかなかいいと思わないか?」
嬉しげに笑っている師の姿は、あどけないと言って差し支えのないもので、アナキンだったら、政治的判断をオビ=ワンに任せることなど、遠慮したかった。
繋いだ手をアナキンに振り切るタイミングを与えないために、師は、ずんずんと庭を横切り先へと歩く。
その先にあるもの気づいて、アナキンは先手を打った。
「マスター。ボートに乗るのとかは、パスさせてください」
途端につまらなそうな顔でオビ=ワンが振り返る。
「なんでだ?」
「さっき、窓から見てたら、池の中に、水鳥がいたんです。マスターが、身を乗り出して、池のなかに落ちる姿は見たくないです」
オビ=ワンの唇が尖った。
アナキンは、苦笑を浮かべながら、その場に腰を下ろした。
師に、臍を曲げさせないよう、繋いだ手を引いて、師を見あげるアナキンは、ここからが交渉術の見せ所だ。
「ここ、日が当たって気持ちいいし、マスター、ここで、しばらくゆっくりしませんか?」
少しの気恥ずかしさを押さえ込み、弟子は、オビ=ワンの髪に手折った花を挿す。
「ええ、もうしばらくですね。いくらでも、お待ち致します。これだけ、重大な案件をそう簡単に決断できないというお気持ちはよくわかります。いえ、それどころか、よく吟味していただけた方が、我々としても安心するというものです」
「わかってくれるか。マスターケノービ。私は、決して、結論を引き延ばしたいというわけではないのだ。だが、これだけの局面、わが領地の人間のためにも、よりよき判断を下す必要があるのだ」
「ええ、ええ、勿論。私たちは、結論を急いだりは致しません。しかし、……、ただ、私どもがいつまでもお待ちいたしたくとも、待てないと思っている気の短い輩がいることもほんの少しの考慮をお願い致したいのですが」
ここで、オビ=ワン・ケノービは、引くつもりだった。
そして、今度こそ、この休憩時間にアナキンと一緒に池のボートに乗るつもりだった。
だが、この国の領主は、オビ=ワンの読みよりも、ずっと意志が弱かった。
「……わかっておる。……わかっておる。……ああ、マスターケノービ。やはり、私は、この条件をのむべきなのだろうか?」
領主は、オビ=ワンに答えをゆだねていた。
オビ=ワンは舌打ちを隠す。
「私は、そうなさるのが、よろしいかと思いますが」
ローブの袖に、アナキンがくれた花を隠すオビ=ワンが、ジェダイとして完璧な笑みで微笑む。
しかし、調印書を手に、船まで歩くオビ=ワンの後ろ姿は、すっかり怒っているのだ。
「くそっ、意志薄弱の領主めっ!」
「もっと粘ってほしかったんですか? マスター」
師の後を苦笑した弟子が歩いていた。
申し訳ありません。師匠。
今日のところは、貰った花を押し花にするくらいで、我慢して下さいませんでしょうか?
END