236日目(百年目の再会の蛇足ともいう)

 

アナキンは、フォースになった後も、ダース・ベイダーの肉体イメージにとらわれたままだった自分から、マスクを外してくれたオビ=ワンにとても感謝していた。

「ねぇ、マスター。今日は……」

しかし、今日ばかりは、自分の上に圧し掛かり、切れ目なくキスをねだるこの人を振り切らなければならないと思っていた。

人生のターニングポイントであった短い髪の時代で、結局姿が定着してしまったオビ=ワンの金髪から覗いている耳へと、アナキンの指が触れる。唇へのキスをねだるオビ=ワンの頬へとあやすようなキスを繰り返す。

アナキンは時間を気にしている。死後ですら、時間というものに囚われる自分をおかしなものだと思いながらも。

「ねぇ、マスター。今日だけ、ねっ、今日だけ、ちょっと俺に自由時間を下さい」

アナキンは恋人の唇にキスをしてお願いをする。

「いやだ」

だが、キスには応じたものの、オビ=ワンは、うん、とは言わなかった。

「ねっ、そんなこと言わずに、今日だけ、今日だけだから」

「まだ、私の側にいてくれるはずの約束の期間だ」

オビ=ワンの目はアナキンを睨むようにしている。

「マスター、ほんと、マスターの言うとおりなんだけど……」

オビ=ワンがフォースで再現しているベッドに押さえつけられている状態で、アナキンは、弱っていた。

「……それは、今日がパドメの誕生日だからか?」

そうなのだ。だから、アナキンは困っている。やはり、オビ=ワンはそのことを知っていたのか。と、アナキンは思う。

フォースになってから会った師匠は、アナキンが記憶していたよりもずっと親しみやすい人間らしい人物となっていてアナキンを驚かせた。だがそれは、大変好ましい変化だ。しかし、そうだからこそ、今日のオビ=ワンは、朝からアナキンに纏わり付いて離れようとしなかった。

睨んだままのオビ=ワンの手が、アナキンの太腿を這っていく。

その手には、露骨な目的が見える。

アナキンは、そっと師匠の手首を掴んだ。目の縁を赤くしたオビ=ワンがぎりりとアナキンを睨む。

技術うんぬんの問題を言えば、まだまだ拙いばかりなのだが、アナキンは、こうして自分に触れようとしてくるこの人が好きだった。

あれほどプライドが高かったくせに、今、師匠は、自分の欲望をかなえるためなら、その手段を選ぶ選択基準から、自尊心というものを削ぎとってしまうための努力に余念がない。

恥ずかしさを懸命に堪え、火照った顔とぎこちなく動く手に汗をにじませながら、アナキンを誘惑しようとする。

元妻の誕生日を気にしているアナキンのことを、腹立たしく思っているくせに。

愛人という立場でつんと澄ましていた頃には、誕生日ごときで浮かれるアナキンを馬鹿にし、冷たく見据えるだけで、すませていたくせに。

でも、身勝手な男は、できれば、今日だけは以前のままでいて欲しいなどと思ってしまう。

「マースタ。知ってるんだったら、ねっ、お願いです。今日だけ、許してください。ちゃんと明日には帰ってきますから」

「……いやだ」

オビ=ワンが人間らしい感情のままに自分を愛してくれるようになったことに、アナキンは幸せを感じていた。

だがしかし、そうなってしまうと、愛情の対象が二人いるなどというわがまま男は、困った局面に立たされることも多くなるのだ。

オビ=ワンは、アナキンの上に圧し掛かったまま、襟首を掴んで離さない。

しかし、オビ=ワンは、パドメに対して自分の方が後から割り込んだのだという引け目を感じているようで、アナキンが困った顔のまま口を利かずにいると、次第に指の力は弱くなり、そのうちには視線が伏せられてしまう。

愛の結晶である子供をパドメが生んだこともあり、オビ=ワンは、アナキンに愛されている自信が持てずにいるらしいのだ。

「あ、ちょっと、マスター、泣くのなし。ねっ、泣くのは、ダメ」

アナキンが思っていた以上にこの師匠は涙もろかった。

どうしてこれで冷徹な交渉役を長く務めてこられたのかと思うほど、ここでのオビ=ワンは簡単に感情を高ぶらせた。

長い睫は、すぐに涙のしずくで濡れる。

アナキンは、慌ててオビ=ワンを引き寄せ抱きしめた。

目の縁に盛り上がっている涙に唇で触れる。

「マスター。約束。ねっ、ちゃんと明日には帰ってくるって約束するから。お願い泣かないで」

お互いに実体はないはずなのに、長い睫が触れた唇を、アナキンはくすぐったいと感じていた。

「や、……だ。気が付いてみたら、お前と初めて会った日も、お前と初めてやった日も、クリスマスも、ニューイヤーも、いや、ナプーの建国記念日も、全部、お前はパドメと過ごすじゃないか!」

やはり、涙は、零れ落ちてしまった。

オビ=ワンは怒っている。

『怒る』は、好きだの次くらいに、再会後のオビ=ワンがアナキンによく見せる感情だ。

涙で潤んだ青い目がきらきらと感情を放射している。

「……だって、マスター。それは、マスターと、パドメで協議し合って決めたじゃないですか……」

「あの時は、記念日なんて、忘れてたんだ!」

しかし、オビ=ワンと違い、アナキンは、そういったことを忘れなかった。愛する相手と刻んできたそれら日々は、すべてアナキンにとってどれも大切な一日であり、だから、パドメは、どこか浮き立って過ごすアナキンの一日を見つけるたびに、上手く、話を聞きだしたのだ。

パドメは、夫とその師匠の過去を押さえている。

だが、そういった駆け引きに手管を持たぬオビ=ワンは、今、アナキンの前で悔しがるしかできなかった。

「……お前がそういう日を楽しむ性質なんだってわかってたら……」

ジェダイという鎧を脱ぎ捨てたオビ=ワンが、思わぬ子供じみたひたむきさを持っていたように、銀河を支配するなどという野望を捨ててしまうと、アナキンはパートーナーとの生活を楽しむための努力を怠らない、愛情のこまやかな男だった。

オビ=ワンが忘れてしまっていたような、日々の生活の中にあった楽しかったことをアナキンはよく覚えている。それを、小まめに引き出して、愛しているとささやくのだ。

「私だって、お前がナイトの位を授与した日のことを祝いたい……」

大きな目に切ない表情を浮かべて、オビ=ワンは自分の体の下にいるアナキンをみつめた。

「じゃ、今度は是非、マスターが祝ってください。……マスター、そういう交渉は得意だったじゃないですか」

アナキンは、オビ=ワンを見上げ、笑いかける。

濡れた睫に指先で触れる。

アナキンは、こうやって自分を見つめてくれる師匠が好きだ。

実を言えば、すぐ怒るようになったオビ=ワンのことを、いまだに抜けぬパダワン気質が苦手だと訴えているのだが、けれど、アナキンがどんな馬鹿をしようと、怒りの感情すら顔に乗せなかった頃の師匠と比べれば、ずっと、ずっと大好きだった。

だが、今日、アナキンはそのままオビ=ワンへと甘くキスする代わりに、じっと、オビ=ワンの目を見つめた。

「ねっ、マスター、今日は許してください。パドメは確かにすごい人ですから、あと、百年くらいは、あのまま個の意識を保っていられるかもしれない。でも、……ねっ、マスター。彼女は多少意思の強いだけの普通の人間です。俺たちと違うのは、わかってるんでしょ?」

アナキンの言葉に、オビ=ワンの目が揺れた。

師匠の指が悔しげにシーツを握った。皺が寄る。

「……でも」

オビ=ワンは、アナキンから目を反らした。

アナキンは、オビ=ワンの柔らかな金色の髪をなでた。

「うん。「でも」だね。マスター。「でも」だけどさ、マスター、……どうか、続きを言って、マスター。マスターは、分かってるんでしょう?」

アナキンは、目を反らしたままのオビ=ワンの顔をじっと見上げ続けた。

オビ=ワンが、唇を噛んだ。

「……分かってるさ。分かってるが、……嫌なんだ。……アナキン。お前が、いちいち記念日のたびにうきうきと落ちつかなくなって、やたらとキスしたがって、抱きしめたがって、そんなだから、だめなんだ! 全部ばれてたせいで、澄ました顔してパドメは、ありとあらゆる記念日を押さえ込んできた!」

悔しそうにオビ=ワンは言う。

悔しすぎるのかアナキンの腕を掴むオビ=ワンの手には、アナキンが痛みを覚えるほどの力が入っていた。

アナキンは、その苦痛を甘受する

「なのに! くそっ、だから、政治家は嫌いなんだ!……パドメは、絶対に覚えていたくせに、私の誕生日は、私がアナキンと一緒にいられるように調整した。その上、彼女の誕生日を、私の期間に入れてきた!」

「うん。そうだね。マスター」

そうなのだ。パドメはぬかりない。

全ての記念日を押さえてきたくせに、たった二日、それもとても大切な日を、わざとオビ=ワンに明け渡した。

アナキンは、眉間に思い切り皺を寄せているオビ=ワンを腕の中に抱き込んで、自分の体の下へと転がすと、柔らかな髪へとキスを繰り返した。

興奮してしまい、また泣き出しそうになっている人の髪を梳く。

「今回の交渉の時、マスターってば、全くアニバーサリーのことなんて気にしてなくて、完全にパドメの勝ちだったから、……彼女の誕生日だってのに今日俺がこっちにいるのは、きっと、パドメ流の譲歩ってことなんだと思う」

「違う。計算だ。彼女は政治家だ。そうしておけば、私が再交渉を言い出さないと」

アナキンが優しく髪を梳くのを、オビ=ワンは、顔を振って嫌がった。

金の髪が、白いシーツを打つ。

物質を再現することは、この二人にとって殆ど無意識なのだが、力あるジェダイであった二人なだけに、事象はすべからくリアルだった。

オビ=ワンの悔し涙が、ベッドのシーツに吸い込まれる。雫は、シーツに涙の染みを作る。

オビ=ワンは、きつくアナキンを睨んだ。

「……彼女は、お前が帰ってくるってことだって計算している……」

アナキンは、苦笑した。

「それは、……どうかな? あの人、本当は結構、アニバーサリーなんて無頓着だから」

金の髪は、手触りが良くて、アナキンは嫌がられても、つい、オビ=ワンを撫でてしまった。

シーツに皺を寄せ、オビ=ワンはイヤイヤと顔を振って逃れようとしている。

それでも、アナキンはオビ=ワンの髪を撫でた。

長い間アナキンは、こんな風にいつまでも、嫌がられてすら、この柔らかい金の髪を自分のものだと撫でていたいと思っていたのだ。

「きっとね、パドメも、マスターに負けず劣らずの負けず嫌いだからね。今回の交渉でアニバーサリーをきっちり押さえてきたのは、ライバルであるマスターに対して打てる手は、打っておく。って感じだったんじゃないかな? なのに、マスターときたら、俺が結構そういうの好きなのに、全然気にしてなくて、今回の日取り交渉のときに、ちょうど半分だからって、パドメの言い分にすぐ頷いたでしょ? 彼女、慌てて自分の誕生日をあなたのほうに繰り込んだみたいだよ?」

 

アナキンは、オビ=ワンの目を覗き込んだ。

「で、マスター、どうする? 俺、やっぱり、彼女の誕生日だから、向こうに行きたいんだけど、俺のこと、許してくれる? まだ、俺のこと好きでいてくれる?」

 

自分はずるいとアナキンは分かっていた。

オビ=ワンは怒ったように言った。

「好きだ。ずっと好きだ。絶対に好きだ」

オビ=ワンがぎゅっとアナキンにしがみつく。

背中に回った腕は、懸命だ。

離れたくないのだと、アナキンに強く伝わる。

アナキンは、オビ=ワンの耳元でささやいた。

「じゃぁ、マスター、今度の交渉の時には、マスターが全部俺とのアニバーサリーを押さえてください」

アナキンは、オビ=ワンの耳へとキスをした。

しつこいほどに幾度も。幾度も。

自分がずるいと、分かっているから、アナキンは、すこし意地悪く笑う。

「……でも、マスター、ホントに俺とのアニバーサリーなんて覚えてる?」

 

一瞬、オビ=ワンの目が泳いだ。

アナキンは笑う。

「じゃぁ、交渉の席に着く前に、教えてあげる。マスターが忘れちゃってるのまで、全部、俺覚えてるよ。タイミングがそうだっただけの偶然だったけど、初めてあなたの方からキスしてくれた日のこととか、つい、こないだのことだけど、初めてあなたから好きだって言ってくれた日のこととかね」

声が裏返ってしまった告白を思い出したのか、オビ=ワンは恥ずかしそうに目を伏せた。

実は、偶然ではなく、偶然を装い、成長めざましいパダワンへと自分から仕掛けた出来の悪いキスのことを、師匠は思い出し、疚しい気持ちになっていたのだが。

 

アナキンは、そろそろオビ=ワンが折れてくれるつもりだろうと読んでいた。

「マスター」

形のいい唇にアナキンは笑みを乗せる。

ベッドから起き上がるために、そろりと体に力を入れる。

しかし、急に、オビ=ワンが、アナキンを強く抱きしめた。

アナキンは驚く。

「……アナキン。やっぱり、行くな! 絶対に行くな! 交渉のテーブルで、彼女自身が今日を私に振り分けたんだ。私は、どんなずるもしていない。……アナキン。だめだ。やっぱり、今日は、ここにいてくれ……」

オビ=ワンは、アナキンの胸へと顔を擦り付ける。

「私だって、駆け引きのイロハくらい知っている。ここで物のわかった振りをしてパドメに譲ったところで、私にメリットなんて生まれない。いや、彼女はきっと私のお前に対する気持ちを軽く考えるようになる。そんなのは嫌だ。私は、アナキン、お前が好きなんだ。ずっと、ずっと好きだったんだ!」

オビ=ワンの頬は真っ赤で、額には汗がにじんでいる。

この元ジェダイは、たった一日、それもあと、12時間をきっている今日をアナキンと過ごしたいという恋心のために、残り時間の少ないパドメへの配慮をかなぐり捨て、そんな自分を恥じる心をねじ伏せた。

オビ=ワンはすがる目をしている。

「頼む。アナキン……」

「……マスター」

アナキンは、これだけのことを口にするには、どれだけオビ=ワンのプライドが軋んだことだろうかと思うと、申し訳ない気持ちになった。

だが、あれほどそっけなかった人が、これほどまでに自分を愛していると表現してくれるようになったことが、正直アナキンにはとても嬉しい。

アナキンは、汗をかいたオビ=ワンの額にキスをした。

 

「……わかった。オビ=ワン。じゃぁ、もともとそういう約束だったんだし、今日はオビ=ワンの側にいる」

 

アナキンは、オビ=ワンの隣へと体を移すと、のんびりと力を抜いてベッドに横になった。

体を離され、どことなく不安そうな顔をして寝転がっている恋人に微笑む。

それでも、オビ=ワンの表情がこわばったままだったから、アナキンは頬杖を付くと、わがままを言った人を見下ろした。

「オビ=ワン、あっちはやり手の元政治家だからね、そんな顔して弱味を見せてると、俺、来年のオビ=ワンの誕生日、あっちにいるかもよ」

やっと安堵顔になった師匠がむすりと膨れた。

「たとえば、あと100年、パドメと張り合うことになるとして、私はそのうちの半分以上の誕生日を絶対にお前と過ごす。私だってパドメに負けるつもりはない」

アナキンがオビ=ワンの目を覗き込み、にこりと笑う。

「初エッチの記念日も?」

顔を寄せて唇にキスをする。

だが、キスが終わる頃、オビ=ワンは、自分が当然の権利を当然に主張しただけで、これほど許しを乞わせたアナキンのずるさに気付いたようで、唇へと軽く噛み付いてきた。

「痛てっ」

アナキンは、師匠が好きだと思う。

「では、交渉上手のジェダイマスター。その具体的対策は?」

 

100年は、長いのだ。

ゆっくり分かり合えばいい。

ゆっくり愛し合えばいい。

 

END