ごめんなさい。

 

サムが資料を検索するため出かけた図書館から帰ったモーテルの部屋には、ついたままのテレビや、投げ捨てられた上着の存在が明らかにディーンの在室を告げているのに、本人がいなかった。

「……ディーン?」

昼間だというのに明るく電気のついた部屋の中で、肩にかけたカバンを小さなテーブルへと置き、サムは辺りをうかがう。

確かに部屋のドアには鍵がかけられていたが、それはディーンが部屋に居たとしていつもそうだった。そして、昼間のこの時間では、遊び歩くといっても、ディーンにとっては健全すぎる場所しか開いていない。

しかし、この狭い部屋の中、どこを見回してもサムの兄はいない。

不思議に思ったサムは首をかしげ、狭いモーテルの部屋の中で唯一見通しの利かないバスルームへと近づいた。ドアをノックして、ディーンの存在を確かめようとし、しかし、サムの手がドアに触れる前に中から声が聞こえる。

「……っぅ……」

小さく鼻から漏れたような微かな声は、ディーンのものだ。

「……ぁ、ぁ、っ……ん」

押し殺しても鼻へと抜けるこれに似た小さな喘ぎを、サムは何度かベッドの中で聞いたことがあった。

声を聞いた瞬間には、バスルームの中で何が起こっているのか思いつかず、怪訝に眉を寄せたサムだったが、何度も漏れるディーンの声を聞いているうちに、一つの理由に思い当たり、思わす口元がにやりと緩んだ。

ここのところ、ディーンが風邪気味なのか調子が悪そうで、二人は親密な関係になりそこねている。サムは、兄の体調を気遣って大人しくしていたのだが、当の本人の方が我慢がきかなかったらしい。

「……兄貴」

小さく呟いたサムは、時々常識を持ち合わせているところをみせて、自分に照れくさい思いをさせてくれるディーンに触れるように優しくドアの表面を撫でた。

確かにバスルームならば内鍵で閉めるため、例えディーンがいけない遊びにふけっていたとしても、いきなり弟に踏み込まれる心配はない。しかし、部屋のドアを開ける鍵の音にも気付かぬほど夢中になっているのでは何をしているのか隠しおおせているとは言いがたい。

「全く……ディーンは……」

薄いドアは、中で籠るディーンの声をサムに遠慮なく伝えている。

「……っぅん……ん、……っぁ……っ」

「……ぁ、っぅ……」

時々、ディーンが鼻を啜る音も聞こえて、サムの股間は急激に熱くなる。

 

泣きが入るほど感じちゃうなんて、どんなオナニーしてんだよ。兄貴。

 

弟の不在に内緒のつもりで、かわいらしくもすっかり夢中になって盛っている兄がどんなことをして感じているのかと思えば、ディーンと同じだけ禁欲してきたサムも股間に手が伸びた。ディーンの声を聞き逃さないよう、ずるずるとドアに背中を預けたままカーペットへと座ったサムは、盛り上がってきつくなっているジーンズのジッパーに手をかける。

「……っぅ、ん、……くそっ!……ぅ」

鼻声で何かをディーンは罵っている。

ぐずぐずと鼻を啜る音が、ドアの向こうから何度もする。

あ、っあ、あ、と、思わずという感じに溜めた息を吐き出すディーンの声は、簡単にサムのペニスを大きく勃起させた。

きっと兄貴、扱いてんだよな。

ディーンの指が自分ものを掴んでべとべとと漏れている液体を塗り拡げているのかと思うと、サムの手は早くなった。先っぽからあふれ出てくる透明な液体を手のひら全体を使って塗り拡げてやりながら、根元から扱いてやると、はしたなくもサムの兄は腰を突き出してくるのだ。

きっとディーンは、今だってそうやっているに違いなく、サムはそうしてやったときに捩られるディーンの滑らかな腰のラインを思った。遊んでいるくせにきれいな色をした亀頭から漏れ出したいやらしい液体は、サムが扱くたびまた溢れ出し、硬く勃ったディーンのペニスを伝って薄いブラウンである少し縮れた陰毛まで濡らす。

浮き上がり、開いた足の間から弟が腕を潜らして、兄の白い尻の割れ目へと指を伸ばして触れようとすると、ディーンは、せっかちな弟をたしなめるようにまだだと、いつだって首を振った。けれど、サムが本気で焦らせば、ディーンはすぐに涙で睫をぐっしょりと濡らし、声だってぐずぐずの泣き声になるのだ。

何度もディーンは鼻を啜っている。

まるで口癖のようにいやだ。いやだと言うだけで、欲しがりなディーンには、全くこらえ性がない。

「自分でしてるってのに、焦らしてんの? 兄貴」

ドア一つ隔てただけの兄がするオナニーが、自分とのセックスを模倣しているのかと思うと、その姿はあまりにいやらしく、サムのペニスは強く興奮した。

「っ……ん……っぅ……」

 

ディーン、尻も弄ってるよな?

この声でやってないわけないよな。

便座に座ってやってる?

下だけ脱いじまって、すっげぇ、足開いて指入れてやってんの?

 

サムの脳裏では、ちょうど一週間前にした最後のセックスが甦った。

あの時は、挿れてあげるから、自分のものは自分で扱いてよと、サムがお願いしたのに、ディーンは急に機嫌を悪くしてサムの望みを叶えてくれなかった。握らせたペニスを放り出したディーンは、眉間に皺を寄せたまま、サムを見上げていた。

「……サミィ、お前、最悪」

けれど、禁欲中のディーンのマスターベーションがこんなに激しいのであれば、もっと上手く誘導しさせすれば、ベッドの上のディーンに自分で指を入れさせることだって可能かもしれない。

 なんといっても、ディーンは気持ちのいいことに弱い。

「ん……っぅ、……っぅ」

背中から聞こえる切羽詰った切ない声は、潤んだ目をしてサムのことをいやらしく足を開いたまま誘うディーンの姿を簡単に想像させた。サムの息が上がり、頭がちかちかする。

 

ディーンが自分で足を抱え込んで、デカイ尻に自分の指を入れて、ぐりぐり、ずぽずぽって。

サムは、自分のものを激しく扱きたてる。

あのぎゅっと締まってる穴を指を使って自分で拡げて、俺に挿れてくれって。

 

ジェルで濡れた穴を今だって、気持ちよくなりたくて自分で弄って感じているに違いないディーンを思うと、あっけなくサムの手の中のペニスは、白濁を吹き上げた。

未だ、夢中でオナっているらしい兄の声が聞こえているサムは、あまりに早い自分に少し照れ笑いを浮かべたが、さっと身支度を済ませ、いやらしくもかわいい兄の一人遊びを盗み聞きするため、もう一度ドアへともたれかかる。

「……んん……っぅ、ぁ」

「あ、っぅあ、…………あ」

まだ、ディーンは悶えている。

「もう、ディーンは。……しょうがないな」

 

 

水洗を流す水音の後、いきなりドアが開き、サムの背中はドアに強打された。

「痛っ!」

「……悪ィ」

驚いたサムが振り向くと、潤ませた目を見開いたディーンが、驚いた顔で隙間から体を出そうとしていた。

サムに気付くと、ディーンは途端に疚しいかのように機嫌悪く顔を伏せる。しかし、兄の睫は先ほどまでの涙のせいか、ぐっしょりと濡れている。疲れたかのような肩が落ちていたが、それはきっと、先ほど満足いく終わりを迎えたサムにも覚えのある脱力感からだろう。

サムは、ディーンを恥ずかしがらせないため、バスルームでこっそり兄が何をしていたかなんてまるで気付づいていないという振りでディーンを通した。

「今、帰ってきたとこ。兄貴がいないんでノックしようかなって」

けれど、思いもかけず弟が部屋に帰ってきていたことを知ったせいか、ディーンはサムの視線から逃れるように顔を反らしたままドアの間をすり抜けた。

ディーンはまるで恥ずかしい自分をサムの視線から庇うように腕を前で交差し抱きしめるようにして、急いでベッドへと潜り込む。

「ねぇ、ディーン、あのさ、今晩」

「うるさい、サミィ!……ずっげぇ腹が痛ぇんだ……くそっ! まだ痛ぇ……」

 

……ごめんなさい。

 

 

END