ある日のメモ 5
「ね、兄貴、もしかして、これって変質者ってこともあり得るんじゃない?」
「知らねぇよ。だって地元じゃ、幽霊の仕業ってことになってるんだろ」
「……確かにそうなんだけどさぁ」
サムは、鼻の上に皺を寄せてパソコンの画面を睨んでいる。ディーンは散らかしたベッドの上の服からどれを着ようか、正確に言えば、どれが一番マシに着られるのかを考えながら、腹を掻いてサムの隣に立っている。
「……なぁ、あれって」
昼近い今の時間にやっと起き出し盛大な欠伸をするディーンが顎をしゃくってみせたTシャツに、サムは冷たい目を見せた。
「兄貴、アレは3回以上着てると思う」
モーテルの壁紙の柄にも似た食べ物染みの着き具合からディーンもそんな気がしていた。さっき摘まんで取り出したとき、鼻を突っ込んだ臭い具合もそんな感じだ。
「なぁ、お前のって」
けれど、他はもっと酷いのだ。
「俺のは貸さない。洗濯に行かない兄貴が悪いんだろ」
サムは目を、ついでのようにディーンのベッドに乗っかっているが、えらく場違いのブルーのワンピースに視線を向けた。けれどもにやつく頬の緩みを隠しきれていない。
「兄貴、あれならさっき買ってきたばかりの新品。着るものないなら兄貴に譲る」
「いらねぇ……」
「でも、どっちかが着なきゃいけないんだろ? だったら着るもののない兄貴にちょうどいいじゃん」
今日の狩場で必要なものの購入を、半ば眠ったままのディーンから指示され、こなしたばかりのサムは実はひそかにご立腹なのだ。女性もののしかもえらくデカイワンピースを購入するのには、ここは田舎過ぎて、サムは懸命にスマイルを浮かべる店員に引きつった笑顔を返さなければならなかった。
「……お客様に着ていただけるほどのサイズとなりますと……」
品揃えの薄い店の中で、必死に超ビックサイズのワンピースを探すサムは確かに不審人物だろう。
「あ、あの、俺が着るんじゃありません。でも、あの、う〜ん、女性サイズで考えるとかなりデカくて……」
「あ、失礼しました。ええ勿論、けれど、そうですね……」
けれど、店員は悩み深くサムの顔を眺めている。
「あのイエローなどは、どうでしょう? お探しのブルーなどのお色はお顔映りがよくないようですし」
「あ、いや、わりと似合うっていうか、」
まさか、ハンディングの道具として自分の兄に着せる必要があるため、どうしてもブルーが購入したいのですとは言えず、その上、ディーンに着られるほどのデカイサイズとなると、店の中には一枚しかなくて、今の時代、本気で着る人がいるのかどうかと疑いたくなるような後ろリボンのクラシカルなブルーのワンピースをサムは購入し、脱兎のごとく店から逃げだした。
「……お前、趣味悪い」
「だったら兄貴が買いに行け! どのくらい恥ずかしい思いをして買ったと!」
ディーンは結局3回着て、パスタソースの飛び散り染みまであるTシャツに袖を通し、もう一度大きな欠伸をした。髪をかき回す。
「あ〜。もう、今回の仕事ときたら、サムの変な女装まで見なくちゃならないし、すげぇ、やる気でねぇ……」
勝手なことを言うディーンにサムは大きなため息を吐き出す。
「だったら、ディーン。青いワンピースに執着するような変な幽霊の噂を聞きつけてくるな」
「でも、」
ディーンはくいっと唇を引き上げ、サムを伺うように下から見上げる。
「でも、変でちょっと面白いだろ。かわいい3歳のベビーちゃんから寒さしのぎに殆ど色のわからなくなった青のワンピひっかけてたホームレスまで狙う、老若男女問わずオールカモンな幽霊なんて、ちょっと見てみたくないか?」
「……別に……」
その幽霊の噂は、ネットにも上がっていた。けれどもそれほど凶悪そうでもないため、サムは現場が近くとも無視してしまうつもりだったのだ。けれど、酒場でその噂を聞いたディーンが酒の勢いで、夕べ大乗り気になったのだ。勿論、酒の抜けた今は、大分やる気がうせているようだが。
「……マジか?」
噂のスポットに程近い森の中に立ち、じゃんけんで負けたディーンは、震えるチョキを大きな目で呆然と見ている。
「うん。公平だよね。ディーンの意見を聞き入れて、三回戦にもしたんだし、もうこれは、兄貴が着るしかないっていうか」
サムは、笑いを堪えるのが大変だ。
「お前、最初から俺に着せる気だったな!」
さっきから散々怒鳴っているディーンは、それでも車の中でごそごそとブルーのワンピースを着て出てきた。自分にぴったりのサイズ=『弟には着られない』に気付き、ディーンはずっと怒っている。いつものブーツで大またに歩く姿は、意外にきれいだったラインのスカートのおかげか、盛り上がったヒップが魅力的だったが、それでも全くくびれないウエストといい、キュートというよりは滑稽だ。
「ブルーっていうと、それしかなかったんだって。いいじゃん、兄貴似合ってる」
サムはディーンの後を追いながら解けているリボンを結んでやる。
しかし、クラシカルな雰囲気のワンピースは、サムの予想以上にディーンには似合っていなかった。サムは、我が兄ながらディーンはきれいな顔立ちをしているし、もう少し似合うのではないかと思っていたのだ。が、現実は過酷だ。最悪というか、凶悪だ。ディーンが短髪なのもよくない原因かもしれない。これでワンピース好きのゴーストが釣れるのかと、実のところ少しサムは心配だ。
「俺は何でも似合うんだよ! ったく、さっさと済ませるぞ、くそっ!」
「……ん〜、そうなんだけど」
足早に草を踏んで歩くディーンのせいで、最早、場所はハンティングスポットだった。早い夕暮れに、辺りは少し薄暗い。ディーンの後ろで立ち止まったサムは、深い物思いに取り付かれたような顔をしてディーンを見つめる。
「……なんだよ」
スカートのせいで下半身がすかすかと頼りないディーンは、弟の顔が不満だった。さっさと面倒事を済ませて、車に戻りたいというのに、ここまで来て、ハンティングに何か支障があるとでも言い出されては鬱陶しい。それなのに、サムは口元を押さえ、困惑を顔に考え込んでいる。
「あ〜、なんていうか、これはもう、男の性なのかなぁ……」
「は?」
口の中で呟くような弟の声が聞き取りづらく、ディーンは苛々と顔を顰める。
「……いや、俺だってさ、兄貴だって十分にわかってるし、あ〜、でも、そういうやって裾をひらひらして歩かれると、もう、なんていうか、誘われるっていうか、我慢ができないっていうか」
急にサムが長い足を折りたたんで、ディーンの足元にしゃがんだ。ちょうどその時、ディーンは、ふわりと霊の近づく気配を感じた。けれど、数々の目撃談からの予想通りというか、サムが立てた仮説がどんぴしゃだったというか、ゴーストは殆ど実体を失ってしまったいかにも無害そうな小さな男の子だ。
ディーンの意識が子供のゴーストに奪われているうちに、少し照れくさそうに笑うサムの手がディーンのスカートの裾を掴む。大きく口を開いて透けた虫歯まで見せて悪戯に笑う男の子もディーンのスカートの裾を掴む。
「ごめんね、ディーン。でも、やっぱ、やらせて?」
「ぎゃーーー!!!」
幽霊と弟にがばっと、青いスカートをめくられ、絶叫したのはディーンだったが、声が出ないほどサムも驚いていた。
「……あ、兄貴……」
思い切りめくり上げたスカートの裾がサムの頭にかかり、サムはディーンのスカートの中に頭を突っ込んだ格好だ。慌てたディーンはスカートを押さえているけれど、元から弟の頭はスカートの中で、ディーンの隠したかったものは、しっかりサムの目の前だ。
ブルーのスカートの下の大きく張り出した腰に食い込むようなディーンの赤いレースのパンティーはどう見ても女物だった。それも、そうとう熟練した女性が真っ赤な爪で選び出しそうな、ずいぶんきわどいタイプ。布の面積は本来の目的より大分少なく、しかもレースで透けて見せているところが大半で、勿論きつきつに押し込められているペニスの盛り上がり具合も、それどころか、それ本体のディテールまで詳細にサムの目前には晒されていた。
鼠蹊部は特に花柄に抜かれたレースの網目が粗くて、腹から薄く続いている頭髪より少し色の濃い陰毛の中で眠っている白い腹の色とそう違わないペニスの色まで詳細に見分けられる。というか、元々パンティー自体が小さすぎて、ディーンの下半身は隠されているとはいいがたかった。股の間に食い込む赤は、太腿の付け根までも面積がなくて、そんなもので、どうやって男の大事な部品仕舞いきれるというのか。それほど濃くはないが、股間を覆う毛と一緒に、ボールが両方とも半分ほど真っ赤なレースからはみ出しかけていた。
サムは頭が痛い。
自分でしたこととはいえ、後悔している。
サムは、ただ、ひらひらしたスカートの裾をめくって、当然現れるトランクスに、スカートめくりがしたいなどといった自分の子供っぽい欲求をちょっと笑いたかっただけだったのだ。
それなのに、ディーンの腰骨には紐に近い真っ赤なパンティーが食い込んでいた。
かわいらしくへこんだ臍を見せつけられ、弟としては、新たに発見した兄の趣味をどう受け入れればいいのか。
「サム! サム! サミー!」
スカートをめくった弟の頭を思い切り引っぱたいてやろうと手を振り上げたディーンは、サムの隣にいたはずの男の子のゴーストが消えかけているのに気付き、慌てて弟を呼んだ。
けれど、難しい顔をしてスカートから顔を出した弟は、うろんな目でディーンを見上げるだけで、ゴーストには全く気付かない。
「お前の隣! 例のゴースト!」
「ん?」
横を向いてみたが、やはりサムは全くゴーストの存在を感じることができないようで、そうしているうちに、光が差し込みディーンの前から、ゴーストはすっかり消えてしまった。
邪悪さを全く感じさせずに消えうせたゴーストに、ディーンはいやにあっけないハンティングの終了に力が抜けた。
「……気が済んだってことか?」
元々、サムは言っていたのだ。
きっとさ、好きな女の子が青いワンピースでも着てて、それめくってみたかっただけの小さな子供の幽霊なんじゃないかな? 青のワンピースで通りかかると、スカートめくられるってそれだけのだけの被害なんだよね? だったら、そんなに怖いわけでもなんでもないし、好きなだけめくったら気が済んで消滅しちゃうでしょ。俺たちがハンティングしてやらなきゃならないようなゴーストとは思えない。
「え? どうしたの? ゴースト、消滅した? やっぱ、子供だった?」
サムはディーンを見上げながら、ちょうどゴーストいた辺りで腕を振り回す。けれど、そこにはもう何の気配も残っていない。
「……ああ」
ディーンが頷くと、弟は深くため息をつく。
「……きっと、兄貴の下着が強烈過ぎたんだ」
除霊用の道具を全て持たされているサムは、肩を怒らせてすたすたと先をいくディーンの後ろを歩いていた。
立ち上がろうとしたところで、一つ思い切り頭を叩かれ、思わず膝をつく破目になった弟は、女物の下着を着用する趣味があることの発覚した兄の背にかける言葉に悩んでいた。が、それよりも、ひらひらと前を行くスカートの裾に誘惑される自分に悩んでいた。
膝下辺りまで慎み深く下手に長さのあるスカートということが、余計に捲りたくさせる原因だと、ロースクールを目指す弟は分析し、気を紛らわせている。
けれど、中身がわかっていてすら、揺れるスカートの誘惑には敵わない。もしかして、スカートめくりゴーストに獲りつかれたでもしたかと、サムは少し心配したが、自分でも、ただ単に、アレの後ろがどうなっているのか知りたいだけなのだろわかっていた。
草を踏みしだいて歩きながら、捲ったところでもう一回殴られるだけだしと、サムは自分にかかるストレスを軽減しようかと迷う。ディーンに下着についての会話を持ちかける、いいきっかけにもなる。
ひょいっと屈み、サムは長い腕で、ディーンのスカートを捲る。
「……やっぱ後ろもすっげぇ……」
ディーンの白い大きな尻に、真っ赤なレース紐がぎゅっと噛むように食い込んでいた。ほとんどが白い尻で、赤は本当に僅かだ。コントラストがすごい。いや、実にやりやすそうな、というか、きっとこれは履いたままやることが前提とか、そういう奴に違いない。赤いレースを指でひっかけ、真っ白な尻へと食い込ませたまま性急に突っ込むことを想像すれば、思わずサムも興奮する。
めくられた瞬間には立ちすくんだディーンも、スカートの裾をサムが掴んだままのせいで、真っ赤になって怒鳴った。
「放せ! くそっ! 放せ! サミー!!!」
「……兄貴さぁ、なんでこんなの履いてるわけ?」
「くそっ! 変質者でも見るよう目で俺のこと見るな、アホサミー! スカートめくりゴーストが、男物のパンツだと嗅ぎ分けて出てこなかったら、俺の女装する意味が無意味だろ!」
サムがしっかりと裾を掴んで放さないせいで、ディーンはきゃんきゃん子犬のように飛び跳ね、抵抗している。
弟は額に皺を寄せる。
「ハンティングのためにわざわざ?」
ディーンは真っ赤になって怒鳴っている。
「当たり前だ! なんだよ。お前、俺にこういう趣味があるとでも思ってるのか!」
「違うの?」
「違う!!」
「じゃぁ、この迫力満点の真っ赤なパンティは、誰の?」
それは、忘れ物っていうか、……まぁ、なぁ、せっかく忘れていってもらったら、捨てるのも薄情だし、そうそうバーでナンパが成功するばっかりでもないし……。
いきなりな質問に、不審に目を反らし口ごもる兄を、サムは呆れた顔で見下ろす。
「ディーン。彼女もね、使ってもらうとこまでは許せても、きっと履くのは許せないんじゃないかな?」
「だから! 俺は履きたくて履いたわけじゃなくて、仕事を完璧にこなすためにだな!」
放せ!放せ!と、またディーンはわめく。捲れたブルーのスカートが清楚なため、真っ赤な下着の色彩がすごい。
「……ふーん。ディーンは、仕事完璧主義と」
「くそっ! くそっ! くそっ! くそサミー放せ!本当だ! 本当に俺は、仕事のために!」
「はい、はい。そうだね。兄貴。兄貴のパンティーのおかげで狩りしなくてもゴーストは消滅したし。いやぁ。今回は楽な仕事だった」
しかし、翌日サムがランドリーで洗濯をしようとすると、場違いなディーンの真っ赤なパンティーがしっかり紛れ込んでおり、サムは、一緒にランドリーにいた妙齢の女性たちに、実に無害そうな笑みを浮かべなければならなかった。
END
やったぁ、サミー、お兄ちゃんのぬぎぬぎナマぱんつ、手に入ったじゃん!←……違う