友達の恋人

 

今日もかわいらしい笑顔でサンディが、恋人であるジャレッドの世話を焼いている。カメラのピントを合わせる作業のためセットに入っていたがそれも終わり、椅子に戻ろうと歩いてきたジャレッドが近づくとカップを手渡す。そして、もう30分も椅子に腰掛けたまま共演者の様子を見ていたジェンセンにも笑いかけてくる。

「ジェンもいる?」

ジェンセンはありがとうと、笑顔を返した。気さくにサンディは唇を持ち上げて笑うとコーヒーを取りに歩いていく。きゅっと持ち上がったピップが元気に歩くたび動いて後ろ姿までとてもキュートだ。ジェンセンは、二週間前にサンディと初めて会った。

「ジャレ。彼女のこと使って悪いな」

そして友達になった。

「いいって。サンディ、ジェンのことすごく気に入ってるし」

けれど友達というなら、二週間前に初めて会ったサンディより、隣の椅子に腰掛けるドラマの共演者として一緒に過ごしてきたジャレッドの方がずっとジェンセンとは親しいのだ。だが、ジャレッドと画面以外の場所でも上手く友情関係を保ってきたはずのジェンセンは、サンディと知り合うと、ジャレッドを自分の友達という分類から、サンディという友達の恋人としてボックスへ収納しなおした。

友達の恋人が、目を輝かせてジェンセンの顔を覗きこむ。

「なぁ、ジャレ。今週末、一緒に釣りに行かないか?」

ジャレッドは膝の上に森林レンジャーが発行している州立公園のガイドブックを開いている。ここ二日、ジャレッドの暇つぶしはゲームじゃなくてこの本だ。アウトドアは得意分野ではないものの、一通りサマーキャンプやボーイスカウトを経験してきたジェンセンも嫌いではない。

「サンディも、一緒なら」

「え〜」

ぶつぶつと文句を言うジャレッドは、最近ジェンは冷たいと言う。前はもっと一緒に遊んでくれたのに。

「ジャレ、サンディが、買い物に行きたいって言ってたぞ」

「またかよ……」

ジャレッドは、子供のようにむっと口を曲げる。

二週間前、ジェンセンにできたサンディという友達は、本当にフレンドリーな気持ちのいい女の子で、だから恋人であるジャレッドの仕事仲間のジェンセンのことを彼の親友の位置づけで、自分にとっても大事な友達として接してきた。ジェンセンは、サンディと恋人との間で起こっていることの相談相手にも任命された。サンディは素敵な花瓶が欲しいのだ。勿論、恋人が部屋に戻ったとき、気持ちよく寛げるために。

「何が不満? 普段、あんまり構ってあげられないんだから、遊びに来てくれてるときくらい、相手が嫌になる程べったりしてないと、捨てられるぞ。ジャレ?」

「……う〜ん。わかってるんだけど、さ」

ジェンセンは時々サンディの恋人にも相談相手にされる。

「でも、さ。……ジェンもわかるだろ?……」

ジャレッドの目が拗ねたようにジェンセンに同意を求めた。ジャレッドのハンサムな顔は半ばガイドブックで隠れてしまっている。目だけなら、拗ねていてもジャレッドの顔はセクシーだ。けれどきっと隠れた口元が尖ったままで、そこまで見せてしまえば女の子の多くは、かわいいと彼を抱きしめるに違いない。

ジャレッドが何をわかって欲しいと思っているのか、ジェンセンはガイドブックを持ち上げている太い腕を眺めながら、色々頭をめぐらせた。

が、友達の恋人が口にした答えは、ジェンセンが想像したものの中でも、一番期待はずれだ。

「ジェン、買い物ってさ、……面倒くさくない?」

 

 

ジャレッドに打ち合わせをしようと声が掛かった。いかにもホラーっぽく作られた薄暗い部屋のセットの中へと足を踏み出していくジャレッドが不意に足を止め、衣装のポケットに手を入れる。

「ジャレ。これ。……お前のこと一番好きだから、一番俺の好きなのやる」

サンディが、湯気の立つコーヒーを手に戻ったところだ。彼女は仕事に入るジャレッドに笑いかけたが、ジャレッドは唇に曖昧な笑みを作って小さく頷いただけで、目は、椅子に座るジェンセンへと残されている。ジャレッドの大きな手がジャレッドに手渡すのは、小さなグミだ。ピンク、緑、赤、青。カラフルなそれは、ジャレッドの大事なおやつのはずだが、ジェンセンはそれほど好きではない。

けれど、ジャレッドが差し出すから、ジェンセンは手の平からグミを受け取った。ジャレッドは、嬉しそうに笑う。

「旨いよ。食って」

ジャレッドが笑う。サンディには視線を送らない。

小さく肩をすくめたサンディが、ジェンセンへとコーヒーを手渡しながら、空いた恋人の椅子へと腰掛けた。

「サンディ。ありがとう。……なんか、揉めた?」

ジェンセンはセットへと入っていくジャレッドを顎で指し示しながら何気なさを装って尋ねた。カップを傾けるサンディは少し唇を突き出すようにした後で、曖昧に笑う。

「うん。朝、ちょっと。すぐ怒るのよ。ほんとに、いつまでたっても子供っぽい」

無意識に恋人と同じ顔をして拗ねて見せるサンディに、君が来てくれたから、甘えてるんだろとか、ジェンセンは床の上をコードが動いていくのを眺めながら適当な励ましの言葉を贈った。セット近くでは、カメラの動きが説明され、音響担当から、どうも音が反響しやすいようだから、取り直しがあることも覚悟して欲しいとの注意がある。ジャレッドは、何度も頷いている。

ジェンセンの手の平にグミが張り付いている。

「ごめん、サンディ。一人にして悪いんだけど、ちょっと確認しておきたいところがあって、トレーラーに戻りたいんだけど、大丈夫かな?」

何度か足を組み替え、自分の中で不自然で無いだけの時間の経過を待ったつもりのジェンセンは席を立った。

 

 

一人、自分に当てられたトレーラーに戻り、タラップを駆け上がったジェンセンは、ドアを中から閉めると、作り付けの小さなクローゼットへと額を押し付けた。

「……」

込み上げる感情は声にしがたく、しかし、後ろめたさの伴うそれはジェンセンを急かして、クローゼットを開けさせる。

クローゼットの中には、色々なものが積み上げられている。一番多いのが靴。ファンから貰ったメッセージカードも何束か。枯れた植物の鉢植えも入っている。とりあえず何でも突っ込んでいるだけだから、中は整理されているとは言いがたい。

けれど、一番取り出しやすい位置に、大き目のクッキーの缶がある。それにジェンセンは今日貰ったグミを放り込む。缶は、菓子が一杯でとうに蓋ができない。

 

……お前のこと一番好きだから

 

ジェンセンは耳に残るジャレッドの声をもう一度味わった。

今朝、恋人と小さな小競り合いをした友達の恋人が言った一言だ。本気なわけがない。そんなことは、ジェンセンだってわかっていた。いままでだって、ジャレッドはジェンセンを何度も一番と言ったが、実はジャレッドの一番は、沢山居る。お前が最高。一番。……。

 

……手に触った

 

けれども、いつからか、カメラが回っている時以外のジャレッドからの接触がジェンセンにとって重要なこととなっていた。スキンシップの好きな友達の恋人は、無造作にジェンセンの首へと腕を回して引き寄せる。物を手渡すときに手同士が触れ合うことを気にかけない。そんなこと知っている。ジャレッドは旨そうに見えれば、人の皿からでも食べ物を奪っていく。

 

……一番俺の好きなのをやる

 

ジャレッドが昨日一番だと言った菓子は違っていた。二週間前に出来た友達の恋人はそういう奴だ。いつも笑顔で、パワフルで、あまりに前ばかり見ているせいか仕事以外のことでは、意外と取りこぼしも多い。約束だって忘れる。けれど、ジェンセンは、サンディの恋人が真面目な一面を持っていることも知っていた。買い物よりはアウトドアの方が好きで、そして、水際のブランケットに座って本を広げる。

 

「くそっ! ……ジャレ」

今朝諍いをしたサンディが、ジェンセンに優しくすることへのあてつけだとわかっていながら、グミをくれた時のジャレッドの唇を大きく引き上げた笑顔をもう一度味わう俳優は、トレーラーのクローゼットの前で強く目を瞑った。ハンサムなあの顔は、力強く笑う。触れる手は、大抵暖かい。

ジェンセンは額を覆って、強く髪をかき上げる。

ジャレッドとの接触を思い出せば、ジェンセンは自分を許してやるかどうか決めなければならなくなるのだ。そして、大抵、ジェンセンは小さく息を吐き出し、自分を許してしまう。

ジェンセンは自分の顔を両手で覆う。

 

ジャレッドが俺の食べもしないグミくれるのが悪いんだ。大きな手で触るアイツが悪いんだ。喧嘩なんてするな。今日も、笑った。……俺に笑いかけてくれた。

 

 

前が固くなっているジーンズを布の上からジェンセンは触る。じわりとした快感がジェンセンの腰に湧きあがる。盛り上がった形に合わせ、もう少し力を入れながら何度も撫でれば、もうジッパーを下ろしてそこに手で握りたくなった。目は一杯になっている菓子を見つめている。カラフルなそれは、まるでジャレッドの笑顔だ。

ジェンセンの手は、ジッパーを下ろす。

盛り上がった下着の上からペニスを掴む。そのまま動かせば、正直な快感がジェンセンを捕らえた。

ジェンセンは布ごとペニスを扱く。口から、湿った息が吐き出される。

ジェンセンは唇をかんだ。ペニスはすっかり固い。出して直接扱きたい。

下着は先端から漏れ出したもので、じわりと濡れだしてしまっている。

下着の中で出してしまうのが嫌で、ジャンセンはゴムを押し下げると、腹からうっすらと続いている陰毛の中から固いペニスをつかみ出した。包皮ごと扱く。濡れてすべる先端を指の腹で撫でる。

「……ぁ、……ッふ……」

カラフルな菓子を見ていたはずだったジェンセンの瞼は閉じられてしまっていた。

ペニスを握る自分の手が、さっきジェンセンにグミをくれたジャレッドの大きな手にすり替わる。

あたたかくて大きな手は、ジェンセンのペニスを握って動かす。固くなって我慢のきかないペニスをじっと見た後、からかうような顔でジェンセンの顔を覗きこむ。

ジェンセンの腰にぎゅっと快感が集まる。

 

『……なんで、こんなにしてるの?』

「好き……だから、お前のこと、好きだから」

 

『やらしいな。ジェンは』

 

ジェンセンはジャレッドの胸に抱かれるようにしてペニスを扱いて貰えたらと、浅く唇を開いた。そうして貰えたらどんなに気持ちがいいだろう。意地の悪いこと言えるあの声が、ジェンセンの耳を噛むようにしながら、囁いてくれたら。

ジェンセンは重く震える睫を開き、蓋のないクッキーの缶を眺める。カラフルな菓子は零れそうに入っている。

『お前のことが一番好き』

 

ペニスを握り扱くジェンセンの動きは早くなる。ぬるぬると滑る先走りをペニスの先端に塗り広げるように先端まで手で握り込むようにして、その快感に息を飲む。全長全てを隈なく扱けるように手を動かし、下着の中へも手を入れて、陰毛の中の二つの玉も握り込む。

「……ぁ、……いい」

陰嚢を緩く何度も握ると、ジェンセンの腰が揺れた。ペニスの先端からは、零れ落ちた先走りがぽたりと床を濡らした。ペニスを握る手は、自分のものから漏れ出したものでぬるぬると滑る。固いペニスは、もうこれ以上ないほどに、熱くなっている。ジャレット絡みで、ペニスを扱けば、ジェンセンが楽しめるほどの時間は保たない。馬鹿みたいに頂点が近い。あまりに良くて、泣けてくる。

「……っ、気持ちいい。……ジャレ」

「ぁ、……あ。……いい、……っイイ……」

腫れたように熱くなっているペニスは、ドクドクと血を集め、ジャレッドを喘がせる。先端からはたらたらと溢れているものをペニスを扱く手は広く塗りひろげる。脇や、胸などに、熱が集まり、しっとりと汗が噴き出す。

たまらない射精感に悩まされているジェンセンの尻には力が入っている。無意識に腰は突き出される。

 

『ジェン、かわいいね。こんなにして、すっごいかわいい』

 

いくらでもジャレッドはジェンセンに甘く囁き、もう快感をやり過ごせそうになくて、目を潤ませながらジェンセンは陰嚢を掴んでいた手で、ペニスの先を覆う。そうして、くちゅくちゅと音を立ててジェンセンはペニスを扱く。

ジェンセンは、サンディにキスするジャレッドを何度も見かけたことがある。覆いかぶさる大きな体は大雑把に髪を撫でていたくせに、やけに優そうに見えた。好きだと言うたび、キスする。ジャレッドはいつだってそうだ。

ジェンセンの頭には、もう、射精する瞬間のことしか思い浮かばない。

『ジェン……お前のことが一番好き』

うすらと唇を開け、舌を覗かせたキスの形に尖る。

 

「……ぁ、ジャレ。ア!……ッ……ンン!!」

 

 

はぁはぁと、上がっる息をジェンセンは唇を何度も舐めて、次第に沈めていく。赤くなった目尻は、快感のなごりでうっすらと長い睫を濡らしていた。

精液の飛散を止めた手のひらは、クローゼットの中に一緒に放り込んであるティッシュで拭う。

「……ああ、くそっ! 友達の恋人相手に、またやっちまった」

ジェンセンは毒づくが、けれど、なまぬるく甘い快感に囚われたまま、自分の息が整うまでをゆっくりとやり過ごす。

 

 

 

身なりを整え、セット前の自分の椅子へと戻ろうと足早に歩いていたジェンセンは、スタジオの雰囲気から、まだ自分がそこで必要とされていないことがわかりほっとして足を緩めた。

セットでは、大勢のスタッフに囲まれた今回のゲストがカメラテストをしている。

すると、ジェンセンの手首をぐいっと握り、道具の側へと引き止めた手があった。

「ジャレ?」

不機嫌な顔のジャレッドがジェンセンを見下ろす。サンディの姿は見えない。

「どこいったのかと思った」

「どこって、別に……」

「急に消えたら心配するだろ!」

 

ジェンセンは思わず笑ってしまった。

「お前、どこの坊やだよ」

 ジャレッドは、ガイドブックを掴んでいる手を振り上げ、それから、大きく息を吐いて、手を下ろした。

「……ジェンは、最近、冷たすぎる」

 

 二週間前に出来た友達の恋人は、ジェンセンの秘密を知らない。

 

 

END