仲良し
撮影の合間に、トレーラーへ戻ろうとしてタラップを3歩上がったところで、下から手を引かれた。
「ジェンセン……」
手首を掴む大きな手は、相変わらず暖かく力が強さに溢れているというのに、声は力ない。寒さにダウンジャケットの中へと首をすくめるようにして立つジャレッドの姿は、大きな体を持て余しているようで、とても情けなかった。
「どうした?」
薄着のジェンセンは、できればトレーラーの中へと入ってしまいたかった。けれども、ジャレッドは、タラップの下で交互に足を動かして、所作なげに足元の小枝を踏む。大きな靴が、音を立てて小枝を踏み折る。
「どうしたんだ? そんな顔して」
ジャレッドは低調そうだ。
「やっぱ、飲みすぎたか?」
小さく、一つジャレッドが頷く。いつもどおりタラップに足をかけてしまえば、その長い足なら、2歩で温かなトレーラーの中へと入れるというのに、上がろうともせず、ただ、ジェンセンの腕を掴んで引き止める。
「時間平気なのか? 調子悪いんなら、休んでくか?」
「……ん」
ジェンセンがわざわざタラップの端に寄って誘っても、ジャレッドはタラップを上がろうとはしなかった。けれど、いつもの気の利き方を発揮して、薄着のジェンセンに、中に入るよう勧めもしない。
「……あ〜、あのさ、夕べのことなんだけどさ、ジェンセン」
「ああ」
俯きがちに、口ごもりながらのジャレッドの態度で、ジェンセンは全て理解した。そして、やはり寒いから中に入りたいと、思う。たったアレだけのことで、トレーラーの中で二人きりになるわけにはいかないと思うジャレッドの若さがうとましく、かわいらしい。たった、あれだけ。たった、あれだけ。
「ジェンセン……誤解した?」
憮然とした口元と、伺うような視線が、アンバランスでジャレッドはとても魅力的だ。この質問だって上目がちの甘えた態度で切り出しているくせに、ジェンセンがジャレッドの意に染まない返答を返すことを許さないような、そんな威圧感を大きな体が漂わせている。
「してない。だって、最初にお前に触ったの、俺だろ。背中出して寝転がってるから、擽ってやりたくなって」
ちらちらと何度も見上げてくる年下の顔はかわいい。
「そうだけどさ、その後、俺、ジェンセンにものすごく触ったし、……その」
ジェンセンは話にくいこと話すため、わざわざ相手の手首を掴んで離さないジャレッドの誠意に、心が擽られる。
「ジャレッド、平気だ。気にしなくていい。もうあの時はには誰も居なかったし、お前が、俺の太腿にめちゃくちゃ執着して撫でまくってたのも俺は許してやるつもりだし、……お前は、それで、その気になってむしゃぶりついてキスした俺のことを許すつもりでここに来たんだろ?」
返事が返るまでには、だいぶ間があった。
「あ、……うん」
気持ちよく飲んだ後に、カーペットの上でごろごろと寝転がるのはどうしてこんなに気持ちがいいのかと思うのだ。食べ物も、空き瓶もあちこちに転がったままだというのに、ふかふかのベッドよりずっといいのはどういうわけだ。
多分、家の中にはあと一人くらいは、ジャレッド以外の面子が残っていそうな気がするのだが、すっかり静かになったバスルールの様子を考えれば、もう誰もいないのかもしれなかった。
ジャレッドが床に腹ばいになっていて、ジェンセンはその背中に頭を乗せ、逆さまに見えるTV画面を眺めていた。同じ画面を見るジャレッドが時々笑う振動で、自分の頭も揺れる。この枕は暖かだし、ふかふかでとても気持ちがいいのだが、時々急に揺れて、もうどうでもよくなっている酒を飲むには少し不都合だ。
「……ジャレッド。揺するな。零れる」
「いいじゃん。だって、おかしいもん。ジェンセンも真剣に見なよ」
「明日、お前、鳥の人気者になっちまうぜ?」
腹の側にあった置きっぱなしのポップコーンを振りまいてやろうかと思ったところで、不意にジェンセンは、ジェンセンの大きな背中が、トレーナーの裾からすっかり出てしまっていることに気付いた。まるで子供のように腹をしまえていないジャレッドの油断がジェンセンを誘惑する。
「かわいいじゃないか。お前」
ジェンセンはにんまりと笑うと、太いセクシーな腰を擽った。ジャレッドが飛び起きて、自分を庇う。勿論、酔っ払いのジェンセンの頭はカーペットに直撃だ。
「……痛ぇ」
「……、へ、平気?」
ジャレッドの背中から転がり落ちたときに、手に持っていた壜から顔といわず、体にもビールかかり、ジェンセンはすっかり悪戯の報いをうけていた。思わず二人して吹き出す。酔っているから、何でも楽しい。
「ジェンが悪いんだぞ。俺も、ジェンセンに触るからな!」
「おう。触ってみろ。高い金、取ってやる」
擽りあいっこから、ごろごろと床を転がる取っ組み合い。気持ちが悪い!と、呻きながらも互いを離さず、転がった先で、ジェンセンがテーブルの足に頭をぶつけそうになり、とっさにジャレッドの大きな手がそれを庇った。転げまわって酔いが回ってぐだぐだの二人は、足をぐちゃぐちゃに絡ませた格好のまま、まだ二回転、三回転して、お互いの顔を相手の体に擦りつけて吐くとわめいて、それでも全く不愉快じゃない。
いつでも擽り合いを再開できる体勢のまま休憩に入って、すると、にやっと悪戯に笑ったジャレッドが近すぎる位置で絡み合っている足を思わせぶりに動かした。長い足を使ってセクシーに太腿をなで上げられると、普段相棒ほどではないジェンセンの悪戯心がむくむくと沸きあがる。
「……っァ、ん」
喉のそらせ方がわざとらしくて、ジャレッドが笑う。調子に乗ったジャレッドの手が、ジェンセンのジーンズを撫で回して、ジェンセンは、年下の大きな体に潜り込むようにぐっと体を近づけた。
ジャレッドの胸から顔を上げて、酔いに潤んだ目をしたジェンセンが言う。
「……ジャレ」
ジェンセンの掠れた声にジャレッドの胸はどきりと音を立てた。けれど、その警告音を、深酒の酔いは曖昧な鈍いものへと変えていた。
「なに? もっとしてって? ジェン?」
腰を抱いた相手の太腿はとてもいい感触だ。酔いで箍の緩んでいるジャレッドは、この冗談にすっかりうけていて、にやにや笑いながら、体を摺り寄せてきたジェンセンの柔らかい内腿まで撫でた。
「触って欲しけりゃ、して。っておねだり。ねっ、ジェンセン」
ジャレッドにも、ここまでいいのかという違和感はある。けれど。
意地悪く見下ろせば、ジェンセンは目を反らし、年上の手の込んだ挑発にジャレッドは煽られている自分を自覚した。
わざと恥らっているのだとわかっていても、年上の行動は、さらにジャレッドははしたない言葉をジェンセンに強要してみたくさせる。
「触って、言いなよ。ジェン」
ジェンセンは年下の様子に、笑い出しそうだった。普段、この坊やがどんな主導権のとり方をしながらベッドにいるのか透けて見えるのが面白くてしょうがない。
「……言えない」
きっとこういうのが趣味のはずだと、わざと口ごもる真似までしてやると、ジャレッドはぐいっと腰を引き寄せる強引さで、ジェンセンの太腿を撫で回した。熱い体が、ジェンセンを包み込んでいる。
「いやらしい。いやらしい。ジェンセン。……いい子だから、ほんとのこと、言お?」
耳元で囁きながら、足の付け根のきわどいところを長い指でマッサージされて、ジェンセンは思わず腰を引いた。
「触ってって、いやらしくねだりなよ。ほら、……ジェン」
その時、ヤバイなと、本気で思っていたのは、ジェンセンだけだったはずだ。ジャレッドはまだ酔っ払いの遊びでじゃれているだけで、しつこかったし、笑えたが、それだけだったのだ。
だが、この接触と、酒の酔いは、普段慎重なジェンセンを誘惑した。いや、背中を押した。
「ジャレッド。……なぁ、ねだったら、してくれるわけ?……っぁ、……ジャレ、そこ、イイ……」
かすれた声で囁くと、ジェンセンは長い睫を伏せ、嬉しそうに笑っている年下の唇を奪った。
ジャレッドがびっくりして動けずにいるのをいいことに、酔っ払いの年上は両頬を挟んで口内を隈なく嘗め回す。
「悪いけど、寒いんだ。中、入りたいんだけど、……いい?」
捕まれた腕を振り払うでもなく、トレーラーの中へと入ろうと促したジェンセンを、傷ついた顔をしてジャレッドが見上げていた。けれど、本当に寒いのだ。今にも雪が降ってきそうな空模様だというのに、ジャレッドは撮影時に着ていた薄いコート一枚だ。
「お前はそれだけ一杯着てるからいいけど、俺、寒い」
ジェンセンは、腕をつかまれたままタラップで足踏みした。
「……もしかして、ジャレ、俺に謝って欲しいのか?」
「ジェンセン……」
ジェンセンがひそかにイラついていると、ジャレッドがいきなりタラッブを駆け上がった。やっと中に入れるのかよと、ジェンセンがほっとする間もなく、今度、年下はドアを大きく開け放ち中に入ると、いや、中へとジェンセンを無理やり連れ込むと、年上に対する敬意もなく力任せに鏡へと押し付けた。
あまりの力に、ぐうぅっと、ジェンセンの喉が鳴る。
「……ジェンセン、あんたって、ほんと性質悪ぃ」
暴力的な雰囲気を纏い威嚇する大きな体はジェンセンを身動きさせなかった。
一体何が起こった?と、ジェンセンが大きな目を更に見開いている間に、逃げることも敵わない年上の俳優の顎をジャレッドの長い指が掴んだ。ジャレッドの大きな手は、完全にジェンセンの顎を覆ってしまう。
顎が砕けるんじゃないかと思うほど痛く押さえつけられ、抗議の声を上げるより前に、ジェンセンの唇は塞がれた。
「この……ビッチ!」
ジェンセンを口汚く罵ったジャレッドは噛むように唇へとキスを繰り返し、文句の言葉を言わせなかった。
額をきつく押し付けられて、触っている部分はあたたかでなんだか安心するのに、後ろの鏡に頭をあたってジェンセンは痛い。
舌は甘いというよりは、獰猛にジェンセンの口の中を荒らしまわった。
息が苦しくて、ジェンセンの目は、潤んでくる。
腕力では敵うはずもないジャレッドの激しい怒りを見せる姿に、ジェンセンの体は竦んでいたが、けれど、こういうのもいいと、どこかでこの年上の俳優は思っていた。
なんだか、ジャレッドに特別な関心を持たれているみたいだ。
二人で毎日、顔つきあせてしゃべって、撮影して、飯を食って、仲が良くて、けれども、あともう少し、ジェンセンは足らないと感じていた。少し人見知りなところのある自分が、平気で胸のうちを明かせて、隣で眠ることも出来て、この年下の共演者は仕事を介して出会えたことが全く奇跡のように得がたい友人だった。けれど、ジェンセンを惹きつけるジャレッドの魅力はそこなのか?
ジャレッドは、抗うジェンセンの顎を押さえつけ、年上に濡れた口元も拭かせもせずに、恐い顔をして睨みつけている。怒鳴る。ジェンセンの目を濡らす涙は、目の前の恐怖に、したくなくとも睫を重くしていく。
「どうして、俺が口説くまで待たない。ジェンセン!」
悔しそうに噛み付くキスをするジャレッドに、ジェンセンは、思わず、ハハハと声まで出して笑ってしまった。
ジャレッドの暴力的だった雰囲気に思わず竦んでいたジェンセンの足は、力が抜けてかくんと膝で折れてしまった。
……なんだよ。そこなわけ? ジャレッドが腹、立つのは。
しかし、ジャレッドががっしりと体を掴んでいるから、ジェンセンは楽に崩れ落ちることもできない。
ジャレッドはまだ怒っている。
「あんたさ、もう、本当に、普段はお上品で、親切なだけの奴のくせに、一体何なんだ。俺より先に仕掛けやがって!」
相変らずジェンセンの後頭部を鏡に押し付けたまま逃げられないきつさで行われるキスはまるで罰のようで、けれど、この年下の自分本位さ、熱さが、ジェンセンをくらくらさせた。
確かに面子は大事な問題だ。
でも、ジャレッド。
「……嫌だろ。……待ってて、肩透かしくらっちまったら……」
「くっそぅ! そういうこと言うのは、どこのお上品な口だよ!」
やっと後頭部に痛みを与えていた鏡から離されたと思ったら、ジャレッドの大きな手にいきなり尻を掴み上げられ、いやらしく揉まれ、ジェンセンは焦った。
「やめろ! こら! やめろ!」
ジャレッドは、慌しくダウンの前を開け、ジーンズの前をジェンセンの腰へと押し付ける。
「なんだよ。せっかく、俺がジェンのペースを大事にしてやろうと思ってたのに。それぶち壊して誘ったの、あんただろ。なんだよ。何今更、焦らすんだ」
文句を言いつつもどこか嬉しそうなジャレッドに、小さなテーブルの上へと楽に運ばれ、押し倒されて、げふっと痛みに呻きながら、ジェンセンは、必死に大きな体を押し返す。
「大事にしてくれ。すごく、大事にしてくれ。ジャレッド、ストップ! セックスはまだだ!」
覆いかぶさっているジャレッドは、あり得ないことを聞いたような顔をして、口まで薄く開いていた。
「は? キスだけ? ねっ? セックスを許すつもりがないのに、あんた、俺にあんなことしたの?」
俺のこれ、こんなにしときながら? ジャレッドは、固くなった股間でジーンズ越しにジェンセンの前を下から擦り上げるようにして、真剣に尋ねる。
その高ぶりの熱さに、ジェンセンの体のどこかにも、くすぶるように熱が湧いたが、ジェンセンは必死に首を振った。
「キス、したかったんだ。ジャレッドにキスしたら気持ちがいいだろうなって思ってた」
「信じられねぇ。あり得ねぇだろ!……くそっ! ジェン!」
ジャレッドは思い切り顔を顰める。
大きな体は、地団駄を踏む。
ジェンセンは、ジャレットのシャツを掴んで引き寄せると、ぎゅっと目を瞑り、自分からジャレッドに口付ける。
「ダメ、だぞ。……ジャレ」
「赤くなるな! 目を反らすな! ああ、くそっ! ジェン!!」
END