百合カプ物語 ─1─
ショーンは、頭痛に耐えながら、ドイツの教会で立っていた。
二日酔いの体には、タキシードは苦しかった。
パイプオルガンの音が教会の中で、反響するもの、ショーンを苦しめた。
「では、サインをお願いします」
神父の声がした。
隣りに立つ、ヴィゴが、嬉しそうな顔をして、ショーンの腕を肘で押した。
ショーンは、酷くなる吐き気に耐えながら、ヴィゴに聞いた。
「俺が先?」
ヴィゴは、蕩けそうな顔をして、目を細めた。
「嫌?」
声まで蕩けていた。
「さっさと、終るなら、なんでもいい」
早くこの遊びを終らせたくて、ショーンは、ペンを取った。
夕べ、相当飲んでから始めたカードゲームのペナルティーは、負けた方が、勝った者の言う事を利くというものだった。
ショーンは、ヴィゴに懇願されて、教会で結婚式の真似事をさせられていた。
酒臭いと自分でも感じる息のまま、先ほど誓いのキスまでも済ませた。
神父によって、指し示された部分へとショーンは、自分の名前を書き殴った。
「ありがとう。ショーン。じゃぁ、今度は」
ヴィゴがペンを持った。
ヴィゴがサインを済ませれば、あとは、祝福を受けるだけでこの儀式は終わりだった。
ヴィゴは、一度だって、ショーンに説明しなかったが、場所は、同性同士の結婚を認めているドイツ、そして、神父がサインするようにと示したものは、パートナー制度を利用するという承諾書だった。
ヴィゴは、緊張に胸を高鳴らせながら、紙の上へとペンの先を置いた。
教会のステンドグラスを叩く音がした。
「待て!ショーン!待つんだ!」
「ヴィゴ!!あんた!何、考えてるんだ!!」
男がステンドグラスに張り付き、ドンドンとガラスを叩いた。
まるで、映画のワンシーンだ。
見てない奴だって、ああっと、この後に起こることがすぐに、思い出せる。
大きな音を立てて、教会の扉が開いた。
そして、映画とは違い、大勢の男がなだれ込んだ。
ブラッドがいた。オーランドがいた。エリックもいた。カールもいる。ディヴィッドもいた。
男達は、目を吊り上げていた。
2人のほかには、オルガンを弾いてくれていたご婦人と、神父しかいなかった教会が、騒然となった。
ヴィゴは、紙へと素早くサインした。
そして、そのまま、隠そうとした。
だが、そうする前に、飛び付いたオーランドの手によって、承諾書は、ヴィゴの手から離れた。
ドアのところには、面白がっているイライジャや、ドミニク、ビリーの顔も見えた。
イライジャが、かわいらしいイラスト入りの葉書をヴィゴへと振ってみせた。
「ヴィゴ。惜しかったね。ショーンをドイツへ誘って、サインさせるとこまでは、上手くいったみたいだけど」
ヴィゴには、その葉書に憶えがあった。
ほんのちょっと自慢したかったのだ。
ショーンを独り占めする幸福を見せ付けたかったというのが、本音かもしれない。
「勇み足って奴?結婚報告の通知が、ちょっと早く着きすぎたみたいだね。俺だと思って油断した?」
イライジャの青い目が、にっこりと微笑んだ。
ヴィゴの目の前には、スーツでびしっと決めたオーランドが立っていた。
「ヴィゴ。俺さぁ、リジから、連絡貰って血の気が引いちゃった」
ヴィゴの方こそ、血の気が引いた。
オーランドが、ヴィゴの首を締め上げた。
「誰と、誰が結婚したんだって?俺のとこにも葉書が届いたりしちゃうのかな?」
ヴィゴの首は、ただでさえ、タキシードで苦しかった。
オーランドが締め上げれば、尚更だった。
二日酔いのショーンは、突然騒がしくなった周りに、思い切り顔を顰めて、ベンチへと座り込んだ。
「なぁ、もう、終わりでいいのか?」
ショーンは、櫛付けられていた髪に指を入れ、崩しにかかっていた。
ショーンに近づいたブラッドは、苦笑した。
「ショーン。これは、遊びと理解していいか?」
「ポーカーで負けたんだ。なぁ、ブラッド。二日酔いのクスリを持ってないか?頭痛薬でもいい」
ショーンは、目を眇めたまま、ブラッドを見上げた。
エリックが、顔を顰めた。
「ショーン。遊びでこんなことにのるなよ。ったく、いい加減にもほどがある」
ショーンは、鼻を鳴らした。
「お前達、暇だね。オイ、カール、頭痛薬持ってない?」
「何でも平気ですか?」
ディヴィッドがショーンに声をかけた。
ショーンは、ディヴィッドに向かって、手を伸ばしながら、蝶ネクタイの首元を緩めようとした。
「ちょっと、待った。ショーン!」
オーランドが、ショーンを止めた。
ショーンは、盛大に眉間に皺を寄せた。
「なんだよ。オーリ」
「せっかくだから、あとちょっと我慢して、ショーン」
オーランドは、ヴィゴから取り上げた承諾書を机の上へと戻し、ヴィゴの名の下に、自分の名前をサインした。
カールを手招き、ペンを渡す。
不思議そうな顔をしたカールだったが、頷くと、オーランドの名を避けて、自分の名前を署名した。
ペンは、順繰りに男達の間を渡って歩き、承諾書には、有名俳優達の寄せ書きが作られた。
その間、ヴィゴは、にやにや笑って、押さえつけているドミニクと、ビリーの2人組みによって、動けずにいた。
体にフィットしたすばらしいタキシードを着ているにも関わらず、ヴィゴの顔は、泣き出しそうだった。
「ねぇ、俺も書いてもいい?」
イライジャが、大きく口を笑いの形にして、ペンを持った。
「好きにしろ。とにかく、さっさと終わりにしてくれ」
ショーンは、ディヴィッドに頭痛薬を飲ませてもらいながら、イライジャへと頷いた。
「では、皆様方が、いつまでも、健やかに、幸せに…」
一列に並んだ男達を、笑いの形に目を緩めた神父が祝福した。
半泣きのヴィゴと、二日酔いに顔を顰めているショーンを除き、他の者は、晴れやかな顔をしていた。
スーツの者も、普段着のままの者も様々だったが、皆、一様にすばらしい男ぶりであることは間違いなかった。
結婚儀式の終了に、後ろに立つ、ドミニクと、ビリーがささやかな拍手をした。
神父の言葉が終ると同時に、ショーンは、蝶ネクタイを毟り取る。
「…終った」
ショーンは、盛大なため息を漏らした。
「終ったぞ、ヴィゴ。遊びは終わりだ。折角、みんな揃ったんだから、何か食いにいこうぜ」
ヴィゴは、情けなく眉を寄せたまま、首を鳴らすショーンを見た。
「…ショーン。あんた、二日酔いで辛いんじゃ」
ショーンは、堅苦しい儀式の終了に、明らかにほっとしていた。
「でも、この全員、あんたが招待したようなもんなんだろう?折角なんだ、美味いもんでも食いに行こう」
まだ、頭痛薬が利かないのか、ショーンは、額を押さえながらも、さっさと教会の扉へと向かった。
ブラッドが、へたり込んだヴィゴを見下ろした。
「はじめまして。ミスター・モーテンセン。お会いできて嬉しいです。面白い企画を考えられましたね」
ショーンに付いて行きかけていたエリックも、踵を返した。
「ああ、俺も、はじめまして。ミスター。お噂は、オーリから、散々聞いています。大層、面白い方だとは聞いておりましたが、これほどとは」
ヴィゴは、ブラッドが差し出した手に縋るようにして、体を持ち上げた。
ディヴィッドは、ショーンと一緒に行ってしまっていた。
カールと、オーランドが、一応心配そうにヴィゴを待っていた。
「皆さん、ショーンの…その…」
ヴィゴは、青い目を力なく伏せながら、口篭もった。
ブラッドとエリックは微笑んだ。
「さぁ、そういうことは、言わない方がお互いのためかと思いますが」
ブラッドの青い目は挑戦的に光っていた。
エリックの黒い目は、楽しげに笑っていた。
「ねぇ、ショーンがさっさと来い!って、怒ってるよ!!」
教会の扉では、ドミニクと、ビリーが大きな声を出した。
肩を落とし、最後に教会を出ようとしたヴィゴを神父が呼び止めた。
「ミスター。これ、お持ちになりませんか?」
ヴィゴの前には、書類が差し出された。
「あなたの恋人は、大変おモテになるようで、今回のことは、やはり勇み足だったとの感は拭えませんが」
神父は、ヴィゴに優しく笑った。
手には、大勢のサインがなされた承諾書を持っていた。
ヴィゴは、力なく笑った。
「じゃぁ、記念に…」
「この国のお役所は、サインする欄さえしっかり署名してあれば、他の部分は、訂正の赤スタンプを押してもらうことができます。ほら、あなたと、恋人のお名前、そして、見届け人の部分に、お友達ですか?ミスター・イライジャ。それと、私の分。しっかりサインしてありますから、この書類は提出すれば受理されます」
ヴィゴは、驚いて、書類に顔を近づけた。
サインしなれ過ぎている有名人の性なのかもしれない。
名前を書きなぐった男達は、全て、他の名にかからないよう、無意識にお互いの名前を避けながら署名していた。
つまり、必要な部分は、生き残っていた。
神父はヴィゴへと本当に優しく笑った。
「あなたの恋人は、式の前にあまりに酷い表情をなさっていましたので、私は、この書類は署名欄から、半分もはみ出すようにサインすれば、無効になると、承諾書のことについて説明しました。
沢山引き止める方は、いらっしゃるようですが、ご本人は、もう、心が決まっていらっしゃるようですね」
ヴィゴは、目元に皺を寄せて笑った。
誓いのキスをした時よりも、ずっと蕩けそうな表情だ。
すこし泣きそうな顔になっていた。
「いえ…あの…どこまで分かってやってくれているのかは、あいつの場合、わからないから…。ただ、早く終りたくて面倒だったのかもしれない。でも、これ、記念に頂いていきます。今日は、お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ。長く神父をやっていれば、こんなことは良くあることです」
神父は、慈愛に満ちた顔で、ヴィゴの手に書類を握らせた。
ヴィゴは、渡された紙切れを、大事に畳むと胸ポケットへと入れた。
外の天気は晴天だった。
待たせてあったらしい車の周りに、俳優達が固まっていた。
「ヴィゴ、何、食べる?」
頭痛薬が効いてきたのか、ショーンが、笑顔でヴィゴを待っていた。
END
百合カプって、いうより、乙女ヴィゴ?(笑)
修行しなくちゃねv
蛇足ですが、結婚式の制度についてとか、教会のこととか、全然知らずに書いてます。信じちゃダメですよ。