やさしい
「ショーン、新しい遊びをしようか」
ヴィゴがショーンの耳元で囁いた。
一緒にバスを使い、バスローブだけで、寝室に戻ったショーンがベッドに腰を下ろしたところだった。
ヴィゴは、濡れた髪を拭いもせずに、ショーンの傍らに膝をついていた。
片足だけを、ベッドに付き、ショーンの肩を抱くようにして、耳元で甘く囁いた。
「ヴィゴ、肩が濡れる」
ヴィゴの髪からは、ぽたぽたと水滴が落ちていた。
それが、ショーンの肩を濡らしていた。
ショーンは、困ったような笑いを浮かべ、ヴィゴの肩を押して、自分から引き離そうとした。
「酷いな。ショーンのいい匂いを俺に嗅がせない気か?」
ヴィゴは、後ろへと頭を振って水滴を飛ばすと、髪をかきあげた。
ヴィゴが頭を振り上げる際に、髪がショーンの胸を叩いた。
ヴィゴは、にやにやと笑っていた。
「ヴィゴ、そんなことすると濡れる。それに、同じシャンプーだろ?あんたん家にあるのを使ってるんだから、同じ匂いだ。そんなことに、こだわるなよ」
ショーンは、まだ、髪の先から水滴を落すヴィゴに嗅ぎ回られ、呆れた顔をして、ヴィゴのバスローブの襟を持ち上げ、落ちてくる水滴をそこで拭った。
ヴィゴは、機嫌のよい猫のような顔で、目を細めていた。
嬉しそうな顔をしていた。
ショーンは、またかと、すこしばかり、笑った。
ヴィゴは、ショーンに構われるのが、好きだ。
たとえば、爪を切ってやったり、髭を整えてやったり、そういう接触がとてもすきなのだ。
「同じものを使っていても、ショーンの方がいい匂いがする。なんでだ?あんた、何か隠してるのか?」
わざと、髪を拭いもせずにいたに違いないヴィゴは、ショーンの手の感触に、目を細めていた。
「一体、いつそんな隠し事ができるってんだ。一緒にバスルームに行って、一緒に出てきただろう?俺が、あんたの目から隠れたことがあったか?」
「無いけどな。でも、ずっとショーンの方がいい匂いだ」
大雑把に、ショーンがヴィゴの髪を拭うと、ヴィゴは、また、ショーンの髪の中へ、鼻を突っ込んで、胸の奥まで息を吸い込んだ。
音まで立てて、息を吸い込むヴィゴに、ショーンは、肩を竦めて笑った。
「じゃ、もうちょっと、真面目にヴィゴも風呂に入ればいいんじゃないか?俺とあんたの違いなんて、そのくらいしか思いつかないぞ?」
また、ヴィゴの髪から落ちてきた水滴が、ショーンの膝を濡らした。
ヴィゴは、構わずショーンの頭のあちこちにキスを繰り返している。
「ヴィゴ、髪をちゃんと拭けって、言っただろう?さっきから、濡れて仕方ない」
「ショーンが、拭いてくれたらいいじゃないか。俺は、あんたの体を綺麗に拭ってやったぞ?」
「だから、俺の体を拭いてるうちに、自分のことをしろって言ってるんだよ。俺は、自分のことくらい出来る」
ショーンの言葉に、ヴィゴは、少し顎を持ち上げ、口元を引き上げた皮肉な顔をして笑った。
目が悪戯にショーンを上目遣いで伺う。
「ほんとに?」
ヴィゴの指で、耳の後ろを擽られ、膝の上に乗り上げられたショーンは、からかう響きのヴィゴの言葉にすこしと戸惑った。
「本当に?ショーン」
ショーンの太腿の上に乗り上げたヴィゴは、ショーンの首に腕を回して、軽く首を傾げて笑った。
ショーンは、ここで、頷くことにためらいを覚えた。
ヴィゴは、にやにやと人の悪い笑いを顔に浮かべていた。
「俺には、そうとは思えないんだけどな。ショーンは、俺がいないと、ダメだろう?こんなに甘えたがりなのに、自分のことは、自分で出来るなんて言うなよ」
ショーンの膝の上に乗り上げているのはヴィゴで、ソファーに座っているときだって、膝枕をして欲しがるのは、ヴィゴで、ショーンだけ、先に朝食を食べてしまったりしていると、不機嫌になるのが、ヴィゴだった。
ショーンは、思わず、笑いが漏れた。
ショーンが笑った振動で、ヴィゴが面白そうな顔をした。
「ヴィゴ。あんたのことが大好きだよ。で、これから、なにをして遊ぶんだ?」
ショーンは、膝の上のヴィゴを抱きしめ、唇を合わせた。
ヴィゴは、ショーンにベッドの上に上がるようにいい、そこで四つん這いになることを要求した。
ショーンは、一体何が始まるのか分からないままに、ヴィゴの言うとおりの格好をした。
ショーンの隣に膝立ちしたヴィゴが、ショーンの頭を軽く撫で、そのまま頭を垂れるよう手で押さつけた。
僅かな抵抗を見せたショーンの背を、ヴィゴがあやすように撫でる。
「何が始まるんだ?」
ショーンは、開いた足の間に動いたヴィゴの気配を追いながら尋ねた。
「楽しみにしてくれていいよ」
ヴィゴは、優しい声でそういいながら、ショーンのバスローブを捲った。
開いた足の間に、少し冷たい空気を感じて、ショーンは小さく尻を震えさせた。
ヴィゴが、くすりと笑う。
「緊張してる?」
ショーンは、ヴィゴの視線を尻に感じた。
じろじろと見ていた。
「少し、寒いだけだ」
ショーンは、閉じてしまいたくなる足を、意地を張って開いたままにした。
何もつけていないショーンの尻を剥き出しにしたヴィゴは、何度かショーンの尻を撫で、とても甘いキスを一つ落した。
ショーンは、くすぐったさに、小さな声を出して笑った。
ヴィゴは、ショーンに優しく囁いた。
「ショーン、思い切り声を出してくれていいから」
「…ヴィゴ?」
ショーンの疑問が、ヴィゴに届くか、届かないかのうちに、ヴィゴの手が、ショーンの尻を打った。
掌は油断していたショーンの尻にヒットし、大きな音を立てた。
痛みは、頭の先まで来るほどだった。
ショーンは、思わず、目を閉じた。
「ヴィゴ!」
驚いたショーンが、身体を起こそうとするのを、素早く腰を抱きこんだヴィゴが阻止した。
がっちりと体ごと腰を抱きこまれ、ショーンは、上半身を起こしたものの、取らされている姿勢を変えることはできなかった。
片腕で、ショーンの腰を抱きこんだヴィゴは、もう一度、手を振り上げる。
固い掌が、ショーンの大きな尻を叩く。
打擲音が耳に鋭く響いた。
ショーンは、目を閉じ、手を握り込んで痛みに耐えた。
ヴィゴが本気で叩いているのが、ショーンにはよく分かった。
痛みが、骨まで痺れさせた。
「ヴィゴ!止めてくれ!ヴィゴ!!」
ヴィゴの腕の中で、ショーンは、大きく暴れたが、普段重い剣を振り回しているヴィゴの腕は、ショーンをがっちりと押さえ込んで放さなかった。
ずり上がって逃げることすら、上手く体重を利用するヴィゴのせいで、ショーンには出来なかった。
腰に食い込むヴィゴの腕が、重い鎖となっている。
「ショーン、頭を下げて」
身体を捩って、ショーンの頭を優しく撫でたヴィゴは、ショーンの頭を力ずくで、ベッドへと押し付けた。
ヴィゴの掌も熱くなっていた。
だが、痛みのあまり冷汗までかいているショーンには、そのことがわからなかった。
ショーンは、首をねじって、ヴィゴの顔を見た。
ヴィゴは、笑っていた。
それも、優しい目をして笑っていた。
ショーンは、信じられない思いだった。
ヴィゴは、ショーンの頭をシーツへとつけると、また、浮き上がった尻を叩いた。
肉を打つ酷い音が、部屋に響く。
叩かれた尻が熱い。
ショーンの目に涙が浮かんだ。
「ヴィゴ!放せ!何を考えているんだ!」
続けざまに尻を打たれ、ショーンは、頭の芯まで痺れるような傷みを味わった。
尻が熱く熱を発し、叩かれる瞬間は、切られたような鋭い痛みがショーンを襲った。
ベッドについている足が震えた。
背中には、悪寒を感じていた。
「畜生!何を考えてるんだ!放せ!放せ!ヴィゴ!!」
次々と襲い来るあまりの痛みに、涙を零しながら、逃げられない腰を捩って、ショーンは叫んだ。
叩かれていなくとも、じんじんとした鈍い痛みを尻が感じていた。
当たり前だ。
鍛え上げた男が、力一杯、尻を叩いているのだ。
ふざけているという力加減ではない。
何故、ヴィゴの腕が、こんなにも強くショーンを放さないのか、ショーンにはまるで分からなかった。
ヴィゴの手は、止まらない。
尻を打つ、大きな音が部屋に響く。
ショーンは、混乱で、どうにかなりそうだった。
いきなりこうされるわけがわからない。
叩かれる痛みがそれに拍車を掛ける。
次の痛みがくるまでの恐ろしさに耐えている間、必死に考えるが、思いつかない。
恐怖に息が苦しくなる。
せき止めることも出来ない涙が、ぼたぼたとショーンの手を濡らしていた。
どんなに食いしばっても、うめきが唇から零れていた。
「ヴィゴ!!」
「ショーン、ごめんなさいを、言っていいよ」
ヴィゴは、少し息を上げながら、ショーンに囁いた。
甘い声だった。
「なに?何?ヴィゴ?」
理由もわからず、尻を打たれつづけるショーンは、ヴィゴの声の優しさが、わからなかった。
ただひたすら、涙が零れ、鼻水まで垂れてシーツを汚した。
ヴィゴの手が、ショーンの尻を打つ。
ショーンが大きな声でわめく。
どんなにわめいても、ヴィゴの手は止まらない。
正確に間隔をあけ、力強く尻を打つ。
もう、どの部分を叩かれても、きつい熱さを感じるだけだった。
尻全体が痛かった。
自分の尻が、いつもより大きくなって、そのせいでヴィゴに叩かれる面積が増えているような気がした。
涙で何も見えない。
次、叩かれる瞬間のことだけで、頭が一杯になってしまう。
ヴィゴは、ショーンに優しく囁く。
「ショーン、大きな声で、ごめんなさいと、叫んでご覧。大丈夫、俺しかいないから」
ヴィゴの言う事が、ショーンには、さっぱりわからなかった。
「なんで?なんでなんだ?ヴィゴ。俺は、あんたの気に触るようなことをしたのか?」
ヴィゴが、優しくショーンの尻を撫でた。
けれども、発熱したように熱くなっている尻は、触られるだけで、ショーンに痛みを与えた。
ショーンは、シーツに顔を擦り付け、啜り上げた。
「ヴィゴ、止めてくれ。痛いんだ。そんなことしないでくれ」
元の白さが分からないほど赤くなった尻に、ヴィゴは、息を吹きかけた。
ショーンは、背中を震えさせてシーツをきつく握り締めた。
「言ってご覧。ごめんなさいだ。大きな声で叫べばいい。思い切り泣いていいから」
ショーンは、身を縮こまらせて痛みに耐えた。
息一つ吹きかけられても尻が痛かった。
涙で鼻の奥が熱かった。
とにかく叩かれたくなかった。
「…ごめんなさい。ヴィゴ…ごめんなさい」
ショーンは、恥じも外聞もなく、謝った。
だが、また、その尻をヴィゴが叩いていく。
謝ったというのに、ヴィゴの打擲が、止みはしなかった。
ショーンは、痛みに身を捩る。
止まらない涙が、シーツを濡らしつづける。
ショーンは、大きく叫んで、ヴィゴの名前を呼んだ。
「ヴィゴ!ごめん!もう、止めてくれ!痛いんだ!すごく痛いんだ!」
噛み締めた歯が、恐怖と痛みに、かちかちと鳴った。
このままヴィゴがいつまで続ける気なのか、ショーンは、それだけしか考えられなかった。
ヴィゴの打つ手は止まらない。
「ごめん!もう、許してくれ。嫌だ。ヴィゴ、痛いんだ。嫌だ」
頭をシーツに擦りつけて身を捩るショーンを、ヴィゴは、優しく撫でた。
バスローブの背中に、ヴィゴの手が温度を伝えた。
ショーンには、この優しさが、理解できなかった。
「ショーン」
息の上がったヴィゴの声は、優しくショーンを呼ぶ。
ショーンにはこんな無茶なことを、遊びだとは割り切れなかった。
そんなことは、普段一緒に過ごしているヴィゴが分かっていないはずは無かった。
「ショーン、もっと、大きな声で、謝ってご覧。俺が聞いててあげるから」
ショーンが嫌がって、頭を振ると、ヴィゴの手が、また、ショーンの尻を叩いた。
「ショーン」
ヴィゴが、やさしくショーンの名を呼ぶ。
ショーンは、涙が零れた。
痛みが、ショーンに声を吐き出させた。
「ごめんなさい!ヴィゴ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
ぼたぼたと大粒の涙が、ショーンの目から零れていった。
叫ぶ時に開いた口から、口の中に溜まっていた唾液が零れ落ちた。
泣くことと、叫ぶことは、ショーンに残された唯一の救いになった。
ヴィゴの手は、止まる事無くショーンの尻を叩く。
打擲音が、鼓膜をも叩く。
尻は、熱いだけだ。
痛みは、もう、分からなくなっている。
だが、叫ばずには入られない熱さを発している。
頭の中も熱かった。
流れ落ちる涙では、冷えない熱が頭に篭って、ショーンに冷静な判断をさせない。
口からは、よだれが零れる。
涙と一緒に鼻水もシーツに向かって糸を引く。
ショーンは、訳も分からず、叫びつづけた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
はぁはぁという早い息を、ショーンも、ヴィゴも漏らしていた。
ショーンは、うわ言のように、ヴィゴに謝っていた。
シーツに頭を擦り付け、子供のように泣きじゃくっていた。
ヴィゴは、額に浮かんだ汗を掌で拭って、自分の手の痛みに顔を顰めた。
手が、真っ赤になって、熱を発していた。
明日が休みでなければ、今から、大慌てで、氷を使って冷やしたほうがいいような具合だった。
重いような、鈍い痛みを手首に感じる。
力一杯叩くことは、叩く方にも負担が掛かる。
「…ショーン」
ヴィゴは、背中を震えさせている恋人の名前を呼んだ。
ショーンが、怯えた目をして振り返った。
目が赤くなっていた。
顔中を涙で汚していた。
「ショーン、もう一度、謝ってご覧」
ショーンが、シーツをぎゅっと握り込んだ。
色をなくした唇が震えていた。
目が、ヴィゴの顔を落ち着きなくさ迷い歩いた。
だが、ショーンは、口を開いた。
「ごめんなさい…ヴィゴ、ごめんなさい」
嵐のような打擲は、ショーンから、自尊心を奪い取った。
ショーンは、打たれるだけの理由がわからず、謝罪を口にしていた。
「気持ちいいだろ?」
ヴィゴは、もう一度、汗の浮かんだ自分の額を拭った。
本気で、ショーンを打っていたヴィゴも、息が上がるのを止めることができなかった。
「…なんで?」
ショーンが、びくびくと、ヴィゴを見つめていた。
その瞳にあったのは、信頼ではなく、隷属だった。
ヴィゴがしっかりと腰を押さえつけていなければ、すぐにでも逃げ出しそうだった。
ヴィゴの全てが、ショーンを怯えさせていた。
ヴィゴは、赤以外の色が無くなった尻に、唇だけでそっと触れた。
ショーンが、ぎゅっと目を瞑って、痛みに耐えた。
「あんたが、鬱屈してるみたいだったからさ」
ヴィゴは、舌を出して、発熱している尻を舐めた。
ショーンは、逃げ出したそうに、尻を振った。
「…ヴィゴ?」
涙で掠れた声でヴィゴの名を呼んだ。
「すこし、すっきりしたろ」
ヴィゴは、ショーンの尻を冷たい舌でなめた。
ショーンは、痛みに顔を顰めた。
柔らかな舌であれ、触られることはショーンに痛みを与えた。
だが、発熱したように熱い尻に、舌が通った後の、冷たい感じは気持ちがいいと思った。
「あんた、謝りたかったんだろう?あれだけ、叫べば少しは、すっきりしたんじゃないか?」
「…ヴィゴ?」
ヴィゴは、やっと理由を話し出したが、ショーンにはヴィゴの言う事がよく分からなかった。
「ほら、やっと、落ち着いたかと思ったら、また、自分のこと責めてるみたいだったから」
ヴィゴは、ショーンを振り返った。
あんなにも酷くショーンを叩いたくせに、ショーンは、ヴィゴは、やはり、優しい目をしていてショーンを戸惑わせた。
恐れ以外の感情をヴィゴに抱いていいものかどうか、泣きじゃくり、ぼんやりとしたショーンの頭では判断がつかなかった。
「…ショーン?」
ヴィゴは、抱き込んでいた腰から腕を放すと、ショーンに向き直った。
きつく抱きしめられていた腰を放され、やっとショーンは大きく息をすることができた。
ショーンは、自重を足で支えるだけの気力がなく、ベッドの上に沈みこんだ。
それだけの動きでも、叩かれた尻が痛かった。
ヴィゴが、ショーンの濡れた顔をぬぐった。
ヴィゴの手は熱かった。
「謝りたいって、誰が?…俺が?」
ショーンは、何度が深呼吸を繰り返しながら、顔だけ上げてヴィゴを見上げた。
うつ伏せ以外の姿勢は取れそうも無かった。
「そう。ショーンが。離婚のことで、自分のことを責めているみたいだったから、思い切り謝らせてやろうと思って。随分泣いたみたいだし、すこし、すっきりしたろ」
ヴィゴは、擽るようにショーンの目元を撫でると、やけに優しい顔をして笑った。
ショーンは、とっさにどう受け取ればいいのか、分からなかった。
「…ヴィゴ」
ショーンは、大きなため息をもらした。
額に張り付いた髪をかきあげ、思い切り脱力した。
ヴィゴの言い分は、ショーンには理解し難かった。
そんな説明は、一度もなかった。
尻を叩かれることは、ただ、怖くて、痛かっただけだ。
ヴィゴがおかしくなったのかとすら思った。
「あれだけ、謝れば、気が済んだだろう?」
「…ヴィゴ」
誉めて欲しそうな恋人に、呆れてしまって、ショーンは怒ることも、思いつかなかった。
だが、いいことをしたと思っているヴィゴに賛同して、感激することなんてとてもできなかった。
いまだ、放心したような熱を残す頭を振って、なんとか冷静になろうとした。
ヴィゴは、じっとショーンの顔をみつめていた。
「…ヴィゴ。そういうことは、最初に言ってくれないとわからない。俺は、あんたが、いきなり狂暴になって死にそうなほど驚いただけだ。…酷い目にあったとしか、思えない」
ショーンは、シーツに顔を埋めた。
茫然とした思いがあった。
痛みは、いまでも、ショーンに熱と、鈍痛を与えていた。
次第に腹の中に苛立ちだかなんだか判断のつかない塊がこみ上げて、ショーンは唸り声を上げた。
髪を撫でるヴィゴの手を振り払い、ショーンは、大声を出した。
「ヴィゴ!あんたは、いつも、いきなり過ぎる!俺は、心臓が破れそうなくらい驚いた。ちっとも、すっきりなんてしていない!」
ヴィゴのバスローブを掴み上げてやろうと身体を捩ったが、痛みのあまり、途中で崩れ落ちた。
唸り声が、止められなかった。
ベッドを強く拳で叩いた。
ショーンの剣幕に、ヴィゴは、目を丸くして、ショーンを見つめた。
驚きのあまり、手を引っ込めて、固まっていた。
「…そりゃ、悪かった」
心底驚いたという風情で、ヴィゴが謝った。
ショーンは、頭を掻き毟った。
「大体、暴力をふるうという観念が分からない。痛いだけだろ。どうして、ただ、謝らせてやろうと思わないんだ」
ヴィゴは、困ったように目をさ迷わせた。
ぽりぽりと自分の頭をかく。
「ショーン…言っていいのか、どうか分からないけど、叩かれた最中、あんた勃ってたぜ?」
ショーンは、息を飲んだ。
ヴィゴは、済まなさそうな顔をしながら、言葉を続けた。
「酷く、叱られたかったんじゃないのか?謝りながら、自分で尻を突き出してたんだけど、覚えてない?」
ショーンにも、かすかな記憶があった。
あまりに、頭も、身体も熱くなって、訳が分からなくなっていた瞬間があった。
ただ、叫んだり、泣き喚いたりするのが、とても気持ちよかった。
開放感があった。
「自分で、シーツに擦り付けたりして動き回るから、結構叩くのも、大変だったんだけど」
ヴィゴは、やさしい顔で笑いながら、眉を寄せたショーンの頭を撫でた。
「ん?ショーン?」
ヴィゴは、何度もやさしく髪を撫でた。
ショーンは、今度は、振り払わなかった。
「じゃ、ショーン、今度は、分かりやすくしよう。動ける?動けるんなら、ベッドの下に跪いて」
ヴィゴの手が、ショーンのわきの下に差し入れられた。
身体を起こそうと動くと鈍い痛みがショーンを襲い、ショーンは、小さな呻き声をもらした。
ヴィゴは、ショーンを支えるように、ショーンのことを抱きしめた。
ショーンを叩き続けていたヴィゴの左手は、やはり、発熱していた。
ショーンは、自分に触れたヴィゴの手の温度差に、思わずヴィゴの顔を見つめた。
ヴィゴは、口元を綻ばせた。
「これ?でも、ショーンの方が痛いだろ?」
確かに、ショーンは、明日、柔らかいソファーくらいにしか、座れそうになかった。
しかし、ヴィゴの手は、片方だけが真っ赤になって、腫れあがっていた。
「大丈夫なのか?」
「ショーンを心底怯えさせた罰だな」
ヴィゴはやさしく笑いながら、ショーンを床に下ろした。
「…ヴィゴ?」
「ショーン、痛いだろうけど、跪いて、後ろで手を組んで」
ショーンは、ヴィゴの開いた足の間に、膝を付いた。
ヴィゴがしようとしていることが分からず、ショーンは、また、途方にくれてヴィゴの顔を見上げた。
ヴィゴは、落ち着いた目をして、ショーンを見下ろしていた。
「ああ、説明か。ごめん。俺はこれだから、いけない。ショーン、俺が代わりに許してやるから、謝ってご覧。そういうのが、今のショーンには必要だろ?」
ヴィゴは、後ろで手を組んだショーンの髪に何度もキスをした。
腕が、緩やかにショーンを抱きしめた。
ショーンは、驚いた。
だが、同時に、嬉しいと感じだ。
「許す…?」
「そう、あんたは、ずっと、自分を責めているからな。今のショーンを許してくれるのは、俺だけだろう?だから、俺が許してやるよ。沢山、謝ってご覧。それだけ、許してやるから」
あまりに優しい声でヴィゴが囁くものだから、ショーンは、何もいえなくなってしまった。
「俺は、あんただけが、そんなに自分を責める必要なんて感じてないんだけどな。でも、あんたは、とにかく謝罪したいみたいだから、俺が聞いてやる。そして、許してやる」
ヴィゴは、ショーンの髪にキスをした。
「俺の足にキスしていいから、何でも、吐き出すんだ。全部俺が、許してやるよ」
ヴィゴは、とても優しいキスをした。
今度は胸に突き刺さる甘い痛みがショーンを襲い、涙が込み上げてくるのを感じで、慌ててショーンは、ヴィゴのバスローブの裾に顔を擦りつけた。
ショーンは、一度も謝らなかったが、ヴィゴは、何度も、ショーンのことを許すと言った。
しばらく抱きしめあって、ショーンをベッドの上に抱き上げたヴィゴは、うつ伏せになったショーンの尻を眺めながら、ため息を漏らした。
「これじゃ、セックスは無理だな」
ヴィゴの声は、そうとう残念そうだった。
ため息まで落した。
「…たぶんな」
ショーンは、ベッドに顔を伏せたまま、思わず笑ってしまった。
腫れあがった尻は、笑うだけで痛かった。
だが、ショーンは、くすくす笑いながら言った。
「するか?もう、これだけ痛いんだったら、何をしてても変わらない」
ショーンは、顔を起こしてヴィゴを見た。
ヴィゴは、ショーンの尻をなでようか、どうしようかというように、手を宙に浮かせていた。
目が、大きく見開いていた。
「触るだけで痛いんだろう?やけになってるのか?そんなことを言うと、本当に犯すぞ?」
ヴィゴの手が、ショーンの尻を撫でた。
それだけで、ショーンは、眉の間に皺を寄せた。
しかし、にやりと笑って見せた。
「したかったら、してもいいぞ?泣いたりわめいたりしても、ヴィゴはオッケーみたいだからな。そうしていいってんだったら、多分、出来る」
「…ショーン」
ヴィゴは、ショーンの隣にバタンと倒れ込むと、頭を抱えた。
「そういう堪らないことを言わないでくれ。俺の理性なんて、本当に当てにならないんだ。あんたをぶっ叩いてたときにも、必死で我慢してたんだ。これ以上、俺を誘惑しないでくれ」
ヴィゴは、ショーンの顔に顔を近づけて、そっと唇を重ねた。
「あんた、最高の泣き顔をするんだ。自覚してくれ。そして、俺を誘惑しないでくれ。また、あんたのこと叩いて泣かせたくなったら、俺は、どうしたらいいんだ」
ショーンもヴィゴの唇を吸い返した。
「その時は、そう言ってから、叩いてくれ。いきなりされると、あんたに嫌われたのかと、俺は心底怖くなるよ」
ヴィゴは、慌てたようにショーンの目をみつめた。
ショーンは、くしゃりと柔らかく笑った。
「まぁ、叩かれるのは、好きじゃないから、嫌なんだけどな。でも、どうしてもってんなら、少しくらいは考えてやってもいい」
「…ショーン」
ヴィゴは、やられたという顔で、ベッドに顔をつっぷした。
シーツを握って歯軋りをした。
「ショーン、あんた、最高に性悪だ。大好きだよ。もう、あんたに夢中だ」
ヴィゴは、ショーンに痛みを与えないように、そっと抱きしめ、自分の体の上にのせると、腫れあがった尻を触らないように、気をつけて何度もキスを繰り返した。
END
暴力行為が本当に好きだな、自分!と、一人で突っ込む。(笑)
反省しても、また、書くと思う。
いわゆるツボってやつですね。