耽溺

 

シーツが波打っている。ああ、少し、汚れてきてるじゃないか。

ショーンは、うっすらと眼を開けてシーツをぼんやりと見ていた。自分がヴィゴの部屋のベットに寝かされていることはわかったが、今ひとつ記憶がはっきりしない。

「気がついたか?」

二日酔いのためか、あまりの重さに動かせない頭の上で、ヴィゴの囁くような声がした。声がくぐもって良く聞き取れない。飲み過ぎたのか、痺れたように体に力が入らない。

まず、水を一杯貰うべきか。

ショーンは取り敢えず、ヴィゴの顔を視界に捕らえようとした。残念ながら、頭を上げるどことか、指一本動かせない。

やはり、飲み過ぎたのか。

ショーンは、かすかに自分の行動を後悔した。

撮影の合間に、やっと時間がとれて、彼の部屋を尋ねたのだ。

山間の家は、静かで、落ち着けて。

飲みすぎた。

つぶれちまったとは、ヴィゴに悪いことをした。

きっと、がっかりしたに違いない。

今、何時なんだろう。まだ、時間が残っているのだろうか?

ショーンは落ち着かない思いで、口を開こうとした。

「・・」

時間を聞こうとして、まるで声がでないことに気づいた。

二日酔いが酷いのだろうか?吐き気や、頭痛はないようなのに。

「大丈夫か?気分が悪い?」

首を振って否定しようとしても、それすらショーンにはできなかった。その感覚は、何度も味わったことのある二日酔いとは違っており、不安が心の中で持ち上がってくる。意識が覚醒してくるにつれて、自分の体に訪れている違和感が、ショーンにも分かってきた。

「ああ、大丈夫。そんな不安な顔はしなくていいから。大丈夫。ショーン、落ち着いて」

ヴィゴは、いいながらショーンの顔をのぞき込んだ。

様子を観察するように眺める瞳を、ショーンは縋るような気持で追う。

怖ろしいことに、眼球を動かすことが精々なのだ。冷たい塊のような恐怖が動かない指の先から心臓めがけて押し寄せてくる。

「怖がらなくていいよ」

ヴィゴは、震える視線の中で、ショーンの口元を拭った。

まるで死体の中にでも入り込んでいるような不快感は、口を閉じることさえ許さず、ショーンの口元からは、涎がシーツへと零れていたのだ。そんなことすら、気づけないでいたことに、ショーンはさらなる恐怖に囚われた。

「・・」

ショーンは動かない口で、必死に自分の現状を訴えようとした。洩れる息の音よりも、恐怖に締め付けられる心臓の鼓動が大きく耳へと響いた。

そんなショーンをヴィゴは満足そうな眼で見つめている。

とても信じられる状況じゃなかった。ショーンは、どうしていいのかわからず、ただヴィゴの顔を見つめるしかできない。

「大丈夫。もうすこししたら、薬が切れるから。昨夜のね、最後のカクテル」

ヴィゴは、涙のこぼれだしたショーンの目の前で、銀のシートに入った錠剤を振ってみせた。

「あれに、入れたんだ。ハルシオンを。わからなかっただろ。ビールじゃ色が濁るなんていうから、わざわざ、面倒臭い真似して。おいしかったろ?」

ヴィゴの唇が大きく弓を描いて、ショーンに見えるのは笑っている部分だけだ。

視界に大きく写る指が、優しく、ショーンの涙を拭っていく。

自分が陥っている状態を理解するのが難しく、ヴィゴの普段と変わらない優しげな態度が、さらにショーンの混乱を大きくした。

ショーンは、何度か瞬きした。涙が、こめかみを伝うのを感じる。

ヴィゴは、説明を終えると、まるで自分の義務は終わったとばかりに、膝をついていたベットの足下から身を起こした。ショーンの視線が縋り付くように後を追うのに、背を向けて、そのまま机まで歩くと、昨夜、子供の遊びのようにふざけて作ったカクテルの材料、イチゴをボールから一つつまみ上げ、口の中へと放り込む。

それから、何本かの用意してあったらしいロープを手に、ショーンの方へと戻ってきた。

 

ヴィゴは、器用にショーンの体に縄を掛けていった。

まだ、ゴムにでも覆われているような皮膚は、縄の感触を薄く圧迫感と感じ取っているが、その締め付けはきつく、感覚が元にもどったら、痛みだと感じることは確実な強さだった。

「・・な・ん・・で?」

ヴィゴの言葉通り、次第に動きを取り戻し始めた体を使い、ショーンは、もどかしい思いで、ヴィゴへと疑問を投げかけた。思うように動かない舌は、上手く言葉を発することができなくて、胸の中にはもっとたくさんの疑問が溢れださんばかりなのに、ほんのわずかで精一杯だ。

ヴィゴがショーンの元に戻ってきて最初にしたことと言えば、涎と涙を、シーツで拭い、動かない舌にいたわるような優しいキスをし、ショーンの服を脱がせる事だった。

そんなことだったら、薬など使われなくとも、ショーン自らヴィゴにしてやれることだった。それどころか、もっと恥知らずなことだってすることができるのが、自分達の関係だとショーンは考えていた。

しかし、ヴィゴは、まるで質問には取り合わない。ショーンの腕を背中に廻して、細かく縄を掛けると、その出来上がりを確かめるように、なんどか引っ張ったりしている。

「・ヴ・ィ・・ゴ」

ショーンは、ほんの僅かに動かせるようになった首を捩って、背後にいるヴィゴを振り返った。

思うように話せないことは、とにかくショーンを苛立たせた。しゃべるたびに、口から涎が伝うのも、いまいましいことこの上ない。

「酒の分量がめちゃくちゃだったわりに、あのカクテルは上手かったよな。あんなどろんどろんで、飲めるものになるのかと思ったのに、リキュール?あれが、旨くしたのかな」

ヴィゴは、腕の縛り具合に満足したのか、今度は、足の方へと回ってきた。

右足を持ち上げ、膝裏に縄を通して大きく曲げさせる。そのまま太股と、膝下をくっつけるように、縄を掛けた。

「ヴィ・・ゴ」

ショーンは、冷静に事を進めるヴィゴを眺めているしかできなかった。抵抗しようにも、僅かしか体は動かず、そんな動きなど、ヴィゴにとってなんの障害にもならない。

「・・ヴ・・ィゴ」

ヴィゴは、ショーンが呼びかけるとかすかに視線を合わせるが、手は順調に作業を進めていく。

ショーンの右足は、膝のあたりと、足首と太股の付け根の部分で、しっかりと折り曲げられたまま固定された。そして、左足も同じようにされつつある。

ヴィゴの視線のなかで、自分が丸裸であることなど、恥ずかしいことではあったが、この際どうでもよかった。裸など、夢に見るほど、お互い眼に焼き付け合っているのだ。

それよりも、この現実が、彼の思いついた新しい遊びなのか、それとも、いやな未来、例えば、別れだとかの予兆なのかがショーンは知りたかった。

「・・ヴィ・ゴ」

何度目か分からぬ、ヴィゴの名前を呼んだ。

ヴィゴは、満足のいくよう縛った足を撫で、膝小僧に軽いキスをする。

「少し、苦しいと思う」

小さな声でそう言うと、ヴィゴは、ショーンの体を支えるようにして起こし、自分の体へと体重をかけさせ、ショーンの首へと縄を廻した。

首が絞まらぬように、堅く結び目を作って、その残りを腕へ、そして足首へと繋げていく。

首から伸びた縄は、後ろ手に括られた手首をとおり、足首へと縛られた。

できあがると、ショーンは、全く情けない形に固定されてしまっていた。

もとより今は体が動かないが、動くようになったとしても、暴れれば首が絞まって抵抗もままならない。

「さて」

ヴィゴは、最後の点検をするように、ショーンの結び目を確認し、自分の体から、彼を引き離そうとした。

しかし、力の入らないショーンは、固定された形のまま不安定なベットの上で姿勢を保つことなど出来るはずもなく、そのままベットへと倒れ込む。

首から繋がる一連の綱が強く引かれて、息が詰まった。

「あっ」

慌てたようにヴィゴがショーンを助け起こす。

「どう・して・・こんな・こと?」

ヴィゴに抱きかかえられ、ショーンはどうにかまとまった文章を口から出すことが出来た。同時に、きつく縛られた痛みもはっきりと感じられるようになってきている。

「大分、薬が抜けてきたみたいだな」

ヴィゴは、ショーンの体を支えるように、抱かえこんだ。

「ヴィゴ、・・説明を・・」

ヴィゴは、ショーンに口づけると、手をショーンの剥き出しな股間へと伸ばす。

「ハルシオンは、ほんのちょっと誘淫効果もあるそうだよ」

ヴィゴの手は、やさしく金の毛に隠れたものを揉みしだく。

「ああ、久しぶりのショーンの感触だ。あいかわらず気持ちがいい」

ショーンは、抱きしめられたまま、喉の奥へとヴィゴの唾液を流し込まれた。

 

ベットの上で、ショーンが一人で座っていることが出来ないことを確認すると、ヴィゴは、ショーンを抱き上げ、床の上へと跪かせた。

ほこりっぽい床に、ショーンは傷む体のまま正座させられた格好になる。

足へとかけられた縄が床に食い込み、痛みが増す。

「ヴィゴ、説明・・してく・れ」

ヴィゴは笑って取り合おうとしなかった。

「俺は・・何か・失・敗を・・?」

回らない舌で精一杯、ショーンはヴィゴに質問をした。

目に入るヴィゴの表情や、体の動きも観察した。

ショーンには、こうされる意味がわからない。恋人は多少気まぐれでいたずらな部分を持ち合わせているが、相手の尊厳を損なうような行為をする人間ではなかった。

少なくとも、ショーンはそう理解していた。

「ああ、怖がってるね。ショーン」

「・・怖い・よ。ヴィゴ」

ヴィゴの手がショーンの頬を撫でる。いつもと変わらない優しい手つきだ。

だが、今日のヴィゴはそれだけではなかった。

やはり、何かが違うのだ。

ヴィゴの手が強くショーンの頬を掴む。

顎の骨を強く掴まれショーンの口が開く。

「そう、そのまま口を開けて」

「な・に?」

あまりに強い力なので、ショーンは眉をひそめた。ヴィゴの口から、口を開くよう依頼されたら、こんな事をされずとも、必ず願いをかなえるのに。

ショーンは悲しい気持ちになった。

「さぁ、舌を出すんだ」

ヴィゴは楽しそうだった。

ショーンはヴィゴの願いを叶えるために、不安を押し隠して舌を差し出す。

「いい子だ」

ショーンは、ヴィゴのやり方に悲鳴をあげそうになった。

ヴィゴは、ショーンの舌を強く噛んだのだ。ショーンが驚いて舌を引っ込めようとしても歯を開こうとしない。

甘噛みなどというレベルと超えたそれに、ショーンは逃げを打とうとする。

しかし、ヴィゴは離そうとしない。

「あっ・・あっつ!・・やふぇ・・ろっ・・」

離して欲しくて、ショーンが首を振るとその分だけ痛みがました。

冷たくなる舌と、歯を立てられる熱い部分。

耐えられず、体を振ると、首にかかった縄が意識された。

「ショーン、もう一度」

ヴィゴが噛むのをやめると、すぐさまショーンは舌を自分の口の中へと非難させた。

鈍く熱を持つ舌が痛みを訴える。

ショーンは、首を振った。ヴィゴのしたいことがまるでわからない。

痛みは、二人の共通言語ではなかった。

「・・なん・・で?」

痺れのとれた口だったが、今度は、舌が痛んで言葉が上手く使えない。

「ショーン、もう一度だって言っただろう?」

ヴィゴの裸足の足が、苛立ったように床を踏み鳴らす。

ショーンは、ヴィゴを見上げてもう一度首を振った。

「ヴィゴ、説明を・・してく・れ」

ヴィゴは、ショーンの金色の髪を掴むとその額へとキスをした。

キスは頬をたどり、耳を噛む。

「俺は、もう一度だって言ってるんだよ。ショーン」

ショーンは、何度も求めるヴィゴの言葉に、おずおずと舌を差し出す。

「噛む・・のか?」

ヴィゴが躊躇いもせず、舌へと口を開くのに怖気づき、ショーンは口の中へと舌を隠す。

「噛むよ。ほら、舌を出して。ショーン」

ショーンは、あまりに堂々と要求するヴィゴに負け、舌を差し出していた。

「い・・ふぁい」

「ああ、知ってる」

「もぉ・だぁ・・めぇふぁ」

「まだ、まだだよ」

ショーンには全くわからない理由で、ヴィゴは楽しそうだった。

ショーンの体が痛みのあまり震えるのを、優しくなで、涙が頬を伝うのを、指先がぬぐってゆく。

硬い歯の感触が、いつまでも舌に突き立てられる。

「・・もふっ・む・り」

「ああ、痛い。痛いね、ショーン」

ずっと噛みつづけられた舌は、鈍い熱さを持っていた。

一瞬の灼熱ではなく、じりじりと焦げていくような痛みだ。

だが、それも大半痺れてしまって、もう、ほとんどはわからない。

舌がいつもの二倍くらいになったように感じだ。

はっきりとしゃべることなど到底無理だ。

「泣いてる。ああ、かわいそうなショーン」

ヴィゴは、まるで労わるようにショーンの頬を撫でる。こぼれだす涙を止めることなどできない目尻を、舌できれいにしてくれる。

「かわいい。大好きだ。もう、どうしていいのかわからないほど、愛してる」

ヴィゴがショーンの頭を抱きしめる。

口を閉じることを許されたショーンは、とりあえず、噛まれるのは終わりなのかと、ほんのわずかであったが、安心した。ほっとしたと、言っても良かっただろう。

舌を噛まれるなどという体験は、一度きりで十分だった。

命を心配したりはしなかったが、こんな痛みは想像したこともなく、どこまで自分が耐えることができるのか、まるでわからなかった。

過度の痛みは、恋人の心を疑わせる。ショーンは、ヴィゴを疑うことなどしたくなかった。

「・ヴ・・ィゴ?」

ショーンは、ヴィゴの匂いを吸い込みながら彼の胸へと顔を押し付けた。

「・・ヴィゴ、・なん・で?」

痺れる舌は、ショーンの思い通りには動かない。

首にかけられた縄のせいで、ヴィゴへと思い切り縋りつくこともできない。

縄によって引っ張られる感覚を味わいながら、何度かTシャツに隠されたヴィゴの筋肉へと顔を擦り付ける。

「なんてかわいい!」

ヴィゴは、ショーンの髪へと指を差し入れ、なんども何度もくしゃくしゃにした。こんなめちゃくちゃな状況を作り出した犯人だというのに、それでも、ショーンは、ヴィゴの感触が好きだと思う。

「かわいそうに。かわいそうに。ショーン。痛いんだろう?舌を見せてごらん」

ヴィゴは、跪いてショーンの口の中へと指を入れた。

感覚の痺れた舌は、触られると鈍い痛みをショーンの与える。

長く続く苦痛というのが、どんなに精神に影響を与えるのかということをショーンは改めて知ることになった。

「い・・ふぁい」

舌を引っ張るヴィゴの指に、ショーンの唾液が伝っていく。

「ああ、血が滲んだりはしてないな。大丈夫。傷もないよ」

ヴィゴは、執拗に触っていた舌から手を離すと、濡れている部分を自分で舐め取る。

「愛してるよ。ショーン。そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫」

ヴィゴの指が、ショーンの耳をくすぐり、髪の中へと差し入れられる。

そのまま、唇を寄せ、何度か啄ばむようなキスを繰り返す。

「なん・・で?」

「愛してるから」

全く理由にならない言葉を口にして、ヴィゴはショーンを抱きしめた。

抱擁は、優しかった。

ヴィゴの声もとても甘かった。

どうしてこんなことになってしまったのか、わけがわからない。

それでも、ヴィゴから理由を聞くまではこの場から立ち去りたくないと思っている自分がいた。

ショーンの目からは涙が零れ落ちた。

そんな自分が一番腹立たしく、涙を止めることができなかった。

動物のように縛られているというのに、甘んじている。

愛情の前に、プライドをとうに投げ出した男が自分なのだ。

ヴィゴは体温が十分移るだけショーンを抱きしめた後、ゆっくりと立ち上がった。

ショーンは、情けない思いで、ヴィゴの顔を見上げる。

「ショーン。サービスしてくれるかな」

膝の抜け落ちたジーンズの前を開いて、ヴィゴがペニスをショーンに突きつけた。

ショーンは、目の前のものと、ヴィゴの顔を何度も見比べる。

「さぁ。ショーン」

ヴィゴの手によって持ち上げられているものは、気味の悪いくらい優しく微笑まれた顔に、拒否することを拒まれている。

ショーンは、ゆっくりと口を開けた。

痛む舌の上に、それが乗っかる。

ヴィゴは急いだりはしない。ショーンのペースにあわせている。

舌の感覚が変だから、あまり感触はない。

ただ、擦るとすこし痛い。特に、舌の先は、あまり触れたくない痛みがある。

ショーンは、舌を使う動きをさけ、口内を絞るようにして、ヴィゴの欲望に奉仕した。

「ショーン、どうしてこんなこと?」

バランスの悪い体をなんとか保ちながら、頭を前後させるショーンの頭をヴィゴが撫でる。

「嫌だろう?なんてひどい目にあってるのかって腹立たしいだろう?」

ショーンは、勿論、腹立たしい。そして、自分がこんな目にあっている理由をぜひとも問い出したい。

けれども、ヴィゴの快楽に奉仕することは、嫌ではなかった。

彼と肉体を分かち合うことに合意した地点で、すべてのことをショーンはヴィゴへと許していた。

「ショーン・・ショーン」

首の縄が過度に負担をかけぬよう、気遣いながらも精一杯の努力を続けるショーンを、ヴィゴは、愛しげに呼びつづけた。

息がつまりそうな咽喉の奥に、すこし苦い味がする。

「ショーン、君が薬で眠り込んだとき、俺は隣でずっと君を抱きしめていた。今思うと、とても幸せで、多分、不幸でもあったと思う」

ヴィゴは、ショーンの肩を支えるように手をかけている。

「どうしてか、わかるか?君が俺のことを愛してくれているからだ。こんなにもすばらしい男が、なんの疑いもなく俺の差し出すグラスを飲み干し、すこし苦しそうな顔をしながら、俺のベットで寝顔をみせているからだ」

ヴィゴの話は、ショーンの理解には程遠い。

ショーンは、首が苦しくならないよう意識しながら、ヴィゴの顔を見上げた。

ヴィゴは、情けないような、せつない笑いを顔に浮かべている。

ヴィゴの言うことなど当たり前だ。

ショーンは、ヴィゴと十分に話し合って、お互いを愛し合うことを決めたのだし、その彼を信頼する行為は、ショーンのなかでなんの矛盾もない。

「わからない?・・わかるわけないよな」

反論しようと、ヴィゴを口から出そうとして、きつく頭を押さえつけられた。

「そのままで」

手を突っ張ってヴィゴを押しのけることもできないから、ショーンはヴィゴのするままだ。

これでは、ショーンが一方的に分がわるい。

押さえつけられると、息継ぎをすることも難しく、口の端から唾液がどんどん溢れ出していく。

「つづけて」

これは、命令なのだろうか?と、ショーンは、服従するしかない状況で、口の中のものを吸い上げた。

「ショーン・・」

従順に従うショーンに、ヴィゴはため息と、優しい声を与える。

「ショーン、君が誠実で、すばらしい才能に溢れ、皆から愛され、仲間に囲まれていると、俺は神様を恨みたくなるんだよ」

腰を動かし、ショーンの口内を好きにするヴィゴのペニスに、舌が痛み、咽喉の奥からは吐き気がこみ上げてくる。

「君が俺に対して、誰より誠実であろうとし、こんな俺を信じてくれると、あまりに怖くなって頭がおかしくなりそうになるんだ」

撮影中の落ち着かない精神状態は、ヴィゴだけじゃない、芸術の神に愛された役者全体の宿命というべき病だろう。

恋人はナーバスになっているのだ。

大作を乗り切らなければならないうえ、プライベートで、いままでの人生とは違う試みにも足を踏み出してしまった。

自分の存在が、重荷になっているのだろう。

ショーンは、目尻から涙がこぼれるのを感じだ。

それは咽喉が苦しいからだ。

「ショーン、ショーン」

ヴィゴはショーンの体のことなど労わることを忘れたように、激しく腰を動かしだした。

苦しくて、時々歯があったってしまっても、まるでおかまいなしだ。

ショーンは、口の中がすこしでも楽になったときに、むちゃくちゃに息継ぎをし、咽喉の奥からこみ上げてくるものには、精一杯抵抗した。

口の中に、生暖かいものが溢れ、苦しみの一時がなんとか終わりを告げる。

「ゲフッ・・グフッ・ゲェ・」

細かく振動するペニスを咽喉へと差し入れられ、ショーンはその大半を口からこぼした。

こぼれているのは、精液だけではない、唾液も、涙も、遠慮なくショーンの顔を伝っていく。

「ゲフッ・・グフッ・」

「ショーン」

やっと口の中を占領していたものが、出て行った。

激しく咳き込むショーンの背中をヴィゴの手がさする。

背中に回された腕が痛んだ。ずっと座らされている足も、痺れてじんじんと痛む。

「・・ヴィゴ、満足を?」

なんとか息が落ち着いたところで、ショーンはヴィゴの顔を見上げた。

汚れた顔をぬぐいたいが、手は縛られたままなので、その願いは叶えられない。

ヴィゴの目は、やはりせつなく何かを求めており、どう応えれば満たされるのか、ショーンにはわからない。

ヴィゴは、ショーンの体を撫で始めた。

慰撫とは違う明確な意思をもって、乾いた手のひらが体のラインをゆっくりと辿る。

「・・縄を外してくれないか?」

ヴィゴに比べれば薄い体毛を、そっと撫でていく。

「痛いんだ。擦れるし、それに縛り方もきつい」

ヴィゴは首を振って、ショーンの願いを聞き入れてはくれなかった。

「どうしても?」

ショーンは、辛抱強くヴィゴへの要求を繰り返す。

しかし、ヴィゴが答えることはない。恋人のために、ショーンは、もうしばらく我慢することを自分へと科した。

 

縛られ、床へと跪かされていること以外は、いつもと変わらない愛撫の手だった。

何度も経験し、安心感をもって楽しめるセックスが、ヴィゴとの間には成立していたはずだった。

「ショーン、気持ちいいかい?」

酷く痛む足や手のことを無視すれば、ヴィゴの手が作り出すものはショーンを幸せにし、だから、ショーンは、躊躇わず頷いた。

「よかった」

ほんの小さな声でヴィゴは言葉を落とし、指のほかに、乾いた唇も、ショーンへと与える。

自分の体重を支えるためにも、開かざるを得なかった足の間に、ヴィゴの頭が落ちていく。

まだ、快楽の兆しも見せていないものを口に含まれ、ショーンが最初に感じたのは、やめて欲しいということだった。

今まであまり意識がそこへと向かなかったが、はっきりと自分の下半身を意識し、そして、ヴィゴの口に含まれていることを認識すると、無性にショーンは尿意を感じた。

決して、そそうするわけにはいかないと思えば思うほど、我慢することができないと、切羽詰った感覚が押し寄せてくる。

「ヴィゴ、ヴィゴ、ヴィゴ!」

明らかに緊急性を含んだショーンの呼びかけに、ヴィゴは頭を上げる。

ショーンは、口から出されたことに、ほっとした。夕べ、意識のある間に、空にしたビールの缶は、ソファーの足元に何本も転がっている。

「縄をはずしてくれ。この遊びを終わりにしてくれ」

ヴィゴの灰色をした目が、ショーンを覗き込み、首が傾けられる。

「なぁ、ヴィゴ。一時でいいんだ。もう一度してもいい。今は俺を自由にしてくれ」

ヴィゴの表情が硬くなり、目には拒否の色がありありと浮かぶ。

ショーンはその目に映る焦った自分の顔をみつめた。

「頼む、ヴィゴ。これ以上はもう無理なんだ」

ヴィゴはショーンの声を無視して、もう一度頭を下へ落とす。

「だめだ!ヴィゴ!!」

ショーンは自分が倒れることも無視して、ヴィゴの顔を避けた。反り返った体重が支えきれず、やはり体は、後ろへと倒れ込む。

床は固く、打ち付けた体中が痛かった。

倒れ込むとき、膝も、ヴィゴの顔にあたったようだ。

「ショーン?」

勢いよく後ろへと倒れ込み、頭を打ったショーンを心配して、ヴィゴがショーンを抱き起こす。

「ヴィゴ、縄を解いてくれ。その、あんたは想像してなかったんだろうが、夕べあんなに酒をのんで、こういう遊びをいつまでも続けるのは・・無理なんだ」

ヴィゴの腕の中、ショーンは、体を捩って耐える。

一度意識したものは、無視できるものではなかった。

それどころか、どんどん耐えられないところまで、膀胱が圧迫されているが自分でわかる。

「ショーン?」

「ヴィゴ、縄を解け。今回は終了だ。もう、これで終わりなんだ」

「何故?」

ショーンは、膝を擦り合わせ、現在の窮状を耐えようとした。縄を解こうとしないヴィゴを睨みながら、時々、唇に歯を立てて、我慢することを自分へと強いる。

「ショーン?」

ヴィゴがなだめようと体を触るのを、精一杯暴れて拒んだ。

うっすらと汗がショーンの体を覆う。

「ああ」

ヴィゴは、ショーンの状態を理解したようだった。

ショーンの肩から、わずかに力が抜ける。

「このまま漏らしてもかまわないのに」

なんの躊躇いもなく吐き出された言葉に、ショーンの方が身震いした。

「だめだ。縄をとけ。これは、お願いじゃない。正当な要求だ」

「気にしなくていいよ。こんなに体が冷えているんだ。当然のことじゃないか」

ショーンは、かみ合わないヴィゴとの会話に、もっと強く唇を噛んだ。

押し寄せてくる尿意は、いますぐにでも、トイレへと向かうことをショーンに望んでいる。

しかし、足は動かない。

ヴィゴも、全く聞く耳をもたない。

「大丈夫。後始末はきちんとしてやるよ。ショーンが気にすることはなにもない。全く遠慮はいらない」

「そういう問題じゃない!!」

ショーンは、強く拳を握り、体に力を入れた。

切羽詰った波をやり過ごし、何度か拳を握ったり、開いたりして気をそらすことを試みる。

しかし、もう、限界だった。

「いま、すぐに縄をとけ。そうしなければ、あんたを殴り飛ばす」

「ショーン?」

ヴィゴは、ショーンの困惑など知らぬ気に、ショーンのペニスを手の中に収めた。

剥き出しのそこを、ヴィゴの手から守ることなどショーンにできることではなく、いっそ、ショーンは、痛いほどヴィゴにペニスを握り締められた方がましだと、考えた。

きつく握り込んでしまえば、すくなくとも、漏らしてしまうことはない。

「見たい。なぁ、ショーンのするところ、見たいなぁ」

ショーンの困難な状況に比べれば、あまりにも能天気なヴィゴの声に、ショーンは苛立ち、思い切りヴィゴの肩へと歯を立てた。

「痛っ!」

ヴィゴがひるんで体を引いても、そのまま引きずられるようにして歯を食い込ませつづける。

「ショーン!」

制止の言葉も、全く無視した。

 

ショーンがどれほどその行為を嫌がっているのか理解したヴィゴは、残念そうにため息をつき、立ち上がると、鋏を手にショーンへと戻った。

縄自体は、たいした太さではなく、鋏は、次第にショーンを自由にしていく。

まだ、絡みついた部分は、多く残されていたが、手足を自由に動かせるようになると、ショーンは、痺れを無視して、床へと立ち上がった。

ふらつく体をなんとか支え、力の入らない拳を目一杯握り込むと、ヴィゴの腹へと一発パンチを埋める。

「ぐえっ!」

驚きに、鋏を持ったままのヴィゴが床へと倒れ込む。

ショーンも衝撃に床に膝をついたが、かまっていられず、そのままいざってトイレへと這っていった。

なんとか、トイレのドアノブにすがりつき、立ち上がって中へと転がり込む。

ぎりぎりのところで、用を足し、気が抜けたら、手足の痺れに立っていられず、ドアへともたれかかった状態で倒れ込んだ。

「ショーン。ショーン。ショーン!」

ドアの外で、ヴィゴがドンドンと音を立ててショーンを呼ぶ。

「ショーン、ごめん。ショーン、ごめん。許してくれ。俺がふざけすぎた」

ショーンのパンチによって目が覚めたらしい恋人は、空かないドアに、悲壮な声を張り上げている。

何度もノブが回る音がした。

鍵ではなく、ショーンが体で押さえつけているのだから、ヴィゴがどんなにがんばってもドアは開かなくて当然だ。

「ショーン、大丈夫なのか?開けてくれ。俺が悪かった。ちゃんと謝るから顔を見せてくれ」

「・・」

ショーンは返事をしなかった。

ドアに体重をかけ、あけようと試みるヴィゴの努力に、ショーンの体が押され、わずかだが、隙間があく。

聞こえる声が大きくなった。

ショーンは、痺れてしまって痛痒い手足に残る縄の残骸を目にしながら、めんどくさくなってドアにもたれたまま座り込んでいた。

「ショーン、ショーン!」

ヴィゴの力がまた強くなった。

それでも、十分に体重のある大人がもたれかかっているのだ。ドアは簡単には開かない。

さまぁみろ。

ショーンは、口のなかで、ヴィゴに向かって、そう、うそぶいた。

そんなに簡単にナーバスになられたのでは、ショーンだって安心できない。

二人の間の立ち塞がるものは多分もっと多くあり、そのたびヴィゴにこんな目に合わされたのでは、ショーンの身がもたない。

いくら繊細な芸術家であったとしても、自分を律せられる程には、ヴィゴだって年を重ねている。

「馬鹿ヴィゴ。しばらくそこで反省してろ!」

声を返したショーンに、ヴィゴはますます強くドアを打ち鳴らす。

「ごめん。ショーン。本当に俺が馬鹿だった。馬鹿でいいから、頼む。出てきてくれ。俺にちゃんと謝らせてくれ!」

ショーンはため息とともに、小さく首を振った。

「ひとつ、もうロープなんて使用しないこと。ひとつ。人の排泄行為など見たがらないこと。ひとつ。俺のことを信じること。どう?ちゃんと守れるか?」

「・・」

正直にも、ヴィゴは一瞬答えを躊躇ったようだった。

扉越しにもヴィゴの戸惑いがわかって、また、ひとつショーンはため息を落とす。

「ヴィゴ。君は趣味が悪すぎる。SMは全く俺の趣味じゃない。そういう趣味を満足させたいのなら、君は俺と付き合うべきじゃない」

「・・いや、別にそういう趣味があるわけじゃ・・ただ、ショーンといると君を全部自分のものにしたくなる欲求がこみあげてくるというか・・君の酷い状態を満足したいというか・・なんだろう。ショーン・・なんなんだろう。君が俺のために泣いてくれるのが嬉しいんだよ」

「ヴィゴ!反省は?」

ショーンは、子供を叱るようなぴしゃりとした声を出した。

ヴィゴがドアに縋るように体を押し当てているのを背中が感じる。

「悪かった。本当に悪かったと思っている。すくなくとも、薬を使ってあんたをいいようにする権利なんて誰も持ってない」

「まさしくそうだ」

ショーンの体は、なんとか痺れを脱したようだった。

今度は痛みのほうを強く感じる。

「もう一発俺に殴られる覚悟があるか?」

「あるよ。あるとも。それで許してくれるんだったら、何度殴られてもかまわない」

ショーンの許しを敏感に感じ取って、ヴィゴの声がとたんに明るくなる。

ショーンは、背中で、もう一度外へと扉を押して、ドアに鍵をかけた。

それから、トイレの水を流した。

腕や足に絡みつく縄をなんとか外して、シャワーブースで体の汚れを落とす。

ヴィゴがおとなしくドアの側で待っている気配がしていた。

「まったく」

理解できない趣味を持ち合わせていることが判明した恋人を、それでも許そうとしている自分に、ショーンは、自分の許容量を確かめなおす必要を感じた。

「どうして彼なんだ」

体にあたる湯は、擦れた皮膚に小さな痛みをあたえる。

「くそっ」

それでもショーンは、簡単に体をぬぐって、ドアを開けるのだ。

仕方がない、ショーンは、ヴィゴの笑顔におぼれているのだから。少しはにかんだような、そう、この顔、不機嫌を隠そうとせず、ドアから顔をだしたショーンに見せた、このはにかんだ顔が大好きなのだから。

 

                                                              END

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もっと酷くショーンさんを苛める話が書きたかったんです。でも、あまりに彼がかわいくて、玉砕。

どなたか、かわいい彼を愛情深く苛める話を書いていらっしゃいませんか?

もし、知っていらっしゃる方がいらしたら、教えてください。

ぜひ、読みに行かせていだだきます。…っうか、本音、ショーンさんを深く愛する友達が欲しいです。

上の文章のような愛しかたをしている私ですが、友達になってくれるという奇特な方を募集してます。