プー妄想
クリストファー・リー(ヴィゴ)がパジャマのボタンを嵌めていた。
「ねぇ、プー」
ヴィゴの小さな手は、祖母の手作りであるパジャマの飾りボタンを器用に嵌めていく。まだ、嵌められていないボタンの隙間から覗く子供の胸は薄く、そして色はとても白かった。そろそろ眉にかかり始めた前髪がヴィゴの顔に影を落とす。
たんすに向かっているヴィゴの背後にあるベッドにだらしなく横になっていたプー(ショーン)はめんどくさそうに目を上げた。
「何だ?」
手入れのいいヴィゴの髪よりもショーンの前髪はもっと伸びている。しかし、その髪はちょうど上手く目の辺りでかるいカーブを描き、ヴィゴの周りにいるどの大人よりもきれいなショーンの緑の目を隠しはしなかった。どうやら、うとうとしていたらしいショーンの目は、眠気の余波で、潤み、緩やかで穏やかな色だ。
ヴィゴは、ボタンを掛け終え、はじめてショーンの方へと振り向いた。そして、ベッドの上にいるのが、ぬいぐるみ姿のプーでなく、ショーンであることに小さく肩をすくめた。たが、それはいつものことだ。
「眠いの? ショーン」
ショーンは、大きなあくびをした。
「ああ、眠い」
「ねぇ、寝るなら、プーの姿でいた方がいいよ。僕、蹴飛ばされるのは、嫌なんだ」
ヴィゴは、ベッドの真ん中を陣取っているショーンを押して、自分が横になるスペースを作る。
「ショーン」
そして、ヴィゴは、シーツの上に転がるショーンを押しのけ、布団のなかにもぐりこみ、唇を尖らすと、ショーンを見た。
「ねぇ、僕、話してもいい? ショーン」
「ヴィゴ。押すな。俺が落ちるだろう」
端に追いやられたショーンは仕方なさそうに布団をめくり、そのまま中へと潜り込んできた。ヴィゴのために用意された子供用のベッドだから、ここにヴィゴとショーンの二人が眠るのに楽々というわけにはいかない。自然、二人は、ぴったりと寄り添っている。
「だから、ショーンがプーの姿になってれば、何の問題もないのに」
「いやなんだよ。俺が。嫌なの。わかる?」
「でも、そうしたら、ベッドでゆったりと寝られるよ」
「そして、お前は、おがくずで膨らんだクマ相手に、おしゃべりをするんだな」
ショーンが頬杖の上からヴィゴを見下ろし、にやりと笑うと、ヴィゴのすべすべとした頬が膨れた。プー相手に、おしゃべりをしているところを近所の子に見られて、女の子みたいだ。と、はやし立てられたことを、ヴィゴは屈辱に思っているのだ。
ショーンは、膨らんだヴィゴの頬を面白がり、わざとらしく頬を摺り寄せた。
柔らかい髭がヴィゴの頬を撫でていき、ヴィゴはおおいに嫌がった。
「やめてよ。ショーン。今のショーンだって、きっと中身はおがくずに決まってるんだよ。それ以上でもそれ以下でもないくせに、ちょっと大人の形だからって、威張って!」
「だって、俺の腕は、こんなに長いし、足だって、こんなに長いし」
ショーンはヴィゴの腕を取り、うんと伸びをして大きく引っ張り、その上、ヴィゴの細い足に足を絡めた。
「やめろったら。ショーン」
ショーンがもぞもぞと動くせいで、布団のなかはぐちゃぐちゃだし、ヴィゴのパジャマは、お腹がめくれた。
「うん? 何を? ああ、そうだ。何か、話したいことがあったんだろう? 聞いてやるから言ってみろよ。ヴィゴ」
ショーンは、小さな子供をぎゅっと抱きしめたまま、子供にしては、理知的な顔の(ショーンにわかる言葉でいえば、たいていの時はつまらなそうな顔をしていて変な顔の)ヴィゴの瞳を覗き込んだ。
しかし、細い体をベッドに縫い付けられる形のヴィゴはすっかりへそを曲げている。
「もう言わない」
「何だよ。言えよ。ヴィゴ」
「ううん。言わない。せっかく、ショーンに相談しようと思ってたけど、もう、言わない」
ヴィゴのブルーの目がそっけなく伏せられたまつげに隠れた。目を閉じてしまうと、ヴィゴの顔は、繊細さばかりが目立つ。
「そんなこと言うなよ! ヴィゴ!」
ショーンが、あわてたようにヴィゴの額にぴったりと自分の額を重ね合わせた。ヴィゴが祖母と出かけ、その後の手伝い、そして、夕食と、ずっと一人で待っていたショーンは、すっかり退屈していたのだ。
ショーンはヴィゴと話がしたくてしょうがない。
つい、うっかり眠ってしまっていたが、そのために、ショーンは、この姿のままヴィゴが部屋に帰ってくるのを待っていたのだし、そんなことは、たとえショーンがどんな態度を取っていたとしても、ヴィゴだって絶対に知っているはずのことだった。
「怒るなよ。ヴィゴ」
ショーンは、ヴィゴを ベッドへと磔にしたまま、いつもヴィゴがするように、額をぐりぐりと押し付けた。いや、ヴィゴは、こんなに力強くは押し付けない。手だって、こんなに強くは握り締めないし、ヴィゴの腕は、そっとショーンの頭を抱いて、額を軽く押し当てるだけだ。
「痛いよ。ショーン」
「なぁ、怒るなって。な。ヴィゴ」
押しつけられるショーンの額は同じくらいの温度だった。
きっと赤くなっているに違いない自分の額を思いながら、ヴィゴはため息をついた。
「わかった。わかったから。ショーン」
「本当に?」
ショーンの目が疑い深く、ヴィゴを見る。
「本当に。ショーン。本当に、だから」
ヴィゴの髪が、シーツに散っていた。容赦なく握られた腕には、うす赤い跡。
ショーンは、心配だと、顔に書いて、まっすぐに見つめていた。人見知りする性質のヴィゴが、これほどまっすぐに見つめられて、目を逸らさずにいられる相手は、ショーンだけだ。
まだ、ショーンの手は、ヴィゴの腕を離さない。
ヴィゴを見下ろしたままのショーンが口を開いた。
「じゃぁ、ヴィゴ。いつものを言ってくれ」
「ショーンは、僕の大事な友達」
棒でも飲んだかのように一本調子のヴィゴの言い方に、ショーンは、すっかり鼻の上へと皺を寄せた。
「ヴィゴ!」
「ショーンは、最高。僕の親友」
「ヴィーゴ。ヴィーゴ。ヴィーゴ」
「もう、放してよ。親友だって言うんだったら、腕を放して。そう。ほら、こうして放してくれなきゃ、出来ないでしょ。ショーンの額、真っ赤だよ」
ヴィゴは、体を起こすと、ベッドの上に座り込んでいるショーンをそっと抱きしめ、額を寄せた。
「もう、本当に、僕のショーンは、おばかさんなんだから」
子供の腕が、やさしくショーンの頭を抱く。
「この頭は、おがくずで一杯」
ヴィゴの手が、ショーンの金髪を撫でた。
ショーンが、ヴィゴの狭い胸に鼻を擦り付ける。ショーンの鼻の上には、まだ皺が寄っている。
「でも、ヴィゴ、おがくずが詰まってたって、これはお前の大事な友達の頭なんだぞ」
ヴィゴの手が、またショーンの頭を撫でた。
「そう。僕の大事なショーンの頭。おばかだけど、僕の大事な親友の頭」
ヴィゴは、くすくす笑いながら、ふくれるショーンの頭をやさしく、やさしく撫でる。
寄せられた額の温度は同じだ。
「そうだよ。俺は、お前の親友だよ」
ショーンは、満足そうに微笑んだ。
おがくずの隙間につまってるのは、はちみつのことばかりだけれど。と、ヴィゴが胸の中で苦笑しているとも知りもせず。
「ああ、それで、ヴィゴ。お前の大事な話ってのは?」
もう一度、布団の中に潜り込んだ二人は、顔を付き合わせていた。
「あのね、明日、従姉妹が来るんだって……」
ヴィゴは、シャイな少年なのだ。
「それは、いい。じゃぁ、ばあさんは、パイを焼くな」
だが、ショーンはもう、ヴィゴの祖母が得意とする林檎のパイの甘さを思ってヴィゴの悩みなどもう眼中にない。
ヴィゴの唇が尖った。
「ショーンの分なんて、きっとないよ。……僕が、こんなに悩んでるっていうのに!」
「なんでだよ。いいじゃないか。かわいい女の子が来るんだろう? それに、ばあさんのパイ!」
「だから、ショーンの分なんて、きっとないってば!」
でも、ヴィゴと、ヴィゴのおばかなショーンは、一緒のベッドで眠るのです。
END
3周年目に突入しました。今年も楽しんでやっていけたらいいなぁと思っています。
どうぞ、ヨロシクお願いします。
&メル下さったお嬢さん方へ。本当に感謝しております。申し訳ありませんが、お返事は今しばらくお待ちください。
&このプーにつきましては、某さまのことそんなに好きなんだ。と、生ぬるく見守っていただけると……。