魔法

 

「ほら、ショーン、コインにキスして」

ドミニクは、ショーンに向かって一枚のコインを突き出した。

「ほんとに?」

「ほんとさ。絶対、2枚に増やしてみせる」

ドミニクは、にいっと、悪戯を楽しむような笑い顔でショーンに微笑んだ。

ショーンは、疑わしそうな顔をしたまま、ドミニクの手の中にあるコインを睨みつけていた。

撮影の中に太陽を隠す大きな雲によって、強制的につくられた休憩時間に、ホビットチームは、おもしろいことを始めていた。

椅子を、舞台に向かって揃えるように、並んで置いて、礼儀正しくマジシャンの手元を眺めている。

言い出したのは、ドミニクだった。そして、ドミニクが最初のマジシャンになっている。

「その前に、コインに触ってもいいか?ドム」

マジックのアシスタントとして、即席の観客席から呼び出しを受けたショーンは、ドミニクの手に握られたコインにタネがあると疑うことを止めなかった。

ショーンの懐疑的な態度に、通りかかるスタッフまで足を止めて、マジシャンドミニクの手元を見つめている。

ドミニクは、なんて素敵な客寄せをしてくれる人物なんだと、ショーンの表情にすっかり嬉しくなっていた。

ショーンは、真剣にマジックのタネを疑っている。

王様に睨みつけられたが、語り合っていたところを無理やり攫ってきただけの価値がショーンにはある。

マジックは、見当違いの部分を大袈裟に疑ってくれる人物がいると、大抵大成功を収める。

観客の側に、ちょっとタネの見当がついていても、舞台の人間が大袈裟に驚くことによって、真実の部分から目が逸れる。

その点でいえば、ショーンは、100点満点の観客だ。

ドムの手から、なんの仕掛けもないコインを取り上げ、しげしげと眺め、おまけにコインに歯を立てた。

歯が痛かったのか、顔を顰めている。

観客席から、笑いが起こる。

「どう?普通のコインでしょ?なんなら、ショーンの手持ちのものと変えてもいいけど?」

ドミニクは、余裕たっぷりにショーンをみつめた。手の中のコインをひらひらと振ってみせた。

かんたんなマジックなんて、タネ1割、見せ方9割といったところだ。

同じ50セント硬貨でなければ、仕掛け上、絶対に困るのに、ドミニクは、にやにやと笑いながら、ショーンに向かって手を伸ばした。

ショーンは、諦めたように肩を竦め、ドミニクのことを見下ろした。

「わかった。これは、普通のコインだ。認める。これに、キスを?」

「そう。ショーンがキスしてくれたら、2枚に増える」

ショーンは、身をかがめて、ドミニクの持つコインにキスをした。

ドミニクの手にショーンの頬が触れて少しくすぐったかった。

ドミニクは、大袈裟に喜んだ顔をして、ショーンの顔で手元が隠れた隙に、袖の中に隠してあった、コインをするりと取り出した。

みんなの視線は、コインにキスするショーンの口元に集中している。

すこし離れた場所にいるくせに、特に、王様の目なんか釘付けだ。

ドミニクは、大袈裟な身振り手振りで、ショーンのキスを褒め称え、照れたような顔をするショーンが、身を起こす動きに合わせて、掌にコインを滑り込ませた。

「おっ!」

顔を上げたショーンは、ドミニクの手の中に増えたコインに驚き、声を上げた。

つられたように、ホビットチームから、ピーピーと、口笛が聞こえる。

ドムは、優雅に会釈すると、席に戻った。

ショーンは、驚いた顔をして、まだ、その場に立っている。

 

次に、舞台に進んだのは、イライジャだった。

立ったままのショーンを捕まえ、また、アシスタントとして使う。

ショーンは、今度こそ、騙されまいというように、イライジャの手元を見つめていた。

だが、イライジャは、何も持っていない。

「ショーン、俺は、ショーンと手を繋いだまま、ゴムを指に通してみせる」

イライジャは、マジックを成功させるため、ショーンに向かって、目くらましのためのリーディングをした。

いかにも天使の顔をして、ぱちぱちと大きな目を何度も瞬きする。

嘘なんてついたこともないという純真さを演出だ。

「そんなことは、できはしない」

ショーンは、頑固に言い張った。

本当に素敵な観客だ。

「それが、できるのが、マジックなんだよね」

「絶対にできない」

「でも、出来るの。そうだ。そんなにいうなら、無事ゴムを嵌めることが出来た時には、コインにキスしたみたいに、俺にもキスしてよ」

観客席から、ブーイングと、囃したてる声が起った。

イライジャは、ショーンの目を見つめ、にこにこと笑ってみせる。

「いい?」

イライジャは、透き通った目でにっこりとショーンを脅迫した。

この青さが空にあれば、今ごろは撮影が順調に進んでいた。

しかし、こんな面白いことも出来なかっただろう。

手の開いたスタッフが集まってできあがった観客は、すっかり足を止めて舞台の成り行きを見つめていた。

ショーンは、少し唇を尖らせたが、成功するはずがないと思っているのか、頷いた。

騙されるもんかと、イライジャの手から目を離さずにいる。

「成功したら、だぞ?何処にあるゴムを嵌めるってんだ。ほら、出してみろよ。そのゴムを」

「ないのを出すの。マジックの基本でしょ?ほら、手を貸して、中指をつかんでいい?」

ショーンは、絶対に、騙されてはたまるものかと、イライジャの両手を出させ、全部の指に触った。

イライジャが擽ったそうに笑う。

ショーンは、まるで父親のように、イライジャのますます酷くなっている噛み爪について、一言注意を与えてから、中指を渡した。

イライジャは、治らない癖について、注意を受けたことに顔に困ったような笑いを浮かべながら、ショーンに目を閉じてくれるように、頼んだ。

ショーンは、疑わしい目でイライジャを見て、そっと、目を閉じる。

手にとても力が入っている。

ついでにいうなら、体全体にも力が入っている。

イライジャはでたらめな魔法の呪文を唱えた。

そして、最初から、手首に嵌めているゴムを、客にはわからないようにするりと繋いでいる指の部分まで動かした。

これで、なかったはずのゴムが出現して2人の繋がったままの指に通った。

タネを明かしたら、馬鹿馬鹿しくなるようなマジックだ。

イライジャは、指が繋がったままであることを大袈裟にアピールしたり、呪文のいい加減さで観客を笑わせた。

こうやって観客の目を反らす。

そして、アシスタントを務めるショーンには、ゴムを動かす感触を全く与えないよう注意する。

このマジックの特典は、アシスタントの手に触り放題だということだ。

それを生かして、ショーンの長い指や、手の甲を、まるでマジックに必要なことだというように、イライジャは、呪文に合わせて触りまくり、手首からゴムを動かしたのだということをわからせなかった。

年をくっているわりに、かわいらしいアシスタントは、とっくにゴムが出現しているのに、神妙な顔で、目を閉じていた。

「ショーン、目をあけて」

イライジャは、滑らかな皮膚の感触に満足すると、ショーンに言った。

ショーンは、金色の睫を凄い勢いで開けると、繋がったままの自分とイライジャの指に、引っかかっている輪ゴムの存在に、思い切り顔を顰めた。

小さく舌打ちする。

「どうやってやったんだ?」

一度も離れなかった指を眺めながら、眉を寄せていた。

顔にしてやられた。と、書いてあった。

「さぁ?それを明かしちゃ、つまんないでしょ?」

ショーンは、突然現れたゴムを信じられない物体のように、睨みつけた。

イライジャは笑いを押さえられなかった。

観客席からは、盛大な拍手だ。

こんなマジックなんて、見せ方一つだ。種さえわかってしまえば、客に対する見せ方を心得ているショーンにだって、勿論、出来る。

騙されてくれてありがとうと言いたい位だ。

イライジャは、頬を指差し、にやにやと笑った。

「100ドルで、手を打ってあげてもいいけど?」

「高すぎだ。もってけ泥棒。すごいよ。お前は凄い。どうやってやったのか、後で教えろよ?」

ショーンは、イライジャの頬にかがんでキスをした。

 

「じゃ、次は」

ビリーと、ショーン・アスティンが、同時に椅子から立ち上がった。

2人は顔を見合わせて、どちらが先に舞台に上がるかを、一瞬、競り合った。

ビリーが、アスティンの手元を見て、チッチッチと、舌打ちした。

「だめだよ。サム。衣装を着てるのに、腕時計は、ネタばれしすぎだ。さすがに、それじゃ、ショーンだって騙されてくれない」

「ダメか…これが、一番楽なネタなのに」

アスティンは、自分の腕に嵌めた腕時計を眺め、つまらなそうに、椅子に腰を下ろした。

アスティンがしようとしていたのは、簡単にいえば腕時計のベルト部分にネタを仕込んでやる典型的なくっつきのマジックだ。

棒状のものをベルト部分に差し込むように仕込んで、手の平に隠して観客席から見えないようにし、もう一本の棒を垂直に掌と棒との間に仕込む。すると、見ている側からは、あら不思議、まるで、棒が掌にくっついてしまったように見える。

現代の服を着ていれば全く問題のないマジックだったが、残念なことに撮影用のサムの衣装に腕時計はあまりに不似合いだった。

ここに仕掛けがありますと、教えているようなものだ。

ショーンは、不思議そうな顔で2人のやり取りを見ていた。

まだ、手品のタネがわかっていないらしい。

他の2人が事情を理解して頷いているというのに、本当に、すばらしい観客だ。

ビリーは、アスティンの肩を叩いた。

「まぁ、俺のネタをみてなって。笑えるやつを一発見せてやるから」

菓子パンを手に、舞台に上がる。

ビリーは、舞台の上で、まず、菓子パンの袋を破って、普通のパンだとアピールした。

一口、自分で食べて見せた。

美味そうな顔をして、ホビット&ショーンに笑いかける。

「どう?普通のパンだろ?」

ビリーは、パンを右手に持った。

「このパンが空に浮きます。タネも仕掛けもありません」

ぱっと、全ての指をパンから離す。

「ほら、空中浮遊」

パンが浮いた。

観客席がどよめく。

パンは、笑っているビリーの掌から浮き上がるように、空にぽっかり浮かんでいた。

ビリーは、浮かんでいることを、観客に見せつけ、上へと逃げていくパンを追うように他の指で追いかけた。

ショーンが目を見開いていた。

パンの動きにつられて、緑の目が動いていく。

ビリーは調子に乗って、今度は、前に逃げるパンを追いかける動きをした。

ビリーが超能力者でない限り、勿論、パンにはタネも仕掛けもある。

わかってしまえば、大笑いだ。

ビリーはパンの裏側に指を突き刺している。

指がパンを支えているから、パンは浮かんで見える。馬鹿みたいな手口だった。

しかし、突き刺した指を他の指とは別の動きにすることで、このマジックは成功した。

これを上手くやりさえすれば、一本指が足りないことなど誰も気付かず、パンが空に浮いて見える。

ただ、マジックの問題点をあげるなら、仕掛けが簡単すぎて、ばれやすいことだ。

イライジャが、笑い出した。

アスティンと、ドミニクも笑い出した。

ビリーの手品は、すっかりホビットチームには、タネがばれた。

足を止めていたスタッフたちも、次第に笑い出し、各自の仕事に戻っていった。

ビリーは、証拠隠滅とばかりに、ぱくばくとパンを食べた。

ショーンだけが、気付かず首を捻っていた。

「面白い。最高の出来栄えだった。ビリー。今度2人でコンビを組んでベガスにでも、稼ぎにいこう!」

ばれてしまったマジックに、口の端にジャムを付けたまま照れ笑いするビリーを、ドミニクがひーひーと腹を抱えて笑った。

 

王様が、ゆっくりと近付いてきた。

いかにも悠然と近付く様子に、自信の程が伺えた。

「いいかな?ホビット諸君。俺も一つ、二つマジックを披露しようかと思うんだが」

いかにもうさんくさく笑い、即席のステージを占領する。

ホビッツは顔を顰めた。

せっかくショーンと楽しく遊んでいたというのに、独占欲が強い人間というのは迷惑きわまりない。

王様は、その場の雰囲気をにやりと笑うことによって捻じ伏せると、小さく口笛を吹いて自分に注目を集めた。

ショーンに向かって手招きする。

「ショーン。おいで。あんたがアシスタントしてくれなきゃ、出来ないマジックをご披露しよう」

お誘いに、ショーンは戸惑った顔でヴィゴに近付いた。

ホビットに、舞台へと呼び出されたときより、明らかに警戒していた。

ショーンは、マジックを成功させるためのまったくいい観客だったが、ヴィゴの意図は、それだけでないようにホビットには思えた。

何をされるのかと、すこし逃げ出したそうに、ショーンの目が、ホビットを見回す。

ホビット達は、言い出したらきかない大人気ない大人のために、ショーンにむかって顎をしゃくった。

諦めて付き合ってやってくれと、でもいったところか。

ショーンがヴィゴに近付くと、ヴィゴは、まず、コインを指の間で回してみせた。

自分の指を指差して、ショーンの注目をそこに集め、くるくると指の間でコインを回すと、緑の目に感嘆の声を上げさせた。

素人にしては、驚くような上手さだった。

しかし、あまりに上手くて、これだけで、イライジャには、ヴィゴのしたいことの想像がついた。

いや、思い出したというべきか。

口笛、コイン回し。次は、絶対に、ショーンの体から、なにか出すつもりだ。

そして、いちゃいちゃする。

ちょうど先週、そういうヴィゴをDVDで観た。

やはり、ヴィゴは、まず、ボロミアの衣装の袖口から、コインを一枚出して見せた。

ショーンは、自分の記憶にない部分から取り出されたコインに驚いている。

ヴィゴは、コインに小さくキスして、次は、ショーンの髪に触った。

耳の後ろの部分から、また、コインを取り出す。

ショーンは、目を大きく開けて、ヴィゴの顔ばかり見つめている。

すっかり騙されている。

ヴィゴは、すっかり調子に乗った顔をして、もう一度コインを回して見せた。

アスティンが、顔を顰めた。

気付いたのだ。

これと同じ事をするヴィゴを、アスティンもフィルムの中で見た。

イライジャと、顔を見合わせ、こらからのヴィゴの行動を予想して、思い切り眉を顰めた。

ヴィゴに、良識ある大人の態度を望みたかった。

ヴィゴは、ショーンの首に手を回し、散々、首の後ろの髪を撫で、そこから、葡萄を一粒取り出した。

ショーンが吹き出した。でてきた葡萄に、楽しそうに笑っている。

葡萄は、昼のデザートで出ていたものだ。

ヴィゴは、ショーンの口の中に葡萄を押し込んだ。

ショーンが、葡萄を噛む。

いちゃいちゃにしか見えないのだが、いや、実際これは、いちゃいちゃしたシーンなのだが、多分、ショーンは、気づいていない。

ヴィゴは、とうとう、暑さのため、開けられているショーンの衣装の胸元を覗き込むように引っ張った。

さすがに、ショーンが身体を引く。

ヴィゴは、短く何度も口笛を吹き、逃げるショーンに小さく顔を振った。

イライジャは、客席から立ち上がってブーイングした。

映画のままに舞台が進めば、この先は、キスシーンだ。

こんな場所で見せられても困る。

「それ、観たから。王様、ここでは、絶対止めてよ?」

イライジャの言葉に、ショーンは、何のことだという顔をした。

ヴィゴは、その隙に、ショーンの胸元から、一粒、葡萄を取り出した。

ショーンの口元に持っていき、食べるように促す。

今度は、ショーンが、首を横に振る。

ヴィゴは、ショーンの唇に葡萄を押し付けた。

零れ出した汁が、ショーンの顎を伝う。

ヴィゴの指先が、ショーンの顎を撫でる。

ゆっくりとした指の動きは、愛撫といって差し支えなかった。

ショーンが顔を赤くして、俯く。

後ろに下がって、ヴィゴとの間に距離を取ろうとした。

ヴィゴは、ショーンを腕の中に囲い込んで、また、葡萄を取り出す。

いくつ仕込んでいるのか。

器用さに呆れながら、イライジャは、もう一度忠告した。

「王様、そういうことは、別の場所で。ここは、マジック会場なんで」

アスティンは、渋い顔をしていて、ビリーと、ドムは、にやにや笑いながら、成り行きを楽しんでいた。

さっき、ビリーのマジックが失敗して本当に良かった。

こんないちゃいちゃをスタッフには見せられない。

「じゃ、最後に、本物の魔法を」

王様は、居たたまれない顔をしたショーンの表情で満足したのか、ショーンを腕の中から解放すると、真っ直ぐに立つように促した。

それから、もう、半分見る気をなくしているホビットチームに向かって、にやにやと笑う。

「俺が、本当に、魔法を使えると思う?」

王様は、ショーンの体にべたべたと触りながら、ショーンを本当に真っ直ぐに立たせた。

足を揃えさせ、背筋を延ばさせる。

マジシャンにしても、胡散臭すぎる笑いだ。と、思いながら、心優しいホビット達は、力強く頷いた。

王様は、困った顔をした。

「違うだろ?ここは、魔法なんて使えるはずがないというべきだ」

「ヴィゴなら、きっと使えるさ。あんたが、明日空を飛んでても、俺は驚かないね」

ビリーが笑った。

「そうだね。ヴィゴだったら、本当にパンくらい浮かせるさ」

ドミニクが、さっきのビリーの真似をして、手を動かして見せた。

笑いが起きた。

ヴィゴは、尖らせた唇を指先で撫でて、ジェントルマンと呼びかけた。

「俺の魔法を見てくれるかな?」

王様にお願いされてしまったので、仕方なく、ホビット達は、姿勢を正した。

ショーンも真っ直ぐに立たされたまま、出番を待ち構えている。

ヴィゴは、ショーンの後ろに立ち、目を閉じるよう言うと、一度、ショーンに後ろへと倒れ込むよう指示をした。

恐々倒れ込むショーンを、ヴィゴは難なく受け止める。

ヴィゴは、ショーンをもう一度真っ直ぐに立たせた。

「さぁ。魔法をかけるよ」

ヴィゴは、ショーンの耳元で囁いた。耳を噛まんばかりの囁き方だ。

ホビット達の顔が一斉に顰められた。

彼らの意識が、いやらしい行為のほうへと逸れた隙に、ヴィゴはショーンの頭を、僅かばかり後ろへそらせた。

誰にもわからないほど少しだけだ。

だが、この少しが、ショーンの身体のバランスを崩した。

人間の身体は、もともとあまりバランスのいいものではない。

ほんのの少し重心をずらすだけで、倒れてしまう。

あとは、言葉による暗示を繰り返せば、魔法は完成する。

魔法の仕掛けはとても、シンプルだ。

ヴィゴは、ショーンの後ろに立ち、ショーンに優しく呼びかけた。

「ショーン、もう、君は真っ直ぐに立っていられない。どうしても、後ろに倒れ込みたくなる。俺に抱きしめられたくなる。どう?身体がぐらぐらしない?」

ホビット達は、恥かしいヴィゴのセリフに顔を顰めながら、仕掛けを見極めようと、ヴィゴの手がショーンに触れる瞬間を見逃さなかった。

しかし、ヴィゴは、全くショーンに触れない。

いつでも抱きしめられるよう腕を広げ、にやにやと笑っていた。

ショーンの体が揺れ始めた。

必死に真っ直ぐに立っていようとするのだが、引っ張られでもするかのように、後ろに向かって揺れていた。

ヴィゴが見えない手で強く引っ張っているようだ。

何もしていないようなのに。

本当の魔法を見るようだった。

ホビットたちは、固唾を飲んで見守った。

「もう、我慢できないだろう?ちゃんと抱きとめてやるよ。さっき、大丈夫だっただろう?倒れ込んでおいで。どんなに頑張ったところで、この魔法にかないはしないよ」

「…ヴィゴ」

ショーンが大きく後ろへ傾いだ。

どうしても、倒れ込もうとする自分の身体が不安らしく、ショーンは、眉を寄せ、必死になって踏み止まろうとしていた。

思い切り揺れていた。

見ているほうが、危なく感じた。

「頑張るね。ショーン。でも、もう、ダメだ。ショーンの体には、魔法が掛かっている。俺に抱きしめられたくなる魔法だ。ほら、おいで、抱きしめてあげるから」

「…ヴィゴ!」

後ろへと引っ張られる力に抵抗できないことが怖いのだろう。少しばかり大きな声を出して、ショーンがとうとう倒れ込んだ。

ヴィゴは、両手で、ぎゅっとショーンを抱きしめ、身体を優しく撫でる。

見ていて恥かしくなるいちゃいちゃぶりだった。

余程不安だったのだろう。ショーンは、ヴィゴの腕の中で大人しく撫でられている。

自分におきたことが信じられない顔をしていた。

「大丈夫。もう、魔法は解けたよ」

ぎゅっと強く抱きしめられて頬にキスされると、ショーンは、自分の置かれた立場を思い出したようだった。

顔を赤くして、ヴィゴの腕中で強く身じろぐ。

気まずそうにホビット達を見回した。

王様の方は、取り上げられていたお気に入りをもう、手放さないとばかりに逃げようとしているショーンを抱きしめて放さない。

とりあえず、ホビットは、小さく拍手した。

何があったのか、ショーンが慌てた顔で、ヴィゴを見上げた。

逃げようともがく。

ヴィゴは、ショーンを腕の中から放さない。

器用にマジックをこなしてみせた手は、全くホビットにわからないように、ショーンの体のプライベートな部分を触っていた。

ショーンの顔がますます赤くなった。

精一杯、ヴィゴから身体を放そうとしていた。

ホビット達は、王様の動きはわからなかったが、ショーンの動きから、ヴィゴのしていることに予測がついた。

全く大人気ない。他人がいることを覚えておいて欲しい。

ショーンは、見ているこっちが恥かしくなるような、羞恥に身を揉むような表情をした。

思わずかわいそうになり、良識派は自主的に顔を反らしてした。

しかし、自分のマジックに失敗したビリーが新たな手持ちのしようとでもいうように、ヴィゴに向かって身を乗り出した。

「すげー魔法だった。ショーンに何したのさ。王様。仕掛けを教えてよ」

他のホビットは、やめておけと、ビリーの服を引っ張った。

ショーンは、悔しそうに顔を赤らめてヴィゴを見つめていた。

このままどこかに連れ去られても全く不思議じゃない色気があった。

雲はまだ、厚く空を覆っている。

王様は、大事な執政官を腕に抱きこんだまま、いかす笑顔をして笑った。

「愛だね。愛の魔法なのさ。相手のことが好きだと抱きしめて欲しくなるだろ?その心を解放してやる魔法ってだけさ」

いけしゃぁしゃぁと言い放った王様は、やはり予想通り、ずるずるとショーンを引き摺って移動し始めた。

脱力した観客達は、マジシャンの退場に、小さく拍手した。

 

 

END

 

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夏目さまに、20001を踏んでいただいた企画物で、ございます。

思っていたより、あっさりしたいちゃいちゃに…(笑)

まぁ、屋外で、人目があり、しかも、撮影の休憩中ですからね。

何故手品かというと、モーちゃんの聖なる狂気で、手品するシーンがめちゃくちゃかわいいvと、ラブだからです。

こんなんで許してくださいますか?夏目様。(笑)