甘いの二連発!

 

ささやき

 

その日、ショーンは風邪でも引いたのか声がでなかった。

そして、ヴィゴは、ついさっき、発破を使った撮影現場にいて、一時的に耳が聞こえにくくなっていた。

「えっ?」

スタジオに戻ったヴィゴは、隣に立ったショーンが言ったことが聞き取れず次第にショーンに近づいていっていた。

「……いや、たいしたことじゃないんだが……」

せっかくショーンは言い直してくれたが、風邪のせいでかすれる声は、ほとんどヴィゴに聞こえなくて、とうとうヴィゴの耳はほとんどショーンの唇に触れそうな位置まで近づいていた。

「ヴィゴ、ちょっと……」

あまりに近いヴィゴの位置に、ショーンは後ろへとのけぞった。

ショーンの言うことが全く聞き取れず、ヴィゴは、困った顔で、ますますショーンを追う。

「……ヴィゴ」

だが、困惑をにじませたショーンの様子に、ヴィゴは、自分がショーンへと近づきすぎていたことに気付いた。そして、その時、ショーンも、今日ヴィゴが爆薬を使う現場に居たことを思い出したのだ。

「ヴィゴ。もしかして、耳が聞こえてないのか?」

ヴィゴの耳を噛まんばかりの位置で、精一杯大きな声を出したショーンと、自分の行為を謝罪しなければならないとヴィゴが思ったのは同時だった。そのため、ショーンの目を見ようと顔を振ったヴィゴの顔と、身を乗り出していたショーンの顔は大激突だ。

「……!」

痛さのあまり、お互い声もでない。いや、元々ショーンは、声が出なかったが、ヴィゴも、ぶつけた所を押さえて、うずくまった。

しばらくそうして、二人は、各々の痛みと折り合いをつけていたのだが、やっと顔を起こせるようになった時には、鼻だけでなく、口も、ぶつけあったのだと気付いた。

ヴィゴの唇がショーンの歯にぶつかったせいで切れていた。血がにじんでいる。

「……ヴィゴ」

痛みの名残で、目を潤ませたままのショーンが、ヴィゴに謝罪しようと口を開きかけた。聞こえていないが、心配そうなショーンの表情に見当をつけたヴィゴは笑いかける。

「気にするな。ショーン。全然平気だ。大好きなあんたとキスできたんだ。嬉しいよ」

ヴィゴの耳は、現在ほとんどその機能を放棄していて、ヴィゴは自分が聞こえないせいで、すぐ近くにいるショーンに、ずいぶんと大きな声を出していた。だが、ヴィゴはそれに気付いていない。だから、恥ずかしい告白を大きな声でするヴィゴに、困り顔をしたショーンを、まだ怪我を気にしているのだと誤解し、これは、もっと平気だということをアピールしなければならないのだと、思ってしまった。

「ショーン。ほら、もう一回あんたにキスできるくらい、平気だぞ?」

ヴィゴの声は、本当に大きかった。

何事かと、撮影現場の人間たちは、俳優達に注目していた。

それにも気付いていないヴィゴは、ふざけて、チュっと、ショーンにキスをする。

「……ヴィゴ!」

かわいそうに、ショーンの声はかすれていて、抵抗しようと張り上げた声も周りの皆にとって、色っぽいささやき声にしか聞こえなかった。

 

「はい。そこ、仕事中なんだから、いちゃつかない!」

スピーカーで注意するイライジャの大きな声がやっと聞こえたヴィゴは、自分達に注目が集まっていることに気付き、きょとんと目を見開いた。ショーンは、思い切り顔を真っ赤にしていた。

 

 

 

 

最高のご馳走

 

夕食を作ると言い出したショーンに、ヴィゴは目を見開いた。

「ショーン。あんた、料理なんてできるのか?」

「自信はない。……でも、いつもヴィゴに作って貰うばかりだから、お返しがしたい」

照れくさそうに笑うショーンは、作業中のキッチンには決して立ち入らないことをヴィゴに約束させた。

ヴィゴを追い出すショーンは、ドアが閉まりきる前に、恋人に約束させる。

「もし、料理がまずかったとしても、ヴィゴ。俺は、文句は聞くつもりがない。その時は、何も言わずに、俺をレストランに連れて行ってくれ」

「ああ、いいとも。ダーリン」

 

キッチンから届く料理の音とは思えぬ、騒音にはらはらしていたヴィゴは、なにやら怒ったような声だったが、やっと恋人が名を呼んでくれたことに、ほっとした。

途中漂ってきた焦臭い匂いや、ショーンの毒づきなどから、テーブルに並ぶ料理の出来を想像しているヴィゴは、ショーンの努力にスマートに報いるため、すでに手の中に車のキーを持っている。

「……ヴィゴ」

ドアを緑の目が見えるだけの隙間だけしか開けないショーンが、ヴィゴを見つめていた。

「ダーリン。どうした?」

「……上手くできなかったんだ」

ショーンは、もじもじとドアを開けようとしない。

「……わかってる。大丈夫だ。ショーン。飯を食いにいこうぜ?」

その提案は、最初、ショーンがしたくせに、鍵をちらつかせたヴィゴに、ドアの隙間で、むっと緑の目が眇められた。

ドアが閉まりそうになる。

「ショーン?……おい、どうした。ショーン?」

指を無理やり入れてドアが閉まるのを防いだヴィゴは、信じられないものを見た。

「ショーン! あんた!」

ショーンは、料理の不出来をカバーしようとでもいうサービスなのか、裸の肌にエプロンを一枚だけだった。

丸い肩にデニムの肩紐がたまらなく色っぽい。

「こっちに来るな! ヴィゴ!」

真っ赤になってテーブルの向こうに逃げ込もうとした背中は、エプロンの重なりが歩みに割れて、真っ白い尻が見えていた。

「こんなご馳走、食いのがすわけにいくか!」

鍵を投げ捨てたヴィゴは、ショーンに飛びついた。

ヴィゴの下敷きになったショーンの肩紐がずれデニムの下から、小さなピンクの乳首が覗く。

「美味そうだな。あんた」

「……ヴィゴ」

唇が重なると、テーブルの下で、その日の晩餐が始まる。

 

腹がぺこぺこになるまで、いやらしい運動をした二人は、焦げ付いたハンバーグを美味しく食べた。

「最高にうまいぞ」

笑うヴィゴに、少し疲れた顔さえ色っぽい、エプロン姿のショーンが苦笑した。

 

                                                           【終】