愛し合っている二人
眼鏡をかけたショーンが手元の紙を確認していた。
その正面にはヴィゴが座っている。
ヴィゴは自宅のソファーに腰掛けながら、しかし居心地悪そうに自分の手元にある紙を見直していた。
二人が手に持っているのは、お互いのスケジュールを書き出したものだ。電話でもよくそういうやり取りをするが、この夏の休暇を密かにあわせようとする二人は、偶然手に入ったこの数時間の間に、もう少し話を煮詰める予定だった。
だが、ヴィゴの様子がおかしい。
「よし。じゃぁ、ヴィゴ。俺のはこれ」
ショーンは自分のスケジュールをもう一度確認し直し、眼鏡を押し上げると、ヴィゴに向かって持っていた用紙を差し出した。
ヴィゴは困ったような笑顔で受け取る。しかし、自分のものを差し出そうとしない。
ヴィゴは、自分のスケジュールをショーンに差し出す勇気がわかないのだ。
この間電話で話した時とは、状況が変わってしまった。
「どうした? ヴィゴ。さっさと渡せよ。 どうかしたのか?」
ショーンの寄越したスケジュール表へとざっと目を通したヴィゴは、やはりショーンの予定が聞いていたとおりで変わりないことに、小さく肩を竦めるしかなかった。
「……悪い。ショーン」
ヴィゴは、覚悟を決め、ちろりとショーンに目をやると、小さく折りたたんだ自分の予定をショーンへと手渡した。わざとのように折りたたまれた用紙を開くショーンは、ヴィゴの様子に違和感を覚えながらも、まだ、恋人の稚気に笑う余裕があった。しかし、眼鏡を押し上げ、用紙に目を通し始めたショーンの表情が硬くなる。
楽しげに笑っていたはずの口元から笑みが消え、眼鏡の奥にある目は冷たく紙面を追っていた。
酷く整った形をしたショーンの指が紙を弾く。
「これはどういうことだ?」
顔を上げたショーンが冷ややかにヴィゴへと問いかけた。
ヴィゴは、口元へと笑みを作った。
「すまない。ショーン。どこにも押し込めなかった」
「なるほど。ヴィゴ。……たしかにそういうことはあるな」
ヴィゴは、ぎっしりと詰まっているショーンのスケジュールに目を落として、気弱に笑った。
「……あんたのほうをずらしてもらうなんてことは無理だよな」
「ああ、無理だ。もう先に言っておいただろう? おれはその休みを取るために、ずいぶんやりあった。なのに、結果がこれか。ヴィゴ。ずいぶん楽しい休みになりそうだな」
嫌味たっぷりに口を利くショーンは、眼鏡のせいだけでなく、ずいぶんと酷薄な印象だった。
もともとの顔立ちが、親しみやすさというものを排除した作りなのだ。
豊かに笑う顔を見たことがなければ、ショーンという男は意地の悪い、冷たい男だと誤解されがちだ。そして、今、まさに、ショーンはそんな顔をしていた。
ヴィゴは、情けのない顔で笑った。
「すまない。ショーン。仕事なんだ」
「ああ、そうだな。仕事だ。あれほど俺がそれだけの日しか空かないと、言っておいたのに、ヴィゴは仕事を入れたんだ」
ショーンは、履き捨てるようなため息を吐き出す。
その姿は取り付く島もない。
「ショーン。……わかるだろう? 俺達の仕事は、人にスケジュールを合わせることから全てが始まる」
ヴィゴはソファーに乗せていた尻を浮かせ、身を乗り出すと、ショーンの手をとった。
ショーンは機嫌悪く手を払いのける。
「それは、どうかな。ヴィゴが俺より、こっちを選んだというだけだろ」
思ったよりも言い合いは長引いた。
ヴィゴだって、ショーンとのバカンスに仕事を入れることは不本意だったわけで、自分で計画を潰したとは言え、機嫌はよくなかったのだ。
「ショーン。ショーンが受ける仕事を調整するという方法だってあったと思わないか?」
普段であれば、口にしない文句がヴィゴの口から飛び出していた。
言いながら、ヴィゴはそんなことを口にすることに自己嫌悪を感じる。
しかし、正直に言えば、ヴィゴは、隙間なく仕事を詰めようとするショーンに腹だたしい思いを募らせてきたのだ。
ヴィゴだって、デートの現場から仕事がらみで姿を消したことはある。
しかし、ショーンも仕事とあらば、平然とデートを切り上げた。
勿論、事前に仕事が入れば、ショーンは当然とデートの約束を潰す。
「お互いに取れる時間が少ないんだ。多少の配慮ってもんをしてくれてもいいだろう? ショーン」
ショーンは、冷たくヴィゴを眺め、煙草の煙を吐き出した。
「ヴィゴ。……お互いの仕事のやり方については口を出さない約束じゃなかったか?」
その嫌味な表情は今日のショーンの格好に酷く似合っていた。
ショーンは、この後、レセプションに出る予定があるんだと電話口で言ったとおり、クールなスーツ姿だった。この家に着いた途端、楽しげにスケジュール表を胸ポケットから取り出し、だが、それからはむっつりと機嫌悪く座り込んでいる。
不機嫌そうなその顔でも、濃い色をしたスーツは、ショーンに良く似合う。
ヴィゴがため息を吐き出した。
「今回は俺が悪かった。すまない。ショーン。……だが、一度、ショーンも考えてみてくれ。仕事をしているのは、ショーンだけじゃない」
お互いに仕事を持つ身だ。だから、互いに互いを尊重しあうべきなのだ。
時々ショーンはそれを忘れる。
ショーンはもう何度目かソファーを叩きながら怒鳴る。
「あんたが悪いんだろうが!」
ヴィゴは、大きなため息をついた。
「ショーン。……少し休戦しよう」
「ヴィゴ!」
「悪い、疲れた。すまないが、夕べ眠ってないんだ」
大きな声で怒鳴りあうのに、ヴィゴは頭痛を覚えていた。
夕べ、ヴィゴは一睡もしていない。
ショーンが苛立たしげに立ち上がり背を向ける。
「勝手にしろ!」
ヴィゴは、夕べ急に電話してきて、予定が開いたと言ったショーンのために、徹夜で作業を進め、今日一日のスケジュールをあけたのだ。ヴィゴと長く付き合うようになったショーンが身につけた習慣の一つに、同国にいるのであれば、僅かな時間であれ、スケジュールが開いた時は、ヴィゴに連絡を入れ、落ち合うというものがあった。ただしこれは、そうやって突然開いたショーンの都合にあわせ、毎回ヴィゴがスケジュールをやりくりしてきたからこそ出来上がった習慣だ。
今回もヴィゴは、個展の概要について、プランナーに説明するための資料作りを夕べ徹夜で仕上げ、ショーンの顔を見るための時間を作り出した。
勿論、ヴィゴは自分がショーンに会いたかったから作った時間だという認識をしている。
だが、丸一日掛かるはずの予定を、一晩で終えたヴィゴの目の下には、濃い隈が出来上がっているのだ。
大きな音でドアを閉め、部屋から出て行ったショーンの足音が、ベッドルールに消えるのを聞いたヴィゴは、ソファーにごろりと横になった。
大きく息を吐き出し、目の上に手のひらを乗せる。
「ベイビー。愛してる」
ヴィゴの唇が動く。
だが、呟いたところで、部屋の中にはヴィゴの言葉を受け止めてくれる相手はいない。
「ショーン……」
思いもかけず手に入った約五時間のデートをショーン一人で、ベッドルーム追いやったまま過ごしてしまうことは勿体なかったが、さすがのヴィゴも、今日ばかりはショーンの後を追い機嫌をとるだけの気力が湧かなかった。
眠くて気合がはいらない。
世界でショーンを一番愛しているはずなのに、そのショーンのために、他の何もかも捨て、尽くせぬ自分が腹立たしかったが、そ同時に、これほど愛しているというのに、自分を理解してくれぬ、ショーンが腹立たしいとも感じる。
「疲れてるな……」
ソファーに横になってもまだ、胸を焼く怒りに、ヴィゴは情けのない声をだした。
「ショーン。愛してる……」
ヴィゴの口からは寝息が漏れていた。
苛立ちのあまり上着だけを脱いで、ベッドにダイブしたショーンは、自分が眠っていたことに気付いた。
手首の時計を見つめ、ここでの滞在時間があと2時間を切ってしまったことを知る。
ため息を吐き出し、汗で濡れた髪をかき上げたショーンは、しかし、そのまま、ヴィゴを待った。
ショーンは、ドアに背を向けて身体を丸めている。
自宅のベッドルームだというのに、礼儀正しくノックをし、顔を出すはずのヴィゴを無視してやるためだ。
しかし、なかなかドアは開かれない。
眠れもしないベッドの中で半分を切ってしまった滞在時間を消費していくことは、ショーンにとって苛立つばかりだった。
益々ヴィゴに対する怒りが募る。
ショーンが死守した短い休みに仕事のスケジュールなど入れたヴィゴは、百万回も、愛しているとささやくべきなのだ。
こんな風に目覚めた時には、手持ち無沙汰のヴィゴが困ったような笑みを浮かべて、ベッドの脇に立っていて当然だ。
そして、それを、ショーンが無視してやるのも、当然。
だが、珍しく声を荒げたヴィゴを見た後だけに、さすがのショーンも、今日ばかりは、ヴィゴがこの部屋を訪れ、自分の機嫌をとり、優しくもいやらしいセックスを与えてくれ気がないのではないかという思いがちらついた。
ショーンは、苛立つ。
せっかく捻出した時間に、しかも、この夏はどうやらもうこれ以上の時間を取れないかもしれないというのに、ヴィゴは自分に触れたくないのかと、腹立たしい。
腕時計は、残り時間が、また、1分、また1分と短くなっていくところ律儀に知らせる。
ショーンは、大きな舌打ちをした。
緩めただけだったネクタイを引き抜く。
もう一度舌打ちをして、ベッドから起き上がる。
「くそっ!……なんで俺から」
しかし、レセプションまでの数時間、着替えに戻る時間を惜しみ、そのためのスーツまで着てショーンは、ヴィゴを訪ねたのだ。
ショーンはヴィゴが好きなのだ。
かちゃりと開いたドアの音に、ヴィゴは目を覚ました。
ドアを背にして立っているショーンは、少し顎を反らし気味に、ヴィゴを睨みつけている。
どんなつもりの演出なのか、ショーンはわざわざ眼鏡をかけていた。
確かに、そうした方が、ショーンへのとっつきは悪くなる。
「……ヴィゴ」
曖昧な笑顔を浮かべたままベッドから起き上がろうとしないヴィゴに、明らかにむっとしたらしいショーンが低い声でぴしゃりと名を呼んだ。
腕時計を見せ、残り時間を知らせる。
「ああ、そうだな。どうする? せめて飲み物を出そうか?」
眠気の残るヴィゴは、起き上がることもせず、相変わらず傲慢で、だからこそ愛しいショーンを眺めた。
間違いなくショーンは今まで不貞寝を決め込んでいたのだろう。
きれいにセットされていた金髪がくしゃりと乱れていた。
表情はかなり不機嫌だ。
目が覚めた時、許して欲しいと顔に書いた恋人が枕元に立っていないことに、ショーンはきっと腹を立てたに違いない。
決してショーンは、ヴィゴの予定を考慮せず、ぎっしり詰め込んだ自分のスケジュールのことを悪いなどとは思わないのだ。
開いた六日間に仕事を入れたヴィゴが悪い。当たり前にそう思う姿を見せる恋人は身勝手だが、その姿を見せるのが自分に対してだけだというのであれば、ヴィゴにとっては愛しい存在だった。
かつて一度もショーンは、わがままな俳優だというレッテルを貼られたことがない。
しかし、私生活はいつだって破綻する。
何故なら、ショーンは、たった一人を愛するとき、その相手に対して、恐ろしく甘えるのだ。
その時のヴィゴに、特別な思惑などなかった。ヴィゴが起き上がらなかったのは、純粋に深く眠り込んでいた身体を動かすのが億劫だっただけだ。だから、ヴィゴは、いくつかの諦めと共に寝転がったまま、ただ、相変わらずショーンは美人だと眺めていた。
だが、そのヴィゴの態度にショーンは酷く傷ついた顔をした。
緑の目が、床の上をさまよう。
おどおどと落ち着かなく唇を舐める。
「……ヴィゴ。……その、まだ、怒っているのか?」
ショーンの声は小さかった。
破綻を繰り返した経験は、ショーンに愛が冷めることのあることを教えたらしかった。
あまりに心地よくヴィゴがショーンを甘やかすものだから、ショーンは、たまにヴィゴも離婚の経験者であることを忘れる。しかし、ヴィゴは、かつて愛情にきちんと清算したことがあるのだ。……ショーンの妻たちと同じように。
それを思い出したショーンは、心がひやりと冷たく撫でられるのを感じた。
だからといって、ショーンには自分から恋人の機嫌を取りに行くほどの甲斐性などなく、ショーンは、唾を飲み込み、自分を奮い立たせる。
「怒っていていいのか? 後、どれだけ時間が残っているのかわかっているのか?」
ショーンは、口元に挑発的な笑みを浮かべた。
しかし、ヴィゴは、その笑みが作り物であることに気付いてしまった。
勝気な表情をしたショーンの顔の中で目が、ヴィゴの表情を伺っている。
緑の目は頼りない表情を浮かべていて、ヴィゴは、くすりと唇に笑みを浮かべた。
疑心暗鬼にとらわれているショーンはそれを軽くあしらわれたのだと誤解する。
「ヴィゴ……?」
ショーンは、起き上がってこないヴィゴが、本気で自分に触れる気がないのではないかと思った。
ヴィゴは、未だ眠いような声を出している。
「うん? ショーン何?」
「ヴィゴ。後どれだけ時間が残ってるのか、本当に分かっているのか?」
ショーンは装わなくても、焦りで苛立つ心のままに、もう一度ヴィゴに時計を見せる。
ヴィゴは頷く。
「ああ、わかってる」
それでもやはり、恋人はショーンの側までやって来ず、ショーンは、思わず舌打ちの音をさせた。
ドアの前に立つショーンと、ソファーに転がったままのヴィゴ。
二人は、それぞれ別の思いに囚われながら、じっと視線を交わしていた。
ヴィゴは、ショーンの様子がいつもと違うことに、出方を伺っていた。
ショーンは、ヴィゴが本気で自分のことを切り捨てるつもりになったのではないかと疑っている。
ヴィゴが今日取った行動は、ショーンがそう疑うだけの材料に事欠かなかった。
ショーンが腹立たしさをぶつけることはよくあるだが、ヴィゴが意見してみせるのは、滅多にあることではなかった。
大抵ヴィゴは、ショーンとぶつかるのではなく、ショーンの飲み込みやすい方法を選んで、上手く丸め込んできてくれるのだ。
ショーンの恋人はいつだって上手いやり方をする。
その上、ヴィゴは、ショーンの様子を伺いにベッドルームを訪れることもなかった。
多少何かのいざこざが起こっても、普段のヴィゴは罪を引き受け、許して欲しいと甘く囁き、後で思い返してみれば、ショーンを思い通りするのだ。ヴィゴは、頭ごなしにショーンを言いくるめ突き放すようなことはしない。ヴィゴは、ショーンを上手く甘やかす。退路を断ち、甘い言葉で、ねだる目で、最後には、ショーンから望みのものを取り上げていくのがヴィゴのやり方だ。
そんなヴィゴなのに、今日はベッドに寝そべったままじっとショーンを見はするものの動こうともしない。
ショーンは、動かないヴィゴをみつめるしかできない。
ヴィゴは、ショーンがこれ以外とれないとはっきり公言していた休みに仕事を入れたのだ。
いつだって、別れへのカウントダウンは、大抵、こういった予想もしていなかった出来事から始まる。
ショーンは、そんな疑いを抱いたままの、沈黙がこのまま続くことに耐えられなかった。
沈黙の意味など、千通りにも読み取れる。
そして、ショーンは、いつだって自分の都合その沈黙を良く読み取り、取り返しのつかないところにきて、初めて気付いてきた。
納得しているから、人は黙るのではない。胸に苛立ちを抱いていても話しても無駄だと、人は黙る時があるのだ。
それが分からなくて、ショーンは何度も失敗した。
ショーンにはいつものパターンを踏んで怒鳴り声を上げ、この場を強引に自分の有利に運ぶだけの勇気が湧かなかった。
だからと言って、仲直りをするにも、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。
ショーンは目を伏せる。
ソファーの足を見つめたままのショーンがベルトに手をかける。
かちゃかちゃと、音を立てたベルトが引き抜かれ、ショーンのズボンが床へと落ちた。
「なぁ、ヴィゴ。やりたいだろ……?」
色仕掛けというなんとも定番な方法で、機嫌をとりにきた金髪の短絡に、ヴィゴは思わず笑ってしまった。
そして、そうすれば、自分の機嫌が直ると確信している恋人に、かすかな苛立ちをヴィゴは感じる。
やはり疲れているのだな。と、ヴィゴはいまだ頭痛の残る頭に手をやった。
頭の芯が重い。
徹夜の疲れを残すヴィゴは、まだ、自分が承諾してしまったスケジュールに腹立たしさを抱え込んでいて、普段なら愛しさだけで受け止めることのできるショーンの行動に、今日はどうしてもひっかかってしまった。
ヴィゴは、ショーンに自分の気持ちが分かってほしかった。
「ショーン……」
ショーンの顔を冷たく見せていたはずの眼鏡がショーンの頼りない表情のせいで、その姿を生真面目にみせていた。
ショーンは、ズボンを脱ぎ落とし、俯いて立っている。
普段だったら、それだけで、ヴィゴは嫌になるほどのキスをショーンに与えただろう。
だが、今日のヴィゴは、ただ、じっとショーンを見つめるだけだった。
「ショーン……それから?」
ヴィゴは、自分でも思っていた以上に意地の悪い声を出していた。
ショーンは、びくりと目を上げる。
驚いているようで、口が半開きになっている。
「ショーン。それで俺を誘ってるつもりなのか?」
頬の辺りを固くして、じっとヴィゴを見つめるショーンに、ヴィゴは微笑んだ。
「ヴィゴ……」
ショーンは、きつくヴィゴを睨むと、しゃがみこんでズボンを上げようとした。
ヴィゴの声が丸められた背中を打つ。
「ショーン。今度会えるのは、半年後か?」
その時ヴィゴは、不甲斐ない自分に対する苛立ちをショーンにぶつけていた。
「やりたいのは、あんただろう? ショーン」
これほど嫌味な態度をヴィゴがとることなど滅多にないことで、こんな酷いことを言われながらも、ショーンは、ヴィゴに反射的に怒りを覚えることができなかった。
突然訪れる別れを何度も経験したショーンは、またもや、自分は間違えたのだと、それだけはわかる。
ショーンは、ズボンを掴んだまま、いつから恋人が自分に苛立ちを感じていたのかと、めまぐるしく考えた。
自分がパートナーの気持ちに鈍感だという自覚がショーンにはあり、思い返せば、いくらでも気持ちの離れていく原因をショーンはあげることができた。
定期的に連絡しあうようなそんな甘ったるい関係ではないが、それでも、ヴィゴは、楽しいことがあればその気持ちをわけるために手紙をくれたし、何の用事のないときにでも、ただ愛していると告げるために電話をくれた。
それに比べればショーンは、事務的な電話をするだけだ。
スケジュールの空きを連絡し、すると、いつだってヴィゴはその日に会おうをやわらかく笑う。
いつだって、ヴィゴはショーンを優先してくれる。
ショーンは、どうしたらヴィゴの気持ちをなだめることができるのかわからず、不安のあまり、ヴィゴを見上げた。
ソファーに肘をついて見下ろすヴィゴが、ショーンに笑いかける。
「ショーン。やる気なんだったら下着を脱げ。ああ、恥ずかしいんだったら、後ろを向いてもいい。そのドアのほうを向いて立つといい。出来るだろう? ショーン」
ヴィゴは、自分に対して従順に振舞う恋人というのもが、かくも愛らしいものだったかと、思わず口笛でも吹きたい気持ちになった。
殴りかかられることも視野に入れて、ショーンに命じたヴィゴは、ショーンが自分に従うことに正直驚いた。
顔にめまぐるしく色々な感情を浮かべ、その中でも、特に不満を多く映し出している瞳をしながらも、ショーンは、ヴィゴの言葉どおり、背を向けた。
足に絡んでいたズボンを抜いたショーンの背中が硬い。
それでも、手はシャツの下に隠れた下着を下ろすために、隠れている。
下着を下ろすために身をかがめた拍子に、シャツの裾が上がり、白い尻がわずかに覗いた。
ショーン自身、ヴィゴに見られていることを自覚しているらしく、眼鏡の弦がかかる耳が真っ赤だ。
それでも足は、ひっかかっている白の下着を蹴り飛ばす。
「……脱いだぞ」
「ショーン。あんた幾つだ? あんた、その年で、ただつっ立ってるだけで、男が釣れると思うのか?」
不貞寝していたせいでシャツには皺が寄っている。
だが、その背中のラインはとても美しい。
ショーンだったら何人でも釣り上げるだろうと思いながらも、ヴィゴは、ショーンに意地の悪い言葉を続けざまに投げかける。
ショーンの顔が引き攣る。
「ほら、前、あんたが言ったんじゃないか。誰もこんなトウの立った男に興味を持たないって」
ヴィゴは、ショーンの様子を詳細に観察しながら言葉を選んだ。
「俺、あんたで勃つかな?」
ヴィゴの股間は、愛しい恋人の捨て身な態度に、最早反応を示していた。
腕を上手くそこに載せ、ヴィゴはショーンの視線から隠している。
悔しそうにショーンがきつく目を瞑った。
吐き捨てるようにショーンが聞く。
「ヴィゴ。……どうしろっていうんだ!」
言葉はきついが、ショーンの睫が震えていた。
噛み締められた唇が、あまりに愛しく、ヴィゴは優しい声を出していた。
「ショーン。自分でシャツを捲って、尻をみせてみろ」
息を吐き出すショーンの唇が震えた。
シャツだけのショーンが目を吊り上げ、振り返る。
「ヴィゴ。確かに俺もいい年なんだ。そんな恥ずかしいことできるか!」
「尻を晒して誘ってみろって、言ってるんだよ。出来なきゃ、次のセックスはああっと、たしか4ヵ月後だな。それも、きっとあんたの仕事でつぶれるのさ」
「今回は、ヴィゴが!」
言い返したショーンは、しかし、唇を噛んで俯いてしまった。
ヴィゴが、笑顔と共に、腕時計を示すように指で手首を叩いたのだ。
はっと、自分の時計に目をやったショーンは、もう後、どれだけも時間がないことがわかった。
それなのに、ヴィゴをソファーから立ち上がらせることも出来ずにいる自分に焦る。
ショーンには、ヴィゴを上手く操る方法などこれしかわからなかった。
だが、ショーンは未だ、ヴィゴを本気にさせることも出来ず、ヴィゴは、ただ、笑っている。
「さぁ、ショーン。どうする?」
ヴィゴは、平気でショーンを待っている。
一つ、大きくドアを叩いたショーンが、背中へと手を回し、尻を隠しているシャツを掴んだ。
何度も浅く息を吐き出しているショーンは、内心かなり動揺しているはずだ。
悔しくて仕方がないのだろうが、ヴィゴの気持ちを放さないために、これから行わなければならないことにショーンは目尻を赤くしていた。
項も赤い。
ヴィゴは、ショーンに気付かれないように舌なめずりをした。
「ショーン。少し足を開いて」
ヴィゴは、調子に乗ってショーンに注文をつけた。
ショーンの肩が震えている。
しかし、言葉のとおりに、ショーンの足が僅かに広げられる。
「そう。そうじゃないと、見えないだろう?」
ヴィゴは、目を細め、震える指がシャツを手繰り上げていくのを見守った。
「いっそ、全部脱げって言って欲しいだろう? ショーン」
強く目を瞑ったショーンが頷く。
額には汗が噴き出している。
ヴィゴの笑みが深くなる。
「さぁ、ショーン。さっさとやれよ」
ショーンは小娘めいた馬鹿げた媚態を示してみせろと言われたというのに、羞恥と戦いながら懸命にシャツを捲りあげていた。
指はどうしたってゆっくりとしか動かない。
しかし、ショーンは、ヴィゴとの間を修復したい。
ショーンは、恥ずかしさのあまり、唇を噛みながら、のろのろとシャツを手繰り寄せていた。
今、ショーンの心を占めるのは、馬鹿げたことを言うヴィゴへの苛立ちではなく、馬鹿げたことをしてでも、ヴィゴを引き止めたい自分への恥ずかしさだ。
してくださいと、お願いするために、自分で尻を晒してみせるのは、死ぬほど恥ずかしい。
自分がそんなにも浅ましい真似までして、ヴィゴを引きとめたいのだと思い知ることは、後のなさをショーンに教え、ショーンはとても心細くなった。
顔の冷たさを強調していたはずの眼鏡が、不安に震えるショーンを健気にみせていた。
太ももは緊張で固くなっている。
のろのろと動く指は、すぐにでも、ヴィゴが優しさを取り戻し、ストップをかけてくれることを期待していた。
しかし、声は掛からず、尻の丸みが、シャツの裾からはみ出す。
ほっそりとした長い指に強く掴まれるシャツは、もう着て出るのが無理なほど、きつい皺が寄っている。
僅かに見えるからこそいやらしい、そんなショーンの姿を楽しみながら、ヴィゴは、保管したままになっているショーンの忘れ物を考えていた。
フォーマルなスーツが一式、置きっぱなしになっていたはずだ。
代替品を確認し、ヴィゴは、ショーンを更に追い詰める。
「もう少し捲れ。ショーン。そして、こっちに尻を突きだすんだ」
ヴィゴからの許しが得られなくて、かわいそうにショーンは、またもぞもぞと指を動かした。
一ミリ一ミリというほどゆっくりとだが、それでもシャツは上がっていく。
「早くしないと、時間がなくなるぜ。ショーン」
ショーンが唾を飲み込む。項が赤い。
ショーンは真っ赤になりながらとうとう尻の上までシャツの裾を捲りあげた。
金髪は、白い尻をむき出しにして、身体を固くし、震えている。
汗に濡れた背中にはシャツが張り付き、太もももしっとりと濡れているようだった。
滑らかな尻の持ち主は、何度か尻を後ろに突き出そうとするのだが、決心がつかないのか、それが出来ずにいる。
けれども、しなければならないと思っているらしく、内心の焦りを表し、舌が何度も唇を舐める。
ヴィゴは親切にショーンへとやり方を教えてやった。
「ドアに顔を付ければいい。そこにもたれかかれば自然に尻は俺に向かって突き出されるぜ。ショーン」
ショーンは誤魔化しようのない恥ずかしさを持て余しているようで、悔しそうに寄せられた眉の下の目は泣き出しそうだった。
眼鏡は壁に顔をつこうとした拍子にずれてしまった。
ショーンは、いじましくとてもかわいらしい。
まだ、壁に顔をつけることの出来ずにいるショーンが、尻を曝け出したまま、口を開いた。
全身を赤くして、殆ど泣くのではないかというほど俯き、苦虫を噛み潰したような声を出す。
「……ヴィゴ。……もう、俺としたくないのか……?」
不安そうにしながらも、悔しさをにじませたプライドの高さに、ヴィゴの中では、ショーンへの愛情が堪えきれないほどわきあがった。
だから、冷たく決めてやるつもりだった言葉に、思わず笑いが混ざってしまった。
「ショーン。だめだろう。……してくださいって……お願いする立場だろ」
せっかくショーンがドアに額を押し付け、尻を差し出していたというのに、ヴィゴは、ソファーから飛び起きると、ショーンへと走り寄った。
胸に湧きあがった愛情がヴィゴに、徹夜の疲れも、自分のしでかした不手際に対する怒りも帳消しにしてしまったのだ。
ヴィゴはショーンをひっくり返し、ぎゅっと抱きしめた。
「ショーン。愛してるよ」
愛の言葉を聞いた途端、強く瞑った目から悔し涙を溢れさせたショーンは、抱き寄せてキスをしたヴィゴに噛み付いた。
それでも、ヴィゴは、ショーンを抱きしめ、キスをする。
「ショーン……ショーン!」
「ヴィゴ! ……ヴィゴ!!」
あふれ出る寸前の涙をずっと溜めていたせいで目を赤く腫らしている恋人は、安堵の表情の後には、すぐさま怒りを顔に浮かべ、めちゃくちゃにヴィゴの胸を打った。
「……ヴィゴ!」
強く抱き寄せると、ショーンはヴィゴの頬だって打った。
ヴィゴは、もがくショーンを強く抱きしめる。
文句を言う口を塞ぎ、シャツの上からむっちりとしたショーンの尻をぎゅっと掴む。
「ショーン。……時間がないのは、本当だぞ」
ヴィゴは、もう一度、ショーンをドアに手を突くようにして立たせ、くしゃくしゃになってしまったシャツの裾を捲りあげた。
尻の割れ目に、硬く盛り上がっているジーンズの前を押し付けた。
その大きさと、硬さにショーンが息を飲む。
ヴィゴは満足げに、いやらしく腰を振った。
ショーンの股間に手を伸ばし、あんな目に合わされたというのに興奮を教える恋人のペニスを握った。
そこは、完全に勃起しているわけではないが、先端のくぼみは、雫を溜めている。
「なぁ、ショーン。しようか」
ヴィゴは、何か言おうとするショーンの唇をキスで塞いだ。
指が、ペニスにぬめりを塗り広げていく。
「ショーン……」
ヴィゴは、ショーンのペニスを硬くさせながら、舌を絡める。
しだいにショーンの舌がヴィゴに応えだす。
「あんたの尻にそそられない男なんていないよ。ショーン」
長い駆け引きは、恋人たちが愛し合うための時間を削っていた。
ショーンはヴィゴの舌を強く噛んで意趣返しをし、その反応に満足すると奥へとひっこんだヴィゴの舌へと強引に舌を絡めた。
短い時間に濃密に愛し合わなければならない恋人達は、その場から移動するだけの余裕すらなかった。
ショーンの手は、ドアに押し付けられていた。
ヴィゴがショーンを突き上げるたびに、ショーンの身体は、ドアへと近づく。
もうショーンの頬は、ドアに押し付けられ、つぶれていた。
ショーンの口から、声が漏れる。
「あっ、……あっ、あ」
その声はドアに撥ね返る。
シャツの中にもぐりこんだヴィゴの右手は、小さく立ち上がっているショーンの乳首を摘まんでいる。
押しつぶしてやる度、ショーンが鼻に抜ける声を上げながら、腰を捩る。
ヴィゴは、ずれてしまっているショーンの眼鏡を押し上げてやった。
「ショーン、……あんた眼鏡が良く似合うな」
余裕なくヴィゴはショーンにささやきながら、形のいい耳にキスを繰り返していた。
腰の動きがいつより早い。
ヴィゴは、項まで赤くしながらも、自分からシャツを捲り白い尻を晒してみせたショーンに、相当煽られていたのだ。
もっとショーンを楽しませてやりたいと思うのに、自分のペニスを強く締め上げ、絡み付いてくる濡れた肉の感触に抵抗できない。
ずるりと、引き抜けば、ショーンの襞はヴィゴを求め、ぎゅっと窄まり、突き上げてやれば、待ち構えていたように、ヴィゴを熱く歓待する。
ヴィゴの視界では、がっつりとペニスを咥え込む肉の輪が、きゅっ、きゅっと、ペニスを締め上げるのだ。
まろやかな尻が落ち着きなく振られている。
手の中の柔らかい尻を撫で回し、ヴィゴは、汗で濡れたショーンの項を舐め回した。
濡れた舌の作りだす、ぞくりとする快感にショーンの身体が前に逃げる。
しかし、尻だけは、ヴィゴの手に残る。
ヴィゴは、背中に張り付いているシャツに口付けながら、ご希望通りショーンの尻を突き上げてやった。
「あっ、あ、あっぅ……あ」
ショーンが、首を捻り切羽詰まった顔を見せると、ヴィゴにキスを求める。
「ヴィゴ……ヴィゴっ」
ヴィゴは、ショーンの唇を塞いだ。
震えるショーンの身体は、ペニスを握るヴィゴの手を濡らしていた。
「ショーン。早く!ネクタイなんか、後で結べ。ほら、靴! おい、車のキーは?」
ヴィゴは、ショーンのために、クローゼットの中から引っ張り出したスーツにブラシをかけてやりながら、のろのろと用意の進まない恋人をせかしていた。
放り込んでやったバスルームで、ヴィゴが洗ってやった髪をいつまでもショーンは櫛付け、用意は一向に進まない。
「なぁ、ヴィゴ……」
あまり時間を気にしないヴィゴが焦るほどの時刻だというのに、ショーンは、まだソファーに座っていた。
スーツの袖を通そうともしない。
ヴィゴは、ショーンの時間を心配するあまり怒鳴っていた。
「間に合わないぞ。ショーン!」
「……なぁ、ヴィゴ。どうしてもスケジュールを変えられないのか?」
ねだる目をした恋人がぼそりと口にしたのは、無茶な要求だった。
しかし、ショーンの色仕掛けは、ヴィゴに効果を発揮していたのだ。
「努力はしてみる……」
ヴィゴがため息と共にそう答えると、ショーンの顔に、鮮やかなの笑みが浮んだ。
「悪いな。ヴィゴ」
全く悪いと思っていないショーンは、履くのをぐずっていた靴に足をいれた。
車のキーを取り、ドアへ向かう。
あまりにすばやいショーンの身の翻し方に、ヴィゴの顔には苦笑が浮かんだ。
せめてもヴィゴは、運転席に座りすぐにでもスタートしようとしたショーンからキスを奪う。
ヴィゴが家に入ると、洗面所にはショーンの眼鏡が置き去りになっていた。
ヴィゴは、近頃これを愛用するようになったショーンに早めに返してやるためにも、スケジュールを開ける必要ができた。
END
私信。
アヤコさん、これが、捧げるのやめといたエロの奴(笑)