*やきもち

役者には、一生涯舞台を愛し続ける者が多数いる。多分、ショーンもその一人だ。
誰が強制したわけでもないのに、ショーンの手は、また同じ本を開いている。
「なぁ、ヴィゴ。もし、今もシェークスピアが生きていたら、すごい人気者だと思わないか?」
ずっと恋人が構ってくれるのを待っている男は、ちろりとショーンに目をやった。
「まぁな。400歳近いじじいだからな」



*病いの日は心細い。

風邪引きのヴィゴは鬱陶しかった。何度も咳き込むくせに、電話を切ろうとしない。
「なぁ、ショーン。遺言が2つあるんだ」
高々熱を出しただけで、言うことが大げさだ。
それでもショーンは何度も鼻をかむせいですっかり赤鼻になっているに違いないヴィゴに同情し、頷いてやった。
「言ってみろ。ヴィゴ」
「ショーン……あんた、優しいな」
熱のせいもあるだろうが、間違いなくヴィゴの目が潤んでいるに違いないとショーンは思った。声が涙ぐんでいる。
「あのな、ショーン。まず、一つ、俺が死んだら火葬にして欲しい」
確かに近頃では珍しくなくなったが、それでもショーンの故郷などはできることならば土葬をと望む。
「……いいが……でも、何故?」
「それが、二つ目の願いなんだ。あのな、……ショーン、俺の灰をシェフィールドのグランドに埋めて欲しい」
「はぁ……?」
それは、ショーンが胸の奥底でこっそり願っていることだ。だが、まだ誰にも打ち明けたことはない。恋人は何を言い出したのか?
「……だって、そうすれば、ショーンが何度でも足を運んでくれる……」
また盛大に鼻をかんだヴィゴの顔をショーンは思った。


*準備期間終了

正式に離婚が決まったショーンの落ち込みは酷いものだった。
カメラが回っている最中を除けば、昼夜を問わず同じ離婚経験者であるヴィゴに悩みを打ち明け続け、めんめんと続く愚痴にも似た繰言をヴィゴは熱心に聞き続けた。
ある晩のことだ。
「だからな。ヴィゴ……」
今晩もショーンは寂しさのあまり電話をかけてきており、ヴィゴはそれにもう1時間あまりも、「うん。うん」や、「なるほど」と、相槌を打ち続けてきた。
そして、ヴィゴは、時計の針が12時を回ったところで、調度ショーンと出会ってから一月が経ったことに気付いた。
「なぁ、ショーン」
ヴィゴはショーンに尋ねた。
「俺たちが出会って、一月だ。俺はあんたの友人だろうか?」
ショーンは突然のヴィゴの質問に驚いた。だが、確かに、ヴィゴと知り合って早一月経ち、いまや、ヴィゴに話していないことなど何もないのではないかと思うほどショーンはヴィゴを信頼していた。だから、ショーンは友の問いに頷こうとし、しかし、ただの友人という尊称ではヴィゴの親切には物足りない気がして、親友という称号で称えるべきだと思った。
「いや……ヴィゴ、君は」
ヴィゴは、照れくさそうなショーンの声をさえぎった。
「そうだな。……ショーン」
受話器から零れるヴィゴの声は、ショーンを動揺させるほど急に色気を増した。
「そうだよな。もう、一月だ。十分だ。……ベイビー……聞いた通りのあんたの好きな体位でやろう。愛してるよ。ショーン」


*友人は難しい。

ヴィゴが同じシングルファーザーだとわかったショーンは、彼と家族ぐるみの友人になろうと努力した。
しかし、一月も経たず、ショーンはその努力が実を結ばないことを思い知った。
なぜなら。
シャイなヴィゴの息子はショーンとの友情にとても消極的であり、しかし、その一方、父親は、ショーンに対して過剰に積極的過ぎだった。


*いたずら

撮影現場で放送がかかった。
『Aスタジオに黒のナイロンバックが忘れてありました。心当たりの人は、Dスタジオのドミニクまで取りに来てください』
ヴィゴには心当たりがあった。黒のナイロンバックはAスタでの撮影以来、姿を消した。
『黒のナイロンバックの中身を確認中です。中には、着替え中でセミヌード、オールヌードのゴンドール執政官の写真が5枚入っていました。心当たりの人は、Dスタジオのドミニクまでどーぞ』
せめて持ち主が名指しされなかったことに、ヴィゴはほっとした。足は懸命にDスタまでの道のりを走る。
『またもやドミニクです。バックの持ち主が判明しました。Mr.ヴィゴ・モーテンセン。子供じゃないんだから、でかでかと名前なんか書かないでよね。ところでさ、ねぇ、ヴィゴ。このバックのなかのラベル無しの超怪しげなVTRって何? 見てもいい?もしかして……』
とうとうドミニクの放送はヴィゴを名指しし、身の置き所もないヴィゴがそれでもDスタへと急いでいると、Cスタから飛び出した顔を真っ赤にしたショーンがヴィゴを殴り飛ばした。