SLEEPING BEAUTY.

 

ある国に若くして妻を亡くした失意の王がいました。

浅く眠り、目覚めては嘆く日々を幾月も続けていましたが、ある晩

王は不思議な夢を見たのです。

心を酔わせる香り漂う薔薇が埋め尽くす園に王は立っていました。

傍らには薔薇より麗しい青年がいて、微笑んでいます。

翌朝、王は悲しみの癒えた面持ちで呟きました。

彼の人は誰だろう、と。

 

 

その頃、失意の王の国から遠く離れた別の国では王子の誕生を祝う

宴が城の大広間で催されていました。

王と王妃の間には長らく子供が出来なかったので、待望のお世継誕生に

民も大喜び。国を上げての盛大なお祝いとなったのです。

宴もたけなわとなった頃、3人の魔法使いが王子に贈り物をするため

王と王妃の前に進み出ました。

1人目は変わらぬ美貌を。

2人目は勇気と優しさを授けます。

さて3人目は、と皆が思ったその時、魔法使いを押し退けた影が御前に

飛び出したのです。

それは招待を断った魔法使いでした。

この魔法使いは美しいのが自慢の男でしたが、水鏡をのぞき王子が自分

よりも美しく成長するのを知って嫉妬にかられ、その人生を狂わせてやろうと

庭伝いに大広間へ侵入していたのでした。

3人目の魔法使いは憎しみに燃える眼を王子に向けて叫びます。

「お前は20と二月の年に錘で指を刺して死んでしまうだろう。精々それまで

幸せに暮すがいいさ!!」

大広間は恐ろしい宣告に凍りつきました。慌てて王が衛兵に命令をかけますが

魔法使いの姿はすでに何処にもありません。

王妃は何も知らずに眠っている王子を抱き上げ、その清らかな頬に涙を零しました。

沈痛な静けさに包まれた大広間に王妃の啜り泣きだけが小さく響きます。

「儂の分が残っておるのをお忘れかな?」

最初に口を開いたのは、3番目に祝福をするはずだった年老いた魔法使いでした。

「王子は20と二月の年に錘で指を刺して倒れるが、死にはせぬ。

ただ眠リにつくだけじゃ」

長い顎髭を撫で、魔法使いは王妃から王子を受け取リました。

「呪いを覆すことは出来ぬが、必ずや破る者が現われようぞ」

魔法使いはそう言って、王子の額に祝福のキスを送ります。

王子が愛らしい笑い声を上げると、大広間に賑わいが戻りました。

 

 

オーランドと名付けられた王子は美しく成長しました。

肌は象牙のように艶やかで、濡れたように光る巻毛は漆黒。

蜂蜜のように甘く笑う顔と、すらりとしたしなやかに動く鹿のような身体は

誰をも魅了します。

王と王妃だけでなく、城中の者、国中の民から愛されて王子は健やかに幸せに

暮していました。

もうすぐ王子は20と二月。呪いの言葉が王と王妃の頭を掠めますが

このまま何事も起きなさそうです。

なんとなれば20年前のあの日、王は国中の錘と糸車を焼き捨てるようにおふれを

出したのですから。国には王子を刺す錘はひとつもないのです。

 

その日は朝から雨でした。退屈した王子は部屋を抜け出し、まだ昇った

ことのない北の塔へ行く事を思いつきました。

確かここは古くて痛みが激しいので出入りを禁じられていたはずですが

身の軽さに自信のある王子はためらいません。

長い階段を昇っていくと、朽ちかけた木のドアがありました。

その向うからキーイ、キーイと細く高い音がします。

王子が入ってみると挨だらけの部屋の中には糸を紡ぐお爺さんがいました。

お爺さんは俯いたまま王子に話し掛けます。

「オーランド王子、糸車を見るのは初めてかね?」

「初めても何も、こんな物があることさえ知らなかったよ」

お爺さんが回しているのは、焼き捨てられたはずの糸車でした。

そんなことを知らない王子は足取り軽く近付いて、お爺さんの手元をにこにこ

して覗きこみます。

「やってみるかね?」

「いいの?やってみたい」

差し出された錘を受け取ろうとした時、その鋭い先が王子の指をぷつり、と

刺し一筋の血が流れました。

王子は指を押さえたまま、ゆっくりと床にくずおれます。

「ざまあみろ!」

お爺さんは吐き捨てるように言って王子を睨み付けると姿を消しました。

お爺さんの正体はあの魔法使いだったのです。

 

城は大騒ぎとなりました。

魔法使いの行方を探すよう命じられた兵が城を飛び出すと、王は玉座に倒れこむ

ように座り、頭を抱えました。

王妃は眠る王子を寝所へ運ばせてから自分の部屋に籠もってしまっています。

啜り泣きに満ちた城の中には、あの年老いた魔法使いもいました。

20と二月の今日が心配な魔法使いはわざわざ王の元を尋ねていたのです。

魔法使いは悲しげに首を振ると、持っていた杖で床をトン、トンと2回突いて

左手の上から何かを吹き飛ばすような仕草をしました。

「茨よ茨、この悲しみと時を包み込んでおくれ。悪心抱く者を阻み、愛と勇気に

満ちた者だけを通す護りになっておくれ」

呪文を唱えると不思議なことに、床から伸びてきた何本もの茨の蔓がそこら中を

覆い始めたのです。

泣いている召使や、うなだれた守りの兵達も眠りながらその蔓に埋もれていき

城はあっという間にすっかり茨の蔓で覆われました。

そしてその蔓は、春が来ても花をつけることはありませんでした。

 

 

何年か経ったある春の日のこと、城の麓にある町へ馬に乗った一人の男が

やって来ました。

顔には延び放題の髭。薄汚れ、あちこちの破れたマントに繕った跡のある

チュニックと泥だらけのブーツといった出で立ちです。

マントの影から見える青灰色の眼は賢く思慮深そうで、年寄りに見えるかと

思うと、好奇心にきらめいて青年のようにも見えます。

城を見上げてから宿屋に入った男は、ビールを運んできた宿の主人をつかまえて

聞きました。

「この国の城は美しいな。でもなんだって茨まみれなんだ?」

主人は悲しそうに眉をひそめて答えます。

「お城の王子、オーランド様が呪いをかけられて以来あんなになっちまったのさ。

国中がずっと待っているよ。呪いの解ける日をね」

男にせがまれて主人は話しました。

王子が20と二月の年から眠リ続けていること。

その呪いを解くには呪いの源となっている、強い憎しみを打ち砕くなにかが

必要なのだということ。

年老いた魔法使いが必ず呪いを解く、勇気ある者が現われるだろうと告げたこと。

しかし未だそれに成功した者はいないということ。

「何人もの王子様や騎士様が来たし、泥棒が入ろうとしたこともあったがね

茨は誰も通さなかった」

男は主人にもうひとつ尋ねます。

「今は春なのに、あの茨に花がついていないのはなぜかな?」

「呪いがかかっているからさね。昔、お城には色んな花が咲いていたよ。

特に薔薇がたくさんあって、そりゃあ見事だった」

悲しそうなためいきをついて主人が離れると、男は髭だらけの顔をこすって

ビールをぐい、と飲んだのでした。

 

翌朝、日の出とともに宿から出てきた男がいました。

銀灰のマントを羽織り、その下にはベルベットの紅いチュニックを着て

白い星の描かれた革の胸当てをつけています。

びっくりしている宿の主人に優雅な礼をした男は、金貨の入った袋を渡して

艶やかな毛並みの馬に跨がりました。

薄汚い身なりで町にやってきたのは、若くして妻を亡くしたあの王だったのです。

夢で見た青年を探す旅に出てからずいぶんと月日が経っていましたが、髭をきれい

に剃り落としたその風貌は今でも若々しく、城を見上げる青灰色の眼は夢で訪れた

薔薇の園をみつけた喜びに輝いています。

「私が呪いを解こう」

雄々しく言った王は町中の皆が見守るなか、マントを翻し城に向けて馬を進めました。

 

坂を登り城門の前に来た王は、銀の鞘から王の証明である宝剣を引き抜き

城を覆う茨に当ててささやきます。

「茨よ、おまえが心あるものならば、ここを通してくれないか」

すると不思議なことに茨がざわめきたち、絡み合った蔓は掻き分けられたように

左右に割れました。

王は剣を鞘に納めると茨に礼をいい、姿をあらわした門を開いて城の中に進みます。

玉座がある大広間、悲しい顔をした召使達や兵達があちこちにいる廊下を通りぬけ

導くように開いていく茨の蔓をおって王は進みました。

そしてついに城の奥深く、王子の寝所に辿りついたのです。

寝台に近付いた王は、そっと帳を開きました。

中には生き生きとして今にも眼を開けそうな王子が眠っています。

長い睫にほころびそうな唇、枕に広がる黒い巻毛。その愛らしい姿は王が夢で

出会った青年とまったく同じでした。

王は寝台に腰掛け、象牙のような頬にふれましたが王子はみじろぎひとつしません。

「やっと会えたね、愛しい人」

王が額にくちずけても王子は起きませんでした。

青灰色の眼が悲しそうに曇ります。

「君が目覚めてくれなければ、私は今度こそ悲しみのあまり死んでしまうだろう。

愛しい人、どうすれば私を見てくれるんだ?」

巻毛に指を絡めて問いかけても答えるものはありません。

あきらめかけた王が寝台から下りようとしたとき、宿の主人の言葉がよみがえりました。

『その呪いを解くには呪いの源となっている、強い憎しみを打ち砕くなにかが

必要なのだということ』

王は夢で見た日から王子のことを愛していました。持つものはこの胸に抱き続けてきた

想いしかありません。

「私の愛で呪いを解いてみせるよ、愛しい人」

もういちど額にくちづけると、王は王子の夜着を脱がせました。

自分も着ているものを脱いで寝台に上がります。

王は王子のほんのりとつめたい身体に重なって抱き締めました。

「目を覚ましてくれ」

ささやきながら胸元をさすると、王子の長いまつげが少しゆれたように見えました。

王は出来うるかぎりそっと、情熱の竿を王子に押しあてます。

「私を見てくれ、愛する人」

ふたたび王がささやくと、王子がかすれた声でうめきました。

見ると花のような唇が少し開いています。

「やめて・・・・」

まだ眠っているような、はっきりとしない声で呟くと王子は閉じたままの眼から

ぽろぽろと涙を流し、痛みにふるえました。

「やめてください・・・・」

王は苦しそうな王子のようすに胸が痛みましたが、自分のとった方法が間違って

いなかったのを神に感謝し、やさしい声をかけます。

「少しだけ我慢してくれないか、王子」

「痛いのはいやだ・・・・お願いだからやめて」

王子は聞こえてないようで、愛らしい顔をしかめて小さくかぶりを振リました。

王は乱れた巻毛にくちづけて逃げられないよう腕に力をこめます。

けれど王子の身体は固く閉じていて茨の蔓のように簡単には開きません。

「愛している、オーランド」

唇をかみしめながらさらに奥深く進めた王の竿が身体を刺し、王子の脚に一筋の血が

流れた時です。

「ああ!」

痛みに叫んだ王子の眼が、ぱっちりと開いたではありませんか。

薔薇色に染まった頬に羞恥と官能を浮かべています。

「ああ、あなたは誰?」

恥ずかしそうに笑って王子は王を見上げました。

「君をこの世でいちばん愛する男だよ、オーランド。ようやくその瞳に

私の写る時が来たようだ」

王が答えると城を覆っていた茨が溶けるように消え、辺りに薔薇が咲き乱れました。

その甘い香りの中で王と王子は帳を下ろし、夜が更けるまで愛し合ったのです。

 

こうして失意の王は再び愛する者と巡り会い、希望に満ちた王となって帰還の

旅路につきました。もちろん愛馬の鞍には王子を乗せてです。

春の戻ってきた王子の国にも新たな幸せが訪れるでしよう。

そしてみんなが幸せに暮したのです。

いつまでも、いつまでも。

 

END

 

BACK

 

Hへのプレゼントとして書いたものに加筆・修正。

パロディであり、VOであり・・・・

受け取り方は千差万別・楽しんで頂けると幸いです。

ちなみに、

王妃・・ナタリー・ポートマン

王・・エリック・バナ

悪い魔法使い・・ブラット・ピット

年寄りの魔法使い・・イアン・マッケラン

といったキャスティングで書いていました。

(BPファンの方には申し訳ありません)

全く同じメンバーで読んでいました、という方。

相当バイオリズムか何かが似ていますね。

ゆっくり語りあってみたいものです。