バスルーム

 

電話が掛かってきたのは、出かける前に、バスルームへ行こうかと、Tシャツに手をかけたときだった。

「ハロー、オーリィ」

「えっ?久しぶり。どうしたの、急に」

電話口からは、いきなり、甘いささやくような声が聞こえてくる。

何かの連絡だろうと、携帯を片手に、シャツを脱ぐことを続行していたオーランドだったが、愛しい人物からのコールに、手が、思わず止まる。

そして、ヴィゴが、電話をよこした理由が思い当たって、にやりと口元が緩む。

「メリースリスマス。プレゼント、サンキューな、オーリィ」

「もう、届いた?結構早いね。で、なに?怒って電話してきたって訳?」

「いいや、別に怒ってるわけじゃないけどね、まぁ、ビックリはしたと、報告しておこうかと」

「そう、良かった。驚いてくれたんだ」

腹までまくり上げでいたシャツは戻して、オーランドは、時計を見上げた。

まだ、出かけるまでには、1時間ほど余裕がある。

焦って用意しさえすれば、1時間10分は、楽勝だ。

果たして、1時間10分もの間、ヴィゴが電話に付き合ってくれるかどうかわからなかったが、オーランドは、長電話するための第一歩として、とりあえず、ソファーへと体を投げ出した。

プレゼントが届いたのなら、ヴィゴは、いま、どんな顔をして受話器を握っているんだ?

ソファーに転がりながら、想像に嬉しくなってしまう。

「どう?プレゼントは気に入ってくれた?先行して送っておいたカードを読んで、ちゃんと一人で包みをあけてくれたことを祈ってるんだけど」

「まぁ…一人だったよ。カードは、何故かプレゼントと一緒だった。だが、運良くダイニングにはわたし一人しかいなかったからね」

「そう。それはラッキーだったね。あやうく、父親の威厳が地に落ちるところだ」

「本当にな。これはプレゼントなのか、いやがらせなのか、箱を開けた一瞬、迷ったね」

「その両方。結構、用意するの大変だったんだぜ。写真が趣味の奴に、現像の仕方まで教えてもらって」

「で、これは、その友人が現像を?」

「あっ、今、持ってるの?」

「ああ、目の前にある」

オーランドは、一人、ヴィゴの顔を思ってにやにやとした。

ヴィゴの手元には、オーランドの写真がたっぷり入った小さな箱が届いているはずなのだ。

しかし、その写真のどれもが、とてもいやらしいもので、誰かにコレクションを見つかったら、間違いなく白い目でみられるだろう代物だ。実際、オーランド自身が処分に困っていたものでもある。

穏やかな顔をしながら、口元にだけ、すこし困惑を浮かべたヴィゴの顔。

きっと、あんな顔をしてヴィゴはダイニングに立ち尽くしたはずだ。

オーランドは、ヴィゴが自分のために、あの顔をしてくれるのが大好きだ。

想像に、口元がゆるむ。

手元にクッションを引き寄せ、ヴィゴの変わりに、強く抱きしめる。

「オーリィ、現像したのは、フィルム1本分?」

「わかる?でも、苦労したんだ。セルフモードで一人撮影会だぜ?」

「まぁ、苦労は認めてもいいが、その、自分で作った作品が、一番できが悪いってのは、どうなんだ?」

「どれのこといってるの?なに?あんた、俺が撮った写真と、別のが区別できるの?」

「そりゃ、わかるだろう。ほとんどアイコラで作ったやつだな。自分で、こんなのが作れるようになったのか?こんな、セクシーポーズ、よく探したな。どこのサイトを覗いてるんだ」

「どの写真だよ。国旗のパンツのやつ?それとも、ガーターベルト着用?」

「違う。オールヌードだよ。バックショットで振り返ってるやつ」

「ああ、あれ。あのモデル、すっごい体つきが似てるよね。一瞬、俺だと思わなかった?」

オーランドは、写真の映像を思い浮かべて、そのいやらしさに、ひとりで照れる。

バックからの撮影で、大きく足を開いて、もの欲しそうな顔で振り返っている奴だ。

クッションをボスボス殴ってみる。

「パソコン嫌いじゃなかったのか?こういう、いたずらのためなら、どんな苦手なことでも、すぐ覚わるってわけか?」

「ちがうよ。自分で撮影したやつ以外は、全部、プレゼント。変わったファンがいるからね。最初届いたときは、自分でも、こんな写真いつ撮ったんだって、ビックリもんだよ」

「オフィスへ?」

「ああ、写真?そう。オフィス。あんまり面白かったから、貰って帰ったんだけど、処分に困ってたしね」

「エージェントは、訴えないのか?」

「きりがないよ。いいじゃん、別に。目一杯笑わせてもらったし。ヴィゴへのプレゼントにもなったことだし」

ヴィゴの声が心配そうに、潜められた。

声が、オーランドの精神が傷つきはしないかと、気遣っているのに、オーランドはうれしくなる。

年上の恋人は心配性だ。いや、オーランドに関わる多くの人が、オーランドよりずっと心配性なのだが、こうして、愛する人に気にかけてもらえるのは、とても心地がいい。

オーランドは、あぐらをかくように足を引き寄せ、その上にクッションを抱きこんで、軽く、前後に体を揺する。

「ねぇ、ヴィゴ。どの写真を自分で撮ったんだと思う?あんたが思ってるのと、俺が撮ったの、違うかもしれないだろ?」

「わかるさ。筋肉のつき方がちがうし、肌の色だって」

「でも、俺でもわかんないのがあったんだぜ?言いなよ。間違ってたって、恋人として責めやしないし。写真家としてだって、まぁ、ちょっとは笑うかもしんないけど、人間、間違いはある…し」

ヴィゴの言葉が嬉しくて、とても、とても、うれしくて、オーランドは、笑ってしまう。

そんなに、俺が好き?

心の中で言葉を転がして、もてあそぶ。

あんまりわくわくして、笑いが隠せない。

そして、確か、プレゼントした写真の中には、そんな格好、もう、それは、変態だろっていうようなのも混じっていたはずで。

手元に写真の束を持っているらしいヴィゴが、そんな自分の写真をめくりながら、話しているのかと思うと、どうしても意地の悪い笑いも漏れる。

「どう?気に入ったのある?」

次々に、箱の中へと収めた写真が思い出されて、どうしてもオーランドはにやついてしまう。

「ラグビーボール片手にヌードで笑ってるのなんか、好青年っぽくっていいんじゃないか?」

「えー。チアガール姿で、スカートめくってるのでしょ。あれ、おっかしいよね。どうして、わざわざ、男にあんな格好させて、しかも、スカートめくって見せるかなぁって、嗜好にめっちゃくちゃこだわりを感じるよ」

「じゃぁ、消防士のヘルメットだけかぶってヌードなのは?」

あれは、たしか。オーランドの脳裏に、いくつもの映像が浮かぶ。

「へん。あんた、選ぶの、変だって。あれも確か、歯をみせて笑ってる顔じゃなかったっけ?なんか、あの格好で健やかに笑ってて、俺はそら恐ろしいものを感じたってのに」

「そう?多分、ほんとのモデルもこんな顔して映ってるんじゃないかな?」

「えー。趣味悪。あっ、で、俺の撮った写真。早く答えてよ。わかった振りしてるだけじゃないの?」

「オーリィ、オーリィが、話を脱線させたんだ」

「いいよ、もう。で、どれだと思う?」

オーランドは、落ち着きなく、部屋の中に視線を走らせた。

あの写真を撮ったのは、この部屋だ。でも、ヴィゴにばれないよう、彼がみたことのある家具を、全部、部屋の隅までどけてから、撮影した。

最初から、ヌードを撮るつもりだったから、全部一人で準備した。

一週間ぶりのオフだったのに、酷く疲れた。

本棚なんかは、めんどくさくなって、どけたままの状態だ。

そういえば、本棚のなかに、ヴィゴから貰った本が入れっぱなしだ。たしか、袋もきってない。

「部屋の中で、上だけ脱いだのが2点。反対に下だけ脱いだのが3点。サンタ服のが3点に、オールヌードが4点。顔のアップも1点だな。合計えっと、1、2っと、12枚か?」

「あたり…なんだ。すぐわかっちゃったのか。でも、オールヌードのうちのひとつは、本とは、上、着てたんだ。ペニスしか写ってないからわかんないと思うけど」

「ほんとに、よくまぁ、こんな恥しらずな写真をとったな」

「ヴィゴにサービスだよ。サービス」

「おまけに大抵のやつが、ピントがあまいし」

「素人にそこまで求めるなよ。で、どの写真が気に入った?」

「だから、さっきラグビーボールを持った奴だと」

「ちがう!俺が撮ったやつのこと!サンタのかわいくない?」

「…そうか?俺は、ペニスをプレゼントとかいう、こんなサンタはうなされそうで嫌だな」

「いいじゃん。超素敵なプレゼントじゃん。俺の笑顔、めっちゃキュートだろ」

「ああ…アイコラの奴より、頭が悪そうで、よく自分のこと写してるよ」

「それ、誉めてる???」

オーランドは、ヴィゴとの会話が楽しくて、クッションの端を曲げたり、伸ばしたりした。

久しぶりの会話だ。

うきうきして、じっとしてなんて話していられない。

なんとなく、靴が窮屈に感じて、脱いでみた。

靴下を見て、自分がどういう必要性があって、電話が鳴る前の行動を起こしていたのかを思い出した。

「あっ、そうだ。俺、風呂の入ろうと思ってたんだった。ねぇ、聞いてよ。このまえさぁ、新しい映画のディレクターの前で急に靴を脱ぐことになって、そしたら、靴下に穴が空いてんの。うちのオフィスの偉いさんも一緒で、あとからこっぴどくエージェント叱られたよ。『爪を切れ!!』ってさ」

オーランドは足の指を動かす。

「そりゃ、いわれるだろ。二枚目で売り出し中の俳優が、そんなにとぼけてりゃ。ああ、それで、これから、バスルームへ?」

靴下を押し上げている、長い親指の爪を触ってみる。

「うーん。どうしようかな。めんどうだし。ヴィゴともっと話したいし」

エージェントに叱られてからも、オフィスに顔を出す必要のない日が続いたから、オーランドの爪は大分伸びてきている。

たしかに、この靴下も、また穴が空きそうだ。

「バスルームで話す?」

この提案を持ちかけるために、普段より少し低くなったヴィゴの声が、耳に甘くて、オーランドはくすくす笑う。

「えー。あんた、やらしいこと言いそうだしなぁ。なに、なんか期待してるだろ。声が変わった。いま、なんか、想像しただろ」

「いいや、かわいい坊やが上手く爪を切るためには、ゆっくり風呂に浸かるのはいい方法だなぁと」

「うそつけ。俺のこと、頭ん中でヌードにしただろ」

「しなくても、ここに、ばっちり足を開いた素敵な写真がたっぷりあるよ」

「それは、アイコラ!」

オーランドは、話しながら、時計を見上げた。

話しはじめて、15分。確かに、十分風呂に入る時間がある。

ヴィゴがまだ、話す気がありそうなのを感じて、オーランドは、ソファーから立ち上がると、歩きながらジーンズのジッパーを下ろした。

「ねぇ、いま、ジーンズ脱ぐとこ。このまま、電話を続けてもいい?」

「いいよ。なにか言って欲しいことある?」

「えー。やっぱこういうときは、決まってるでしょ」

オーランドは、洗濯機の前で、ほとんど耳から携帯を離さず、Tシャツを脱ぎ捨てる。

ジーンズも足から抜いた。

「坊や、下着の色は?」

「黒のビキニ。しまった。ヒモのとか、Tバックとか、もっとすごいのはいときゃ良かった」

下着のゴムをひっぱって、くすくす笑う。

ヴィゴのほうも、笑っている。

「お前は、笑いをとるためなら、女ものでも履きそうでこわいな」

「ご希望なら、今度履いたげるよ。でも、ぜったいはみだしちゃうね」

「自信満々だな。ところで、ベイビー、ペニスの先っぽはピンク色?」

「うーん、みたとこ、ピンクってより、ちょっと濃いかなぁ。いま、下着ぴっぱって覗いてんだけど、これって、下着の色が黒いから、ちょっと黒っぽく見えてるだけ?」

「いや…ちがうと思うが、オーリィ、人に変質者の役をやらせるなら、もっと乗ってくれないと。そんな真剣に答えられたら、言ってるこっちが、困るだろ」

「そう?あっ、そうっか。全然嫌じゃないのに、嫌がってるふりで、そんな変なこと言わないで!とか?」

「そう。でも、ピンクなの。あなたに触って欲しくて濡れてるわ。とかさ。まぁ、オーリィは、何を聞かれても平気だろうがね。ところで、もう服を脱いで平気なのか?バスタブにお湯を入れた?」

下着も脱いだオーランドは、浴室のドアを開け、そのまま中へと進む。

「あんた、父親みたい。大丈夫。それは、電話の前に用意してあったんだ。もう、湯の中だよ。ちょっと、ぬるくなっちゃったけど、ゆっくり入るには調度いいね」

「そう。それは良かった」

オーランドは、お湯に体を包み込まれる心地よさに、ちいさく息をもらした。

携帯を肩口にはさみこんで、体に向かって、ゆるくお湯をかける。

「いま、オーリィはヌードなんだな」

耳からは、甘くて、優しい声が、オーランドを抱きしめる。

昼間のバスルームは、ただでさえ、太陽の光が差し込んで、気持ちがいいのに、こんなに気持ちよくなったら、くせになりそうだ。

「当たり前じゃん。自宅の風呂に入るのに、なんでわざわざ、下着をつけたまま入る必要があるのさ」

「いや、俺と話しながらじゃ、恥ずかしいとか」

「そんな人間だったら、ペニスの写真なんか、送らない」

「でも、あれ、ピンぼけじゃないか」

「わざとなんだよ。アート。そう、アートだから、わざとぼかしてあんの」

「そう、じゃぁ、いまは、このピンぼけの物体も、オーリィの目にはクリアーに見えてると」

「まぁ、そうだけど、いやにこだわるね」

「久しぶりに声を聞いた恋人がヌードだなんて聞いて、落ち着いていられると思ってるのか?」

「いや、あんたは、たまに平気だね。そんなこと言われて、すぐに平気じゃいられなくなるのは俺のほうだ」

「俺も、いま、ジッパーを下げたんだって言ったら?」

オーランドは、ヴィゴの言葉に、どくんと、心臓がおかしく跳ねたのを自覚した。

「めっちゃ、嬉しいけど、あんたどこで電話してんのさ。ダイニングじゃないの?」

「寝室だよ。オーリィの写真の持って寝室にいる」

「どうしたの?めちゃくちゃ、たらし込む気の声じゃん」

もう、オーランドは、自分で自分の体をなぞり始めている。

ヴィゴなんかより、落ち着いていられないのは、やっぱりオーランドのほうだ。

「ねぇ、今回の遊びは、テレホンセックス?」

「あたり。なかなか実物のオーリィに会えないのがさみしいよ」

「俺も。ヴィゴの体に触りたいなぁ…」

「そうだね。俺も、オーリィの体に触りたいよ。なぁ、かわりにオーリィが触って、たくさん、いやらしい声を出して、俺に聞かせてくれよ」

ヴィゴの声が、甘くオーランドにエッチな要求をした。

しかし、オーランドは、とっくに願いを叶えていた。お湯の中でいたずらな指が動いている。

「あんた、声がエロい」

「オーリィのエッチな体よりは、エロくないよ」

オーランドは、エッチな体だと、言われる、その主たる部分を手で握る。

「ねぇ、ヴィゴ。ヴィゴもアレ、握ってる?」

「もう、とっくに。オーリィの手を想像しながら、握ってる」

「俺も。どうしよう。なんか、結構、すぐイきそうなくらい、やばいかんじ」

「それは、ダメだよ。オーリィ。俺を楽しませてくれないと。たくさん、オーリィのかわいい声を聞かせてくれないと」

「もう、ほんとに、あんたの声エロすぎ。どうしよう。ちょっと、やばい。なんか、俺、いっぱい、いっぱい」

「オーリィ、オナニーはじめたばっかりの坊やじゃないんだから、それは、やめてくれよ。ペニスから、手を離して。ほら、まず、首を指先で辿るんだ」

オーランドは、ヴィゴの命令のままに、もっと握っていたいペニスから手を離して、自分の首筋を触った。

「ヴィゴ。ヴィゴの手が、俺の首を触ってる」

「そう。オーリィの白い首を触ってるよ。どきどきしてるから、脈がはやいね。耳も赤くなってる。耳を噛んであげようか」

言葉が、電話口から聞こえるだけで、オーランドは、耳に硬い歯の感触を味わったような気がした。

「気持ちいい、ヴィゴ」

吐息のような声が、オーランドから漏れる。

手は、首を、肩をと這いまわり、ゆっくり下をめざしている。

「オーリィのおっぱいだって気持ちいいよ。ほら、もんで。指の先で乳首をはさんだまま、ゆるくまわして」

「あんっ。ヴィゴ」

オーランドの手は、弾む心臓の上を、何度もなで回す。

言われてないのに、指の先に乳首を摘んで、ひっぱってしまう。

「かわいい声だね。いつも、オーリィの肌はつるつるだ」

「…ヴィゴがひっぱるから、乳首がたっちゃたよ」

オーランドは、恥ずかしそうに告白した。

「俺がいやらしいから?オーリィがエッチだからだろ?」

ヴィゴは、焦るオーランドをからかう。

「ちがうよ。ヴィゴが俺のこと欲しがるからだ」

「そうだな。俺も、これを、お前のなかに入れたいよ」

オーランドの脳裏に、はっきりとヴィゴの映像が浮かんだ。

ヴィゴは、ベットに腰掛けている。

手の中の、オーランドが大好きな硬いものは、もう、ぬるぬるしている。

オーランドは、自分の尻を強く掴んだ。

「ヴィゴ。ヴィゴ。ヴィゴ。俺も、欲しい。せめて俺が舐めてあげる。いつもみたいに、喉の奥までいっぱい入れて、気持ちよくしたげる」

オーランドは、わざと電話口で、いやらしくなにかを吸い込む音を立てた。

ペチャリ、ペチャリと舐める音や、唾液を飲み込む音を聞かせる。

「オーリィ。悪い子だね。どんどん君は上手くなる」

「そうだよ。ヴィゴのが大好きだからね」

派手なキスの音を立てる。

オーランドは、自分の指を口の中に咥えて、何度も出し入れする。

「ヴィゴのが大きくて、口のなかが一杯」

「オーリィの舌が、気持ちいいよ」

「ああ、俺のも、俺のもヴィゴに舐めて欲しい」

オーランドは、ヴィゴのいい付けを守れず、硬くなったペニスへと手を伸ばした。

ばちゃばちゃとお湯が音をたてるほど、激しく動かしてしまう。

「オーリィ。バスタブの縁に腰掛けて、腰を突き出してごらん」

ヴィゴは、オーランドの現状を正確に把握しているようだった。

オーランドは、湯から体を出すと、言われたとおり、バスタブへと座る。

「すっかり硬くなっちゃってるね。お湯以外のもので、こんなに濡れちゃって、恥ずかしい子だね」

「…ヴィゴ」

ヴィゴの声で、言葉で、煽られて、オーランドは、もう、我慢なんてできない。

「舐めてほしい?」

「ヴィゴ、舐めて。舐めて。舐めて」

ヴィゴに必死で懇願しながら、オーランドは、自分の手を動かした。

ヴィゴの言うとおり、水よりも、もっとヌメッたもので濡れているものは、妄想のなかで、ヴィゴのシニカルな唇を一杯に犯している。

「ヴィゴのフェラ。気持ちいい」

「坊やの味も最高だよ」

「あっ、あっ、あっ、もう、ダメかも」

「オーリィ。もう少し、ゆっくり。後ろでだって、俺をかわいがってくれるんだろ?」

「えっ?…うん。…うん」

「オーリィ、そんなに焦らない。落ち着いて…大丈夫?」

オーランドの耳には、ほとんどヴィゴのしゃべる言葉の意味が捕まえられない。

握る手のなかのものは、どんどんいやらしい液体を零していく。

「そういえば、オーリィ、写真の写っていたの、あれ、バイブか?」

ただ、ヴィゴの声に、甘い欲求が、膨れ上がる。

「えっ?なに?…ヴィゴ?」

声だけしか、聞こえてなかった。

言葉を返していても、ほんとは、自分が、何を言っているのか、わからない。

オーランドの神経は、全て手の中に集中している。

「オーリィ、聞いてる?写真に、バイブを握ってるのがあっただろう?あんなもの、買ったのか?」

「あの…ごめん。もう一回」

「だから、黒の細いバイブ。あれを買ったのかって」

オーランドは、泣きそうだった。

いつも会えない恋人のせいで、一人ですることなんて、慣れていて。

だのに、声を聞いているだけで、普段とかわらない自分の手が、こんなに良くって。

高ぶりを抑えられない。

口からは、体温よりも熱い息が漏れていた。

息苦しくて、犬のようにせわしなく、息を吐き出し、吸い込んでいる。

「ヴィゴ。名前を呼んで。ねぇ、お願い、名前を呼んで」

泣き出す寸前の、鼻にかかった声で、オーランドは懇願した。

「…オーリィ」

それは、オーランドの望んだ、甘いものではなく、たしなめるような響きをもった声だったけれども、オーランドはきっかけを与えられ、手を白く汚した。

「…あっ…っ…っん」

声が、浴室に弾ける。

快感に目がくらんで、一瞬、貧血を起こしかけた。濡れた手のまま、バスタブの縁を掴む。

「…ハァ…ハァ」

喉が、空気を求めて、はげしく喘いだ。

 

「オーリィ、気持ちよく、イけたかい?」

ヴィゴの声と一緒に、視界に色が戻ってきた。

「あっ、ごめん、ヴィゴ。あの…ごめん」

浴室に立ち込めるにおいに、オーランドは、急激に恥ずかしさが込み上げるのを感じた。

「いいよ。君が気持ちいいのは、大切なことだ」

ヴィゴの声はやさしい。

オーランドは、一人だけ、勝手に欲求を満たしたことがいたたまれない。

せっかく、電話口には、優しい恋人がいてくれるというのに、全くこらえ性がない。

オーランドの心に、たくさんの言葉が溢れ返って、散らかった。

でも、どれも、快感を共有することができなかったヴィゴに伝えるには、物足りない言葉で。

一番シンプルな、ごめんなさい。この、言葉が、そのなかでは、一番、心の状態に近い。

「ほんとに…あの、ごめん」

「いいよ。気にするな。ただ、もうすこし、電話には付き合ってもらえるかな?」

あまりに、遠慮がちなヴィゴの言葉に、オーランドは、慌てた。

「勿論!電話じゃなくて、セックスを続行でも、構わない」

電話で?

そう、電話で。

電話じゃない、セックスを?

大真面目なのに、おかしなオーランドの返答に、ヴィゴが笑った。

「そんなのは、いいよ。君の声を聞いているだけで、十分刺激になる」

「無理すんなよ。俺だって、喘ぎ声のひとつや、ふたつ、すぐあんたがイけちゃうようなのだって、出す事だってできるんだぜ」

オーランドは、シャワーを出して、汚れた手を洗い、ぬめったヘアーを流した。

音に反応して、ヴィゴから、くすくす笑う雰囲気が伝わる。

「演技はいいよ。それより、寒くないか?湯の中に入れよ」

オーランドは、ぬるいお湯を足でかき混ぜた。チャプリと、湯がバスタブの縁にあたって音をたてる。

「…お湯はねぇ、ちょっと汚れちゃったから、体をつけるのはためらうなぁ」

最初からつけていた足は、今更なので、気にならない。

「さむい?」

ヴィゴの声は、心配そうだ。

「全然。足はずっと入れてるんだよ。だからかな、かなり体があったかいんだ」

ただ、ずっと携帯を当てたままだった右耳が痺れたように、痛んで、仕方なく左へと変えた。

「そういえば、さっき、ヴィゴは何を言ってたの?」

オーランドは、なんとなく耳に残っていたヴィゴの質問が気になった。

「写真に写ってるバイブの話しだよ」

「あれ?あれを買ったのかって、聞いたの?ヴィゴが?」

おかしな質問に、オーランドの眉が、中央へと寄せられる。

「なに?俺が聞くと、なにか変か?」

「え?だって、あれ、ヴィゴが俺に送ったんだろ?」

オーランドは、口を尖らせる。

ヴィゴからは、拒否の雰囲気が伝わってくる。

「俺は送ってない。あれは、早く会いに来いっていうお前のメッセージなのかと思ってた」

尖らせていたオーランドの口が、今度は、驚いたように、大きく開かれる。

「え?だって、あんたからのクリスマスプレゼントだと」

「まだ、送ってないよ。何か特別なものをって、思ってたら、こんな日付になってしまった」

「あれ?だって、君の王様よりって、中、開けたらあんなだし、てっきりヴィゴがこれでも使えって送ったのかと…」

「…お前、俺のことをそうとう下品な人間だと思っているな」

「え?違うの?俺、だから、ちょっとムカついて、あんなプレゼントを送り付けちゃったんだけど…」

オーランドは、思わぬ展開の事態に、驚いていた。

礼儀に適った贈り物ではなかったが、恋人が、冗談も含めて、早めのクリスマスプレゼントを贈って寄越したのだと思っていた。

だから、ふざけて、バイブにキスしている写真まで撮って送ったのに。

「げげっ!じゃ、あれは、だれが…」

事の真相にたどり着いて、オーランドは、おもいきり顔をしかめた。

「…オーリィ、自宅へ届いたのか?」

ヴィゴの声も、心配を通り越して、呆れたようなものになっている。

「うん。そう。だから、余計にあんただと思ったんだけど」

「君の王様ね…オーリィ、君は、もうすこし、用心深く生きたほうがいい」

「うん。俺もそう思う」

「不審なプレゼントは、開封しない」

「わかった」

「セキュリティのチェックを、もう一度」

「うん。わかった。必ず、する」

会話は深刻な雰囲気を残して、途切れた。

「それから…あのバイブは使用した?」

一瞬、オーランドは、ヴィゴの言葉を、聞き間違えたのかと思った。

オーランドの生活環境を心配していたくせに、結局、そこへかえってくる話に、オーランドは、ヴィゴの状態を思い出した。

大人な恋人は、かわいそうに一人でオナニー中だ。

自然と、口元に悪い笑いが浮かぶ。

「使ってない。セーフだよ。あんたからだと思ってたから、使うとこだった」

最後の部分は、リップサービスだ。本当は、腹がたったから、写真撮影にだけ使って、ゴミにすてた。

しかし、今は、無粋なことを言う必要は無い。

オーランドは、見えない相手にウインクしてみせた。

「そりぁ、正解だったな。誰がプレゼントしてくれたかわからないバイブなんて、恐ろしすぎる」

「そうだよね。俺、アレにキスしちゃったよ。もう、ほんと、どうしよ。わかってたら、絶対、そんなことしなかったのに」

「そうだな。どんな王国の王様からかしらないが、妄想の激しい王国なのは、間違いない」

ヴィゴがわざとらしく、難しそうな声を出す。

「ああ、使用済みのじゃなかったことを祈る!」

オーランドもふざけた声をだしたので、ヴィゴから笑い声が聞こえた。

オーランドも笑う。

「俺の王様は、そんな下品なプレゼントをクリスマスの候補に上げなかった?」

「俺は、君の王様じゃないよ。君は、違う国に住んでいるんだろ?」

オーランドは、驚いて、二度ほど慌てて瞬きした。

ヴィゴが、映画のことを言っているんだろうとは思ったが、ヴィゴの疑問が、オーランドには信じられなかった。

「ちがうよ。俺のことを、俺以外に支配できるのは、あんただけなんだから、あんたは、俺の王様だ」

電話口から、ヴィゴが息を呑む音が聞こえた。

性能がいいのか、つばを飲み込む音もオーランドの耳に入る。

「…かわいいことを言ってくれるね。オーリィ」

ヴィゴの声がかすれた。せわしなく何かを擦る音が聞こえる。

オーランドは喉をならした。

電話口の向こうを探る。

オーランドは、こんなヴィゴの声が聞きたかった。

「ヴィゴ…」

演技でも、オーランドを煽るためでもなく漏らされる、ヴィゴのセクシーな声。

こんな声を耳元で聞かされたら、オーランドは、落ち着いてなんていられない。

「ヴィゴは、俺の王様でしょ?」

甘えた声で、ヴィゴを煽った。

「そうだよ。オーリィ。俺は、君の王様だ。君から快感を搾取して、君の恋愛を支配する」

ヴィゴの声に、余計な息が入り込む。

「そう。ヴィゴは、俺の力強い支配者だ。俺の体を自由に使って、俺のセックスを支配する」

オーランドは、口の中が乾くのを感じた。

何かを求めてオーランドの体が焦れている。

何かは、普通、ヴィゴが与えてくれる。

「俺は、強欲な王か?」

電話は、ヴィゴの熱い息さえも運んでくる。

「ううん。優しい王様さ」

オーランドは、自分の唇を無意識になぞった。

「この世で、一番大好きな王様だ」

「オーリィ、かわいい。君に会いたい。君を抱きしめたい。君にキスしたい」

「俺も、俺も、ヴィゴ。ヴィゴにキスしたい」

オーランドは、電話に、唇を押し付けた。

きっと、ヴィゴだってそうしている。

ヴィゴの息遣いが、言葉よりも、もっと雄弁にオーランドに、愛をささやいた。

オーランドは、きつく、携帯を握り締め、一言だってもらすまいと、耳を押し付ける。

「ヴィゴ」

「オーリィ」

「ヴィゴ」

「…オーリィ」

名前は、湿った音だった。

オーランドの体が、自然とヴィゴを求める。

腕を伸ばして、ヴィゴの体を抱きしめたかった。

抱き込むことのできない体が、淋しかった。

体の芯に熱く灯ったものがあるのに、それを発散できない。

「ヴィゴ」

オーランドは、何度も甘くヴィゴを呼んだ。

「…もう、イく…オーリィ」

「…ヴィゴ」

せつなくて、オーランドは、携帯を抱きしめた。

 

わずかなせつなさを抱きしめながら、ヴィゴの快感を見守ったオーランドは、ヴィゴの息が収まると、わざと明るい声をだした。

「気持ちよかった?」

声には、からかいさえも含ませる。

「オーリィのおかげで、とても、気持ちが良かったよ」

ヴィゴは、余裕で言葉を返す。

「そう。よかった」

オーランドも、あえてすまして返事をした。

会話が途切れても、満足が、二人の間にはある。

「ところで、もう、大分時間がたってしまったようなんだが、オーリィ、時間は大丈夫か?」

ヴィゴの言葉は、二人の気持ちのいい空気をかき乱した。

バスルームに、現実が大きな顔をして進入してくる。

「えっと…やば!かなりやばい感じ」

現実は、とりあえず、時計の顔をしているらしい。

携帯の、通話時間は、もう、60分を超えたと表示している。オーランドは、表示画面に顔をしかめた。

これから、体を流して、髪を整え、人前に出られる服をチョイスしたら、たぶん、遅刻だ。

「悪かったな。俺がもっと、注意しているべきだった」

「平気。ヴィゴと話してられるほうが幸せ」

ごめん。もう、でも、時間切れ。

オーランドは、何度か慌てた謝罪を繰り返し、電話を切った。

そして、切った電話にキスを送る。

 

慌ただしい別れの言葉と、次の電話の約束をして、オーランドとの電話を切った後、ヴィゴは、だるくなった手から、受話器を下ろした。

下げたままのジッパーも、そのままに、ベットの上へと散らばったオーランドの写真をかき回す。

電話から続く、浮ついた心を楽しんで、一番お気に入りの写真を手にみつけると、、そこへとキスを贈る。

カメラをセットした、最初の一枚なのだろう。

心配そうな顔をしながら、カメラを覗き込むオーランドの顔が大写しになっている。

まだ、ちゃんと服を着て、けれど、ほかのヌードよりも、ずっと表情が素だ。

黒い目が、これからのたくらみに、楽しそうな色を浮かべている。

おそろしく下手くそな現像の仕上がりと、ピントの甘さ。

でも、どんなグラビアより、ヴィゴの心にくるものがあった。

きれいな形をした黒い目が、じっとヴィゴをみつめる。

「あいつ、爪を切らなくちゃいけないこと…忘れたよな…きっと」

ヴィゴは声を出して笑うと、もう一度、オーランドの写真にキスをした。

 

慌てて、部屋を飛び出したオーランドの爪は、もちろん、切られていない。

                                                         END

 

              

 

VO好きさんに、クリスマスプレゼントとして、書いたもの。

結構ノリノリで書きました。

オーリは、なんてかわいらしいんでしょうね。

いえ、自分の作品と、いうわけでなく、人様の作品を読んでいると、しみじみと感じます。

ヴィゴさんも、好きです。彼は、余裕があって格好いいですよね。