SV劇場 −6−
「ねぇ、ショーン……」
ちらちらと視線を送ってくるオーランドをさりげなく避けようとしていたショーンだったが、とうとう昼過ぎにはつかまった。
今日はメイクもしていないオーランドは、ショーンの予想とは違い、情けなく眉を寄せたまま、ショーンをセットの陰へと引っ張った。
「オーリ、悪いんだが、今は、ちょっと忙しいんだ」
それでも、まだ警戒しているショーンは、袖を引っ張るオーランドから腕を取り戻した。
「ショーン。……ごめん。でも、あの……」
きゅっと唇を噛んだ若いオーランドの顔は、ショーンの迷惑を考えず、行動を起こした自分を恥じていた。だが、オーランドは、自分の感情をうまく押さえ込むこともできないのだ。顔には、押し隠すことのできない不安が溢れていて、ショーンは、この年若く頼りない顔をした男を突き放すことができなかった。
後は、手短な打ち合わせだけがスケジュールであるショーンは、本当のところ、時間がある。
「手短に話すなら、聞いてやる」
腕を組んで、やれやれとため息を吐き出すポーズを取ったショーンに、オーランドは、とてもほっとした顔をした。
「ねぇ、ショーン……」
オーランドは、ショーンに身体を寄せると、薄く唇を開いた。
それは、わずかな回数ではあれ、身体を重ねたことのあるショーンにとって、キスを望むオーランドの態度であることが十分にわかった。
甘えてくるくせに、どこか、脅えたように唇を震わせているオーランドが不思議で、ショーンはオーランドを引き寄せ乱暴に唇を重ねてやった。
重なった唇に、オーランドがほっと肩から力を抜いた。その瞬間まで、オーランドは痛々しいほど張り詰めていた。
遠慮がちな唇が、すがりつく気配で重ねられ続け、ショーンは怪訝な思いをした。
「オーリ……?」
オーランドは、夕べ、念願のヴィゴを手に入れたはずなのだ。ヴィゴの話によれば、オーランドは、ショーンが彼にそうしてやったように、とても優しくヴィゴを扱い、きっとそのセックスは、ヴィゴだけでなく、オーランドにとっても楽しいはずのものだった。ヴィゴの身体は悪くない。それは、ショーンも認めている。
唇を離したショーンをオーランドは、もう一度追いかけた。
「ショーン……」
キスはもう一度なされ、その間も、大きなオーランドの目がショーンの様子を不安そうに伺っている。
「オーリ?」
瞬きを繰り返すオーランドは、きゅっと唇を噛んでいた。
「ねぇ、俺、気持ち悪くなんかないよね……?」
ショーンは、オーランドの態度を不思議に思い、首をかしげた。
「どうした? オーリ」
ショーンは、ヴィゴとセックスできて幸せだった笑うオーランドから話しかけられたならば、冷静に対処できる自信がなくて、今日、ショーンはオーランドを避けていたのだ。蕩けそうに笑うオーランドしか予想していなかったショーンは、かわいそうなほど打ちひしがれているオーランドの様子に事態を受け止めかねていた。オーランドは、泣きそうな顔をして、ショーンの肩に顔を埋めてしまう。
「ねぇ、ショーン、俺がこうやってくっつくと、ショーン、気持ち悪い? 俺……と、キスするの、嫌? 俺のするセックスって、ショーンに不快な思いをさせてる? ……ねぇ、俺ってどっか、変?」
あまりに力なく質問を重ねるオーランドに、ショーンは、その背中を抱き寄せた。
「どうしたんだ。オーリ?」
「うん。……あのね、ショーンにとったら、あんまり面白い話じゃかもしれないけど……ごめんね。あのね、俺、やっとヴィゴと出来たんだ……でも、あの……」
オーランドは、思いつめた顔をして言いよどむ。
オーランドの手が、ショーンの背中をぎゅっと掴む。
「……ねぇ、ショーン。俺ってどっか、変? ショーンも何か我慢してる? ……ヴィゴにね、俺をやるのが嫌だったら、下手かもしれなけど、ショーンと同じことできるよ。ってヴィゴのこと誘ったんだ。そしたら、ヴィゴ、オーケーしてくれたんだけど……でも、ヴィゴ、全然、よくなかったみたいで、……あのね……それでも、俺に出せってヴィゴが言って、やっぱ、俺もヴィゴの中に入れさせて貰えたことに興奮しちゃってて。そしたら、……ヴィゴ、吐いたんだ……すごく苦しそうにヴィゴ、吐いて……」
オーランドの目からは、涙が、ぽろりと零れていった。
「オーリ……」
「俺の身体って、変なの?……ショーンも気持ち悪いって思ってるけど、我慢してくれてたの?」
かわいそうなオーランドを抱きしめながらも、オーランドのした告白を聞いたショーンの心の中には、甘く熱く感じるものが湧き上がっていた。
だが、その感動の正体を見極めることはぜず、ショーンは、強くオーランドを抱きしめる。
「オーリ、何も心配することなんてない。オーリには、どこもおかしなところなんかありはしない。誰だって、オーリのことが好きだろう?」
ショーンは、オーランドの前髪をかき上げ、そこに唇を押し当ててやった。
「ヴィゴが吐いたのは、きっと体調が悪かったんだ。いけなかったのも、それが原因だろう。お前、優しくしてやったんだろう?」
「……うん。……だって、俺、やり方なんて、ショーンがしたのしか、知らないし……」
オーランドは、アーモンド形の瞳をすっかり潤ませたまま、すがりつく目でショーンを見つめた。
「ごめん。ショーン。俺、ショーンのやり方、すっごく気持ちいいと思ってる。でも、ヴィゴ。ほんと、ずっと我慢してるって感じで……ねぇ、ショーン、あのやり方で、ヴィゴともしてるんだよね?」
オーランドは、不安が拭いきれないのか、慌ててショーンに質問を重ねる。
「ねぇ、本当に、ショーンは俺のこと気持ち悪いって思ってない?」
ショーンは、オーランドをあやすように軽く揺すってやった。
「オーリは、気持ち悪くなんかないさ。ただ、ちょっとずうずうしいがな」
ショーンは、手を伸ばし、オーランドの尻をぱちんと叩いた。
「されて喜んでただけの奴が、すぐ同じことが出来るなんて思えるなんて、オーリはすごい自信家だ」
オーランドの唇がわずかだが、綻んだ。
「……うん。たしかにさ、同じにできたとは思ってないよ。でも、ショーンがしてくれたみたいに、体中にキスするのも、じっくり時間をかけて抱き合ってるのも、俺も、結構好きだから、多分、そういうことは、おんなじ様に出来たんじゃないかって思ってるんだけど……」
ショーンは、ヴィゴの身体にキスをしてやったことなどなかった。
オーランドにしたように、裸の身体を重ね合わせて、体温を分け合うこともしない。
ただ、セックスだけをする。した後に感じるのは、ヴィゴのプライドを傷つけただろうという暗い勝利の満足感と、放出の開放感だ。
しかし、昨日のセックスでヴィゴは、激しく感じていた。
アレが、好きで、オーランドのセックスに吐くというのならば、ヴィゴは、本物の変態だ。
ショーンは、オーランドの髪を撫でた。
「オーリ。そんなにショックだったんなら、しばらく、ヴィゴはやめて、俺にしとけばいい」
ショーンは、オーランドの耳元で甘くささやいた。
「オーリは、俺のことも好きなんだろう?」
ヴィゴの態度は、余程オーランドを傷つけたらしく、オーランドは素直に喜びを表現しきれず、くしゃくしゃの顔をしてまた、ぽろりと涙をこぼした。
「ほんと? ねぇ、ショーン、本当に俺とセックスしてくれるの? 気持ち悪くなったりしない?」
ショーンは、この素直でかわいらしいオーランドのことを気に入ってはいたが、特別、ベッドに引きずり込みたいわけではなかった。
言えば、ショーンは、特に同性の身体に興味のあるほうではない。
「ああ、勿論」
「……ショーン……」
きっとオーランドだって、それは同じはずで、そんな二人をかき乱しているのは、ヴィゴの存在だった。
ショーンは、オーランドの頬へと唇を寄せた。
柔らかなキスをショーンはオーランドに与える。
「ただし、オーリ、しばらくヴィゴはやめておけよ。……泣く、お前はみたくない」
ためらいがあったが、オーランドは頷いた。
ショーンの唇は自然に微笑を浮かべる。
「……ショーンって、実は独占欲が強いの?」
ショーンが笑っているのに気付いたオーランドは、実にうまい答えを見つけた。オーランドは、甘えかかるようにショーンに顔を擦り付けている。
ショーンは、その意見に逆らわなかった。
いや、ショーンは、どうして自分が嬉しさを感じているのか、わかっていなかった。
END