SV劇場 −3−

 

ショーンの前に立ったヴィゴは、乱暴に引き寄せられようとしていた。

二人は、挨拶さえもすませていなかった。

ヴィゴは、車を降り、そして、ドアを開けたばかりだ。

ショーンは、不機嫌そうな表情のまま、ソファーから立ちあがってきた。

そして、ごく当たり前に、ヴィゴの腕を掴んで寝室に向かおうとしたのだ。

ヴィゴは、その手をかいくぐり、小さな笑みを口元に浮かべた。

「なぁ、ショーン……」

自分に対してショーンがどんな態度を要求しているか自覚していたが、ヴィゴは、どうしても、このままベッドで足を開くのが嫌だった。

今日、ヴィゴは、ショーンが、ベッドを供にする相手に対して、優しい態度も取れる男だと、嬉しそうに笑ったエルフから聞かされた。

せめてヴィゴは、ショーンと会話がしたかった。

「なぁ、ショーン」

ヴィゴの様子に、ショーンの表情が、変わった。

どぎまぎとしながら、必死に会話の糸口を掴もうとするヴィゴの浮かべた笑い方は、昼間の現場でするのと同じ、すこしはにかんだような、大層親しみ深いものだった。

それが、緑の目に、昼間の良識を取り戻させた。

ショーンは、ヴィゴが口を開くのを待つ態度をした。

ヴィゴは、それに勇気づけられ、上目遣いにショーンを見た。

「……あのな、ショーン」

だが、ヴィゴは、何を話せばいいのか、悩んだ。

今、話すことがあるとすれば、二人の間にある関係についてだろう。

ヴィゴは、それが知りたかった。

今日、ヴィゴは、エルフの話を聞きながら、自分がダッチワイフででもあるかのような気分を味わったのだ。

ためらうヴィゴに、ショーンの目に軽い苛立ちが浮かんだ。

それでも、ショーンは、ここにいるのが共演者のヴィゴ・モーテンセンという男だという敬意を思い出してくれていた。

ヴィゴは、ためらいながらも口を開いた。

「……ショーン。……オーリと話をしたんだ。……今日の昼間に」

「ああ」

ヴィゴの話を聞く態度をみせていたショーンは、急につまらなそうな表情になった。

ヴィゴとオーランドの間で交わされた会話が、どんな話題か、ショーンは、気付いている。

それでも、話の続きを促しはした。

声は、冷たかった。

「それで、なんだ? ヴィゴ」

ショーンの態度は、全くもって自分の立場を自覚していた。

彼は、この場の主導権を握るのが誰かをしっかりと分かっており、自分の機嫌で、何もかもが左右されるのを知っていた。

ヴィゴは、自分が選んだ話題が、適切でなかったと自覚した。

撮影の話でもなく、信奉する芸術の話でもなく、下品な話題を選んだヴィゴを、ショーンは、もう大事な親友とは扱っていなかった。

しかし、ヴィゴは、どうしても知りたかった。

どうして、これほど、オーランドと自分の待遇が違うのか。

ヴィゴは、苦しみの中からは、短い言葉を選び出した。

「……なぁ、ショーンは、オーリが好きなのか?」

ヴィゴは、必死に言葉が震えないよう注意した。

しかし、ショーンの顔が見ていられず、自分の足下を見つめた。

ショーンの目は、おもしろそうな笑いを浮かべた。

「俺が? オーリを?」

たったそれだけのことを聞くために、全身を緊張でこわばらせたヴィゴをショーンは、冷たく笑った。

ショーンは、口元に浮かんだ笑いを隠すため、手で唇を覆った。

「さぁ、よく分からないな。とりあえず、オーリは、俺のことを好きでいてくれているみたいだがね」

ヴィゴは、目を上げた自分が、縋るようにショーンを見ている自覚があった。

ヴィゴは、必死になって口を開いた。

「……だから、オーリと寝た?」

ヴィゴの声はとうとう震えた。

ショーンは、口元を覆っていた手を退けた。

酷薄な笑いが薄い唇に浮かんでいた。

「なんだ? ヴィゴ。オーリは自分のものだとでも言い出すつもりか?」

オーランドがヴィゴの後をついて回っていることなど、撮影現場の全員が知っている。

ショーンが、ヴィゴに興味をなくしたように、ソファーへと歩き出した。

「ヴィゴ。あんたから、オーリを取ったりはしないさ。あいつだって、ただ、ちょっと興味があっただけだろ。まぁ、とてもオーリは、かわいらしかったがね。泣き出しそうに大きな目をして、何度も、「やめて」だ。なのに、完全にこっちに全てを預けて、必死にしがみついている」

ショーンは、ソファーに腰を下ろすと、新聞を手に取った。

「……ショーン……」

ショーンの態度は、セックスさせないのなら、ヴィゴには用がないと言っていた。

「どうしたんだ? ヴィゴ。今日は、文句を言いに来たのか? ……だったら、聞いた。オーリのことは、心配なら、あっちに首輪でもしといてくれ。人んちの庭に繋がれてる犬を構いに行くほど、俺は、マメじゃない」

ヴィゴを無視して、新聞がめくられる。

ヴィゴは、ソファーよりも近いドアとの距離を思った。

しかし、ヴィゴは、ショーンに向かっての一歩を踏み出した。

「……ショーン。俺は、文句が言いたかったんじゃない」

ヴィゴは、唸るように喉の奥から、声を振り絞った。

「なるほど。じゃぁ、なんだ?」

早く言えと、一瞬だけ、ショーンが目を上げた。

ヴィゴは、ごくりとつばを飲み込み、ショーンの足下に膝をついた。

「なぁ、ショーン……」

ヴィゴは、ショーンの膝にキスをした。

びくりとショーンが膝を引いた。

手は、新聞を広げたままだった。

がさがさと紙の擦れる音がした。

ヴィゴの声はかすれた。

「……俺も、ショーンとキスがしたい」

しかし、その瞬間に、ヴィゴの頬が大きな破裂音を立てた。

いきなりそんな衝撃が襲ってくることを想像していなかったヴィゴは、後ろへ吹っ飛んだ。

立ちあがったショーンは、足下に新聞紙を叩きつけた。

足音も荒くヴィゴに近づくと、ヴィゴの胸ぐらを掴み上げ、目でヴィゴの息の根を止めようとした。

「馬鹿なことを言うな!」

ヴィゴは、ショーンが激高する訳が分からなかった。

オーランドは、降るほどにキスが与えられたと言った。

どれほど、自分とオーランドのやり口が違うのか。

ヴィゴに向かってもう一度手を上げたショーンに言い立てた。

「オーリがあんたはとても優しいキスをしてくれるんだって言ったんだ。俺だって、味わってみたい! 俺だって、あんたと寝てるんだ。権利があるだろう!」

ヴィゴは、唾を飛ばさんばかりに叫んだ。

ショーンは、思い切り顔を顰めた。

だが、振り上げた手を納めた。

大きな舌打ちの音をさせ、どんっと、ヴィゴを床へと放り出す。

ヴィゴは、尻餅をついた床から、ショーンを見上げた。

「いいじゃないか! 俺たちは、何度もセックスした! なんで俺が、あいつのことを羨まなくちゃいけないんだ! 俺だって、あんたとキスしたい!」

自然に涙が湧いて出た。

どうどうと流れる涙は、ヴィゴの頬を伝っていく。

ショーンは、ヴィゴを見下ろし、小さく首を振った。

「……ヴィゴ。俺には、お前が、理解できない」

ショーンは、また一つ、大きく舌打ちをし、ソファーへと帰った。

苦々しい顔で、どすんと腰を下ろし、自分の膝の上を叩いた。

「来い。ヴィゴ」

あいかわらず機嫌の悪い目の色をして、ショーンは、犬でも呼ぶようにヴィゴを呼んだ。

ヴィゴは、何が始まるのか分からないままに、ふらふらと立ち上がり、ショーンに近づいた。

ショーンは、ヴィゴが近くまで来ると、ぎゅっと手を掴んだ。

引き寄せられたヴィゴは、ショーンの膝の上に抱き込まれた。

すぐ上には、ショーンの唇が待ちかまえていた。

柔らかな唇が押し当てられた。

オーランドが言ったようなやさしいキスというよりは、ショーンは、とても情熱的で、すぐに舌が、ヴィゴの口内に押し入った。

「……ショーン」

ヴィゴは自分に起こったことが信じられなかった。

まだ、先ほど殴られた頬だって痛いのだ。

だが、ヴィゴは、ショーンの首へと腕を回して、必死になって舌を絡めた。

鼻から何度も息を吸い、ヴィゴからも、ショーンの口内へと舌を伸ばした。

何度も顔の角度を変え、鼻から甘いため息を吐き出し。

ヴィゴは、チュッ、チュッと音をさせて、何度もショーンの唇をついばんだ。

ショーンの汗の匂いが、ヴィゴを誘惑し、ヴィゴは、ショーンの唇を舐めるのをやめることができない。

「ショーン……ショーン……」

ショーンは、ヴィゴに合わせていた。

ショーンのキスは、オーランドの評価よりは、怠惰だ。

だが、その分をヴィゴが埋めた。

ヴィゴは、いつの間にか、ショーンの口内を支配し、思う存分、ショーンを味わった。

ヴィゴの手は、逃がさないとでも言うように、ショーンの頬を挟んでいる。

ヴィゴは、髭が覆う頬を撫で、閉じられている金色の睫を撫でた。

ショーンが目を開いた。

ショーンの緑が、ヴィゴの目をじっとみつめ、小さく首を傾げた。

「で、この後は? ヒステリー気味のミスターヴィゴ・モーテンセン」

 

ヴィゴが何かを得たのかもしれない。と、思ったのは、嘘だった。

 

 

END