SV劇場 −2−
ヴィゴは、ため息をついて、物陰の機材の上に腰を下ろした。
ヴィゴが口にくわえた煙草の煙は、先ほどのため息の軌跡を辿っている。
足は投げ出され、腰に下げた剣ですら重そうに身体がかしいでいた。
「さすがに、だるいな……」
メイクスタッフが、目の下には隈を、薄汚れた野伏にはぴったりだと笑いながら、僅かに薄くした。
曇天の空を見上げるヴォゴは、腕すら持ち上げるのが面倒で、身体の脇に垂らしたまま、もう一度煙を吐き出した。
「……ダル……」
ヴィゴにこれ程の疲労を与えたのは、ショーンだ。
彼は、今、セットの中で、勇ましい顔をして足を進めていた。
ライトが、ショーンを上からも、下からも照らしている。
ヴィゴは目の端に映るその姿に、緩慢な笑顔を浮かべた。
ヴィゴの額には皺が寄り、表情は苦笑に近い。
今、カメラの前で俯く男は、夜中まで掛かる撮影の後、有無を言わせず、ヴィゴを車へと押し込み、その後も好きに扱った。
それは、ヴィゴも望むところだった。
だが、連日、身体を開き続けるのは、疲れる。
指一本動かしたくないと言いたげなヴィゴの側に、弾んだ足取りのエルフが勢いよく腰を下ろした。
ヴィゴが腰を下ろしている機材の隣に無理矢理尻を詰め込む。
「ヴィゴ、お疲れ?」
「おお、お疲れだとも」
顎を突き出すようにして、大げさにため息をついたヴィゴに、オーランドははつらつとした笑顔を返した。
「ねぇ、じゃぁ、疲れてるとこ悪いんだけど、ヴィゴ。ちょっと聞いてよ」
オーランドの笑顔にはかげりがない。
「勝手に話せ」
「なに、その態度は」
「疲れてるって言ってるだろう」
言葉よりはずっとヴィゴの表情はオーランドを受け入れていた。
ヴィゴは、この若いのが好きだった。
かわいらしく唇を尖らしたエルフは、野伏の汚れた髪を耳へとかけた。
「何をするんだ!」
その感触のくすぐったさに、疲れ切った顔をしていた野伏がぎょっとしたように目を見開いた。
「内緒話」
つややかな金髪の鬘をしたオーランドが、にこにこと機嫌良さげにヴィゴの耳に顔を近づけた。
オーランドの目が、きらきらと光っている。
「ねぇ、ヴィゴ。前さ、ヴィゴ、ショーンのこと好きって言ったよね。あいつだったら、寝てもいいって」
オーランドがとても楽しそうに話をするのに、ヴィゴは顔を顰めた。
「……はぁ? いつの話だ?」
「えっと、2ヶ月は、前、かな? ほら、一緒に飲みに行った時、あんたげらげら笑いながら、そうやって言ったじゃん」
「言ったか?」
「言った。……で、俺は、てっきりあんたのことだから、もうそうしたのかと思ったんだけど」
オーランドの目が、ヴィゴの表情を伺っていた。
ヴィゴは、知らん顔を決め込んだ。
オーランドがにやりと笑う。
「……やっぱり、尻尾は掴ませないか」
そうして、未だ、ヴィゴの耳元で口を利くエルフは、とんでもないことを言い出した。
「まっ、そうだろうとは思ったんだけど、……俺さ、ヴィゴのことすっごく好きじゃん。だからさ、俺、あんたがすることを真似してみたくてさ。……この間、ショーンにお願いしたんだよね」
何が嬉しいのか、エルフははしゃいだような笑顔を見せていた。
「ヴィゴが寝てもいいって思うショーンだったら、やってみる価値ありかと思って、ショーンにさ、ダメって聞いたら、いいよって」
ヴィゴは、あまりのことに呆れた。
「いいよって、お前、お前もだけど、あいつ、そんなに簡単か?」
「まぁ、そりゃぁ、いろいろ押し問答はあったよ。だけどさ、俺、初めてで、信頼できる相手がいいんだ。とか、恥かくようなことになってもショーンなら、安心だし、とか。まぁ、ヴィゴには負けるけどさ、ショーンのことも大好きだから、結構本気で、ショーンのこと好きだって告白したら、結構あっさり」
オーランドは、おどけるようにウインクをした。
「で? 今日は、その首尾のご報告ってわけ?」
ヴィゴは、オーランドの薄く色づいた頬を疲れた目で見下ろした。
「そう。ヴィゴと同じこと体験したのかなぁって知りたくって」
少し、エルフは恥ずかしそうだ。
だが、エルフは、ヴィゴの目を見つめながら、自分が経験したというショーンとのセックスを告白した。
「ショーンさ、ほんと、優しいの。やっぱ、土壇場になったら、俺、怖じ気づくじゃん。そしたら、抱きしめてくれて、髪撫でてくれてさ」
オーランドが楽しげに話を続ける。
「俺が、シャワー浴びてる時なんて、ブースの外で待っててくれてさ。冗談言って笑わせてくれて。で、出てきたらバスタオル持って待って手くれるんだよ。嘘みたいでしょ」
オーランドが笑う。
「で、ベッドに言ってさ、ショーン、俺のを、まず触ってくれたんだ。大丈夫、大丈夫って、髪撫でながら、してくれるもんだから、俺、女の子にでもなった気分だったよ」
ヴィゴのものを、ショーンが触ることはない。
いや、一、二度あった。
射精感に堪えて、ヴィゴが後ろをきつく締めすぎた時、舌打ちしたショーンが、忌々しげに、ヴィゴのペニスを乱暴に扱いた。
オーランドは、にこやかに話を続けた。
「ヴィゴの時もそう? キスも一杯してくれるし、こっちが恥ずかしくなるような甘いことべらべら言うよね。ああいうのって、恥ずかしいだけじゃんって思ってたけど、されるとかなり、効果的。一瞬、ショーンにまじでぐらつきかけたもん」
ショーンは、ヴィゴにキスなどしない。
甘くなど囁かない。
「俺も、ショーンの触ってさ、あちこち触りっこしたりして、結構気持ちよくって、もう、このままいくのもありかな? って思ったんだけど、やっぱ、ヴィゴが経験してるってんなら、俺だって、体験してみたいじゃん」
そんな風に考えるのは、オーランド位だろう。
「そしたら、ショーン、全然嫌な顔せずに、俺の尻、触ってくれてさぁ」
ヴィゴはいつも自分で準備する。
ヴィゴをベッドの上に置き去りにして、シャワーを浴びにいくショーンを待ちながら、一人で後ろに指を入れ、ペニスを扱いてオナニーしながら、戻ってきたショーンがすぐつっこめる状態にまでして待つ。
「指入れられるの、思ったより、全然気持ち良くって、びっくりした。俺、勝手に一人でいっちゃったんだけど、ショーン、焦れたりせずに、念入りに面倒みてくれてさぁ。ショーンって、絶対、バージン扱い慣れてるよね。汗かきながら、ずっと俺ばっか、いい気分にさせてくれて。ショーン、ああいうときの忍耐強さが、殺陣の稽古の時に出れば、いいのにね」
けらけら笑うオーランドに、ヴィゴが嫉妬心が湧いた。
「オーリは、ショーンを満足させてやれたわけ?」
「それは、どうかな? 一応、出してはくれたけど、そっから先は、俺、努力とかそいういうのいっさい放棄してたし」
オーランドがにやりと笑った。
「ショーン、ほんと、俺のこと女の子扱い。抱っこして、キスして、髪なでて、体中なで回して。それでもって、すっごく何度も痛くないか?って聞きながら、入れてさ。勿論、痛いじゃん。だから、痛いって言ったら、ほんと、こっちが蕩けちゃうくらいあちこち触って気持ちよくしてくれて。俺、胸触られるの好きになっちゃったよ。ヴィゴも好き?」
「別に……」
ヴィゴは憮然とつぶやいた。
それを余裕だと受け取ったオーランドがにやにやとヴィゴに笑った。
「へ〜ぇ。そう。じゃ、もっといいことしてるんだね」
オーランドがヴィゴの腕を取った。そこに頭をもたせかけ、上目遣いにヴィゴを見上げた。
「ねぇ、ヴィゴ。ヴィゴは、バージンなんて絶対にごめんだ。って言ったよね?」
「……言ったかもな」
慕ってくれているオーランドとの関係を今のまま維持するために、ヴィゴは確かそんなことを口にした。
オーランドが、強烈にねだる目をした。
「俺、経験者」
ヴィゴは、新しい煙草に火を付けた。
「……なるほど」
「あっ、もしかして、ヴィゴ。怒った? ヴィゴが一番だよ。ショーンとしたのは、ヴィゴがやってるんだったら、やってみたいと思って」
「……怒ってない。なぁ、オーリ、俺、最初に疲れてるって言ったよな。凭れ掛かるなよ。俺の方が凭れたい位なんだ」
ヴィゴは、わざとらしくオーランドの靴のすぐ側へと灰を落とした。
オーランドが腕を広げて、ヴィゴを待ちかまえた。
「じゃぁ、ヴィゴ。おいで。俺、きっとヴィゴが満足できるようなキス、出来るようになったと思うんだ」
ショーンから直々に教えてもらったからね。と、付け足したオーランドの膝に、ヴィゴは頭を乗せた。
昨夜のセックスのクライマックス。
ヴィゴは、ショーンの背中を抱こうと手を伸ばした。
それを嫌がったショーンは、ヴィゴにシーツを被せた。
ショーンは、ヴィゴの頭ごとシーツの下にヴィゴを押し込み、きつく押さえつけて、ヴィゴは、ショーンの顔すら見えなかった。
尻の穴を掘り広げるショーンのペニスの感触ははっきりと分かるのに。
「ショーンさぁ、終わった後、何回もキスしてくれるじゃんね。怖い顔してるのに、あんな甘ったるい人だとは夢にも思わなかったな」
オーランドの指が、優しくヴィゴの髪を撫でた。
どうしてこんなに違うのか、ヴィゴは知りたかった。
END