優しくして
その日のオーランドは、簡単にいえば、最悪だった。
「もう一杯。ねっ、もう一杯」
かなり遅くなってから繰り出したパブで、オーランドは、大声を張り上げていた。
机につっぷした格好で、ホビット組は手の掌をふりノーサンキューと答え、これ以上の飲まされるのなんて御免こうむりたいスタントチームは、いつのまにかテーブルを離れていた。
「なんでさ、いいじゃん。飲もうよ。ねぇ」
完全な酔っ払いと化しているオーランドは、飽きもせずイライジャを揺さぶり、ビリーに被さって酒瓶を頬に押し付けている。
「ねぇ…」
店に入ったときからハイテンションだったオーランドに、もう誰もついていける者はいなかった。
赤くなった目で視線を送られ、スタントチームは、大きな身体を縮こまらせて、オーランドに声をかけてくれるなと分かりやすく意思表示し、オーランドは盛大にブーイングする。大量に注文し、まだ食べきれていないカニの大皿から一匹取り上げ、それを手に、ふらふらと店内を歩く。
「ねぇ、じゃぁ、これを食べなよ」
オーランドは、スタントマンのビールジョッキのなかへとカニを押し込んだ。
押し込まれた者は、呆れた顔でカニを救出して、オーランドとは目をあわさない。
オーランドは、すっかり酔っ払った目をして、店内をゆっくり見回していた。積み上げられた汚れた皿に、食べられもせず、カニは置かれたが、もう、カニのことはどうでもいいらしい。
この惨状を撤収するときのことを考え、スタントチーム同様、早々にテーブルを離れていたショーンと眼があった。
にたり。とオーランドの顔が緩む。
ショーンは、しらふだった。礼儀程度にビールを口にしたが、今晩は荒れるだろうと予想していたので、飲みすぎるわけにはいかなかった。年長の共演者は、今日自分しかここに来ることができなかった。
「ショーン!!」
オーランドが、とても陽気な声を上げる。本人は、駆け出してでもいるつもりで、ショーンに向かってよたよたと進む。必要も無いのに、途中でイライジャ達のテーブルによって、二人の顔をわざわざ起こし、頬に思いっきりキスをして、歌を歌いながら、ショーンへと近付いてくる。
完全に出来上がっている。
しかし、ショーンに辿り着く前に、急に動きを止めた。
急速にオーランドの顔色が悪くなった。
口元を抑えて蹲る。
青くなった顔色に、ショーンが席を立つ前に、スタントの一人がオーランドへと駆け寄る。
「…気持ち悪い…腹も痛い…」
短時間の間に、青いを通り越して白くなった顔色に、オーランドは担がれるようにしてトイレへと連れ去られた。
「…全く」
ショーンは起こしかけていた腰を椅子に戻し、スタッフの一人と顔を見合わせた。
彼も、今日のオーランドが起こした事件の被害者の一人だ。
「大丈夫かな?」
「さぁ…多分」
二人は、仕方のない奴だと小さく笑う。
「オーリって、もっとタフな奴かと思ってたよ」
「まぁ、あれだけ、ついてなきゃ、腐りたくもなるけどな。明るく飲んでて、まだマシなほうなんじゃないか?」
「それは、言える。撮影の殆どのカットでオーケイがでなくて、耳が取れて、おまけに引っかかって、セットを破壊だもんな」
「一日に起こるには多すぎる事件だよ。あんたも、セットを直すの、大変だっただろ」
「まぁ…でも、仕方ないよ。セットは直せたからいいよ。オーリに怪我が無くてよかった」
「いい奴だな」
「オーリが愉快な奴だからね」
二人は、小さくグラスを合わせる。
本当に、今日のオーランドはついていなかった。朝一番のカットで監督からダメだしをくらい、それからは、何度繰り返し演技をしても、コンディションを取り戻せなかった。本人も、監督も納得のいかないシーンを、それでも取るために、共演者たちは、同じ演技を繰り返した。
片手も満たない数のシーンを撮り終えた昼食時には、口数が減ったほどだ。
しかし、やっと休息を手に入れても、オーランドには、まだ、ツキが戻っていなかった。
テーブルの上に並んだ食事メニューを3品ほどひっくり返し、もう、その惨状ときたら、目を背けたくなるほどだった。彼は、衣装を汚し、せめて鬘を守ろうと髪をかきあげようとして、自分の手で、耳を引っ掛けた。苦心して付けられた耳は、無残にも引き剥がされる。
スタッフの昼食時間が削られ、オーランドの顔色は悪くなった。
オーランドを除いたシーンが先に撮られる。
「オーリ、落ち着いて」
「そうだよ。大丈夫だから」
共演者の言葉に力なく頷き、それでも、オーランドは、自分の名を呼ばれると、セットの中へと走っていった。
しかし、
オーランドは午後からも空回りした。セリフをとちり、アクションを間違え、しまいには、ヴィゴの振り回す剣に自分からぶつかって行き、ひっくりかえって、セットを破壊した。
その頃には、もう、呆れるのを通り越し、スタッフはオーランドを心配していた。どう考えても今日のオーランドにいいカットを取れるとは思えないのだが、日程を考えると最低消化しなければならないシーンが決まっているのだ。
かなり遅い時間に、なんとか最低数のシーンを取り終え、軽口も叩かなくなったオーランドは、彼を愛するメンバーたちによって、パブへと連れ込まれた。
そして、今、オーランドは今日詰め込まれた辛さをトイレへと吐き出しに行っている。
「お、帰ってきた。顔色は何とかもとに戻ったな」
セットを直す時ついた染料が取れない手を振って、スタッフはオーランドに合図を送る。
ショーンも一つ椅子を取って、オーランドを呼んだ。
オーランドがいたテーブルでは、ホビットが机の上で熟睡している。
「どうだ。気持ちのわるいのは治まったか?」
「うん…ごめん」
異様な陽気さも吐き戻したオーランドは、大人しく椅子に腰を下ろした。オーランドを支えていたスタントマンは、帰ってもいいかとショーンに耳打ちをする。
ショーンは、頷いて、会計の済んでいることを伝えた。
大きな彼が立ち去ると、向かいに座るスタッフに見えないようにオーランドがショーンの手を握る。
ショーンは、笑って手を握り返してやると、オーランドは肩へと頭を持たせかけた。
残っていたメンバーで、潰れた連中をそれぞれのねぐらへと押し込み、ショーンは、オーランドを助手席に乗せていた。
オーランドは、ぼんやりと窓の外を見ている。
「オーリ、誰だってついてない日はあるよ」
「…うん」
「お前のためにあんなにたくさんの人間が集まってくれるんだ。わかるだろ?お前は大丈夫だよ」
「…うん」
オーランドは、窓から顔を戻さない。
「家でいいんだな」
ショーンは、それ以上無理にオーランドを力づけるのを止めた。
テンションを戻すために、沈黙が必要なときもある。
ショーンは、オーランドのレンタルハウスに向かって車を走らせていた。もう、わずかな距離で着く。
「ショーン、寄ってってよ」
オーランドが小さな声で呟く。
「もう、遅いぞ」
「お茶を出すよ」
ショーンは、窓に映るオーランドの表情に、お茶などどうでも良かったがうなずいた。
「…ありがと」
しばらくしてオーランドが礼を言った。
ショーンは、オーランドの脚に手をのせ、ポンポンと叩く。
車は、手入れなどされていない小さな庭のある家に辿り着いた。
結局、家のドアを開けた辺りでオーランドの気力が尽きたようで、蹲ってしまった彼を、ショーンは、リビングまで抱きかかえるようにして連れて行った。
勝手にキッチンを使い、お湯を沸かして茶を入れる。
両手に顔を伏せていたオーランドに向かって、ショーンは、温かいカップを差し出した。
「水のほうが良かったか?」
「ううん…あ、やっぱり水も欲しい」
ショーンは、笑ってもう一度キッチンへと戻った。
「ごめん…ごめんね」
「いいよ。たいしたことじゃない」
背中を追ってくるオーランドの声に、返事を返す。
水の入ったコップを差し出すと、オーランドはもう一度礼を言った。
「ショーン、隣に座ってよ」
力の無い笑いを浮かべてオーランドはショーンを見上げる。
黒い瞳が剥き出しの甘えを浮かべていて、ショーンは逆らえず、オーランドの隣に腰を下ろした。ソファーに背中を預けると、オーランドが膝に頭を乗せてくる。
「…よく頑張ったよ」
ショーンは、癖毛をくしゃくしゃとかき混ぜた。
最終のカットあたりでは、監督は沈うつな目で映像を見、オーランドはカットの声が掛かった途端、青い顔をして頬を引きつらせていた。
「オーリ。よく頑張った。お前はたいした男だよ」
オーランドが破壊したセットは、無残なありさまで、ショックのあまり、しばらく誰も近づけないような程だった。
ショーンは、甘やかすように、優しい声を掛けてオーランドの耳を擽る。
「もっと言って」
オーランドは、目を閉じて、ショーンに要求する。
「お前はプロらしい態度だった。きちんと謝罪もしたし、努力もしていた」
「…うん」
「誰にでも、上手くいかない日というのはあるよ」
「…うん」
オーランドは、優しい慰めの言葉を必要としている。ショーンは、しばらく考えて、オーランドの耳へと唇を寄せた。
「…俺の男はすごい。とでも、言ってやろうか?」
「うん。言って」
ショーンの笑いを含んだ声に、オーランドの声が少しリラックスしたものになり、ショーンは、オーランドの願いとおりの言葉を口にした。
「もう少し、撫でて」
うっとりとした声で、オーランドはショーンにねだる。
「王子様は、わがままだな」
「うん」
オーランドは、ショーンの掌の下で、くしゃりと笑った。
ショーンの手が、散々オーランドの頭を撫で、さすがに髪の感触に飽きたショーンは、オーランドの肩や背中を撫でてやった。
まだ、眠らないオーランドは、多分、今日のことに思いを馳せて、様々な場面のミスを検討し、反省している。
ショーンは、目に入る時計を気にしないようにして、オーランドの身体を撫でつづけた。さっきより、随分リラックスした身体は、明日頑張るだけの力を充分に有している。
ショーンは優しく撫でつづける。
おかげで、オーランドは、落ち込みすぎない程度に、明日のために今日を振り返ることができる。
「…オーリ」
ショーンが小さく笑いながらオーランドの名前を呼んだ。
オーランドにもショーンの笑う理由がわかっていた。
全く節操がないが、ショーンの匂いを嗅ぎながら、優しく撫でられ、オーランドのペニスが硬くなってきていた。
しばらく前からそんな状態だったが、とうとうショーンにばれてしまった。
オーランドは、身体を起こした。ショーンは、とがめることなくショーンに笑いかけている。すこし、面白がっているような表情だ。
「元気がでてか?」
「そうかも」
それでも今日は、いろいろありすぎ、ショーンにもあまりにも多くの迷惑を掛けてしまっていたので、オーランドが、ショーンにセックスを要求することは気が引けた。
「みっともなくて、ごめんよ」
「いいさ」
ショーンは、オーランドの頭を優しく撫でた。今日のオーランドでは、ショーンの満足するセックスを与えることなど、出来そうに無かった。そうするには、消耗しすぎていたし、落ち込みすぎていた。
でも、ショーンに対して欲求を抱いてしまう。
仕方の無い自分に、苦笑がもれる。
頭を撫でていたショーンが、するりとソファーから、床へと身体を落した。
オーランドの脚の間に跪き、ジッパーに手をかける。
「ショーン?」
「リラックスしてていい。やってやるよ。気持ちよくなって眠りたいんだろ」
ショーンの薄い唇が、オーランドのものを飲み込んだ。
部屋の中に、過剰ではない音量でショーンが舌を動かす音が零れていた。
「…ん、ふう…」
その音に、時々、ショーンが漏らす鼻声が混じる。
オーランドは、先ほどのショーンのように、決して力をいれずにショーンの髪をかき回した。
ショーンは、焦りもせず、焦らしもせず、穏やかにオーランドを追い詰めている。
「ショーン…気持ちいい」
「…うん」
ショーンは頷きと一緒に、太腿に置いていた手をオーランドのペニスに添える。一層、ショーンの頭を撫でるオーランドの手が優しくなる。
ショーンは、口の中でゆっくりと舌を動かした。指は、根元から擦り上げて、上下させる。
オーランドは、先ほどから気持ちよさそうな喉声を聞かせていた。
その声は、ぞくりとショーンの腰の辺りを撫で上げるが、今晩は、無視だ。
「ショーン…ねぇ、俺のを誉めて」
珍しい要求に、ショーンは、少し驚いて、オーランドを見上げた。オーランドの目は、伏せがちだったが、しっかりとショーンを見ていた。
ショーンは、ペニスを頬張る口元に視線を注がれ、すこし、居心地の悪い思いをする。けれど、もっといやらしくみせつけて、オーランドを煽ってやりたい気持ちにもなる。
ショーンは、大きく口を開いて、舌の上にのるペニスを嘗めた。
「ねえ、大きいとか、硬いとか。欲しいとか。何でもいいから、俺を誉めて」
オーランドは、甘えた声で、ショーンにねだった。
ショーンは、返事の代わりに、オーランドを吸い上げた。
オーランドは、気持ちのよい声を漏らし、ショーンの顎を掴み、緩く前後させた。
上顎にペニスがあたり、自分でするのとはまた違う快感がショーンの中に、こみ上げてくる。
ショーンは、オーランドの甘えを許した。
「…大きいよ」
「何が?」
「オーリのペニスが」
「好き?」
「ああ。硬くて気持ちよくて大好きだ」
「…ショーン」
オーランドは、幸せそうにふわふわと笑う。
ショーンは、もう一度オーランドのペニスを口に含み直して、きつくなり過ぎないように吸い上げた。
オーランドは、ショーンの髪を撫でる。時々、頬も撫でる。
「優しいね。ショーン」
少しずつ力の入ってくるオーランドの身体に、口を前後させるタイミングを早くしていく。
口内を占拠する温かいものは、硬くて、ショーンも気持ちがいい。
セックスのためではない接触だから、ショーンは、オーランドに無理をさせない。ヘアをかきわけ、指で根元から扱いて、喉の奥で先を締め付ける。
オーランドは、小さな声を上げて、ショーンの口の中に射精した。
ショーンは受け止め、喉へと流し込む。
ため息のような息継ぎをオーランドは繰り返した。ショーンは、手を伸ばして、ティッシュをとり、嘗め上げたオーランドのものを拭っていく。
「ショーン」
オーランドの服を直して、ショーンは、オーランドの足元から立ち上がった。
見下ろすオーランドの目は、僅かに潤んでいる。
「今晩は、もう寝ろよ。明日のお前に期待してるよ」
オーランドは照れた顔をしてくしゃりと笑った。
オーランドを寝室へと押し込み、ショーンは、使ったカップを流しにおいて、水につけた。
オーランドの飲み残したコップの水でうがいをして、家を後にする。
車に戻ったショーンは、自分の現状に、苦笑いを漏らした。
勃っている。
そんなことをしたとなったら、絶対にオーランドがうるさく文句をいうだろうが、自分で慰めなければならないほど、激しく欲求がこみ上げている。
オーランドの寝室の明かりが消えたのを確認して、ショーンは、アクセルを踏んだ。
星空の下を車は走る。
ショーンは、明日のオーランドに期待することにした。
END
仲良しさんですね。
いちゃいちゃしていて、結構楽しかったです。
明日の花ちゃんには、ぜひともがんばってほしいもんだと思います。